小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

三十一話










姉さんとキンジさんが出会い、今日で五日。
二人が約束の一件として、理子が仕掛けたバスジャックを解決したのが昨日だった。

今日は二人とも、授業を休んでいる。
姉さんは額の負傷による入院、キンジさんはその見舞い。

私は武偵校の学食の片隅で、本を読みながら理子を待っていた。
制服を身に纏い、黒目黒髪のショートヘア。

パトラのようなおかっぱで前髪は目が隠れる程の、地味で根暗そうな少女の姿で私は来ている。
これは今だけの潜入ではなく、私はれっきとした武偵校の生徒である。

実際に在籍もしていて、徽章も生徒手帳も持っている。
しかしせいぜい二週間で二・三回来るかどうかの頻度で、学年も一年で学科は衛生科(メディカ)だ。

しかしそれでも私が在籍し続けていられるのには、主に二つの理由がある。
一つは、単純に多額の寄付金を出しているからだ。

イ・ウーは世界最高の犯罪集団なため、資金調達には事欠かない。
故にある程度以上に無駄な金など使い放題な組織のため、こうして任務のために使うことも多々ある。

二つ目は、純粋に私の成績だ。
表向きにはCランクの生徒として在籍しているが、裏ではA〜Sランクの実力を示している。

寄付金を出す際に出した条件で、秘密裏に特別試験を受けさせてもらえるように進言したのだ。
いくら金のなる木とはいえ、実力があるかどうかも分からない人間を放置しておくのは向こうとしても不本意だろう。

なので残すに足るだけの実力を示し、勉学を怠っていないのだとアピールする。
中々来れないのは体が弱いためであり、しかしそれでも学びたいのだと言ってなんとか維持している。

あえて姉さんやキンジさんと違う学年なのは、万が一にも二人と接触しないため。
姉さんはきっと二年時のチーム結成の際、必ず少しでも有能な人間を集めようとするだろう。

もし私が二年にいたら、間違いなく資料を見つけられる。
出席日数が圧倒的に足りないのに二年に進級している生徒なんて、怪しいと思わないわけがない。

大半の人間は金の力で云々と思ってくれるが、勘の良い姉さんはそうもいかない。
絶対に不自然だと当たりを付け、私に接触しようとしてくる。

そうならないために一年なのだ。

「おっ待たせー!」
「もうすこし静かにしてください理子。ただでさえアナタは注目されやすいんですから」

やってきた理子に注意を促しながら本をしまう。
周囲の警戒を怠らず、テーブルに置いていたコーヒーを一口飲む。

「うっげぇー、理子は苦い物嫌い。よくそんなの飲めるねー」
「私も特別好きなわけではありませんよ、殆ど眠気覚まし目的です」
「・・・・あー・・」

私の言いたい事を正確に読み取ったらしく、苦笑いを浮かべる理子。
今から二十時間前にはオーストラリアにいて、機内でも報告書やらなにやらをパソコンで曾お爺様に送信。

終わる頃には空港に着いて、そのままここまで来た。
待たされること一時間、ちなみに今日で徹夜七日目でしたか。

その間に口にした飲み物は全てコーヒー、カフェイン中毒にでもなってしまいそうです。
仮眠ですら三時間も寝ていないのだから、さすがに辛いですね。

今でも気を抜けば机に倒れ込んでしまいそうです。

「えーっと・・・無理しないでね?」
「三日前にジャンヌにも言われましたね」
「・・・・」

無言で目を逸らした理子。
言葉をかけるくらいなら布団をかけて欲しいです。労いをくれるなら睡眠時間をください。

どうも思考がおかしくなってきた頃、理子が目の前にケーキの乗った皿を差し出してきた。

「あれだよ、疲れた時には甘いものが一番! 糖分摂取も大事だよ〜?」
「・・・・そうですね」

ありがたく受け取って一口食べる。
優しい甘味が口に広がり、少しだけホッとする。

思考が落ち着き、いつもの調子が戻るのを感じる。
狭まっていた視界が広がり、今回の用件を思い出す。

「それで、どうでした? あの二人は」

聞かずとも分かってはいるが、念のための確認。
直接とはいかないまでも争った人間の意見が一番に有益だからだ。

「ぜーんぜん駄目駄目〜、ちょっと拍子抜けだよぉ! マ・・ていうか、姉妹だぁってのが信じられないくらい」

姉妹の部分だけはひっそりと呟く。
まあ理子の気持ちも理解は出来る。

しかしそれは仕方のないことだ。
姉さんとは違い、私は小さい頃からイ・ウーで育ってきたのだ。

一般の武偵業界でしか生きていない姉さんと、差がつかない方がおかしい。
つまりはスタート地点が違うのだ。

いうなれば私は最新の設備の整ったジムでトレーニングしたのに対し、姉さんはほったて小屋で過ごしていたようなもの。
姉さんが一人で鍛えている時に、私は多くの強者達と研鑽し合っていた。

埋めようのないアドバンテージ、これは必然の結果だ。
むしろ環境のわりによく鍛えた方だとさえ思う、私だったなら絶対に上手く自分を鍛えられなかっただろう。

「あんなに後押ししてあげたのにくっつかないなんて、予想外もいいところだよぉ〜」
「なら、次の襲撃の前にもうひと押ししておかねばなりませんね」
「そのと〜り」

そう言って懐から取り出すのは、一枚の紙。
理子が去年の冬におこしたシージャックの事件とその被害者、つまり金一さんの死を可能性事件として示唆する内容が載っている。

これはキンジさんにとって絶対に見過ごせない情報だ。
くわえてHSS状態にもっていけば、すぐにでも姉さんの所へ飛び出していくだろう。

「ところでさ〜?」
「なんでしょうか」

ケーキの最後の一口を口元に持っていく。
それを見ながら口を開いた理子は、どこか物憂げな顔をしていた。

「―――マリアは・・・・私とアリア、どっちが勝つと思ってるの?」
「・・・・」

動かしていた手を止め、理子の目を正面から見据える。
さきほどまでの楽しげな、ウキウキしたようね雰囲気はすでになかった。

その目は真剣そのもの、そして同時に、隠しきれない不安を抱いていた。
自信がない訳ではないだろう。

事実、姉さん個人だけなら理子でも充分に勝算はあるし、本人も正確にそれを理解している。
けれど、今回は違う。

きっとバスの時とは違い、明確な意思を持って助けに来るであろうキンジさんがいる。
ワトソンを得たホームズの力は、私もまだ知らない。

ホームズ家の人間とだって戦った事がないため、パートナーがもたらす効果は未知数なのだ。
故に、僅かなりとも不安要素になるのは理解出来る。これは彼女にとって、自由を手にするための戦い。

あの吸血鬼が本当に約束などというものを守るとは思えない、断言してもいいほどだ。
それは理子も知っているはずなのに、どうしても縋ってしまう。

いえ、これは私の言えたものではありませんね。
結局私も、理子のその思いを利用しているのだから。

「答えたとして、勝率が変動するわけではないでしょう」
「くふふ、ここで理子は推理します! マリアはきっとアリアが勝つと考えている、ううん・・推理してるでしょう?」

問いかけてはいても、確信を含んだその目に向き合った。
自分が負けると思っているのではなく、あくまで私の考えを答えている。

たとえ私がなんと言ったとしても、この子は勝つつもりでいる。
いずれ解放されると推理出来ているのに、胸に痛みを覚える。

理屈を越えた感情、それによって切り開かれる道。
彼女たちの物語は、まさにそんなおとぎ話のような夢と希望に彩られている。

そんな輝かしい舞台を、観客席で無感動に見聞きしているだけの私。
こんなにも近くにいる理子が、妙に遠くに感じるのは気のせいではないでしょう。

見るものと魅せる者、それが私と彼女の違い。
見るだけの私は既知の筋書きをなぞるだけ、魅せる彼女は光輝いた失敗と成功を繰り返して進む。

これからもきっと、この立ち位置は変わらない。
いや、既に私には見えているのだ。

曾お爺様のように、私には私の、終わるべき時と場所があると。

「でもねー、私はその推理を覆してあげましょう! 完璧な推理なんてこの世にはあっりませぇ〜ん!」
「ふ・・そうですね、期待しています」
「あっ! 今鼻で笑った!? 何言ってんだこいつって笑ったでしょ!?」
「なんのことでしょうか」

ギャーギャーと喚く理子を横目に、私は残りのコーヒーを一度に飲み込む。
さっきまで口に広がっていた甘味、それを完全に打ち消して余りあるほどに、それは黒く―――苦かった。















俺は今、アリアと、アリアの母親である神崎かなえさんの面会に成り行きで立ち会っている。
歳の離れたお姉さんでも通りそうな、若々しい美人だ。

「奴の件だけでも無実を証明出来れば、ママの懲役1204年が一気に1082年まで減刑されるわ」

その余りの年数に、気が遠くなるかと思った。
いったいどれだけの罪を着せられれば、そんな途方もない刑が下されるんだ。

「ママをスケープ・ゴートにして・・・・そして、マリアを殺したイ・ウーの連中を、全員ここにぶち込んでやるわ!」

マリア。
流れからして、アリアの家族ないしそれと同等の近しい人間だろう。

イ・ウーってのが組織の名前。[武偵殺し]の他にも、色んな奴に一気に最悪なプレゼントをされたらしい。
親しい者を殺し、また罪人に陥れた奴らへ立ち向かっているのか、こいつは。

「アリア、気持ちは嬉しいけど、伊・ウーに挑むのはまだ早いわ。パートナーは見つかったの?」
「それは・・・どうしても見つからないの。誰も、あたしにはついてこれなくて・・・」

どっちかっつうと付いて来させないくらいの勢いで走っていくんだけどな、こいつは。
こいつが独唱曲(アリア)なのは充分に思い知ったし、パートナーの問題は難しいだろう。

いるとすれば同じくらいに強いSランクぐらいだろうが、バスジャックの例を見る限り突き放されそうだ。
武偵はただ強けりゃいいってもんじゃない。

もちろん強いに越したことはないが、それ以上に必要とされるものが幾つもある。
アリアはそれが何個も欠けていて、ある意味ではそれが致命的とも言える。

あいつもよく言ってたな、『突っ込むだけなら猪にも出来る、それ以外を柔軟にこなすからこその人間』だって。
どうも最近、あいつの言葉を思い出すことが多いな。

やっぱりアリアの影響だろうか。

「人生はゆっくり歩みなさい、早く走る子は、転ぶものよ」

その時、管理官が時間だと告げる。
面会時間が三分ってのも相当だな、話をさせる気なんてないんじゃないだろうか。

「ママ、待ってて。必ず公判までに真犯人を全員捕まえるから」
「焦ってはダメよアリア。私はあなたが心配なの、一人で先走ってはいけないわ」
「やだ! 私はすぐにでもママを助けたいの!」

必死に諭そうとする母親の言葉すら聞き入れない。
業を煮やした管理官が、なかば強引にかなえさんを引っ張っていく。

それにアリアが飛びかかろうとするが、アクリルの板は見た目に反して厚く固い。
俺達はかなえさんが扉の向こうに消えるのを、ただ見ていることしか出来なかった。

外に出て、しばらく歩いた所でアリアが立ち止まる。
さっきまで絶対に訴えるとか許さないとか言っていたのに、別人かと思うほどに静かだ。

やがて、アリアの足元に落ちる水滴。
雨が降ってるわけじゃない。

すぐにでも降りそうな空模様だが、今はまだ降っていない。

「アリア・・・」
「泣いてない」

何も言ってないのに返すんだから、泣いてんだろ。
俺達の近くを通り過ぎる人々は、ニヤニヤしながら視線を向けてくる。

痴話喧嘩とでも思っているのだろう、今はどうでもいいが。

「泣いてなんか・・・・ない・・わぁ・・・・・うあああぁぁあああぁあぁぁぁぁ!!!」

決壊した涙が川のように溢れてくる。
追い打ちのように通り雨が俺達の体を濡らし、その中でアリアは泣き続ける。

俺はただ、黙ってそばに立ち続けた。
慰めなんてしないし、そもそも出来ない。

俺にそんな芸当なんて期待されても困るし、そもそも俺達はそんな間柄じゃない。
こいつに無理矢理引っ張られて、妙な事に巻き込まれただけの他人だ。

本当ならこのまま、背を向けて歩き出すことだってしていいはずだ。
そのまま家に帰って、忘れ去って日常に戻ってもいいはずなんだ。

なのに―――――

だってのに――――

何で俺は、そうしないのだろうか。
アリアがあいつに似てるから? だからこうしているのか?

それこそありえない。
むしろそれなら見捨てる方を選ぶはずだ。

アリアの顔を見るたびに、俺は罪悪感に胸が締めつけられる。
アリアの目も、口も、耳も、鼻も、そんで匂いも、あいつを思い出してしまって仕方がない。

似ているのは顔と匂いだけ、他は似ても似つかない。
だけど、俺にはそれだけで苦痛だ。

それなのに、どうして俺は今、ここにいる?
アリアに言われた通り、契約は終了したんだ、これ以上関わる必要なんてない。

アリアといても、その奥に―――あいつを見てしまうだけだ。
苦しいだけ、辛いだけ。

なのに・・・

「うわあああぁあぁぁぁぁ!! ママっ! ママぁぁぁぁぁ!!」

泣き叫ぶアリアを、ただ見つめ続ける。
普段の傲慢で強気で自分勝手な時とは違う、ひどく弱くて儚い姿。

同い年だなんて到底思えない、見た目同然の子供のようだ。
母にも抱きつけず、誰かに縋ることも出来ない。

考えることも苦手で、がむしゃらに突き進むことしか知らない。
手探りで暗い闇の中をさ迷っている、小さな女の子。

俺はそれからしばらくの間、上を向いて泣きわめくアリアを見据えていた。

-32-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




緋弾のアリア Bullet.2 [Blu-ray]
新品 \2350
中古 \1100
(参考価格:\7350)