小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

三十話










武偵憲章5条 行動に疾くあれ、先手必勝を旨とすべし。


かつて、俺は幾度となくパートナーに言い聞かされていた。
組んだ当初なんかは、動きが遅い判断が遅い行動に移るのが遅いと、何度も何度も。

そのくせ顔は無表情なのに妙な圧力を放つから逆らえない。
だから俺は素直に従い、わりと規則正しい生活ってものを心がけるようになっていた。

中学卒業と同時にそいつと別れ、高校に入ってからもそれは変わらなかった。
俺はやる気に満ちていて、自分の意思でそれを続けていた。

だけど、それも去年の冬までだった。
今の俺は必要最低限と活動ギリギリがモットー同然で、それでいいんだと思っている。

だが・・・今日だけは、俺はそれを後悔していた。
そのせいでバスに乗り遅れるわ、何でかチャリに爆弾仕掛けられるわ。

挙句の果てに―――――


―――――空から女の子が降ってきたんだから。







・・・・・・

「う・・・いってぇ」

俺は今、体育館倉庫の跳び箱の中にいる。
爆弾に女の子から助けられて一緒に抱き合って転がって突っ込んだからだ。

意味がわからないかと思うが、そうとしか言えない。
身動きが取れない上に、なにやら甘酸っぱい香りが鼻につく。

体の各所に柔らかくてあったかい感触があり、それが動けない原因のようだ。

「・・・・これは・・」

俺は、思わず顔をしかめた。
別に感触や香りが不快だった訳じゃないし、むしろその逆だ。

柔らかい感触は心地いいし、香りにいたっては好きな部類だったと言ってもいい。
だが、この香りは・・・・今の俺にとって胸を締めつけられるものでしかない。

いまだに渦巻く後ろめたさ、頭を振って思考の外に追いやる。
これ以上は考えたくなくて、乗っかっている何かを押しのける。

そうして、ようやく見えるようになったそれは―――――

(っ!? ま――――!!)

り、と。
思わず、かつてのパートナーの名を口に出しそうになった。

似ている、あいつに。
いや、似ているなんてレベルじゃない、殆ど同じ顔だ。

最後に見た時の顔よりも幾分か幼いように見えるが、その造形は忘れるはずもない。
だけど、俺にはわかる。

(・・・違う、あいつじゃない)

単純に髪と目の色が違うってのもある。
髪は緋色だし、今は閉じていて目は見れないが、さっき一瞬だけ合ったそれも赤色系のものだったはずだ。

金糸のような亜麻色の髪に、海にも空にも見える紺碧の瞳。
あいつの色とは全然違う、変装にしたって稚拙すぎるだろう。

それになにより・・・・・うん、違う。
ザッと目の前の子の体を流し見て、俺は確信する。

万歩譲ってもありえない、譲っても親違いで生き別れの姉妹とかそこらへんだ。
あいつに姉妹がいるなんて話は聞いた事がないし、両親が離婚や再婚したなんてのもない。

そんな思考に耽る中、俺はふと気づいたのだ。
なんとなく、その子の体が小刻みに震えていることに。

何事かと思って顔を見てみれば、閉じられていた目がバッチリと開いていた。

「あ、起き―――――」
「へ・・へ・・へ・・変態ぃーーー!!」

俺の言葉を遮って響いたのは、声優でもやってそうなア二メ声。
なんで制服なんか着てるんだ、コスプレか? って聞きたくなるくらいに幼い声だった。

しかしなんでまた俺が変態扱いされるんだ、何もしてな・・・・・あ。
さっきは気付かなかったが、女の子の制服が少し・・・いやかなり乱れている事を知る。

ヘソどころか脇腹、果ては下着までもが丸出しだった。
ふと視界に入ったタグの表記から察するに、寄せて上げるブラだった。

しかしAって上げる余地あるのか? と思わなくもない。
上げるにしたって、そう出来るだけの元がないと無理だろう。

上手い料理を作るにしたって材料が無ければ不可能なのと同じ。うん?違うか?
冷静に現実逃避している俺だが、これは少々っつうか・・かなりマズイ。

必死に下らない事を考えて気を逸らしているが、見てしまった情景は目に焼き付いている。
体の芯に血流が集まる、あの感覚。

俺が嫌悪し、忌避しているあの体質の予兆。

「このチカン! 恩知らず! 人でなし!」
「お、おいやめろ!」

そんな俺のことはお構いなしにポカポカと拳で叩いてくる少女。
しかし腕が曲がったままの、てんで力の入っていないパンチだ。

気が紛れるから正直ありがたいが、さっさとこの状況から抜け出したい。
そんな時、轟音と共に衝撃が走った。

これは間違いなく銃撃の音、衝撃は跳び箱から背中に伝わったものだ。
同時に聞こえる機会のような駆動音、それも複数だ。

さっきのセグウェイ? まだ他にもあったのか!

「う! まだいたのね!」

ほぼ同時に気付いた少女、さっきチラリと見えた制服の内側の名札には、神崎・H・アリアとあった。
アリアは即座にスカートから銃を二丁取り出し、応戦する。

「あれが何かわかるのか?」
「あれは[武偵殺し]の玩具よ!」

武偵殺し―――確かついさっき白雪に言われたばっかの爆弾魔。
逮捕されたはずだが、模倣犯でも出やがったか。

何でよりによって俺を狙うんだよ、やるなら他当たってくれ。
これが防弾仕様の跳び箱じゃなかったら終わってたな。

しかし追い詰められた今の状況からでは何も出来ない、少なくとも今の俺では。

「ほらあんたも撃ちなさいよ! 武偵校の生徒でしょ!?」
「例え俺が撃っても大差はない、向こうは七台の短機関銃(ザブマシンガン)、こっちは拳銃三丁だぞ!?」
「それでもやるのよ!」

無茶な発言をしながら、撃つ体制になったアリア。
それが、よりによって最悪な展開になった。

(っ!? うおい!)

無意識に前のめりになった、アリア。
その、胸が! 俺の! 顔に!

(マズイマズイマズイマズイ!!!)

繰り返し言うが、アリアはあいつじゃない。
顔はそっくり、香りも全くと言っていいほど同じだ。

しかしそれでも違うのだ、目に見える違いに加え、俺だからこそ分かるこの二人の違い。
だが、それでも! やっぱりこいつはこいつで可愛い女の子なわけで!

押し付けられる胸は、あいつに比べりゃ無きに等しい。
なのに、それは確かに柔らかく、人の温度を伝えてきた。

ああ、アウトだ完全に。
芯の熱が爆発的に上がり、心臓の鼓動が跳ねまわる。

そうして容易く、俺は自分に課した禁を破ってしまった。
その時にちょうどアリアが弾切れをおこし、身を屈めて弾倉を挿し変える。

「やったか?」
「追い払っただけよ、並木のむこうに隠れたけど・・またすぐに出てくるわ」
「強い子だ、それでけで上出来だよ」
「は?・・わきゃ!」

いきなりクールぶった俺に眉を寄せるアリアを、すくい上げるように抱き上げる。
細い足と背中に手を回し、いわゆるお姫様抱っこの状態だ。

「ご褒美に、ちょっとの間だけお姫様にしてあげよう」

砂糖でも吐きそうな俺のセリフに、ぼんっと音でも聞こえそうなほど顔を真っ赤にするアリア。
跳び箱の縁に足をかけ、一息に倉庫の端まで飛ぶ。

重ねられたマットの上にアリアをちょこんと座らせ、その手に持った銃を優しくホルダーに戻してあげた。

「な、なななななにっ!?」
「姫様はそこでごゆっくり、な。銃を振り回すのは俺だけでいいだろう?」
「なによあんた! おかしくなっちゃったの?!」

慌てふためくのも無理はないだろうな、俺は死にたい気分だが。
その時セグウェイが戻ってきて銃撃を再開する。

この場所は死角だから当たらない、いくらやっても無駄弾だというのに。
苦笑いしながら俺は、ドアの方へと歩き出す。

「あ、危ない! 撃たれるわ!」
「アリアが撃たれるよりずっといいさ」
「だ、だからなに急にキャラ変えてんのよ!? 何をするの!!」

俺は振り返って、真っ赤になったアリアにウィンクする。
・・・ああ、俺は少しだけ心残りってヤツがある。

この次に俺が言う事が、手に取るように分かるから。
自分から言った約束を、自分で勝手にふいにしておいて、まだ俺はこんな所にいる。

あの時、あいつに返された言葉は、まだ心の奥深くに刻まれている。
あの時の桜吹雪も、その中で桜よりも美しく咲き誇った、あいつの笑顔も。

本当に、こんな事を俺が考える権利なんか、もう無いってのは分かってるのに。
それでも、思わずにはいられない。

もし出来れば、もし俺があのまま武偵を目指して、約束を果たせていたのなら――――



「アリアを―――守る」



一回くらい、こんなことを言ってみたかった。













とあるビルの一室。
陽の光が遮断された室内で、光源はパソコンのモニター群からもれる光のみ。

そこには、武偵校の敷地内にある一つの体育館倉庫が映っていた。
七台ものセグウェイが入口を包囲し、しきりに銃弾を放っている。

「くふふ、さーてオルメスとワトソンの出会いシーンですよー」

食い入るようにモニターを覗くのは峰・理子・リュパン四世。
フリフリの改造制服を見に纏い、金髪をピンクのリボンでツーサイドアップに結っている。

武偵校では公認のロリ顔巨乳として表でも裏でも崇められ、イ・ウーにおいては[武偵殺し]として活動する美少女である。
ポッキーを口にくわえながら、頬杖をついて楽しそうに画面を見る。

倉庫から一人の男子生徒が現れ、弾丸の雨にさらされる。
正確に頭部を狙ったそれを、その男子は上体を後ろに大きく反らして避けた。

「うぉおー! リアルマトリッ〇スだぁー!」

それを見て興奮する理子。
この映像は録画して逐一ボストーク号に送られている。

特に研鑽派の連中からは、アリアのパートナーとなる者は注目されているのだ。
教授の死期に伴い、勃発した後継者争い。

それによって研鑽派と主戦派に分かれたイ・ウー。
しかし、最初はそこまで対立していた訳ではなかった。

その主張こそ相反するものの、結局二つの派閥が最初に選んだ後継者は見事に合致していたのだ。
すなわち、教授の直系の子孫であり、『条理予知』を受け継いだ神崎・H・マリア。

才能的にも象徴的にも申し分なく、数ヶ月前に本当の実力の片鱗を晒してからというものの、彼女を推す声はますます高まった。
もちろん全員がそれに与しているわけではなく、自分こそがと主張するものも少なからずいる。

しかし全メンバーの八割以上が同意見なため、反論の余地はないかと思われた。
しかし、当の本人がそれを拒否したのだ。

世界最大の犯罪組織、世界の抑止力にすらなる巨大な力。
それを手にすることを拒む彼女に、動揺しない者の方が少なかった。

ならば誰か違う候補を探すのか? とざわめく彼らに、そのマリアと教授の二人によって宣言がくだる。

―――次代の教授は既に存在する、世界を導く絶対の存在となる器が。

動揺はさらに加速する。
選ばれた者は、マリアの双子の姉にしてSランクの武偵を務める少女だった。

だが、言ってしまえばそれだけ。
Sランクと言ってもイ・ウーにとっては最下級生でも事足りる相手、上級生にとっては歯牙にもかけない。

バリツやアル=カタに双剣双銃(カドラ)は確かにそれなりのレベルだが、世界からすれば特出しているわけでもない。
ましてや直感頼りの、ホームズの欠陥品。

己の手柄すら無能な上司にかすめ取られ、チーム行動は見るに耐えない。
徹底的な個人戦闘に特化した技術と戦闘法、友人関係は聞くだけ愚問だった。

まさに名前の通りの独唱曲(アリア)、いつでもどこでも一人ぼっち。
実力という最優先事項ですら遥か及ばないというのに、組織のトップなど役不足もいいところ。

しかし二人は彼女に才能があるという。自分らに匹敵する―――むしろそれ以上の才能があると。
その伸びしろに可能性を見ろと言うのだ。

だからこうして、まずは最下級の者が試す。
理子は飛びつくように名乗り出た、これ以上の好機はないと。

誰にも邪魔されることなくオルメス四世を倒す。
そして自分は自由を得る。

誰にも文句は言わせない、そのためにお膳立てをしてあげたのだ。
ホームズはワトソンがいてこそ真の力を発揮する。

パートナーを得たアリアを倒せば、誰もいちゃもんはつけられない。
そうして自分はブラドから解放されるのだと。

「わぁーお、銃弾を全部銃口にスッポリ入れちゃったよ。キーくんすごーい! 惚れちゃいそう」

楽しそうにウキウキと身をくねらせながら、理子は席を立つ。
もうすぐ始業の時刻が迫っている、遅刻しないようにしなければ。

宿敵オルメスとの初邂逅、せっかくのお祝いに遅れるわけにはいかない。
フリフリスカートを翻し、理子は外へと出る。

眩しいくらいの快晴、かつての自分には想像も出来なかった美しき景色。
またあの暗闇に閉じ込められるのは御免だ。

この光景を、永遠に自分のものとするために、理子は進むのだ。
空に手を掲げ、何かを掴むようにギュッと握る。

「理子は・・・理子だ。五世を生むための機械なんかじゃない。出来損ないなんかじゃない」

言い聞かせるように、呟く。
イ・ウーに入学したあの日、怖いくらいに無表情な同い年の子に出会った。

動かずに黙っていれば、人形と間違われるんじゃないかと思うほどに、その顔は美しかった。
そんな姿が羨ましく、そんな彼女に髪が綺麗だと言われて嬉しいと思った。

亡き母親にも褒められた自慢の髪の毛。母と同じように優しく扱ってくれた暖かい手。
気付けば自分の境遇を話して、突き放すような言葉を吐いていた。

内心では距離を置かれるのが怖かった、肯定された時は涙が止まらなかった。
けれど直後に、心に染み渡るような言葉をかけてくれた。

才能など曖昧なもので、理屈で簡単に説明しきれるほど単純ではないと。
たとえ望まれた才能が無くとも、それがその人間の持つ才能を殺す事にはならないと。

世界が色づいたあの日、決意した誓い。
今はまだ遠いあの怪物を倒すために、一時でも多くの自由を得る。

そうしていつの日か・・・・混じり気のない本物の自由を。

「そうだよね・・・マリア」

語りかけるのは、遥か遠くの異国にいる恩人。
きっと今も、はた迷惑な曽祖父にこき使われているに違いない。

こみ上げてきた笑いを隠さずに、ふふっと笑って歩き出す。
彼女の瞳のように、澄み渡った青空。

この下にいると、どこにいても見守ってくれている気がするから。
だから理子は願う、ずっと、こんな空の下で生きたいと。

本当は怪盗なんてどうでもいい、リュパンなんてどうでもいい。
両親は大好きだったけれど、この名は自分に不幸しかもたらさなかった。

出会いのきっかけにはなってくれたけど、救ってくれたのは他でもない彼女だ。
感謝してもしきれない、大切な存在。

だから、幸福を運んでくれた者と共に歩いていたい。
本人にはそんな気は欠片もなかっただろうけど、自身がそう感じているのだから問題ない。

友達でも仲間でも戦友でもいい。
どんな形であれ、理子はひたすらに・・・・それを望んでいるのだから。

-31-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




緋弾のアリア Bullet.7 [Blu-ray]
新品 \4800
中古 \2479
(参考価格:\7350)