小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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一話










コツコツと、床を踏みしめる靴の足音が響く。
薄暗い通路の真ん中を、一人の少女が歩いている。

光源は細い通路の両脇、壁の下の方に設置された証明が足元を照らすのみ。
それが通路の先までズラリと並んでいる。

通路の幅は人が三・四人通れる程。その真ん中を少女は歩いていた。
薄暗い故に、少女の顔はハッキリとは見えない。

しかし、僅かな光を反射して紺碧色の瞳が美しく輝いている。

「おやおや、ようやくお帰りかのぉナンバー2どの?」

そんな少女に、通路の先の十字路から現れた人影が声をかける。

「今回は随分と時間が掛かったのではないか? 予定よりも二日も遅れるとは」

そう言って、少女の目の前に立った女性は、可笑しそうに笑った。
第三者が見れば、今の状況は色んな意味で不可思議な光景だろう。

それというのも、まずこの二人、服装からして真逆である。
少女がフード付きの黒いロンコートで身を包んでいるのに対して、女性の方は露出度が尋常じゃない格好である。

腰と胸部を薄い布で覆っているだけで服らしい服は着ておらず、手首や足、首や頭部に金ピカな装飾を付け、一言で言えば古代エジプトの王族なんかを想像すれば分かりやすい見た目なのである。
二人のいる空間が、暑いのか寒いのか判断に困る真逆ぶりだ。

「パトラ・・・」
「もしや今回の任務、お主には荷が重かったのかのぅ?マリア」

対峙する二人、マリアとパトラ。
しかし、パトラの目に対抗心の様なものが見える反面、マリアには何の感情も見えない。

むしろ面倒そうにさえ見える表情だ。

「任務終了間近に教授から追加の任務が言い渡されただけです。 遅れた訳じゃありません。」
「ぬ、ぬぅ・・・・」

溜息混じりに言い返され、たじろぐパトラ。

「それよりも、教授の所に行くので、通してくれませんか?」
「くぅっ・・・ふんっ!」

悔しげに呻き、そっぽを向いて道を開ける。
その横を通り過ぎ、教授の部屋へと向かうマリア。

しかし、二メートル程離れた所で再び止まる。

「そう言えば、何で貴方が私の任務の予定を知っているのですか?」
「っ!?」

振り向いたマリアに投げ掛けられた質問に、何故かビクッと驚くパトラ。
その顔に、若干赤色に染まっている。

「わ、妾(わらわ)がそれくらい知ってるのは当然ぢゃろ!?」
「概要ならまだしも、終了日程まで知ってるのは当然じゃないけと思いますが」
「そ、それ・・は・・・・」
「大体、他人がこなしてる任務内容を細かく知るなんて、普通の組織ならともかくここじゃ誰もやらない事ではありませんか」
「だ、だから・・・あの・・・・・その・・・・・・」

ゆっくり確実に追い詰めていくマリア。
今やパトラの顔は、まさに林檎のように真っ赤である。

「え、ええいっ! やかましいわっ! そんなの妾の勝手ぢゃろうがっ!!」

逆切れし、叫ぶパトラだが、対するマリアは涼しい顔。

「そう、まぁどうでもいいですが・・・」
「っ!・・・くぅ、いつもながら忌々しい奴ぢゃ!!」

後ろを向き、ズンズンと音を立てて歩いていくパトラ。
そんな背中を見つめ。

「パトラ」
「なんぢゃ!!」
「・・・ありがとうございます。ただいま」
「!!・・・うっ・・・おっ・・・」

目に見えて硬直したパトラに背を向け、歩き出すマリア。
パトラが再起動した時には、既にアリアは通路の先に消えており、

「むむぅ、やはり最初からすべて計算づくかっ! まったく・・・・」

一人毒づきながら、自室へと帰っていった。


















パトラと別れた私は、ある扉の前で止まり、扉をノックする。

「入りたまえ」
「失礼します」

扉の向こうから品性の滲むような声で返答され、ゆっくりと入室する。
部屋の中は、先程までのゴツゴツした鉄の通路と違い、ゆったりとした空気が漂う洋室だ。

床には厚い絨毯が敷かれ、柔らかそうなソファーが置いてある。
部屋の住人はその奥で、素人目に見ても高級な物だと分かるだろう革製の椅子に腰掛け、机の上にある書類を見ていたようだ。 

英国紳士の部屋、と言えば想像しやすいかもしれない。
細かいイメージに個人差はあるだろうが。

扉の外と中でまるで別世界の扉をくぐったかのような気分になる。

「神崎・H・マリア、ただいま戻りました、教授」
「あぁお帰り、マリア。時間ピッタリだね、思ったとおりだ」
「はい・・・私も、教授がそう思われるだろうと思いました」
「やはり、パトラかい?」
「はい。」

第三者が聞けば少しばかりおかしいと思うだろう私達の会話。
しかし二人にとってはいつも通りの風景だ。

「彼女は君が此処に来た時から何かと気にかけていたからね、心配なのだろう」
「気持ちは有り難いのですが、私ももう心配される程弱いつもりは無いのですが・・・」
「それは彼女も解っているさ。しかし、人と言うのは頭で理解出来ても感情が納得しない事が多い」
「感情、ですか・・・・そうですね」

納得出来ない、と言うのは理解出来る。
私も、別に感情の無い機械というわけではないから。

心配されること自体は嬉しいが、任務の前後に毎回突っかかって来るのは勘弁して欲しい。

「マリア。君はホームズ家の中で最も私の『条理予知』を強く受け継いだ者だ。しかし、どれだけ優れた脳を持っていても、推理を組み上げられるだけの素養がなければ意味がない。こればかりは長い時間を掛けて積み重ねる他ない、わかるね?」
「はい、勿論です」

私の答えに教授、曾お爺様は満足げに頷いた。
私の曾お爺様、シャーロック・ホームズ?世。

武偵の世界で、いやそれどころか一般の世界ですら知らない者はそうそう居ないだろう偉大な人物。
世界一の頭脳を持ち、その卓越した推理力で数多の凶悪な犯罪者を牢屋に送った最高の探偵であり、現代の探偵である武偵の起源となった人物。

現在では伊・ウーと言う名の組織を束ね、表の顔としては凶悪な犯罪者達の集う超人集団の頂点として、裏ではその圧倒的な戦力を使い、世界中の巨大組織に圧力をかけて封じる、世界の抑止力として活動している。

そんな曾お爺様と私が出会ったのは三年前、私が七歳の頃。
何の前触れも無く曾お爺様は私の元に表れ、私を此処に連れてきた。

―――君のお姉さんはね、将来とても大変な試練に立ち向かわなければならないんだ。

憧れの先祖様に出会い、舞い上がっていた私は、告げられた言葉に驚いたのをよく覚えてる。

―――それはとても険しく、辛い道のりになるだろう。

ならお姉ちゃんを助けなきゃって、幼い私は慌てたのも、今思い出すと恥ずかしい。

―――でもね、君のお姉さんにはそんな試練を共に乗り越え、支え合う事の出来る大切なパートナーが見つかるだろう。そして残念ながらそれは・・・君じゃないんだ

・・・どうして?お姉ちゃんのパートナーは私だよ?だって二人で約束したもん

―――本当にすまない。しかしね、君にもお姉さんの為にやれることはあるんだよ

・・・何が出来るの?私に出来る事なら何でもやる

―――本当に君はお姉さん思いだね。出来るさ、それ以上の事すら君には出来る。何故なら君もまた、お姉さんと同じくこの時代に必要な存在なのだからね

お母さんと同じ様に笑い、手を差し伸べてきた曾お爺様。

―――行こうか。君の姉と、世界を導く、最良の道へ

目の前の手を取れば、お姉ちゃんとの約束が果たせなくなるのは、何となく感じ取っていた。
でも、それでもいいと思う。

だってお姉ちゃんには、私よりもずっといいパートナーが見つかるって、私も何となく思うから。
お姉ちゃんなら、その人と最高の武偵になれると思うから。

私は武偵にも、お姉ちゃんのパートナーにもなれないけど。
たとえ道を違えても、思いだけはいつまでも一緒だと思うから。

だから私は、犯罪者の世界へと踏み出した。
きっと、いつかお姉ちゃんと再会する。

そしてそれは、きっと感動の再会にはならない。
武偵と犯罪者。

追う者と追われる者。
絶対に、戦う事は避けられない。

それでも、私に後悔はない。
何故ならこれが、最良の選択だから。

-2-
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