小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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二話










「この子は今日から此処に入学することになった子だ。君に面倒を見て欲しいと思ってね」

ある日、曾お爺様に呼ばれて部屋に行くと、そこには一人の女の子がいた。
綺麗な金髪の髪なのだろうが、今は汚れてくすんでいる。

薄い布一枚で体全体を覆っていて、この子がろくな生活を送っていなかったのが一目で伺える。

「私が・・・ですか?」
「ああ。歳もマリアと同じだし、何より彼女は色々と不安定な状態だからね。他の者たち任せるには不安が残るのだよ」
「それはまぁ、確かに」

目の前にいる少女は明らかに私を警戒した表情で見ていて、だけどその大半は怯えや不安と言ったものだ。
こんな状態の少女を、基本的に凶悪な犯罪者だらけのこの場所で住まわせるには、人選は慎重にならざるをえない。

ジャンヌ辺りなら大丈夫だろうが、あの人に人の面倒を見るというのは些か難があるだろう。
必然的に、残るは私だけになる。

「わかりました、お引き受けします」
「助かるよ。この子の名前は峰・理子・リュパン。君ならもう解るだろうが、かつての大怪盗、アルセーヌ・リュパンの曾孫だよ。したがって、彼女はその4世にあたる。」

4世、と言葉にされた時、少女の顔が一瞬歪んだのが見えた。
あまり血筋に対していい感情を抱いてないのかもしれない。

「リュパンの子孫を面倒見ようなんて・・・・何というか、流石ですね」
「褒め言葉として受け取っておこう。この子をよろしく頼むよ。峰君、彼女が今日から君の世話をしてくれる、マリアだ」
「・・・・よろ・・しく」

か細い声で挨拶をし、微かに頭をペコリと下げる。
身体的、精神的な衰弱にくわえ、栄養失調も酷そうだ。

「よろしく。早速ですが、まずはお風呂と食事ですね、行きましょう」

そう言って理子の手を取り、しかし力は入れ過ぎないように優しく引っ張る。
因みに、私がホームズ家の人間である事は言わない。

曾お爺様も、先程から自分がホームズ本人である事を気づかせる様な発言をしない事から、暫くは伏せておこうと言うことだろう。

「え、ちょっ・・・」
「いいからコッチです」

戸惑い、おぼつかない足取りで歩く理子を、腰に手を回して支える。
半ば抱える様な状態で脱衣所までたどり着く。

「はい、脱いでください」
「やっ!?ちょっ・・まっ・・!」
「問答無用です」

驚いて藻掻く理子だが、その動きを逆に利用して布を剥ぐ。
布の下には粗末な下着があるだけで、それもかなりボロボロの状態である。

「脱いだら入りましょう」
「だから待ってってば!子供じゃないんだから自分で入れる!」
「十歳は立派な子供です、いいから入ってください」
「うわぁ!?」

駄々をこねる理子の腰を両手で掴み、持ち上げて風呂場に入る。
本当に同い年なのかと疑うくらいに軽い。

まずは鏡の前に座らせて。

「今度は頭と体を洗います」
「だから分かるって言ってんでしょ!?子供扱いすんなっ!」
「はいはい、じゃあ早く洗ってください」
「くぅぅ〜〜っ!」

悔しそうに顔を歪めたあと、シャンプーの入れ物から適量を手に出して、髪を洗い始める。
しかし、その動きは余りにも鈍重で、力がなく、泡が全く立たない程だ。

「私が洗いましょうか?」
「じ、自分で出来る」
「力、入らないんでしょう?」
「・・・・・」

押し黙る理子。
息遣いが若干荒く、つまりは手を少し動かしただけで体力を消耗する程に弱っている。

「私は貴方の世話係、せめて体調が万全になるまでは頼ってくれていいですよ」
「・・・・・それは・・・理子がリュパンだから?」
「・・・・」

ポツリと、消え入りそうな声で呟かれた言葉は、しかしこの空間にハッキリと響いた。
それは理子を紹介された時に、おおよそ察する事が出来た、この子の抱えるもの。

「理子の曾お爺様が昔の凄い人で、理子がその曾孫だから?リュパンの4世だからでしょ?だからこんな風に構うんでしょ?優秀な遺伝子は大切にしたいから。そうじゃなきゃ犯罪者ばっかりのイ・ウーが、こんな才能のない理子を入れる筈ないもん。」
「・・・才能がない?」

あの世紀の大怪盗の曾孫が、何の才能もないということ?

「そうだよ、理子は曾お爺様から何の才能も受け継がなかった。だからアイツにいつもいつも出来損ないの・・欠陥品って・・・呼ばれ・・・・て・・・・ずっと・・・・道具扱い・・・・・されて・・・」

言葉を紡ぐに連れて、理子の声が弱々しく、泣きそうな声に変わっていく。
いや、俯いていて見えないが、実際に目に涙を浮かべているだろう。

アイツ、と言うのが誰かは分からないが、相当辛い目に会わされたのは明白だ。
少しづつ、すすり泣く声まで聞こえて来たのだから、よっぽど恐怖が染み付いてるんだろう。

「確かに私が貴方を世話するのは、教授に言われたからです」
「っ!・・・・ぅくっ・・ヒック・・」

私の言葉を聞き、背中をビクッと震わせ、僅かに鳴き声が大きくなる。
誰かに自分自身を認められる事を求め、望んでいる。

諦めようとして、しかし捨てきれない願い。

「貴方がリュパン4世である事は覆らない事実ですし、世の中で優れた血統を持ち、優れた才能を持つ者が重要視されるのは当たり前の事」

社会で求められるのは、大まかに言えばいざという時に換えの利く捨て駒と、結果を出す能力を持つ優秀な人材だ。
それを不公平だなんて言った所で、負け犬の遠吠えにしかならない。

「だけど・・・」
「え・・・?」

頭に置かれた私の手に、キョトンとした顔で私の方に振り返る理子。
涙が溢れ、目元が赤くなって少し腫れている。

「貴方がリュパンの才能を受け継いでいない事と、貴方が無能であることはイコールじゃない」

訳が解らないと言った様子で首をかしげる理子。
可愛らしい仕草に、思わず笑みがこぼれる。

「貴方にリュパンの才能が無くとも、貴方には貴方の持つ才能がある」
「理子の・・才能・・・?」
「そう」

あんまりこういうことは言いたくないんけどね。
けっこう、気恥ずかしいので。

「それをこれから見つければいい、今は何も出来ない子供でも、いつかはリュパンを超える何かを成せばいい」
「曾お爺様を・・・超える・・・」
「それに、人間才能が無くても、努力でなんとか出来ちゃうものですよ」

結局、自分の才能を見つけ、引き出し、上手く活用出来た者が勝ち組なのだ。
才能があってものし上がれないのは、活用する能力が無いって事。

自分の才能に気付かず、埋もれさせたまま無為に人生を終わらせる人間が、この世にどれだけいる事だろう。
才能があっても大して努力をせず、努力する人間に負ける事がどれだけ多いだろう。

私や姉さんも、ホームズ家の中では欠陥品。
私は推理力を受け継いではいたけれど、子供が持っていても誰も気付かない。

曾お爺様に言われて通り、教養がなければ推理など出来ない。
五歳にも満たない子供が優れた頭脳を持っていても、少し頭の良い程度にしか周りには映らないのだ。

故に、当時は体が弱かった私は武偵になれない出来損ない扱いだった。
でも、フタを開けてみればこの通りだ。

曾お爺様には条理推理の後継者として迎えられ、イ・ウーではサブリーダーの如き地位を与えられた。
才能など、誰に何が宿っているか想像もつかないと実感した。

姉さんも、順調に頭角を表し始めている。
まだ十歳なので表舞台には出ていないが、こと戦闘に関しては既に相当のレベルだと聞いた。

詳しい事は知らないけれど、曾お爺様が太鼓判を押していたから問題はないだろう。
それでも、相変わらずホームズ家との折り合いは悪い。

要は、結局世界なんて出来てしまったもの勝ちなのだ。

「リュパンの才能ではなく、貴方の持つ才能で強くなって、いつか貴方に酷い仕打ちをした奴を見返せばいいじゃないですか。リュパンの遺伝子なんて、貴方の強さには関係ないって」
「理子の・・・強さ」

僅かに拳を握り締め、それをジッと見つめる理子。
その目に、微かに強い光が灯り始めている。

「理子に・・・出来るかな?」
「それは貴方次第です。しかし幸い、此処は強くなるにはうってつけの場所です。なにせ世界の化け物達が多く集う場所ですから、色々と学ぶには事欠きません」
「・・うん・・・・そう、だよね」

しきりに頷いて、確かな光を目に宿した理子。
もう大丈夫そうだ。

「決めた。理子はここで強くなる。強くなって――――ブラドを倒す!」
「ほお・・・ブラド、ですか。また随分と大物ですね。」

確かアルセーヌ・リュパンがジャンヌの先祖と共闘しても倒せなかった相手だ。
個人でブラドを倒せる人間なんて、この世には数える程しか居ないだろう。

それ程の者を倒せば、確かに理子を無能だなんて誰も言えなくなる。

「目標はとても高いですね」
「それでも、やるんだ。理子は、出来損ないじゃないって証明してやる!!」

先程までとは別人のような覇気を出して誓う理子。
正直な所、素っ裸なので雰囲気が四割減だ。

「それじゃあ立派な決意を表明した所で、まずは体を綺麗にしましょうね」
「へ?・・・あ、うん」

正気に戻ったのか、少し恥ずかしそうに座り、大人しく身を委ねる。
優しく、しっかりと泡を立て、髪についた汚れを剥がしていく。

「流しますよ」
「うん」

ゆっくりと湯を掛け、泡を落とす。
そこには、輝かんばかりの綺麗な金髪があり、先程のくすんだ色とは天と地の差である。

「髪、綺麗ですね」
「え・・・・あ、そのっ・・・あり・・がとう」

褒められるのに慣れてないのか、耳まで真っ赤になっている。
内心で微笑みつつも、今度は体を洗っていく。

体中に細かい擦り傷などがあり、所々に真新しい傷跡が存在し、この子がつい最近まで暴力を受けていた事が見て取れる。

「少し染みるでしょうが、我慢してください」
「平気、痛いのは慣れてるから」

しっかりと全体を洗い、湯で流す。
終わった頃には、まるで別人のように印象が変わった理子がいた。

輝かしい金髪にスベスベな肌も合わさって、人形のような可愛らしさがある。
傷跡が少々目立つものの、時間が経てば自然と消えるだろう。

「それじゃあ風呂に入って疲れを取りましょう」
「わかった」

すっかり素直になった理子と、湯船に浸かる。
お湯の心地良さに、つい息が漏れる。

「はううぅぅ〜〜〜〜〜」
「?」

突如横から響いてきた嬌声紛いの声に、横を見てみると・・・
理子が果てしなくだらしない顔で骨抜きになっていた。

目がトロンとしていて、両の頬がうっすらと染まり、顎から下を全身湯の中に入れた状態で、体が大の字になって湯の中でゆらゆらと浮かんでいた。

「生き返るぅぅ〜〜〜」
「老人ですか・・・」

私の声は全く聞こえていない様子。

「・・・ねぇ」
「何ですか?」

と思ったら真面目な声で話しかけてくる理子。
少しばかり緊張も混じっているようだった。

「あなたの事、その・・・・ま、マリアって・・呼んでいい?」
「構いませんよ」
「そ、そう!じゃあマリアも理子の事、理子って呼んでね」
「分かりました。それでは改めて、よろしく、理子。」
「うんっ!よろしく、マリア!」

私の言葉を聞いて、理子は花の咲いたような満面の笑みを浮かべた。 

-3-
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