小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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二十五話










ゆらゆらと、俺は暗闇の中を漂っていた。
いつも通りの光景、寝たり起きたりを繰り返すこの時期では感じ慣れた感覚だった。

しばらくこうした後に俺の意識はゆっくりと沈み、目覚めた時には一週間前後の時が過ぎているだろう。
何度も経験したこと。そして起きれば寝る前までの自分の言動を思い返して、頭を抱えることになる。

(それにしても・・・・強かった)

先程までの、間違いなく今までの人生で最強の敵との戦いを振り返る。
後半は反撃の余地などまるでなく、ただ敗北の時間を引き延ばすことしか出来なかった。

悔しいと感じる以上に、高揚を感じたのは仕方のないことだろう。
この場所でさらに己を磨けば、今よりもっと多くの人を救えるようになる。

彼女に背中を押された夢、それに一歩でも多く近付く足掛かりになる。

(しかしまずは、疲れを癒さないと・・・な・・)

薄れていく意識。
そろそろ深い眠りにつくのだろう。

俺はいつものように、それに身を任せる。
しかし、その時、やけに暖かい光に身を包まれている気がした。

(これは・・?)

優しく、繊細に触れてくる。
その光に触れられた所から、嘘のように疲れが消えていく。

今までに体験した事がない現象だった。
それに驚きはしたが、不思議と疑惑や警戒といった感情は抱かなかった。

むしろ、まるで亡き母の腕の中にいる時のような懐かしい温もりに、安堵すら感じる。
それに導かれるように、俺は意識を浮上させていった。







「ん・・・うぅ」
「ふぎゃああぁぁぁぁぁぁ!!?!?!」
「っ!? な、なんだっ!」

目覚めた直後、奇っ怪な悲鳴が聞こえ慌てて体を起こした。
反射的に懐の銃に手を伸ばし、しかしそこに何もない事に気付く。

少し焦って周りを見れば、ベッドの傍にあるサイドテーブルの上に置いてあった。
それを取ってベッドから抜け出し、閉まっていたカーテンを開け放つ。

既にHSSは解かれているので、いつも以上に気を配らねばならない。
ざっと見た限りでは室内に人影はなく、気配も感じられない。

しかし、ではさっきの悲鳴は何だったのか?
室内が荒らされた形跡もなく、誰かが襲われたという線も考えにくい。しかしやけに近くから聞こえた気もするのだが。

「・・・・誰かいるのか?」

意を決して呼びかける。
しかし、帰ってくるのは痛いほどの静寂。

物音一つ、呼吸の音一つ聞こえない。
・・・ただの空耳?

そう思って気を緩めた直後、すぐ隣にあったロッカーがガタンッと動いた。

「なっ!?」

突然の事に驚き、咄嗟に飛び退いて銃を構える。
今の状態では『不可視の弾丸』は使えないため、普通に使用するしかない。

そうなると、ピースメーカーは装弾数の少ない骨董品になってしまうのが欠点だ。
いつまでもガタンゴトンと揺れ動くロッカーを、油断なく見据えながら構える。

もちろん周囲の経過も怠らない、これがブラフである可能性もあるのだ。
二分ほどそのままの状態が続いて、ようやくロッカーから現れたのは、なんと小柄な少女だった。

「う、うううう撃たないでくださいぃ〜〜〜!」
「・・・・子供?」

しかもナース服の子供だった。
ここの職員かなにかだろうか?

「君は・・・ここの看護婦か?」
「ははははいそうです! ふふふフリーシア・ナイチンゲールと申します! だだだから撃たないでぇぇぇっ!!」

だからの使い方がおかしいが、元より撃つ気はない。
しかもナイチンゲールの一族を襲う理由など俺には無い。

ただひたすらに、人の命を救うことを信条に生きる一族。
むしろ俺としては、共に手を取り合いたいくらいの者達だ。

「安心しろ、俺は君に危害を加えたりしない。それと、俺が気を失ってから何日くらい経ったか分かるか?」
「ああああありがとうございますっ!! えええっと・・・貴方が眠ってからちょうど三十分くらい経ちました!」
「・・・なに?」

三十分だと?
たったそれだけしか経っていない?

あまりにもおかしい、少なくとも四日程度は眠るはずだ。
眠気に耐えられない程に脳に負担がかかったし、殆ど気絶に近い形で気を失った。

それなのに、たったの三十分で治ったと言うのか?

「もしかして・・・キミが?」

可能性があるとしたらそうだ。
ナイチンゲールの一族が持つ医療技術は、世界の先進医療のさらに五十年は先を行っている。

俺が他の人間たちよりも人を治す事に長けているのも、彼女らの一族に師事を受けた事があるからだ。
それでも教わったのはほんの一部の技術、しかしそれだけで見違えるほど多くの者を治す事が出来るようになった。

それだけ彼女らの医療は卓越した領域にあり、世間の想像を遥かに凌駕する。

「ははははい、最初は体の疲れを癒すだけだったのですが、きょきょ教授から連絡がありまして、ああ貴方は体質的に脳に大きな負荷がかかっていると聞きましたので!!」
「そうか、やはり」

脳に蓄積された多大な負荷を、それもこんな僅かな時間で完璧に癒すなんて聞いた事がない。
さすがはナイチンゲールの一族と言ったところか。

おまけに体の方もバッチリだ、すぐにでも実戦が行えるほどに回復している。

「世話になったようだな。俺は遠山金一だ、これからも偶に厄介になるかもしれない、よろしく」
「いいいいえいえ! 傷ついた人を癒すのが私達の使命です!」

ビクビクしながらも、差し出した手を握ってくるフリーシア。
しかし、その言葉を発している彼女の目は、確かな輝きを宿している。

「そそそれでですね」
「ん?」
「きょきょ教授が、貴方が起きたら大浴場への道を教えるようにと。たたた戦いで汗とか掻かれたでしょうし!」
「ああ、そう言えば」

疲労は消えたとはいえ、一度湯でも浴びてさっぱりしたいところだ。
風呂場を借りられるなら、ここはお言葉に甘えよう。

「そうだな、何処に行けばいい?」
「ここっここを出て左にまっすぐ歩いて、突き当たりを右に行けば見えます。なんでも今は男湯が壊れて使えないので女湯の方に入ってくれといいい言ってました。ももっ、もちろん人払いは済ませてあるとのことです!」
「そうか、分かった」

色々と準備がいいな。
ぺこぺこと頭を下げるフリーシアに礼を言って、俺は浴場へと向かう。

そう言えば、俺の格付けはどうなっただろうか?
あのフリッグがイ・ウー内でどの程度の地位にいるかにもよるだろうが、それなりに力は示せたはずだ。

ここでは己の力を高める事を目的とする研鑽派と、争いを起こして世を侵略することを目的とした主戦派の二つの派閥があると聞く。
出来ればどちらとも、ある程度は良好な関係を築きたいところだが、あまり贅沢は言えないだろう。

俺自身の力を高めると言う意味でも、どちらかと言えば研鑽派と関わるべきなのだろうが・・・

「ここか」

たどり着いた脱衣所、何故か大きく湯と書かれた暖簾がかけてあった。
日本人がいるわけでもないボストーク号の浴場に何故? と思わなくもなかったが、まあ誰かの趣味だろうと割り切って中に入った。

室内はとても綺麗に整備され、実際に宿泊施設のそれとも劣らない広さだった。
ここまで来ると早く温かい湯船に浸かりたいという欲求が出てきて、俺は手早く服を脱ごうと手をかけた。

その時、突然浴場へと続く扉ががらがらと音を立てて開いた。
人払いは済ませたと聞いていたが、清掃の人間でもいたのだろうか?

そう思い顔を向けると、出てきた「少女」と目が合った。

「なっ・・・」
「・・・・」

思わず声が出てしまった。
一瞬で、世界の時間が停止したようだった。

長い、とても長い亜麻色の髪を膝まで下ろした少女がそこにいた。
前髪すらも長く、顔の輪郭はハッキリとは確認出来ない。

だがその隙間から覗き見える紺碧の瞳は、まるで海のような深みを帯び、しかしそれでいて澄み渡った青空のごとく美しい輝きを秘めていた。
目が合った一瞬で、いともたやすく俺の目を惹きつけた。

そしてなにより、陶器のように白くきめ細かい肌。
ドレスでも着て豪奢な椅子にでも座っていれば、精巧な人形かと間違われそうだ。

「・・・・あの」
「はっ!」

かけられた声に、止まっていた時間が動き出す。
ぷっくらとした桃色の可愛らしい唇から放たれた言葉は、意外にも低めの声だった。

湯上りで濡れそぼった体は赤く上気し、危険なまでの色気を感じる。
温度差によって発生した風に乗って、クチナシの香りがまるでフェロモンのように―――――

(いや違う! そうじゃないだろう!?)

不埒な思考を跳ね飛ばして正気を取り戻す。
咄嗟に顔を伏せたが、体がカッと熱くなるのを感じた。

俺は今なにを考えていた?
なにをジロジロと観察しているんだ、これではまるで覗き魔ではないか!

いや、少女からすればまさにそうだろう。
異性に見られたわりに平然としているが、もしかしたら俺の容姿の御陰かも知れない。

自分で言うのは果てしなく嫌だが、HSSが解けても見た目で女と思われる事は多い。
きっと彼女も俺を女と思っているのではないだろうか?

目が合った時の反応は、新人の俺と遭遇したからに違いない。
ここにいる者達には俺が男と伝わっている筈だが、奇跡的にも彼女は忘れているとも考えられる。

それはそれでバレた時の反応が恐ろしいが、今はこの状況を打開しなければ!
そう思い、意を決して伏せていた顔を上げる。

「どうかしました?」
「―――――っ!!?」

目の前に少女の顔があった。
訝しげに俺の顔を覗き込みながら、どこか心配そうな目を向けている。

しかし、俺の意識を奪うのは他の事だ。
伏せている俺の顔を覗こうとしたらしく、彼女は少し前屈みの体制になっていた。

それによって、さっきまでは彼女の体に密着して色々と隠してくれていた髪が離れたのだ。
つまり、その・・・・・・とてつもなくマズイ景色が広がっている。

「あ・・あぁ・・」

体の芯が、急速に熱くなってくる。
血が沸騰するかのような熱が全身を駆け巡り、いつもとは違う方向で「なりかける」。

それはマズイ、なによりもマズイ。
下手をすれば覗いたことなどよりも遥かに取り返しのつかない事になる。

それを回避するべく、俺は最終手段に移った。

「す、すまない!!」

それは、戦略的撤退だ。
深く、深く頭を下げて謝罪し、身を翻して一目散に脱衣所を出た。

これは断じて逃げじゃない。状況を正確に判断し、最も的確な対応を模索した結果の行動だ!
俺はそのまま、最後の最後まで全力疾走で自分に与えられた部屋へと駆け込んだ。















「はぁ・・」

金一が去った後の脱衣所で、マリアは溜め息をついた。
突然の鉢合わせに、どう上手くやり過ごすかと考えていた。

見られたとはいえ、鉢合わせしたのはあくまでマリアだ。
髪と目の色も違うし、髪も下ろしていたのでバレてはいないと思われる。

声をかける際も、念のために声を変えておいたので大丈夫なはずだ。
しかし、当の金一はまるで岩のように固ってばかりだった。

声をかけてみれば顔を伏せ、なにやら必死に考えていた様子。
なにかあったのかと少しだけ心配し、顔を覗こうとした直前に顔を上げたのだ。

やっと話が進むかと思いきや、またしても硬直する金一。
いい加減に会話しようとマリアが思った矢先、大声で謝罪してダッシュで逃走して行った。

「固まったり謝ったり、忙しい人ですね」

今なお全裸でやれやれと肩を竦めるマリア。
それに気付き、ドライヤーで髪を乾かしてから服を来た

さっきの事は部屋でゆっくり考えようと思いつつ脱衣所を出る。

「くっふっふー。見ちゃった〜、理子りんは見ちゃいましたよ〜」

直後、横から聞こえてくる声。
マリアが振り向けば、そこには理子とジャンヌが壁に寄りかかってこちらを見ていた。

しかし、言葉は裏腹に二人の纏う空気はひどく・・・黒かった。

「二人とも、どうかしました?」
「いやなに、お前と渡り合った期待の新人に挨拶でもしようかと思って医療施設に行ったのだがな、リシアに大浴場に行ったと言われたのだ」
「でもそう言えばマリアも浴場に行くところを見かけたのを思い出してぇ〜、急いで飛んで来て見れば新人さんが飛び出していく所だったってわけ」

話す雰囲気こそ普段通りだが、放たれるオーラは筆舌し難い歪みを帯びていた。
ジャンヌが握る聖剣(デュランダル)の柄がギリリと音を立て、理子が持つポッキーの箱がグシャリと潰れた。

「それで、マリアよ・・」
「もしかしてとは思うけどぉー・・・・・・・見られたの?」

問われこそすれ、しかし声にはどこか確信を含まれている気がする。
そんな二人の詰問を受けたマリアは―――――

「ええ、まぁ」

しれっと、余りにも容易く答えた。
その瞬間、二人のドス黒いオーラが爆発した。

聖剣の切っ先がズブリと金属の床に食い込み、理子の口にくわえられたポッキーが弾け飛んだ。

「そうか・・・」
「くっふっふー、そっかそっかー・・・」

短く反応し、マリアに背を向けて歩き出すジャンヌと理子。
その背中はイ・ウー最下級の構成員とは思えない、一騎当千の強者の圧力を放っていた。

「遠山―――」
「金一―――」

聖剣を肩に担ぐジャンヌ。
両手にワルサーP99を携え、髪の毛でナイフ二本を操る理子。

二人の目指す先、それはつい先程金一が走り去って行った方向と同じだった。

「「ブッ殺ス!!」」

銀氷の魔女と武偵殺し。
伊・ウー最弱にして、現在は最凶の二人が牙を向く。

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