小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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二十九話










『と、言うわけでぇ、教授の命令なのでよろしくやれよ〜』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ああ・・・その、よろしく頼む」

私の言葉に唯一反応したのは、金一さんのみだった。
残りの二人、ジャンヌと理子はいかにも不本意そうに顔をしかめている。

あの下らない茶番劇から三日。
金一さんの立場はイ・ウーの中でも文句なしの最上位に落ち着いた。

あの戦いを見て不満を上げる者はおらず、むしろ研鑽派などは歓迎ムードでした。
そして今日、私達四人はボストーク号最下層にあるラウンジにて顔をつき合わせていた。

ここは派閥の関係なく解放されている憩いの場の一つで、一日の訓練を終えた者達がよく使用する場所だ。
壁一面には幻想的な海中の景色が見え、艦内暮らしが殆どのメンバーに開放的な気分を味あわせてくれる。

もちろん船の底部がガラスになっている訳ではなく、カメラによって撮影されているものをスクリーンに映しているのだ。
常に世界の最新鋭を数歩越える技術を取り入れるイ・ウー特別製のものであり、現物を見るのと遜色ない。

とはいえ、今でこそ生(なま)で映してはいるが、当然いつもというわけではない。
ボストーク号は基本的に光が届きにくい深度にいるのが殆どなので、大体は既存の録画映像を流している。

つまり今はそれなりに貴重なタイミング、ラッキーと言って差し支えない。
しかし、そんなことはお構いなしに三人の空気は微妙である。

正確にはジャンヌと理子がしかめっ面、金一さんが苦笑い。
主な、というか全ての原因は今私が三人に伝えた曾お爺様からの命令にある。

「フリッグ、それは本当か?」
『ホントホント』
「何かの手違いって事はないのー?」
『俺の命賭けてもいいけど?』

今の声は快活な少年風。
サクっと誰かに伝令を言い渡す時によく用いる。

気に入らないといった顔をする者達、特に今の二人のような人間をあしらう時に役立つ。

『仕方ないじゃん、教授の命令だぜ? まあ逆らうってんなら俺は止めないけどな〜』
「そ、それは・・」
「む〜」

渋面がますます色濃くなっていく二人。
しかし金一さんは、既に今回の命令の意図を考察しているようだ。

口元に手を当て、なにやら思考している様子。
ちなみに今も彼がカナでない理由は、つい先程までなっていたからだ。

この三日間、金一さんはイ・ウーの構成員と色んな意味で交流していた。
それは研鑽派との純粋な交流であったり、あの日の戦いを見ていなかった者との交流(戦い)であったり。

そうしてほぼ一日の大半を戦闘につぎ込む日が続き、比較的早く休眠期がやって来たのだ。
そして一時間ほど前にリシアの所へ赴き、治療をしてもらってからここに来たという訳だ。

今回三人に伝えた事は単純明快。
遠山金一をジャンヌ・ダルクと峰・理子の上役として、しばらくのあいだ研鑽の監督ををすること。

これは最上位に位置された者に時折課せられる任務だ。
例えば頂点である曾お爺様はもちろん、私などはもう誰かに教わるべきことが無い。

新人が入ってきた時や私自身の稽古は別として、研鑽に時間をつぎ込む事柄がないのだ。
これはあくまで極端な例だが、似たような事例は幾つも存在する。

特に多いのは、自身の能力一つで高みを目指した者。
これの最も分かりやすい例がパトラで、主に主戦派の人間に多く見られる傾向だ。

自分の能力こそ至高、他のものなど余技に過ぎない。
そう言ってそれだけを集中して高め続け、上位に食い込む事に成功した者だ。

しかし、誰しも成長の限界というのは訪れるもの。
ある程度高みに昇り、力の伸び縮みが安定した者は、下の者達の助力をする決まりなのだ。

教授の命令でもあるため、これは主戦派の人間も渋々ではあるがこなしている。
まぁパトラはそれすら無視したので、それが追放の一因でもあったりするのですが。

私などは既に何度か他の者の手助けをした経験もあり、今回その任が下ったのが金一さんと言う訳だ。
もちろん彼自身の研鑽に支障が出ない程度に、という補足が今回は付いている。

「まさか覗き魔に訓練を覗かれる事になろうとはな・・」
「今日お風呂に入るときに気をつけないと・・・」
「だからそれは事故だと言ってるじゃないか・・・」

いまだに金一さんに気を許さない二人。
今回のことは関係修復の名目もあるため、私から釘を刺しておかないといけませんね。

『二人もそろそろやめなって。いつまでも根に持つとか小せーぞぉ?』
「ぐ、しかし・・」
「だって―――――」
『しかしもだってもねぇっての。ただでさえ任務で忙しいってのに帰ってまで険悪ムードばらまかれちゃこっちが迷惑だぜ』
「「・・・・」」

私の言葉にしゅんとした顔で俯く二人。
そんな二人を見て、今度は金一さんが口を開いた。

「まあ・・二人はミアを心配しているだけだろう? そこまで強く言う必要はないんじゃないか?」
『おほぉ〜さっすが遠山ぁ、女の子にお優しいねぇ〜』

軽く拍手しながらおどけてみせる。
それに顔をしかめる金一さん、どうやら皮肉と受け取ったようだ。

実際にそれっぽく見せた事は否定しませんが。

「そう言うお前はどうなんだ? ミアに嫌われるような事をしたんだろう」
『その話ってこの三日で何回目? いい加減にしろよぉ〜、耳にタコが出来ちまうってぇの』

耳をふさぐように手を頭の横に置いて、いやいやと頭を振る。
そう、金一さんはあれからしきりにフリッグに同じ質問をしてきた。

少し話題に女の単語が関わると決まって問いただしてくる。
のらりくらりと躱しているが、これが中々にしつこい。

一日二日すれば忘れるとも思っていなかったですが、なにせ回数が半端ではない。
記憶しているだけで三十回以上、単純計算で一日十回以上だ。

三日でこれなのだから、これから半年前後は共にここで過ごす事を考えると途方もない。
ここはさっさと話題を変える事が賢明だ。

『まぁそれは置いといて話を戻すぞぉ〜』
「おい待て、まだ話は―――――」
『二人はこれから遠山の研修込みで生徒となってもらいま〜す。理子は学校生活あるから会うのはちょいちょいだろうけど、ジャンヌは接する機会が多くなるから仲良くするようにな』
「ほーい」
「むぅ、努力しよう」
『そんでもって遠山は早く二人とのわだかまりを解消しろっつぅの。新人が空気を悪くすると皆に嫌われちゃうぜぇ?』

イ・ウーに潜入している彼にとってそれは望まない事態のはずだ。
だからそれなりの効果があるだろう。

「っ! 嫌われる・・・」

予想通り、驚いた顔で顔をしかめる。
すると次に、何故か服の内ポケットから何かを取り出した。

「「あ・・」」
『?』

それを見たジャンヌと理子が揃って声を出した物。
それは、三日前に曾お爺様の指示で廊下に捨てた黄色のヘアピンだった。

何故金一さんが持っているのか。
偶然拾ったのは分かるが、何故今それを取り出すのかが分からない。

「・・・・」

無言で、ただヘアピンをジッと見つめる金一さん。
その横顔には、何かを憂うような色が見てとれる。

一分ほど見つめ続け、しかも時々ハァと溜め息すらついていた。
その後ヘアピンをそっとしまい、何かを決意したような瞳で顔を上げる。

「分かった、確かにこれ以上組織の和を乱すのは良くない。二人に俺という人間を知ってもらい、少しでも早く関係の改善に力を尽くそう」
『そいつは結構、まあ頑張れよ〜』

なにやらよく分かりませんが、理解していただけたなら良しとしましょう。
話は終わったので席を立つ。

この後も曾お爺様から頼まれた任務に、現在担当中の人間の手助けと、仕事は尽きない。

『それじゃあ仕事あっから、後は三人でよろしくやっとけよ〜』

手をフリフリと振ってその場を去る。
これで、帰ってきた時には少しはマシになっていれば良いのですが。













マリアことフリッグが去った後の三人はと言えば、ハッキリ言って前途多難だった。

「よし、まずは君達の実力を改めて把握しておきたい。今から訓練場に行きたいと思うのだが」
「ふん、そうして力を見せつけて自慢するつもりか?」
「理子達みたいな下級生を虐める上級生だ〜、こっどもー」
「・・・・」

これ以上ないほどに敵意が剥き出しだった。
フリッグ、もといストッパーたるマリアがいなくなった事で遠慮が全くない。

思わず閉口してしまった金一だが、ここであきらめると言う選択肢は無かった。
フリッグに指摘された通り、これ以上険悪なままだと不利益が生じるだろう。

そうすれば潜入捜査の意義がなくなってしまい、最悪無駄死してしまう恐れもある。
しかし、ついさっき言われた言葉が再び金一の脳裏に甦(よみがえ)る。

―――嫌われちゃうぜぇ?

その瞬間、金一の思考を埋めた一人の少女。
あれから一度も会ってないどころか、まるで幻だったかのように影も形も見えない。

しかし、少女の存在を証明するものは確かにある。
もう一度それを、今度は服の上からそっと握る。

次に会ったときに返そうと、今では片時もはなさずに持ち歩いている。

「・・・確かに、俺は君達の知り合いに恥ずかしい思いをさせた」

服の上からもう一度それを握り、目を閉じて話し出す。

「君達が怒るのも無理はないし、本人に許してもらったからと言って忘れるつもりは俺にもない」

顔すら背けていた二人が、目線だけ向けながら聞いている。
二人とて、最初はマリアが許したなら自分達もそうするつもりだった。

もとよりマリアが怒りなどしないとも分かっているので、せめて少しだけでも痛い目に会わせてやれば満足だったのだ。
だからあの茶番劇を最後に、最低限は普通に接するつもりだった。

しかし今はそれとは全く別の理由で嫌悪、いや、正確には警戒している。
理由は言わずもがなではあるが、敢えて言葉にするならさっきの金一の行動が決め手だった。

あの日マリアが付けていたヘアピン。
それを、まるで親の形見でも扱うかのような手つきで持ち、遠くの何かに思いを馳せるような憂い顔。

これはもう、警戒するなと言う方が無理な話だ。

「君達が俺をどう思おうと自由だ、どの道俺は自分を示すことしか出来ないのだから」

だからこそ、対応に困っているのだ。
ハッキリ言って、二人は遠山金一という人間そのものには負の感情など抱いてはいない。

むしろ人間性だけを見れば好意的ですらある。
もちろんそれは恋愛感情などではなく、あくまで好感が持てるという類だ。

しかし、そこにマリアが加われば態度は反転する。
三日前の二人の邂逅を見た時、ジャンヌと理子はふと想像してしまったのだ。

それは万が一、いや億が一、あの二人がそう言う関係になった場合の光景。
寄り添う二人、互いを見つめ合う二人。

頬を赤く染め、密着しそうなほどに顔を近づけて笑う二人。
当然マリアも優しく微笑み、それはきっと自分達すら見たことがないであろう愛おしげな笑み。

恋人つなぎで指を絡め合い、ただでさえ短い二人の顔の距離が縮まっていく。
そうして、やがてそれは完全なゼロへと―――――

((うん、絶対に許してなるものか!!))

猛り狂う炎が二人の内に灯り、論理を無視した感情が渦巻く。
それ故に、二人は金一を受け入れ難いのだ。

ひととなりは理解している、実力からすればおそらく尊敬すら出来るだろう。
しかし、二人にも絶対に譲れない思いがある。

これから関わる上で、最低限の譲歩は必要だろう。
これから矯正していけばいいし、その意思もちゃんとある。

だが、最後の一線だけは超えさせない。
どこの馬の骨とも知らない男に、大切な者をそうやすやすと渡す気など毛頭ありはしない。

厳密には何処の誰かも知ってるし実力で言えば太鼓判レベルだが、そんなものは二人には知ったことではない。
これは最早、論理や理屈を超越した意地なのだ。

「だからまずは従ってもらう、これは監督役としての命令だ」
「・・・・わかった」
「癪だけど従ってあげるよ、今はねー」
「それでいいさ、今はな」

共に席を立ち、訓練場へと向かう三人。
金一の背には前へと進む覚悟が、ジャンヌと理子の背には燃え盛る対抗心が見えたり見えなかったり。

-30-
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