小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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二十六話










「やってくれましたね」
「くっ、くくく・・・ふふ、あっはは」

無表情な顔に唯一、絶対零度の視線を装備し、マリアは先程の事故の犯人を見据えていた。
マリアが部屋に来た直後から体をプルプルと震わせて笑いをこらえているシャーロック。

しかし抑えきれない声が漏れ出ており、それが全てを物語っていた。
呆れ、などという感情ではもう言い表せない。

すさまじく冷たい視線がシャーロックを射抜いていた。
決して自身の裸体を見られた事への怒りではなく、正体が露呈するかもしれないという懸念によるものだ。

「あの時彼がカナであれば、場合によってはバレていたかもしれませんよ」
「ふふふ・・・しかし、彼はカナではなかった」

目の端に涙を浮かべ、ようやく落ち着いてきたらしい腹部をさすりながら答える。

「私が対処を誤っていたら―――――」
「君に限ってそれはない、他の誰でもない僕が保証しよう」

本人の言葉を遮ってまで断言する。
面白がる笑みはそのままだが、その時だけは冗談の色を一切含んでいなかった。

これが、『条理予知』を持つ二人の数少ない絶対的な見解の相違の一つ。
それは、マリアに対する評価の違いだ。

それなりに強くなったと自負はしているものの、マリアは常に自分を一歩も二歩も低い場所に置こうとする。
過信しすぎるのが良くないのは事実だが、彼女の場合は過小評価のしすぎでもあった。

シャーロックからすれば、マリアは既にどこに出しても恥ずかしくないと言える。
若干表現がおかしいかもしれないが、要はそれだけ高い実力を備えていると評価しているのだ。

謙虚、と言うのは少し違う。
何が彼女をそうさせているのか検討はつくが、敢えて追求はしない。

こればかりは本人が気付いて乗り越えねばならない、一つの関門だとシャーロックは考える。

「そう言えば、そろそろ二人が到着するころじゃないかね? 彼なら大事にはならないだろうが、艦内には被害が出るかもしれない」
「・・・・・」

要約すれば―――止めに行かなくていいのかい? だ。
ここまでのあれもこれも、全てが彼の推理の範疇。

そして、その上で、彼は楽しそうに笑っている。
これが、自分と彼の差なのだとマリアは思う。

不完全なマリアはともかく、シャーロックの『条理予知』は文字通り予知能力と行って差し支えない。
戦術や戦略に関する事は勿論、その力は日常生活まで及んでいる。

例えば彼には、明日マリアがどこで何をするか、何を食べるかまで既に予知できているだろう。
それどころかジャンヌ、理子、金一、フリーシア、果ては伊・ウーのメンバー全員に至るまで。

むしろ彼が少しでも存在を知っている全ての者のこれからの人生すら、知ろうと思えばやれるだろう。
何もかもが既知の範囲、例外など数十年に一度あるかないか。

そんな、周りの全てが予想済みの上で、彼は笑っているのだ。
普通の人間なら心をすり減らしてマリア以上の無感情な人形になるか、病んで狂う可能性だってある。

それでも、笑う。
いつまでも子供のように、遊んで楽しんで喜んで。

つくづく敵わないとマリアは思う。
不完全な『条理予知』でさえこのあり様な自分には、到底不可能な領域だ。

だからこそ、憧れる。
昔に抱いていた、故人に対する漠然としたものではない。

もっと明確な、偉大な父に対する尊敬とでも言べきか。
追いつきたいと強く願う、乗り越えたいと渇望する。

己の中の条理予知が不可能だと訴えていても、これだけは誰にも塗りつぶせない。
まだ僅かに残るマリアの心が、激しく脈打つただ一つの思い。

「はぁ・・・止めてまいります」
「うん、頼んだよ」

満足気に頷くシャーロック。
部屋を出て、現場となるであろう場所へと赴く。

近付けば近付くほどに、微かな衝撃と銃撃の音が伝わってくる。

「体一つ見られたくらいで、大袈裟ですね」

自身の容姿に未だ自覚のないマリア。
それを偶然とはいえ見てしまった男の罪など、彼女には到底理解し難いものだった。
















いったいどうしてこうなった!
俺の頭は混乱の真っ最中だった。

脱衣所から戦略的撤退をして部屋に飛び込んだ後、頭を抱えてひたすらに考えていた。
不慮の事故とはいえ、女性の裸を見てしまったのだ、謝罪一つで済む訳はない。

むしろそれで終わらせてなるものか、俺自身が納得出来ない。
義に生きる遠山の長子として、最大限の誠意を持って侘びねばならないだろう。

あの時に逃げ出・・・撤退してしまったのは不味かった気もするが、今は先の事を考えるべきだと思った。
ともかく、どうするにしても少女にもう一度会わねばならない。

湯に濡れて美しく輝く亜麻色の髪、吸い込まされそうな紺碧の眼。
顔の大半が隠れるような長い髪と裸体ということも相まってか、まるで妖精のような印象を―――――

(違う違う! 今はそっちじゃない!)

などとブンブン頭を振り回し、必死に思考を切り替えようとして。
それは―――――やって来たのだ。

突如として部屋の外に、おぞましいとも言えるドス黒い殺気を感じたのだ。
ハッとして身構えようとした瞬間、ドアが「切り裂かれ」た。

スローモーションで半分になり、倒れていくドア。
そしてその先に、二匹の鬼、いや、修羅がいた。

何かのステルスかと思う程に黒いオーラをその身に纏い、その手に持った武器がギラリと強い光を帯びていた。

「「遠山金一ぃぃぃぃーーーっっ!!!!」」
「な、なんだっ!?」

叫び出したかと思えば、有無を言わさず飛びかかってきた二人。
名乗りも何もあったもんじゃない。

しかし、理由も分からずタダでやられるなどありえない。
咄嗟に斬撃を躱し、銃を構える金髪の少女に肉薄する。

よく見れば俺をイ・ウーに誘った[武偵殺し]だと分かったが、今は話が通じる状況ではなさそうだ。
人の手のようにナイフを掴む髪の毛が不気味だが、何かの超能力だろう。

放たれる寸前に弾道から身を外し、襲いかかってきたナイフも身一つで避ける。
ピースメーカーでナイフと銃を撃ち弾き、瞬時に踏み込む。

怯んだ瞬間に背後に回り込み、拘束して頭に銃を突きつけた。
もちろん牽制だ、撃つ気はない。

「動くな!」
「っ!」
「く!」

俺の言葉に動きを止め、悔しげに、もとい憎たらしげに悪態をつく。
他に仲間がいないか警戒しながら、ゆっくりと口を開く。

「君は武偵殺しの子だろう。そっちの君は知らないが、何のつもりだ?」

新人の歓迎、ではないだろう。
俺の力は示したはずだし、なによりこの二人では俺には勝てない。

フリッグとその前の戦いで、ここの戦力は大方は把握した。
HSSでなくとも、それなりの位には食い込める。

今のやり取りで見る限り、この二人は相当に位の低い部類のはず。
こっちの方が上だと知っていて尚けしかけて来たと見た。

「ふん、普段でもそれほどの腕か、覗き魔め」
「そうだねー、これはちょっと予想外だよ、覗き魔ー」
「なっ!?」

何故知っている!?
まさか・・・あの現場を見られた?

俺としたことが、周囲の警戒を忘れていた。
なんて致命的なミス、変な噂を流されればこれからの潜入捜査に支障が出る。

いや、実際にはそれ以上の事態になるかもしれん。
そして気付かなかった、動揺した拍子に拘束の力が緩んでしまった事に。

腕の中からすり抜けていく感触、ハッとした時には遅かった。
弾かれた銃とナイフを拾い上げ、銀髪の少女の隣へと移動した武偵殺しの少女。

「挨拶が遅れたな遠山金一。私はジャンヌ・ダルク30世。お前には魔剣(デュランダル)と名乗った方がいいか?」
「峰・理子・リュパンだよー。家名で呼ばれると殺しちゃいそうになるから、理子って呼ばせてあ・げ・る」

魔剣にリュパン。
ジャンヌ・ダルクの幻の子孫に世紀の大怪盗の末裔か。

さすがイ・ウー。下級の者ですらこんな大物達が揃っているのか。
上級にはどんな血筋がいるのか想像もしたくないな。

「それでその・・・君達は先程の事で怒っているのだろう?」
「はぁ?」
「あぁん?」
「うっ!」

なんという圧力だ、思わず竦み上がってしまった。
なにか彼女たちを逆上させるような言い回しをしてしまったようだ。

「怒ってる・・・か。ああ、そうだな」
「くふふ、そうそう、理子りん達は怒ってるんですよー」

歪に口元を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべる。
数多の凶悪犯罪者を相手にしたが、これほど禍々しい笑顔は見たことがない。

どれだけ彼女たちが内心で怒り狂っているか窺い知れるというものだ。
背中を流れる冷や汗を感じつつ、一瞬たりとも二人の挙動を見逃すまいと見据える。

仮りにも二人はイ・ウーメンバーだ。
油断は禁物、刹那の気の緩みが絶対の死を運ぶだろう。

「君達は・・・・彼女の知り合いか?」

もしそうなら、言い方は不謹慎だが助かった。
謝罪をするにしても、彼女が誰で普段はどこにいるのか知らないからだ。

ボストーク号は広い。名前も知らない一人の少女を見つけるにはそれなりの時間が必要だ。
かと言って誰かに聞くのも躊躇われた。

もし何の用があるのかと聞かれたら何と答えればいいんだ。
裸を覗いたから謝りに行きたい、などと答えろとでも?

そんなの死んだ方がマシだ、末代までの恥だろう。
だから彼女の知り合いだと言うなら、なんとか話をつけて貰えないかと思ったのだが―――――

「だから?」
「なに?」

どうやら無理そうだ。
殺気が実に四倍に膨れ上がった。

「いやその・・・・出来れば謝罪がしたいので、会わせてはもらえないかと思ってだな」
「と見せかけて不埒な行為に及ぶつもりか、変態め」
「発情期の淫獣は森に帰って野生の雌にでも腰振ってろよ」
「なぁっ!?」

へ、変態・・・だと?
しかも淫獣!?

ここまでド直球に言われるといっそ清々しいな。
というか年頃の娘がそんな発言を堂々とするな!

「ま、待ってくれ! あれは不可抗力だっ、決して俺の意思ではない!」
「ふん、安い言い訳だ。もっとマシな冗談でも言えないのか?」
「変質者はみーんなそう言うんだよー? 武偵ならそれくらい知ってるよねー」
「ぐぅ!」

た、確かにそうだ。
しかし、例えやっていなくても言うだろうと身をもって実感した。

これが濡れ衣を着せられた者の気持ちか、まあ俺は全くの無罪ではないが。
これだけ取り付く島もないと話が進まない。

何とか打開策を打たねば。

「そ、そうかもしれない。だが俺は真剣に謝りたいと思ってだな」
「白々しい、どうせ彼女の体に見惚れていたのだろう?」
「陶器みたいに白くてスベスベでー、特に吸い込まれちゃいそうな目にロックオンしてたんじゃないかなー?」
「・・・・・」

何も言い返せなかった。
それどころかさっきの光景を明瞭に思い出してしまい、体が再び熱くなるのを感じる。

マズイ、まさか思い返すだけで熱が灯るなんて!
顔の火照りが抑えられない、きっと今の俺は林檎のように真っ赤になっているに違いない。

現に俺の反応を見て、二人の顔から感情が抜け落ちた。
まるで催眠術にでもかかったかのような据わりきった目が、俺の体をこわばらせる。

「やはりここで・・・撥ねる!」
「りっこりこにしてやんよ」

再び襲いかかって来る。
気のせいか、さっきよりも遥かに動きにキレがある。

今の彼女たちならイ・ウーでも中堅には行けるのではないだろうかと思う程に。

「くそ!」

思わず悪態をつく、どうしてこう上手く行かないんだ。
あの時の自分の迂闊さを呪うべきなのか、シャーロックの不手際に怒るべきなのか。

速度が倍加したジャンヌの剣をギリギリで避ける。
見事なタイミングで放たれる援護射撃を紙一重で躱しながら、こちらも撃ち返す。

向こうが防弾装備をしているのは分かっているので、あくまで服の上から狙う。
まずは話を聞いてもらえる状況にしなければならない、それには二人を制圧するしか思いつかない。

結局風呂に入っていなかった故に、汗でベタついた肌が不快だ。
気を散らす程ではないが、どうにも動きづらくて仕方ない。

「大人しく撥ねられろ!」
「何をだ!?」
「大丈夫だってー、気持ちよく逝かせてあげるからぁ」

全力で遠慮する。
何故だか狙う位置が異様に低い斬撃を避け続ける。

当たってしまえば取り返しのつかないことになる気がした。
絶対に当たってなるものかという使命感にも似た感情が沸き起こる。

しかしフリッグとの戦いからろくに補充もしていなかったため、弾が底をつく。
理子とやらの攻撃に応戦出来なくなり、窮地に立たされることとなった。

(まずい!)
「そこだぁ!」
「逝っけー!」

その隙を見逃さず、同時に渾身の一撃を仕掛けてくる。
二発の銃弾と、大上段から振りおろされた剣が迫る。

剣は銃身で受け止められるかもしれないが、銃弾はそうもいかない。
これは多少のダメージは甘んじて受けるべきかもしれない。

どの道防弾性のコートは着ているので、骨にヒビが入っても死ぬことはない。
そう思い、剣だけでも防ごうと腕を上げようとして―――――

『なーにをやってるんですかぁ』

俺達三人の動きが同時に、「停止した」。
硬直した訳でもない、意図的に止まった訳でもない。

まるで金縛りにあったかのように、体が勝手に動かなくなった。

「な・・・なんだ・・?」
「こ・・これは」
「ぶ〜、もうちょっとだったのにー」

ジャンヌの剣は主ごと止まり、理子の弾丸はいつぞやのように斬り落とされていた。
目線だけを動かせば、いつの間にかそばにフリッグが立っていた。

左手を腰に当て、どこか呆れたような様子をかもし出している。

『ジャンヌ、理子、そこまでですよ』
「だがこいつは覗き魔だぞ!」
「そうだそうだー! 女の敵だー!」
「ま、待て!」

無駄に誤解の範囲を広げないでくれ、解くのが大変になる!

『まあそれは置いといて』

置いておくな! 訂正させてくれ!

『殺るなら相応の場所で殺りなさい、艦を壊す気ですか?』
「うぐ・・」
「うー・・」

フリッグの指摘に言葉を詰まらせる二人。
場所が良ければ止めなかったのかと思わなくもないが、変に口を挟むべきではないだろう。

しかし助かったが、もとの原因が俺なのだから申し訳ないな。

「待ってくれ、もとはと言えば俺の不注意が原因だ。彼女たちは悪くない」

よく考えれば、彼女たちは少女の代わりに怒っているのだ。
辱められた友人の事を、まるで自分の事のように心配している。

犯罪者とはいえ、根はとても心優しいのだと分かる。

「貴様・・・」
「・・・」

訝しげに、しかし驚いたようにこちらを見る二人。
まぁ変態だと疑っているのだから当然の反応だろう。

『ほぉ、襲ってきた相手に対してまでその配慮。さすが義に生きる遠山の長男なだけありますねぇ』
「それは・・・」

少しだけ、しまったと思った。
俺はこれから、ここで犯罪者として活動することになるのだ。

その矢先に、人を庇うような真似は怪しいと思われるかもしれない。
だがこれでいい、これが俺なのだ。

『まー今はここでお開きにしましょう。今回の件は色々と複雑な事情が絡んでいるのでね』
「?」

複雑な事情?
単に俺が痴漢疑惑をかけられているのではないのか。

『明日話しましょう、昼にでも教授の部屋に来てくださいな』
「あ、ああ・・分かった」
『それでは』

背を向けてフリッグが歩きだした途端、体の自由が戻った。
しかしジャンヌと理子は、まるで見えない縄に引きずられるかのように連れて行かれた。

何やらギャーギャーと喚いているのが聞こえるが、きっと大丈夫だろう。

「はぁ・・・初日から壮絶だな」

色んな意味で侮っていた。
さっきまで全快だった精神が、短時間で一気に擦り切れた。

今はとにかく眠って休みたい。
そんな欲求に駆られて、ドアが壊れたままの自室に入る。

押入れにあった予備のシーツをガムテープで止めて、簡易的な仕切りを作る。
ドアの修理は明日頼めばいいだろう。

コートを壁にかけ、倒れるようにベッドに乗った。
その瞬間に睡魔が総力を挙げて俺の意識を闇に引きずりこもうとしてくる。

それに逆らうことなく、導かれるままに瞼を閉じた。
そうして、俺の人生で最も長かった一日は終わりを告げた。

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