小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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二十三話










凄まじい。まさにその一言に尽きる。
私の周囲の者達も、初めは批評したり見下したりと、様々な視線を向けていた。

歓迎が始まった瞬間、私の隣からも一人飛び出していった。
さすがに手傷の一つくらいは負うだろう、そう思っていた。

しかし、その予想は一瞬で覆ることとなった。
気が付けば吹き飛ばされ、見えない何かに殴打される者達。

床に落ちた時には気絶して、そのまま動かなくなった。
一体何をしたのか、まるで分からなかった。

しかし見えずともマリアには予測がついていたらしい、『不可視の弾丸』とやらを使ったと言った。
見えない銃撃、まさに読んで字の如しだな。

悠然と立つその姿から発される圧力。
それに、私を含む多くの物が悟る。彼女――――いや、彼は自分達よりも強いと。

相変わらず普段からは想像も出来ないような、芝居がかった口調で喋るマリア。
彼――今はカナと言ったか――の前に進み出て互いを見据える。

そこから始まった戦いは短く、しかし今まで見たどの戦いよりも常軌を逸していた。
私如きでは一生かかっても会得出来るかどうか分からない銃技の数々、それを防ぐ卓越した反射神経。

元より私は銃を扱う事はあまりないが、例え違ったとしてもあれは無理だ。
マリアと戦う時は、いつもいかにして攻撃を当てるかという事に終始する。

ひたすら攻撃を避けられ、絶妙なタイミングでのみ反撃される。
ただそれだけの繰り返し、間違ってもあんな恐ろしい技は一度も使わなかった。

(普段はとても近いというのに・・・・相変わらず遠いな)

見る側と魅せる側。
今のこの空間での立ち位置こそが、私と彼女の差。

私の能力はイ・ウーにおいては大した魅力もなく、誰かに教えてしまえばそれまでだった。
日々研鑽し続けてはいるものの、私の能力を学んでいった者の方が使いこなせている時さえある。実はマリアもその類なのだが。

悔しくないと言えば嘘になる、むしろ悔しいと声を大にして叫びたいくらいに悔しい!
反則にも程があるだろうあれは。

お前達の方がよっぽど超人じゃないか、そこらのステルスなど霞んでしまうぞ。
非超常現象で超常現象を越える時点で頭がおかしいとしか思えない。

超能力に憧れている子供たちの夢をぶち壊す気か貴様らは!

「ジャンヌー、さっきから百面相どころか千面相してるよー?」
「はっ! あ、いや・・・すまん、なんでもない」

どうも最近おかしな思考をしてしまう。
隣でポッキーを食べながら、イスに座って足をブラブラさせている理子。

あの二人が施設を見て回っている間に帰還し、共に観戦している。
私も理子も、もちろん最初は出ていこうとした。

新人歓迎は当人の格付けの儀式であると共に、下級生の進級チャンスの一つでもある。
例えば仮に万が一、いや、億が一私や理子がカナを倒したとしよう。

そしてそのカナがもしブラドや、今はもういないパトラを倒したとする。
すると、カナの立場が上がると同時にそれに勝った私達の立場も同じだけ上がるのだ。

まぁ極端すぎる例ではあるが、そう言うことだ。
戦いでは純粋な実力とは別に相性も重要だ、特に私のように明確な属性付きのステルスには。

「なーんか理子達と比べると鼠と人間くらいの差だよねー。噛み付ければ上々みたいな?」
「そうだな。レベルどころか次元が違う」

分かってはいたことだ。
マリアは、単騎でブラドを倒した。それも圧倒的に、かつ迅速に。

かつて理子の先祖である初代リュパンと、私の先祖である双子のジャンヌとの三人がかりでも倒せなかった怪物を。
実は表向き、ブラドは教授が倒した事になっている。

マリアが倒したと言う事実はそれこそ私達のような例外か、一部の幹部級にしか教えられていない。
何故ならイ・ウーにおいて、マリアは「表向きはナンバー2ではない」からだ。

フリッグが教授の右腕のごとき立場であることは事実だが、マリアはそもそも実力を出す機会がない。
本人の話では教授と稽古する時は常に全開らしいが、少なくとも私は見たことがない。

よって殆どのメンバーはマリアが実はナンバー2である事は知らず、実力的には上の下ぐらいに思ってだろう。
故に今のナンバー2は表向きはブラドと言う事になっているし、誰もそれに異議など立てない。

裏のナンバー2を知っている者は、私たちを含めても両手で数えるほど。
そして、真のナンバー2とそれより下の者達との間には、埋めようのない絶壁の如き溝がある。

ナンバー3が十人いても越えられないような深い溝であり、その向こうに立っているのがマリアと教授なのだ。

「むーん、理子りんちょっとブルーな気分です。理解は出来ても納得は無理ーみたいな」
「そうだな・・・・私も、悔しいよ」

フリッグのサービスタイム終了宣言。
それがまた、私達の劣等感に拍車をかける。

再び始まる銃撃戦。
もはや私達ではこの距離でさえ、目で追うことも出来ない。

宙を飛び交う跳弾の群れ、まるで空中に火花が走り回っているようだ。
それに反応して不可視の弾丸とやらを、恐らく連射しているカナ。

それらが跳弾してカナに迫ろうとしていた弾丸に当たり、その二つが方向を変えて他の弾丸へと当たっていく。
言うなればビリヤードのように、衝突の連鎖がさらなる迎撃の手数を増やしていく。

これも見えていた訳ではなく、金属同士がぶつかる火花と音で推測しているにすぎない。
絶え間なく響く発砲音、止むことのない火花の嵐。

照明すら必要なくなるような光が室内を満たし、そのあまりの激しさに目を細める。

『いや〜すごいすごい、ここまで耐えたのは教授を除けば貴方が初めてだ。まぁ実際にはここまで技を引き出されること自体が貴方で二人目なんですけどねぇ』
「それは―――っ、光栄ね!」

開始から一歩たりとも動かず、ただひたすらにマリアは銃を撃ち続けている。
左手に予備のマガジンを準備しておくと言う余裕ぶり。

対して、カナの表情は時が経てば経つほど苦しげに歪んでいく。
跳弾を自分の弾で弾いて利用すらしているのに、それは何故か?

「多分だけどぉー、マ・・・フリッグは弾かれた弾をさらに弾き返す事で取り返しているんだと思うよー」
「それは・・・キツイな」
「うん。ただでさえ装弾数で負けてるから、時間が経つほど襲いかかる弾は増えるばかり。何か手を打とうにも、一瞬でも意識を他に割けばその瞬間に跳弾の雨を全身に浴びるって寸法だね」

どんな地獄だそれは。
つまりは敗北が決定した拷問みたいなものじゃないか。

むしろ今ああして耐えている事が奇跡だ。
反応しきれなかった弾は最小限の動きで極力避ける事で、なんとか持たせているのだろう。

この弾幕戦が始まってから、地面に落ちた弾は一発もない。
最初に放たれた弾すら健在であり、それは床に薬莢しか転がっていないという事実が証明している。

弾幕の中で踊る美しき美女、景色を彩るのは幾千に迸る火花と美女の手元で光るマズルフラッシュ。
BGMはかん高い金属音と銃撃の合唱か。

ただ延々と主演の敗北を見届けるという悪趣味さのわりに、それでも金を払う価値のありそうな美しさがある。
これだけの嵐が、観客の誰一人にも当たることなくたった二人の人間に管理されている。

私に言わせれば、この神技の方がよっぽど超能力に見える。

「っ!!」

直後、ついに終わりは訪れた。
ガキン、と嫌によく聞こえてきた空撃ちの音。

幾度となく装填され、撃ち続けていた弾丸。
その予備がついに尽きたのだ。

咄嗟に動きを増して回避に専念するが、もはや百単位に達した嵐を避けきるのは不可能だ。
それでも数秒は耐えたが、すぐに膝を折るようにして前のめりに体勢を崩す。

「くっ!」

さすがにこの隙はどうしようもなく、初めてカナの顔に明確な焦りが見えた。
跳弾の嵐は、そんなカナに容赦なく牙を向く。

まるで予測していたように、全ての弾丸がカナと言う一点に向かって跳んだ。
このままでは、死にはしないまでも相当な重傷を追うだろう。

思わず周囲がどよめき、私も理子もイスから立ち上がる。
百を越える弾丸が、目を見開くカナの体に届く瞬間―――――

『はい、お疲れさまでしたぁ』

力の抜けるような声と同時に、パチンッと指を打ち鳴らす音が聞こえた。
ただそれだけで、全ての音が消えたのだった。













「はぁ・・・はぁ・・」

荒い息遣いの音だけが空間に響く。
つややかな髪を僅かに乱し、カナは周囲の光景に今日(こんにち)最高の驚きを露わにしていた。

ほんの数秒前、自らを仕留めんと迫っていた百以上の弾丸の雨。
それらが全て、カナの周りに転がっていた。

しかも、全て真っ二つに両断された状態で。
まさに戦いの最初に、自身の不可視の弾丸を防がれた時と同じように。

(どう言うこと・・・?)

顔を上げて、目の前に立つ全身真っ黒の仮面の人物を見上げる。
彼(彼女?)は、ただ指を弾いただけだ。

たったそれだけの瞬間、百の弾丸が斬り落とされた。
いともたやすく、まるでナイフでバターを着るかのようにあっさりと。

疲労困憊と言う事もあり、カナの思考はますます混乱する。
正体不明の切断術、加えて銃一丁ですら無限大に等しい戦術を行使する卓越した技術。

(これが・・・イ・ウーの上ってことね。)

最初に向かってきた者達など赤子に等しい。
そもそもからして、ここまで圧倒的な敗北を喫する事自体、カナにとって初めての経験だった。

まだまだ未熟、逆に言えばこれからも伸びしろがあるということ。

(皮肉だけれど、ここにいれば私はまだ強くなれると言うことね)
『ええ、その通りですよ』
「っ!?」

まるで思考を読んだかのように話しかけてくるフリッグに、動揺を隠せなかった。
まさか自分の考えは全て読まれているのか。そんな恐怖にも似た警戒心が心を支配する。

「どうして・・・」
『なぁに簡単ですよ。ここには強さを求めて入学する者が多い。ですから今の貴方のように、ここにいれば強くなれると感じた人間の目は何度も見てきたんですよ』

だから、見ればすぐに分かる。
そう言って小さく笑い声を漏らしたフリッグ。

内心でホッとしつつ、カナは何とかいつも通りの微笑みを作る。

「ええそうね。あなたの言う通り、私もそう感じたわ」
『それはなにより。貴方なら、きっと今よりはるか高みに行けることでしょう』

両手で天井を仰ぐような、大袈裟な身振りで語りかけるフリッグ。
その様子は、自分よりも天上に立つ者を見据えているかのように見えた。

「それは、あなたよりもってことかしら?」
『さあ? それは、貴方次第ですよ、カナ』

一歩前に進み出て、まるで貴公子のように手を差しのべる。
それを、カナはより一層笑みを深くして握った。

体に負担がかからない絶妙な力加減でカナを引き起こし、フリッグはそのまま歩き出す。
淑女をエスコートする紳士のように。

はたまた、王女を守護する騎士のように。

『医療施設までエスコートしますよ。女性を傷付けて放置と言う訳にもいかないですからねぇ』
「あら、さっきまではあんなに激しかったのに、終わると優しいのね」
『女性を労わるのは礼儀ですよ』

互いに笑みを――もちろんフリッグの顔は見えないが――交わしながら出ていく二人。
完全な沈黙が流れる空間、誰もが口を開けず固まっていた。

勘違いしていた、彼にも彼女にも。
新人は幹部級のまごうことなき超人。

上の中ではそこそこレベルだと思っていた影のごとき者はさらにその上を行く、もはや怪人と言う他ない。
研鑽派にとっても主戦派にとっても喉から手が出るほど欲しい人材だが、はたしてコンタクトを取って無事でいられるのか、という懸念が残る。

少なくとも今この場にいる全員が、あの二人と対立するのは死んでも御免だと感じていた。

「・・・・これは、勢力図が変わるんじゃないか?」
「くひひ、そうだねぇ。フリッグは中立宣言してるからともかく、カナはこれから時の人になりそう」

二人の何気ない会話が、嫌によく響いた。

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