小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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三話










理子が伊・ウーに来て、早二年経った。
宣言通り理子は来る日も来る日も研鑽を重ね、多くの技術を学んでいった。

特に彼女が得意としていたのは、声帯を操作しての変声術と突出した変装術。
これは伊・ウー内での二つの派閥である主戦派(イグナティス)と研鑽派(ダイオ)のうち、研鑽派の人達に一目置かれている。

そのため理子に術を教わろうとする者が多く出始め、伊・ウーの中でしっかりと足場を築いている。
それに加え、理子の持つ青い十字架(ロザリオ)

理子の母親の形見らしく、それには微量の色金(イロカネ)が含まれているらしい。
その力によって、理子は髪の毛を手足の如く自在に操る事ができ、ナイフ等を使って攻撃することが出来る。

使える手が一つ増えただけで、戦術は大幅に広がる。
その優位性を生かした戦い方によって、理子は組織の中でこそ最下級ではあるものの、それなりの実力を身に付けつつあった。

性格も、出会った時とは違い、とても明るく快活なものになっている。
しかしそれは表面上の事であり、ブラドに対する根本的な恐怖心は拭えていない。

これだけは実際に本人を倒して乗り越えなければ、完全に消すことは出来ないだろう。
話は変わるが、最近日本の文化に興味を示し、特にオタク文化に対する情熱は最早異常の一言。

熱心になれる趣味を見つけられたのは嬉しい事ではあるけれど、事ある度に付き合わされて正直疲れる。
メイド喫茶とやらに連れて行かれた時は特にキツかった。

想像して欲しい。
オタク達がひしめき、メイド達がニコニコ笑いながら働く空間の中、僅か十二歳程度の女の子二人が来店し、メイドと一緒に注文の品に向かって「おいしくな〜れ」なんて言っている場面を。

余りにもシュールだ。
いや、人によっては微笑ましいなんて言いかねないけれど。

しかし、それが他人事でないとしたら?
無理やりゴスロリ服を着せられ、メイドと三人でそんな事をやらされたら?

死ぬ程恥ずかしいなんて次元じゃなかった。
しかも、理子がいつの間に撮ったのか、その時の私の様子を写真に収め、あまつさえ曾お爺様やジャンヌに焼き増しして配っていたのだ!

任務帰りに曾お爺様の部屋に行った時に、突然写真を見せられながら―――

『とても可愛らしいじゃないか、似合っているよ』

などと言われ、顔から火が吹き出しそうになった。
ジャンヌの場合。

『ぷっ、くくくっ・・メ、メイd・・っぷっはっ・・!!』

といった具合の反応をされ、とりあえず全力のボディブローで沈めておいた。
犯人である理子には、アイアンクローで頭蓋骨に会心のダメージを与えておいた。

ちなみに、曾お爺様は既に盲目だ。
にも関わらず何故写真の情報を読み取れるのか。

それは写真に使われる塗料の成分を嗅覚と触覚で正確に読み取り、その僅かな違いによって色や景色、はては人物までもが頭の中に思い描けるらしい。
もう、人間の成せる領域ではない。

このように、最近の理子は色んな意味で絶好調であり。
当時のような情緒不安定さは無くなっている。

しかし、だからと言って油断は出来ない。
ブラドの事を抜きにしても、ここは伊・ウー。

世界でも指折りの超人達が集う、世界からすれば犯罪者の巣窟なのだ。
理子だって、四六時中ここに留まっている訳では勿論無い。

半年程前から少しづつ任務を言い渡される様になり、既に二十に及ぶ犯罪をこなしている。
当然武偵に目を付けられる訳だ。

目を付けられると言っても、理子の場合変装や変声の御陰で素顔は晒してないのだが。
それでも現行犯で捕まれば元も子もない。

捕まれば組織の情報が当然漏れる。
理子を信用する云々は別として、無理やり喋らせる手段などいくらでもあるのだから。

それによって、万が一にでも私の事を知られるのは不味い。
世間では私は伊・ウーが起こした事件に巻き込まれ、死亡した事になっている。

これは、ほんの僅かでもお姉ちゃんに伊・ウーに対する敵意を抱かせる為の処置だ。
同時に、私が伊・ウーで自由に活動するための処置でもある。

私は現在、世間ではフリッグと言う名の犯罪者として活動している。
フリッグとは曾お爺様が考えた名で、北欧神話における主神オーディンの正妻にして、未来を予知する力を持つと言う神々の王妃の名である。

伊・ウーと言う組織のトップの右腕と言われ、『条理予知』を受け継いでいる事から付けたのは明白。
曾お爺様曰く・・・

「まさに人類の中で君が最も相応しいと思うよ、我ながら会心の出来だと思うね」

とのこと。
さりげなく裏世界に流していたらしく、今ではいつの間にか二つ名まで付いていた。

[傷無(きずなし)のフリッグ]

この途轍もなくやってしまった様な雰囲気を感じるのが私の二つ名である。
由来は、私が本格的に活動してから一度も武偵やその他の警察組織から傷を付けられた事が無い、と言う事から付けられたもの。

『条理予知』は、未来予知に限りなく近い推理。
つまりは対峙している相手がどんな策を考えているかというのは勿論のこと、銃に関しては相手が狙っている場所、撃つ瞬間のタイミング、近接に関しては踏み込むタイミング、仕掛けてくる攻撃パターン、そしてそれがフェイクか否か。

そう言ったものを含む全てがお見通しなのだ。
ならば相手の攻撃を受けるも避けるも朝飯前であり、此方の攻撃を好きなときに当てるのも思い通りと言う訳だ。

故に、何をやっても傷一つ付けられない化け物、[傷無のフリッグ]などと呼ばれ始めた次第である。
実際は『条理予知』を使った戦いを身につける迄に、傷など腐るほど負っているのだけど。

今私は曾お爺様の部屋へと向かっている。
任務ではないが、今日の予定の前に打ち合わせ、と言うよりも確認をしておく事がある。

予想はしているが、万が一と言う事もある。
『条理予知』を受け継いでいると言っても、私はまだ曾お爺様程の完成度ではないのだから、過信するつもりは毛頭ない。

扉の前に着き、いつもの様に軽くノックする。

「入りたまえ」
「失礼します」

何度も繰り返されたやり取り。
入室すると、曾お爺様は紅茶を飲んでいるところだった。

「マリアか、用件はなんだい?」
「言わなくてもお分かりになっているでしょうに、態々聞くのですか?」
「老いた人間には、人との会話も数少ない娯楽の内なのだよ」
「残念ながら、私にはもう暫くは実感出来そうにありませんね」
「ふふっ、そうか」

可笑しそうに笑う曾お爺様は、紳士の鏡の様な普段と違い、何処か子供のような雰囲気が伺える。
前に緋弾の継承条件を聞いたとき、子供っぽい性格である必要があると聞いて、最初は違和感を覚えたものだが、今なら納得出来る。

もっとも、本人はあまり自覚していないようだけれど。

「ブラドの事だろう?」
「はい、殺さずに撃退、でよろしいのですね?」
「ああ、そうしてくれ。彼にはその内、伊・ウーに入ってもらう予定だからね」
「最初から迎え入れないのは此方の実力を示す為であり、あくまで向こうから入って来る様に仕向けた方が都合がいい。間違いありませんか?」
「満点だよマリア。他のメンバーと同じく、神崎かなえへの濡れ衣工作に加担させる為にね」

お母さんの名前を聞き、少しだけ胸が苦しくなる。
お姉ちゃんを、自分を守れるくらいに強くする為に。

最良の道を進む為に。
私は、自分の母親を犯罪者に陥れるのだ。

事実上の終身刑を。
最終的には釈放される手筈とは言え、だからと言って許される事ではない。

当然、お姉ちゃんはお母さんに濡れ衣を着せた者達を恨むだろう。
そしていつか、[傷無のフリッグ]の前にも立ちふさがる時が来る。

誰よりも勝る、最高のパートナーと共に・・・・

「しかし、態々確認せずとも、君なら全て分かっているだろうに。やはりまだ自信が付かないかい?」
「自信がない、と言うよりも過信するつもりがないだけです」
「相変わらずだね。まぁいい、それよりも・・・」
「ええ、そろそろ・・・」

いいかけた瞬間、伊・ウー全体に響きわたる轟音、そして振動。
部屋の家具がグラグラと揺れ、仕舞ってあるティーセットがカタカタと音を鳴らす。

「では、行ってきます」
「ああ、よろしく頼むよ」

しかし、私は慌てる事無く部屋を後にする。
向かうのはこの場所、原子力潜水艦ボストーク号の甲板だ。

「推理通りの時間ですね・・・・[無限罪のブラド]」














「その辺りで止めていただきたいのですが」
「あぁん?なんだぁお前は?」

甲板に到着すると、既に何人かのメンバーが倒されていた。
見たところ、主戦派が十人、研鑽派が七人といったところ。

どうやら最下級のメンバー達のようだが、彼らとて、世界にとっては恐ろしい化け物犯罪者であるこは変わらない。
それを僅か十数分程で倒すとは、噂通りの実力の様だ。

「僭越ながらここ、伊・ウーのサブリーダーの様な役職を受け持たせていただいている者です。不本意ながら、[傷無]の二つ名を頂戴しています」
「・・・・ほぉう、まさかあの[傷無]がこんな小娘だったとはなぁ。さすがの俺様も驚きだ」

私の名を聞いた途端、獲物を見つけた肉食獣の様な目を向けるブラド。
いや、最初から外見は肉食獣以外の何者でもないのだけれど。

ブラドは大昔から、多くの遺伝子を取り込む事で肉体を強化、延命してきた吸血鬼だ。
大方私の遺伝子にでも狙いを付けたか。

「把握してはいますが念の為お伺いします。用件はなんでしょう?」
「決まってる、俺様の人形であるリュパン4世を拾いに来た」
「拾いに、ですか。どこまでも物扱いなんですね。」
「当たり前だ、アイツは何の才能も持たない、優秀な五世を生み出す為の道具なんだからなぁ、ゲァバババババババァッ!」

心底愉快そうに高笑いをするブラド。
怒りはない、元からこう言う人物(?)だと分かっていたのだから、今更怒りなど沸かない。

むしろこれからも自分の思い通りに事が進むと信じて疑ってないような様子を見ていると、滑稽に見える。
自分が負けるなどとは微塵も考えていないだろう。

「そうですか。ですが残念ながら、彼女を貴方に渡す事は出来ません」
「あぁ?」
「彼女は既にここのメンバーであり、これから必要な人材なのです。今貴方に差し出す事は出来ないと言ったのですよ」
「ほぉ、どうやら死にたいらしいなぁ、ガキが。」

ニヤリと、一層顔を醜く歪め、此方に歩いてくるブラド。
それに対し、私はここに来る途中に武器庫から適当に引っ掴んできたアサルトライフルを構える。

片手で無造作に撃ち放ち、ろくに照準はつけていない。
数十の弾丸を浴び、しかしブラドはそれを避けようともせず、左腕を顔の前にかざすだけで前進してくる。

「ゲハハハハ!!俺様にそんなオモチャは通用しないぜ!」
「知っていますよそんな事」

目的を果たした私は、ライフルを横に投げ捨て、今度は懐からベレッタ90Twoを取り出し、正面に駆け出す。
それを只の突撃と取ったのか、ニヤリと笑って腕を振りかぶる。

「手足を潰してから持ち帰ってやるよガキィ!」
「無駄に歳をとってる割には単細胞ですね、御陰でとても読みやすい」

振り下ろされる瞬間に、ブラドの両肩、右脇腹に浮かぶ紋様に撃ち込む。
続いて振り下ろされた腕を回避し、直後に跳んで腕に乗り、駆け上がりながらブラドの脳天と右目に一発ずつ撃つ。

ブラドの頭が僅かに仰け反り、片目を潰された痛みで呻く。
肩までたどり着いた所で再び跳躍、ブラドの真上に、上下逆さまの状態で目が合う。

憎々しげに此方を見るブラド、その口の中。
ぶ厚い舌に描かれた文様に、最後の一発を撃つ。

最初からこの銃には六発しか銃弾をいれてない。
これしか使わないと推理したからだ。

そのまま空中で身を捻って着地、丁度ブラドと背中を向け合って立っている体勢になる。

「ゲハハハハハ!!残念だったなぁ!この程度じゃ俺様は死なねぇ!お前が何故俺の四つ目の魔蔵の位置を把握してたのかは知らねぇが、同時に壊さなけりゃ意味がねぇんだよ!」

高らかに笑うブラド、確かに言っている内にみるみる傷は修復していく。
だけど・・

「壊しますよ、今からね」
「はぁ?何を言っ―――」
「ほら」

私がそう言った瞬間、ブラドの両肩、右脇腹、口内の舌、四つの魔蔵のある箇所が一斉に爆発・・・否、炸裂した。

「ゲボアァッ!!?な・・なんダ・・・・どうヴぃう・・・・ごど・・だぁ・・!!」

地面に倒れ伏すブラド。
舌が弾け飛んだせいで、上手く喋れてない。

「とても単純な事ですよ、貴方に撃ち込んだ六発の銃弾の内、魔蔵に撃った四発は炸裂弾。つまり武偵弾だったと言うだけです」
「なっ・・なん・・・だどぉ・・」

修復事態は一秒未満で出来ても、弾を排出するには秒単位かかるのはAKで証明済み。
ついでに魔蔵の四つ目の情報が正しい事も本人が自分から教えてくれた訳だ。

だから最初から弾倉には、上から武偵弾三発、通常弾二発、武偵弾一発の順で入れていたと言う事。

「なら・・・・何故魔ぞヴの・・四っづ目の場じょ・・・・を・・」
「結構機密性は高かったですが、それほど苦労しませんでしたよ?それと、知られたくないなら態々腕で庇うなんて相手に教える様な行動は控えた方がいいかと」
「ぐ・・・ガ・・キィィ・・」
「これに懲りたら伊・ウーを襲撃なんて自殺行為は謹んでくださいね?それでは」

最早歩く気力すら無いブラドを放置し、艦内へと戻る。
ブラドは適当な陸地に放り出す手筈になっているので、下のメンバーの誰かがやらされるだろう。

艦内に続くハッチを開け、中に降りた瞬間、鳩尾に理子と言う名のミサイル弾頭が直撃したのだった。

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