小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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二十七話










金一の怒涛の伊・ウー入学初日の翌日。
言われた通りきっかり十二時に教授の部屋に来た金一は、聞かされた話に眉を潜めていた。

「会えない?」
「そうなんだ、力になれなくてすまないんだがね」

言葉の割に終始笑顔なシャーロック。
今ここには彼と金一の他に、フリッグことマリアに加えてジャンヌと理子もいる。

二人は一晩経ってひとまずは落ち着いたものの、相変わらず金一の事を視殺せんばかりに睨んでいる。
昨日の今日で無理もないかと金一は判断していたが、実際にはここに当の被害者が立ち会うから自分達も来ているだけだ。

万が一の事故でも起こって何かしらの事態になった場合、今度こそ淫獣認定して撥ね飛ばすと意気込んでいる。
そんな二人の思惑など露知らず、金一は再度問いかける。

「昨日の少女に会えないとは、何故だか聞いても?」
「彼女は伊・ウーでも少しばかり変わった人間でね。私の人払いが間に合わなかったのもそれが原因なんだ」

しれっと自分のイタズラを隠蔽する稀代の名探偵。
マリアが呆れた視線を向けたのは、当の二人のみぞ知るところである。

「変わっている?」
「ああ、彼女は私が直に誘ったメンバーでね。しかし極度という言葉すら生温いほどの人見知り、いや、対人恐怖症なんだよ」

サラサラと並べ立てる嘘の数々は、昨日の内にマリアとシャーロックで組み立てた[風呂場の少女]の生い立ちと人物像である。
間違ってもホームズ家のマリアという人間だと知られる訳にはいかないため、敢えてこちらから偽りの情報を植え付ける事にしたのだ。

メンバーに追加の司令は既に通達済み。
本来ならふざけ半分で破るような連中だが、今回はむしろ面白そうだと協力的だった。

「それでも、何とか謝罪だけでも伝えたいのですが・・」
「こちらとしても手伝いたいのだが、彼女は隠密術にとても長けた子でね。我々自身もいつ何処にいるのか把握していないのだよ」
「教授でも知り得ないと?」
「いや? 私は知っている」

ズコッ、と思わずズッコケそうになった金一。
なんとか気力で踏ん張り、ジト目になりそうなのを自制した。

知っているなら教えろよ、と考えずにはいられなかった。
しかし対人恐怖症という事は、そういうことなのだろう。

隠密術に長けた者とは、逆に人の気配を探る事にも長けているものだ。
たとえ教授に教えてもらったとしても、近くに行くだけで姿を隠してしまうと言いたいのだ。

「ですが、それなら何故俺があそこに居たのに気付かなかったのでしょうか?」
「金一君、誰にだって気を抜いてしまう時間や場所というものがあるだろう? 彼女にとっては風呂場がそれに当たるのだよ」
「は・・はあ」

どこか納得し難いという顔をする。
何故だかこの部分だけ無理矢理な気がしてならない。

実際、ここはまぁこれでいいだろうとシャーロックが手抜きでアドリブした箇所だ。
控えている三人がこっそり溜め息をついたのは仕方がない。

「それに彼女は生まれつき喉が悪くてね、人前に出ても話す事は出来ない」
「え? しかし俺は彼女の声を聞きましたが?」

たった一言程度だったが、金一には今でもハッキリと思い出せる。
見た目に沿わない低めの声が印象的で、聞いただけで彼女だと判別出来る自信がある。

「なにも全く声が出ない訳じゃない。出そうと思えば出せるが、それには相当な痛みが伴うのだ」
「そんな・・・」

聞かされた真実に、金一の胸が痛んだ。
彼女はあの時、自分を心配するような眼差しで見ていた。

ただでさえ対人恐怖症なのにも関わらず、初対面の自分を気遣っていた。
さらには痛みを伴いながらも、声をかけてくれたと言うのか。

そんな彼女に、自分は謝罪一言で逃げ去ってしまったと。
昨日の情けない自分を殴りたくなる、何が義に生きる遠山の長男か。

これでは末代の恥どころの騒ぎでは無い、魂永劫の罪だ、と。

「なんとか・・・なんとか会えないものでしょうか。俺はどうしても、彼女に謝りたい」
「ふむ・・」

真摯に願い出る金一に、しばし「思考するフリ」をするシャーロック。
実はさっきからそこにいますよと言うのも一興だが、それでは先の楽しみが減ってしまう。

ここは暴露したい衝動をグッと堪え、より面白い展開へ運ぶ布石を打つ。

「・・・会う方法が無い事はない」
「本当ですか!」
「ああ」

ジャンヌと理子がシャーロックの言葉にギョッと驚く。
そんな話は予定にはなかった。

あくまで会えないの一点張りで遠ざける手筈だったはず。
いったい何を考えているのかと視線で訴えるが、本人は華麗に受け流す。

当のマリアはむしろやっぱりかと薄い反応だった。
この人物がこんなネタを放っておく理由がない。

まず間違いなく掻き回すだろうと推理していた。
これで駆けずり回るのが自分なのだからタチが悪い。

せめて自分を放って別の所でやってくれと言いたい。

「彼女は対人恐怖症ではあるが決して人が嫌いな訳ではない。上手く接すれば意思疎通を図ることは可能だ」
「ですが、それにはまず彼女と会わなければ」
「それも考えがある、そこにいる彼がいれば問題ない」

そこでシャーロックが指さした人物。
それは他でもない、マリアことフリッグだった。

「彼が?」
『・・・・・』
「そう、彼がいれば彼女と会える」

唐突に話題を振られても、フリッグは反応しない。
金一が疑問符を浮かべるが、シャーロックはどんどん話を進めていく。

「実はね、これはイ・ウーでは誰もが知っているのだが・・・・・フリッグは彼女に嫌われているんだ」
「・・・・は?」

素っ頓狂な声を出した金一は悪くないだろう。
ジャンヌと理子も話の展開に追いつけず、ポカーンとした表情で立ち尽くしている。

金一がシャーロックの話に集中している御陰で見られてはいないが。

「普段は彼女の許容範囲は半径二十メートルほどなんだが、彼が近付く時だけそれが三倍になるほどだ。しかも逃げる最中には周囲の事がまるで見えなくなるくらい、彼女はフリッグが大っ嫌いなんだよ」
「そ、そうですか・・・」

一体お前は彼女に何をしたんだ。
そんな視線がフリッグに向けられる。

しかし答えるはずもない、そんな覚えは無いしある訳がない。
なのでひょいっと肩を竦めるだけで何も答えなかった。

「そこでだ、日本の鵜縄(うなわ)と言う漁法を知っているかい?」
「ええ、まあ」

川魚を捕らえるために用いられる主な漁法の一つ。
鳥の羽などを付けた縄で水面を叩き、魚を網の方へ誘導するというものだ。

自身の敵が来たと錯覚させて、本命の懐へと自ら進ませるわけだ。

「この場合は彼女が魚でフリッグが縄、そして君が網だ。ここまで言えばわかるだろう?」
「・・・そう、ですね」

要は周りが見えなくなるほどにフリッグが嫌いだと言う性質を利用するのだ。
少女にフリッグをわざと近付かせ、金一の方向に逃げるよう誘導する。

位置はシャーロックが推理すれば問題ないので、少女を中心として対角線上に金一とフリッグを配置すればいい。

「付近に他の人間が近寄らないよう手配しておこう、存分に仲良くなるといい」
「え? いや、俺はただ謝罪したいだけ―――」
「彼女も友人が出来れば、それをきっかけに少しは対人恐怖症が治るかもしれない。それは結果的に彼女にとって大きくプラスになるだろう」

わざとらしく声を大きくして、金一の訂正を無理矢理ねじ伏せる。
続いて出てきた言葉は、金一の心を大きく揺らした。

(彼女にとってのプラス・・・)

義を通す。
この企画はそれを実践するのに最適なプランではないかと思い始めた。

謝罪と言っても具体的な方法が思い浮かばなかったが、この提案はまさに渡りに船だろう。
話す機会を作るためとはいえ、彼女の嫌なことをするのに若干の抵抗があった金一。

しかしそれも含めて精一杯の礼儀を果たせばいいではないかと結論した。

「わかりました、お願いします」
「うん、そう言ってくれると思っていたよ」

こうして、イ・ウーの歴史史上最高に下らない作戦が幕を開けるのだった。
















「それでは始めよう、上手くやりたまえ」
「・・・・・」

半眼になってしまうのを咎められる理由はあるでしょうか?
目の前で目をキラキラと輝かせてモニターに食い入る曾お爺様。

あれから、私達は金一さんとその他の二手に分かれた。
言うまでもなく金一さんはデマの少女の情報を鵜呑みにして、指示された位置へ。

私は別室で着替えさせられ、今は多数のモニターが急ピッチで設置された空部屋の中にいた。
モニターの一つに、作戦開始の合図を待っている金一さんの姿。

他にも色々な角度で付近の廊下の様子を映し出した物が、所狭しと並べられている。
ここで今から始まる茶番劇を見物するらしく、その隣にはちゃっかりジャンヌと理子がいた。

曾お爺様の今の状態を一言で表すなら、『ドキドキワクワク♪』だろう。
いつもの優雅な佇まいとは真逆で、テキパキとした流れるような動作で準備を進めていく。

「楽しそうですね」
「ああ、楽しいとも。これが楽しいと言わずしてなんと言うのか」
「・・・そうですか」

聞くだけ愚問だったようだ。
これだけアクティブな曾お爺様を見るのは稀なので、どれだけ楽しんでいるかが窺える。

接続が全て終わったらしく、ザっと配線を見てよしと呟いた。

「それでは始めようか。名付けて、『風呂場の女神作戦』だ!」
「はい!」
「おーう!」
「・・・・」

テンションに押されて元気よく返事する二人。
怒ってるのか乗っているのかハッキリしてほしい。

「ふむ、既にキャラになりきっているのかなマリア? それはいい心掛けだね」
「・・・・」

承知していながらこのセリフ。
きっと私に人並みの感情があれば、はっ倒しているのではないだろうか?

ポンポンと私の肩を笑顔で叩き、ドアの方を指さす。

「さぁ、それでは行ってくれ。君の到着に合わせて彼に指示を送るからそのまま始めて構わない」
「・・・了解です」

返答し、チラリと二人の方へ視線を向ける。
ほぼ同時に視線を逸らされた。

「ところで、理子」
「な・・・なにかなぁ?」

顔を真横に向けたまま返事をして、一切こっちに向けない。
その額には一筋の汗が流れていた。

「どうして素足なのですか?」

そう、今私は鉄の床に素足で立っている。
ヒンヤリと冷たいが別に辛いという訳ではなく、純粋な疑問だった。

ちなみに私の今の服装は、シンプルな白のワンピースに白の日傘帽子という、理子にしてはなんとも味気ないチョイスだった。
それでいて素足、理解不能です。

しいて言えば前髪を分けるための黄色いピンがワンポイントでしょうか。

「え? だって白ワンピに日傘帽と来たら素足でしょ」
「・・・・・」

話が飛びすぎです。
その結論に至るまでの過程を聞きたかったのですが。

「うむ、さすが理子君だ。よくわかっているじゃないか」
「えへへー、それほどでもー」

なにやら通じ合っている様子の曾お爺様と理子、その横でジャンヌすらうんうんと頷いている。
ここでは私がおかしいのですか?

「マリア、よく聞きなさい。君と金一君は、とある世界で『王道』と呼ばれる出会い方をしたんだ」
「はあ・・」
「君に自覚はないだろうが、金一君にとってあれはとても幻想的な出会いだったのだ。ならば再会もまた幻想的でなければいけない、わかるね?」

すみません、分かりません。
しかし冒頭から理解不能だったと言える雰囲気ではなく、とりあえず頷いておいた。

「そして今の君の格好は、まさに幻想的な再開を最大限にサポートするための、いわば専用装備だ。 これで彼は間違いなく、君を神聖視するようになるだろう」
「・・・・」

そもそも彼に神聖視される必要性は?
今日だけで何度目か分からない溜め息を内心でつく。

最近、私の周りがおかしくなっていくのを感じるのは気のせいではないだろう。
そしてその原因は間違いなく目の前のこの人であり、しかし逆らう気力も沸かないのだから相当な末期状態だと思う。

「さぁ、では行ってきたまえ! 『王道』を現実に、人類の長年の夢が叶う時だ!」
「なんだか緊張するな・・」
「うおー! 乗ってキターーー!!」
「・・・・行ってまいります」

もはや考えるのも億劫になり、思考をシャットアウトして歩み始める。
ここまで来たら、さっさと終わらせてしまうのが賢い選択だ。

さっと出て謝罪を受けてさっと逃げればいい。
それで終わり、次に会うのは正体を明かす時だ。

そう結論し、私は金一さんの元へと向かった。



「ところで理子よ、ここでマリアを可愛くするのは果たして正解だったのか?」
「・・・・・はっ! しまったぁぁぁぁぁーーー!!!」
















人気のない薄暗い廊下で、俺は待機していた。
右の耳には小型のインカム、これで教授からの指令を受けて行動する。

既に配置について十分が経過しようとしていた。
なのに今の俺には、その何倍も長く待ち続けている気がした。

まだ始まらないのか? いつになったら彼女に会える?
もたもたしていたら彼女が移動してしまうんじゃないのか、フリッグがもたついているのか。

そんな思考ばかりが脳裏をよぎり、足をカツカツと鳴らして腕を組んだ。

(いかんな、昨日からどうも思考が今日な方向に走る)

調子が狂う。よくよく考えてみれば、普段の俺からすればかなり強引じゃないか?
こんな半ば強行手段を講じてまで謝罪するなんて、それこそ向こうにとっては迷惑になるかもしれない。

そんな事も考えずにただ謝ることを、いや、彼女に会うことを優先したんだ。
明らかにおかしい、何がと言われれば全部がだ。

義を通すとはいえ、ここまで執着したことがあっただろうか。
相手が嫌がることをしてまで、自分の都合を押し通した事があっただろうか。

答えは否だ、何もかも初めてだ。

(俺は彼女に会って、何をしたいんだろうな・・)

ただ謝れればそれで終わりだろうか。
彼女がもういいよと許してくれれば、もう二度と会わないんだろうか。

今だってそうだ、本当ならカナになって接触すれば上手くいくはずなのに。
いつもなら、休眠が終わればすぐにでもカナになっただろう。

ここにいる以上、それが一番の選択だ。
いつ襲われるかも分からない状況で、通常のままでいる理由がない。

しかし実際に俺はこうしている。
カナではなく、遠山金一として、彼女に会おうとしている。

失敗のリスクよりも、そっちを選んだんだ。
まるで―――――

≪金一君、聞こえているかい?≫
「っ! え、ええ・・大丈夫です」

不意に繋がった通信に、何とか平静を装って答える。
しかし、内心はとても穏やかではなかった。

どうしようもなく心臓が跳ねる、HSSの時とはまるで違う意味で血管が脈打つ。
若干息が荒くなり、思考がいまいち定まらない。

ああ、これは分かる。
俺は今、緊張しているんだ。

いよいよ彼女に会うんだと意識した途端、体がフワフワとして落ち着かない。
いったいどこの坊やだ俺は。

これではキンジの事をとやかく言えないじゃないか。

≪フリッグが今上手くやってくれてね、彼女は手筈通りに君の所へ向かっている≫
「そ、そうですか」

心臓の音がうるさい、心のどこかで知らない自分がガッツポーズをしたような気がする。
深呼吸を何度か繰り返し、教授の指示を待つ。

≪そろそろだな。金一君、そこの先に見える曲がり角に向かって進んでくれたまえ≫
「はい」

右手と右足が同時に出そうになった。
高鳴る胸を押さえながら、ゆっくりと歩を進める。

≪曲がった後に少し進んだ所で鉢合うだろう、そこから先は上手くやりたまえ≫
「はい、ありがとうございました」
≪ふふ、構わないさ。健闘を祈るよ≫

その言葉を最後に切れる通信。
ここまでお膳立てしてもらったんだ、絶対に失敗は許されない。

曲がり角が近付き、次第に自分の呼吸と心臓の音とは別の音も聞こえてくる。

「・・・・ぁ・・・っ・・はぁ・・はぁ」
「っ!」

ペタペタと響く音と、荒い呼吸の音。
それは間違いなく、昨日聞いた彼女のものだった。

いや、呼吸だけで判別出来るのもどうかと思うが、出来てしまったんだから仕方ない。
焦る気持ちを制しながら、俺は曲がり角を曲がろうとして―――――

「ぁっ・・・!」
「なっ!?」

俺は、ちょうど「曲がり角から出てきた」彼女と衝突した。

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WA ベレッタ M92FS《緋弾のアリア》キンジモデル
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