小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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三十二話










別れ際に理子に「頼み事」をした後、私はボストーク号へと帰還した。
報告は書類で済ませてあるので、一刻も早く睡眠が取りたい。

このままでは仕事に支障が出るばかりか、思わぬヘマをしてしまいそうだ。
出来るだけ人が通らない道を選びながら、私は自室へと急ぐ。

研鑽派の人間にでも見つかれば、研鑽に協力してくれとせがまれる可能性があるからだ。
主戦派にしても問答無用で襲いかかってくる輩が稀に出てくるので、こちらも要警戒。

早足にカツカツと足音を響かせ、薄暗い廊下を歩く。
あと角を二つ曲がればと言う所で、しかし私は立ち止まった。

『・・・・出てきたらどう? ツァオ・ツァオ』

毅然とした女性の声で、さきほどからチクチクと気配をぶつける人物に声をかける。
どれだけ無視してもしつこく付いて来たため、やむなく対応することにした。

「きひっ、やっと声かけてくれたネ。嫌われたかと思たヨ」
『用があるなら自分からかけるべきでしょう? 疲れているのだから下らないことしないで』

暗闇から出てきたのは、姉さんよりも小柄な黒髪ツインテールの少女。
中国の民族衣装に身を包み、その手には酒が入っているであろう瓢箪を持っている。

ツァオ・ツァオ、正しい呼び方は曹操(ココ)
伊・ウーの技師を務める少女で、本来は藍幇(ランパン)という香港の結社の人間だ。

一時的にこちらに滞在していて、金さえ積めば基本的に何でもこなしてくれる。
それ以外にも格闘術や爆弾術に優れ、理子に爆弾の知識を教えたのも彼女だ。

『何か用でも? アナタはもう藍幇に帰還するのでしょう』
「だから、こうしてお別れの挨拶来てるネ。私(ウオ)の作ったそれ、どうヨ?」

そう言って指さすのは、色金合金のグローブ。
これを作成したのも彼女であり、時折こうして調子を聞いてくるのだ。

彼女は良くも悪くも金最優先な主義のため、藍幇への色金の情報漏洩はない。
元より彼女に色金の検査をする技術はなく、加工の作業も厳重な監視のもとで行われたらしい。

『何の問題もないわ、使えすぎて本領発揮出来ないのが不満だけど』
「きひひ、お前が本領なんて出したら、国一つ消えちゃうヨ」

妙なツボにはまったらしく、肩を震わせて笑い続ける。
頬がわずかに赤いことから、既に酒が少し回っているようだ。

『あなたに限ってそれはないでしょうけど、酔って仕事に手を抜いてないでしょうね?』
「當然(タンジェン)、貰ったお金の分はキチンとやるネ」

心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。
普段は子供じゃないと言い張るが、実際に彼女は十四歳。

見た目とこの仕草が合わされば、十人中で十人が子供だと言うだろう。
髪型のせいか、姉さんを連想する時が多い。

『そう、それならもう用はないわね? 私もさっさと部屋に帰りたいの』
「きひひ、冷たいネ。金の切れ目が縁の切れ目ネ」
『あなたのためにあるような言葉ね』

歩みを再開し、ココの横を通り過ぎる。
終始ニヤニヤしながら横目で見てくる彼女は、特に何もしてはこなかった。

「また会うの楽しみにしてるネ、麥當娜(マィタンクナァ)

こうして、彼女は私を麥當娜―――聖母と皮肉を込めて呼ぶことがある。
私に効果がないと分かってやっているのか、知らずにやっているのか。

私と反対方向に歩き出すココ。
再び立ち止まった私は、彼女の背に最後の挨拶を投げかける。

『私も、楽しみにしてるわね。猛妹(メイメイ)
「っ!」

振り返りはしなかったが、充分に効果があったとうかがい知れる。
何かを言われる前に身を翻し、私は部屋へと向かって闇に消えた。















武偵殺しの目的はアリアだった。
ヒステリアモードの頭でその答えを導き出した俺は、無我夢中でアリアの乗る飛行機に飛び込んだ。

何でかなんて、まだ分からない。
ただ、気付いたら体が動いてたんだ。

あえて言い訳するなら、ヒステリアモードだったからだろう。
何がなんでも女を守りたくなる、とことん女に甘くなる。

命の危険にさらされているなら、尚のこと助けたくなる。
だから、ここにいるんだ。

「・・・ロンドンについたら引き返しなさい。エコノミーのチケットくらい、手切れ金がわりに買ってあげるからっ。あんたはもう他人! あたしに話しかけないこと!」
「元から他人だろ」
「うっさい! 喋るの禁止!」

風船のごとく頬を膨らませたアリアは、そのまま腕を組んでそっぽを向いた。
まあ、今は焦る必要はない。

ここまでくれば、後は待ちの一手だ。
もうヒステリアモードは解けている、武偵殺しを探し出すのは至難の技だ。

隠れているだけならまだしも、変装でもされていたら見抜けない。
そのままANA600便は、東京湾上空に出る。

激しい雷が瞬き、腹に響くような轟音が鳴る。
布団に引っ込んで縮こまるアリアで笑いつつ、双剣双銃(カドラ)にも苦手なものとかあるんだなぁと意外に思った。

「っ〜〜キ、キンジぃ〜〜」

かと思えば、布団の中から俺の裾を掴んできた。
涙目かつ涙声で不安げに見上げてくるアリアに、思わずドキリとした俺は悪くないはずだ。

たじろぎながらもテレビをつけて気を紛らわせたり、あれこれと試行錯誤する。
喋るの禁止宣言はとっくに解禁されたみたいだな。

そんなどうでもいい思考でアリアを見ていた時、機内に銃声が響いた。

「「!」」

俺はすぐさま廊下に出て状況を確認する。
予想通りの大混乱、乗客もアテンダントも慌てふためいている。

コクピットの方を見れば、俺が乗ってきた際に声をかけて来た小柄なアテンダントがいた。
ただそれだけなら良かったんだが、その両手は機長と副機長の襟首を掴んで引きずり出そうとしていた。

俺は咄嗟に銃を抜き、アテンダントに向けて叫ぶ。

「動くな!」

こちらを見たアテンダントは、口元をにぃっと吊り上げ、懐から缶を取り出して投げてきた。

「アテンションプリーズ、でやがります」

ガス缶からもれるシュウウという音を聞いて、俺は慌てて室内に戻る。
その際に乗客達にも部屋に引っ込むように怒鳴りつけ、アリアと二人でドアを背に外を警戒する。

やはり狙いは最初からアリアだった。
小さい物から大きい物へとジャック対象を変え、兄さんを殺してからもう一度小さくなる。

アリアを掌の上で弄びながら、この機会を待っていたんだ。
諸々の説明をしてやれば、悔しさに歯を食いしばるアリア。

その時、ベルト着用サインが音と共に訳の分からない明滅を繰り返す。
和文モールスとして送られるそれを、俺達は解読する。

―――オイデ オイデ イ ウー ハ テンゴク ダヨ
―――オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー ニ イルヨ

「誘ってやがる」
「上等よ、風穴あけてやるわ」

乗せられるのも癪だが、行かなければ何も始まらない。
途中でも細心の注意を払いながら、俺達は進んだ。









バーのカウンターに、その女は座っていた。
しかし、妙だ・・。

女は武偵校の、しかもフリフリの改造制服を着ていた。
それは紛れもなく、さっき会っていた理子と同じ服装。

「今回もキレイに引っかかってくれやがりましたねぇ」

そう言いながら、女は自分の顔を剥がした。
ベリベリと音を立てて剥がれるそれは、薄いマスクのような特殊メイク。

その下から出てきた顔は、間違えようもない、理子だった。

「理子!?」
「ボンソワール(こんばんは)

カクテル片手にウィンクをしてきた。
武偵殺しの、意外すぎる正体に俺は唖然とするしかない。

「頭と体で人と戦う才能ってさー、けっこう遺伝するんだよね。武偵校にも、お前達みたいな遺伝系の天才がけっこういる。でも・・お前の一族は特別だよ、オルメス」
「―――! あんた・・一体、何者?」

アリアの問いかけに、理子はますます笑みを深くする。

「峰・理子・リュパン四世。それが理子の本当の名前」

リュパン。
教科書にのっていた、フランスの大怪盗。

あいつがそれの曾孫だってのか、アルセーヌ。リュパンの・・。

「でも家の皆は私を理子って呼んでくれなかった。おかしいんだよ・・・みーんな私を四世、四世、四世さま〜〜って。お母様がくれた可愛い名前を、使用人もだれもかれも・・・・ひっどいよね〜」
「な・・なによ、四世の何が悪いってのよ」

アリアがそう言った直後、いきなり理子は目玉をひんむいた。
その顔は憤怒に染まり、いつものお調子者の面影は微塵もない。

「悪いに決まってんだろ!! あたしは数字か!? ただのDNAかよ!? あたしは理子だ! 数字じゃない! どいつもこいつもよぉっ!!!」

矛先が俺達ではないことは、言われなくとも理解出来た。
今までそう読んできた者達に対して、叫び散らす理子。

「曾お爺様を越えて、あたしは理子になる! そのために力を得た! ここでお前達を倒して、あたしはもぎ取るんだ――――あたしをっ!!」

ヒステリックに叫ぶ理子に、だんだんと頭が追いつかなくなる。
理子が[武偵殺し]だった、それは、兄さんを殺したのも理子だったと言うことだ。

「待ってくれ理子! オルメスって、イ・ウーって何だ!? 武偵殺しは・・・あれは本当にお前だったのか?」
「ああ・・・あんなの」

一瞬で冷めたような顔になった理子は、心底どうでもよさげに話し始める。

「お遊びだよ、本当の目的はオルメス四世―――アリア、お前だ」

鋭く睨む理子に、アリアも負けじと睨み返す。

「百年前の曾お爺様同士の対決は引き分けだった。つまりお前を倒せば、私は曾お爺様を超えたことを証明出来る。だからキンジ・・お前もちゃんと役目を果たせよ? そのためにくっつけてやったんだから」
「俺とアリアを・・・お前が?」
「そっ。オルメスの一族にはパートナーが必要だからねぇ」

かなえさんの言っていた事が、脳裏をよぎる。
理子はそれを狙って、俺をチャリジャックの被害者にしたのか。

「でも予想外だったなぁー、キンジってば中々アリアとくっついてくれないんだもん。お兄さんの話を出すまでは、ね?」
「兄さん・・・兄さんを・・お前が!?」

そのことが浮かんだ瞬間に、抑えようのない感情が吹き出してくる。
ギリギリと奥歯が軋み、拳を痛いくらいに握る。

「キンジ、いいこと教えてあげる。キンジのお兄さんは・・・理子のこい・・・あぁ、やっぱないわ」

突然、妙に苦い顔をする。
しかし次の瞬間には元の顔に戻った。

「理子のぉ・・うーん、仲間かなぁ?」
「いい加減にしろ!」
「キンジ、理子はあたしたちを挑発してるわ! 落ち着きなさい!」

アリアがたしなめようとしてくるが、まともに聞く余裕がない。
ベレッタを握る手に力がこもり、引き金を引いてしまいそうだ。

「あ! そうだったぁ、忘れてた!」

不意に、元の口調に戻って手をパンと叩く。
ニヤニヤとした表情で理子は、アリアに向き直った。

「そういえばねぇ、私の仲間の一人からぁ、アリアに伝言頼まれてたんだ〜」
「あたしに?」
「そうそう」

訝しむアリアを見て、より一層ご満悦の色を浮かべる理子。
何故だろう、その顔を見て。

無性に、どうしようもなく―――――悪い予感がしたのは。
聞かせちゃいけない、言わせちゃいけない。

ヒステリアモードでもないのに、確信にも似た予感を感じた。

「匿名希望だから誰かは言えないけど、それじゃあ言うね?」

ゴホンと咳をして、もったいぶらすようにゆっくりと口を開く。
それが、やけにスローに見えた。

止めなければと思う反面、凍りついたかのように体が動かない。
アリアはいまだに疑問符を浮かべた表情で、理子の言葉を待っている。

駄目だアリア、聞いちゃ駄目だ!
よく分からないが、、それを聞いたら―――――




「妹さんはぁ―――――」




お前は―――――!!




「げ・ん・き? だぁってー」

「――――っ!!!」


アリアが息を呑むのが、ハッキリと感じ取れた。
見開かれる赤紫(カメリア)の瞳、硬直する体。

だが次の瞬間には、その目には明確な、怒りと憎しみが炎のように溢れるのを見た。

「・・・・れ・・なのよ・・」
「うん? なぁに〜?」

まるで地の底から這い出でてきたかのような、掠れた声。
耳に手を当てて、理子はおふざけ口調で聞き返してくる。

駄目だ、聞くな、真に受けるな!
さっきまで同じだった俺が言える義理じゃないが、俺よりも危険だ。

きっと妹ってのは、かなえさんとの話に出てきたマリアとか言う人間だろう。
詳しくは分からないが、話から察するにアリアはずっとイ・ウーを妹の仇として追ってきた。

それこそ、俺が兄さんを失うずっと前から。
そして、組織はともかく、犯人を個人にまで特定出来ていないんだ、まだ。

そこに、犯人側からメッセージが送られた。
まるで今までのアリアの思いを、嘲笑うかのように。

だからアリアがこうなってしまうのも分かる。
だが、このだとアリアまで殺される。

それだけは、絶対にあってはだめなんだ!

「アリア! ま――――」
「誰なのよっ! そいつはぁぁぁ!!!!」

しかし、俺が止める間もなくアリアは、鬼の如き形相で理子に襲いかかった。

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