小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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二十話











母が私達の罪を着せられ、拘置所に入れられてから半年が経過しようとしていた。
九月に入り、肌寒い日が多くなってきた時期。

私はフリッグとしての活動に勤しみ、イ・ウー本来の存在意義である抑止力としての活動に従事していた。

「あ・・・あぁ! たすっ、助けてくれぇ!!」
『いや〜そう言われてもねぇ? こっちも仕事なんだよ、悪いね』

無邪気な子供のような声で、思ってもいないセリフをはく。
私がいるのはとある軍事基地で、違法な細菌兵器を開発していた研究所を地下に隠す偽装施設だ。

既にサンプルを含めた実験データは抹消済み、知識と言う名のデータを有した研究員も全員あの世へ送った。
回線を用いてデータが流出しないよう、あえて地下から殲滅して下から上へと葬っていく。

地下と地上はよほどの事がないかぎり関わりを持たないシステムだった故に、地下の騒ぎに気付かずに終わりを迎えたのだ。
曾お爺様からいただいた装備も活躍し、当初の予定を遥かに上回る時間で遂行した。

残っているのは、表向きの軍事基地の司令官である目の前の男一人。

「こ、子供も妻もいるんだ! 頼むから命だけは!」
『うっわ〜テンプレすぎにも程があるでしょうよ〜、もうちょっとマシな遺言ないわけ〜?』

言いながら、右手の人差し指を微かに動かす。
その途端、男が大の字に体を開いて宙に浮いた。

「うわぁ! な・・・なんだこれは!?」
『タネ明かしなんて手品師の御法度だと思わない? だから教えてあ〜げない』

男の顔が恐怖でこわばり、体のの震えがワイヤーを伝って手に取るように分かる。
それを無視して、私は懐からM500を取り出す。

このまま八つ裂きにするのは簡単だが、それだと武器の情報を残す事になってしまう。
とどめはあくまで銃で、でなければ素手だ。

どの道ここの惨状は、この場所を営んでいた者達には見てもらわないといけない。
直接見て、感じなければ、人は本当の意味で学ばない。

書類の上の数字だけでは足りないのだ。最低でも現場に赴くような人員達にはしっかりと脳裏に刻んでもらわないと。

『それじゃあ、人生おつかれさん』
「やっ、やめっ―――!」

声は銃声にかき消され、最後まで続くことはなかった。
放たれた弾は正確に心臓を吹き飛ばし、その奥の背骨すら砕いた。

残った肉塊を床に落とし、ワイヤーを巻き戻す。
血だまりが床に広がり、漂う臭いが嗅覚を刺激する。

銃を懐にしまって踵を返し、私は部屋を後にした。

『ま、来世で頑張って・・・』











「そんでねー、キンジったらランクアップ狙いの連中に追われて涙目で逃げててさー! 曲がり角で女の子とぶつかって、HSSになって返り討ちにしちゃったんだよ? どこのエロゲーだって話だよねー」
「ふむ、遠山とやらはムッツリなのか?」
「違いますね、どっちかと言えば永遠の純情少年でしょう」
「あっはっはそれいいね! 永遠の十七歳みたいな? 超うける」

ボストーク号のマリアの室内にて、マリア、ジャンヌ、理子の三人が駄弁っていた。
理子は武偵校に在学中だが、休日を利用して度々こうして帰ってきている。

その度に秋葉から調達してきた奇抜なファッションの数々を、ジャンヌやマリアが着る羽目になるのだが。
マリアはともかく、ジャンヌはまんざらでもなさそうな反応を示すのが拍車をかけていた。

今もジャンヌは、フリルをこれでもかという程ふんだんに付けたロリータファッションでチョコを頬張っている。
黒を基調としたその服には、彼女の銀髪はよく映えた。

マリアは濃紺色の控えめなデザインのワンピースだが、その頭には巨大なトンガリ帽子。
ベッドに座る彼女のそばには星のついた杖らしき物が置かれていて、どうやら魔女っ娘のコスプレをやらされているのがうかがえる。

普段は紐で纏めてある髪をおろしていて、いつもと少し違う雰囲気を感じられた。

「そう言えば、理子がしかけるシージャックはいつだったか?」
「十二月ですから、あと三ヶ月ですね。 キンジさんに伊・ウーに敵対する理由付けと、姉さんとの協力意識を増長させるための処置。後は純粋な戦力確保」
「そのとーり! Sランク武偵らしいけど、理子の作戦にかかればちょちょいのちょーい!」

ナース姿の理子が勢いよく立ち上がる。
身長に見合わぬ急成長を遂げた胸が服のサイズに合わず、いまにもはち切れて飛び出しそうだった。

「まぁこちらが伊・ウーだと知れば、向こうから飛び込んで来るでしょう。彼はそう言う人ですから」
「義を重んじる遠山の一族か、手合わせをしてみたいものだ」
「それよりもー、マリアってば結構その人のこと評価してるっぽい? これはまさかのまさかなのかな?!」

少しばかり興奮したらしい理子が、目をキラキラ輝かせてマリアに詰め寄る。
マリアが後退しないため、顔の距離は五センチ未満だ。

理子の言葉を聞いて、ジャンヌも驚いたように目を見開く。

「なに? そうなのか?」
「ジャンヌまで何を言って―――」
「理子りんレーダーによれば可能性は大だよ! マリアって帰ってきてからたまーに感情表に出すようになったし、マリアがまともに関わった男なんて片手で数えるほどしかいないよ? これはもう確実でしょ!!」

ベッドの上をピョンピョンと跳ねながら、喜色満面でまくし立てる。
しかし相変わらずマリアの顔は無表情で、焦りや狼狽えなど微塵も無かった。

むしろ、こころなしか段々と冷たい色を帯びてきている気さえする。
ジャンヌはマリアの正面にいたために気付いたが、理子はそうは行かなかった。

「理子、いいかげんに―――」
「マリアにもついに春が来ましたよ! これはもう教授にご報告しないとね! 可愛い曾孫さんにオ・ト・コ、が出来ましたよーって!!」
「・・・・・」

話を聞こうとしない理子に対し、マリアの目が絶対零度に達する。
ジャンヌがトラウマによってガタガタと震えるのを余所に、無言で傍にあったコスプレ用の魔法の杖を手にして―――――

「うるさい」
「ふぎゃぁうぇっ!!?」

刺した。あえてどこにとは言わない。
理子がジャンプし、重力によって落下する瞬間を的確に突いた一撃だった。

しかもご丁寧に星の尖った部分を直撃させたため、ダメージは計り知れない。
倒れ伏し、顔を布団に埋めて激しく悶絶する理子。

ジャンヌは思わず胸の前に十字を切り、両手を握って友人の冥福を祈った。
その姿はまるで、神に祈りを捧げる聖女の如く神聖だったと言う。

「理子、私はお前を忘れない。せめてお前の新たな旅路が安らかなことを願う」
「死んでないよ!? こんな所で理子は死なないんだから!!」
「でしたら自分で死期を早めるような行動は控えてください」
「ひぃっ!?」

ガチャリと、いつの間にか取り出したM500を理子の後頭部に押し当てる。
さすがの理子もマリアの冷たい視線に気付き、笑顔のまま硬直して青ざめるという高等技術を披露した。

魔女っ娘に銃で脅されるナース。シュールどころの騒ぎではない。
音が止んだ室内に、撃鉄を起こす音はとてもよく響いた。

「ちょっちょっちょーー! ストーップ! 理子勇者は逃げるを選択するよ!」
「敵に回り込まれた、逃げられない」
「ぎゃあー!!」

唐突に逃走を図ろうとも、マリアの『条理予知』にとっては予想の範疇。
一瞬にして再び捕まった理子が、思わず花の女子高生らしからぬ叫びを上げる。

ジャンヌは変わらず、友人の旅路を真摯に祈り続けていた。
















二年前の事を思い出していた。
初めて家にパートナーを招待し、久しぶりに楽しい家庭模様みたいな体験をしたのを覚えている。

いつもどこか疲れた顔をしていた兄さんが、あの時は本当に楽しそうに笑っていた。
真理も、表情は見えなくとも和やかな空気で座っていた。

両親が生きていたら、家族がまだあったら・・・
あんな風に楽しい家庭だったのだろうか?

俺たちが『遠山』じゃなくて、普通の家族だったら・・・・
あんな楽しい毎日が続いてたんだろうか?

今になって、ふとそう思った。

「お兄さんの失態についてどう思いますか!?」
「彼は言われていたほど優秀ではなかったのでしょうかっ?!」
「あなたも武偵を目指していると聞きましたが!?」
「やはり家族の汚点を拭えることを目標にしますかっ?!」

思い切り玄関のドアを閉める。
ドアに背を預けて寄りかかり、呆然と天井を見つめる。

「・・・・兄さん」

兄さんが・・・・死んだ。
海難事故に偶然居合わせて、最後まで武偵として活動した。

避難誘導を自分が最後の一人になるまで遂行し、しかし逃げ遅れて船と一緒に沈んだ。
死体は・・・あがっていない。

捜査は近々打ち切られると聞いた。
海流の流れや規模、範囲などを考えても発見は極めて難しいと言われた。

でも、俺は聞いたんだ・・。
役所の部屋を出て、半ば放心しながら建物の中を徘徊していた時に、偶然に。

―――たかが武偵一人なんかのために、時間を無駄に出来るか。

「・・・・くそ」

武偵なんか? なんかってなんだよっ・・・。
その武偵一人のおかげで、どれだけの人が救われた?

今も兄を罵る奴らの一部は、誰のおかげで助かった?
たかが武偵と言っておいて、事故を未然に防ぐのを要求するのか?

その難しさも理解していないくせに、出来て当たり前だと思うだけの部外者のくせに・・。

「ちくしょうっ!」

思わず、近くにあった傘立てを蹴り上げる。
派手な音を立てて中身が散らばるが、気にはならなかった。

床を踏み砕くような勢いで歩き、居間へと入る。
一瞬、二年前の光景が鮮やかにフラッシュバックした。

何か吹っ切れたように晴れやかな笑顔を浮かべる兄さん。
無表情で、でけど柔らかい雰囲気で溶け込んでいた真理。

そう、あの時に俺は、ちょうど台所を出たこの位置でこの光景を見ていた。
一緒に笑って、すぐ後にキツイ言葉を投げられてヘコんでた。

今になって思う、あれがとても幸せな日々だったんだと。

「・・・・」

無言で、あの時兄さんが座っていた席に座る。
仕事帰りにはここで一息ついて、夜食を食べるなりコーヒーを飲んでいた。

俺が夜食を作って出すと、いつもすまんと言いながら食べていた。
時折カナの状態のまま帰ってくると、ちょっかいを出されて大変な思いをした。

せめてもの意趣返しとしてHSSが解けた時にからかうと、真っ赤になりながら数倍返しでボコボコにされたっけ。
元の実力からしてSランクなんだから、俺なんかたとえHSSになっても一捻りだ。

ああ・・・でも真理なら、戦えるんだろうな。
どっちが勝つなんて予想は出来ないけど。

どっちも俺の中じゃ最強なんだよな。
負けるなんて考えられないし、でもどっちが勝っても不思議じゃない。

「・・・・・」

唐突に、激しい虚しさが襲ってきた。
懐から取り出したのは、武偵徽章。

武偵の証。弱い者達を救う、犯罪者を捉える正義の味方。
それが遠山家。今の時代の形が武偵と言うだけで、いつの世もあらゆる形で人助けを行なってきた家。

そんな姿に、兄さんも俺も憧れて、武偵を目指した。
最初は、子供がヒーローに憧れるのと同じような感覚。

でも武偵は実在する正義で、大きくなればなる程、なりたいという想いは強くなった。
ひと足先に世界に飛び立った兄さん。

しかし、俺にとって初めて、現実ってものが叩きつけられた。
今なら分かる、きっと兄さんもあの時、必死にこれと闘っていたんだと。

絶望して、苦悩して、だけどそれでも人を救う事を選んだんだ。
そんな兄さんを、俺は誇りに思う。

「俺には・・・・無理だ」

拳を力の限り握りしめる。
爪が食い込み痛みを訴えるが、それも意識の外だった。

俺達が追い求めた夢、人を救い続けた結果。
それがあれなのか? 罵られるのが定めなのか?

目先の感情にだけとらわれて、命の恩人に中傷を浴びせるのが人なのか?
死人に石を投げつけて、責任逃れしようとする奴らの口八丁に乗せられるのが人なのか?

そんな奴らを、命をかけてまで助けようとしてたのか? 俺は・・・。
あんな奴らを助けるために、兄さんは死んだのか?

そうなのだとしたら・・・・・俺は・・・

「くそったれ・・・」

力の限り、徽章を握り潰す。
しかし見た目のわりに頑丈なそれは、軋む音ひとつ上げやしない。

お前ごときにはどうにも出来ない、そう言われているような気がした。

「・・・・やめてやる」

口に出した瞬間にまた、ある光景が脳裏によみがえる。
桜吹雪の舞い散る場所で、最初で最高のパートナーと交わした約束。

そして、最後に紡がれた・・・・・あの言葉が・・・・

『―――――』

「っ・・・くそ!」

握りこぶしをテーブルに叩きつけた。
わかってる、これは彼女も、兄さんも侮辱することだ。

兄さんは現実に悩みながらも戦った。
そして、それを後押ししたのはきっと、あの時の真理の言葉だろう。

真理もおそらく、こんな現実を知っていた。
だからあんなにも心に響くような言葉が言えたんだろう。

きっと、それが武偵なんだ。
そんな現実も跳ね除けて、それでも人を救いたいと願うことこそが。

なのに・・・・

「俺には、思えない・・・・あんな奴らを・・・救いたいなんて」

そう、俺には出来ない。
今にも怒りが爆発しそうだ。

表にいるうっとおしい奴らに向かって、懐の銃を抜いて撃ちまくってやりたい。
慌てふためき、恐怖に引き攣りながら逃げ惑う姿を笑ってやりたい。

こんな捻じ曲がった思考しか出来ない俺に、武偵になる資格なんて無いだろう。
そもそも俺自身、もう武偵になんかなりたくないと思ってる。

兄さんと共に願った夢を、最高のパートナーと一緒に目指した道を。
俺は・・・・逃げたんだ。

「・・・・・わるい」

誰に対してだったか、もう思い出せない。
急激な睡魔が襲い、抗う意思も出てこない。

俺はそのまま、死にゆくように意識を闇に落とした。

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