小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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三十三話










勝てる、勝てる勝てる!!
あたしの思考は歓喜に満ち溢れていた。

アリア―――オルメス四世は負傷し、キンジも使いものにはならない。
ワルサーを両手に持ち、悠々と機内を歩く。

もとから勝算の高かった戦い、マリアの伝言で確実になった。
怒りで我を失ったアリアなんて、ランク一つ落としたみたいに楽だった。

彼女がこのために伝言を頼んだ訳では、きっとない。
もっとこれから先の、何か重要な試練を二人に課すための事前の仕掛け。

それは分かってはいるけれど、結果的にはあたしの勝ちだ。
どうしようもなく気分が高ぶる、わき出る笑みが抑えられない。

きっと今のあたしは、子供のように喜色満面な笑顔を浮かべているだろう。
ようやく自由が手に入る、曾お爺様を超えられる。

私は理子―――峰・理子・リュパン四世だ!
ただの四世なんかじゃない、五世のためのDNAじゃない。

リュパンの才能を持たず、使わず、私はリュパンを超えたんだ!
たどり着いたのはアリアが使用していたスイートルーム、髪を操って鍵を開け、ドアを開いて中に入る。

「バッドエンドの時間ですよー。くふふっ、くふふふっ」

中に立っていたのはキンジ一人。
ベッドが大きく膨らんでいるけれど、アリアはそこじゃないよねぇ。

苦し紛れのブラフか、それとも裏をかいて本当にそこにいるか。

「もしかしたら仲間割れして自滅しちゃうかなーなんて思ってたけど、そうでもなかったみたいなんでー、ここで理子の登場でーす―――あっ」

セリフの途中で、気付いた。
キンジの雰囲気が変わってる。

さっきまでの困惑混じりの落ち着かないものではなく、今はすっごく冷静そのもの。
それに、どこかカナに似通った感じのする、強者の圧力。

間違いない、キンジは今、なっている。

「あはっ! アリアと何かしたんだぁ? 良く出来たねぇ、こんな状況で。くふふっ」

そう言うところは兄弟なのかなぁ? このムッツリ。

「で、アリアは? 死んじゃった?」

髪で握ったナイフで布団を指しながら問う。
それに答えず、チラリと視線をシャワールームに移すキンジ。

そこか・・・

「あぁん・・・そういうキンジ素敵。どっきどきする、勢い余って殺しちゃうかも」
「そのつもりで来るといい。そうじゃなきゃ、お前が殺される」

くふふ、よっぽど兄のことが効いたみたい。
銃を向けながら、あたしは舞台の演技を続ける。

自由と言う名の終幕を得る、ラストダンスを。

「さいっこー。見せてみてキンジ・・オルメスのパートナーの力」

そう言って引き金を引こうとした直前。
キンジが手に持ったのは、酸素ボンベ。

ベッド脇から取り出したそれを、盾にするように掲げた。

「っ!」

撃てば爆発する、キンジも、そして私も巻き込まれる。
一瞬の硬直、その隙にキンジは踏み込んできた。

バタフライナイフを出して、体格で圧倒しようとしてくる。
けれど、甘い。

髪の中に隠した遠隔操作のリモコンを使い、機体を傾けた。
グラリと揺れた衝撃に、私はともかくキンジは体勢を崩す。

それを見て、思わず口元が吊り上がる。
銃でキンジの額を狙い、発砲した。

絶対に避けられない、間に合わないタイミング。
まずは一人、そう確信した。

けれど次の瞬間、驚きに目を見開いたのはあたしの方だった。

(銃弾を・・・切った!?)

手に持ったナイフで、キンジは飛来する弾丸を断ち切って見せた。
二つに分かれた銃弾は、キンジの背後の壁に突き刺さった。

・・・イ・ウーにおいては、さして珍しい技じゃないけれど。
だけど少なくとも、あたしには出来ない。

唖然としていたあたしに、キンジがアリアのガバメントを向けてきた。

「動くな!」
「アリアを撃つよ!」

咄嗟にシャワールームへと銃を向ける。
必ず当たるわけじゃないけど、可能性は高い。

これで向こうも撃てない、そう思ったのに。
がたんっ、という音が聞こえてきた瞬間、両手のワルサーが強い衝撃で弾かれた。

「!」

アリア!?
かろうじて振り返れば、直後にサイドのツインテールを刀で切られた。

ナイフごと床に落ちて、力を失った髪はピクリとも動かない。

「うっ!」

思わず両手で頭を押さえる。
マズイマズイマズイ!

これで実質、あたしに戦闘手段はない。
銃もなしにアリアに接近戦を挑むのは、さすがに無謀だ。

キンジもHSSになっている以上、完全に形勢逆転された。

「峰・理子・リュパン四世―――――」
「―――――殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」

示し合わせたように宣言する二人。
なんだかんだで仲がいいよねぇこの二人。

マリア曰く定められたパートナー同士だって言うけど、たしかにそうかも。

「そっかぁ、ダブルブラフねぇ。相当に息の合った者同士じゃないと出来ない事なんだけどね」
「不本意ながら一緒に生活してたからな、合わせたくなくても合うさ」
「二人とも誇りに思っていいよ。理子、ここまで追い詰められたの初めて」

もちろん事件を起こしている時は、だけどね。
イ・ウーじゃ毎日のようにボロ負け続きなんだよねぇ。

「追い詰めるも何も、もうチェックメイトよ」
「ぶぁーか」

思いっきり憎々しげに言い放ってやる。
アリアの言う通り、この場はあたしの負け。

でも捕まってやるつもりはサラサラない。
髪を操り、リモコンでもう一度機体を揺らす。

体勢を崩す二人を尻目に、あたしは部屋の外へと駆け出した。

「ばいばいきーん」

さっきのバーまで戻り、カウンターの裏に隠していた爆弾を取り出す。
本当なら使わないはずだった、逃走用の爆弾。

これで機体に穴を開けて脱出する緊急用。
それを掴む手に、自然と力がこもる。

奥歯がギリッと軋み、爆弾を設置する作業も荒っぽくなってしまう。
何度も何度も何度も、マリアの言葉が頭の中で再生する。

―――私が答えたところで、勝率が変動するわけではないでしょう。

これを全部、推理していたのかな。
あたしが一度勝利を確信して、でも逆転されて逃げ帰ることも。

今のあたしの・・・抑えられない悔しさも。
作業を終えて、壁に背をつけて立つ。

間もなくキンジがやって来て、犯人を追い詰めたと確信したように口を開く。

「狭い機内の中、どこへ行こうっていうんだい、仔リスちゃん」
「くふ、キンジはそれ以上近づかない方がいいよー?」

平静を装い、最後の悪あがきを試す。
どうせこれも駄目なことは火を見るより明らかだけど。

「ねぇキンジ。この世の天国、イ・ウーに来ない? 一人くらいならタンデム出来るし、連れていってあげるから。あのね、イ・ウーには―――――」

教授との交渉に使えるかもしれない一手。
あたしはきっと、イ・ウーを退学させられる。

弱者を置いておくほど甘い所じゃないのは、嫌というほど知っている。
マリアは教授の言う事は何だかんだで絶対だし、ジャンヌはあたしと同じ最下級生。

だから何かしらの手土産を持って行かないと、あたしは退学だ。
そして、兄の事を持ち出すのも、かなり分が悪い賭け。

ほぼ確実に激昂するのが目に見えているから。
でも、キンジをイ・ウーに誘うにもまた、この話題は必要不可欠なんだ。

「―――お兄さんもいるよ?」

でもやっぱり、あたしの賭けは敗北しかなくて。

「これ以上怒らせないでくれ。いいか理子、これ以上兄さんの事を言われたら、俺は衝動的に9条を破ってしまうかもしれないんだ。それはお互いに、嫌な結末だろう?」
「あーそれはマズイかも、キンジにはこれからも武偵でいてもらわなくちゃ」

それが、マリアの望みでもあるんだからね。
ウィンクをして、自分を抱きしめるように体を縮める。

「じゃあアリアにも伝えといて、イ・ウーはいつでも二人を歓迎するって」

紛れもない本当のこと。
たくさんの人がそれを待っている。

爆弾を起爆させ、あたしは夜の空へと身を投げ出す。
身も凍るような冷たい風が、体を打ちつけてくる。

制服を開いてパラシュートにすると、より寒さがヒドくなった。
遠ざかっていく飛行機、そしてそれに飛来していくミサイル。

ボストーク号から放たれたもの。
教授の命令なのか、誰かが血迷ってやらかしたのかは分からないけど。

どっちにしろ、あたしの負け。
闇に染まった暗い空は、まるであたしの心を映し出しているみたいだった―――。














「峰・理子・リュパン四世。本日をもってイ・ウーを退学とします」
「・・・・・あちゃー、やっぱりそっかぁ〜」

ボストーク号内の、理子に与えられている部屋で三人は向き合っていた。
一人は理子、アリアに着られた髪をそのままに、頭に片手を置いて苦笑いしている。

もう一人はマリア、いつもの無表情に僅かな影をさし、しかし淡々と教授の意思を告げる。
いまだ寝不足であるにも関わらず、途中で起床して自らこの役目を買って出た。

シャーロックも予めそれを予期していたため、快く了承した。
ジャンヌはこれといって理由はないが、成り行きに近い付き添いだ。

いつもの如く笑ってはいるものの、理子の表情は硬い。

「まぁ弱っちい子はいらないもんね〜。まっだまだ未完成なアリアにボッコボコだったしー」

取り繕っているのが素人にも判断できる。
それに比例するように部屋の雰囲気も重くなり、二人も口を開かない。

「よっし! そうと決まれば荷造りしないとね〜、いつまでもいたら迷惑かかっちゃうし」

大袈裟なほどにイスから飛び跳ねて、せっせと大きな鞄を取り出す。
どこかやけっぽっちに見えるくらいに片っ端から荷物を詰め、服がグチャグチャになるのもお構いなしだ。

ガチャガチャと音を盛大に立てながら金物を入れる際にも、二人の方を見向きもしない。
しかし、二人には聞こえている、聞こえてしまう。

音に紛れて微かに響く、すすり泣く声が。
敗れた悔しさと、何年も住み慣れた場所を離れる寂しさ。

必死に隠そうとして隠しきれていない、体の震えもハッキリと見て取れる。
そんな背中を、マリアとジャンヌはジッと見据える。

「じゃ、ジャンヌも気をつけなよ〜? あの、二人って、け・・結構やる感じ・・だったからさぁ。も、もしかしなくって、も・・邪魔してくるだ、ろうしぃ」

途切れ途切れにかけられる言葉も、聞くに耐えない。
そっと瞑目するジャンヌは、内心ではどうすればいいか分からない。

何か慰み言の一つでもかけるべきか、そっと聞き続けてやるべきか。
良くも悪くもずっとイ・ウー暮らしのジャンヌには、それが分からない。

理子はここでは比較的マトモな人種だ。
特殊な血筋と過去の境遇を除けば、ほとんど普通の女の子だろう。

感性も基本的に常人に近く、感情の起伏も激しい。
本性まで捻じ曲がった連中が多い中で、あるいはずっと最下級生だった理由の一つもそれかもしれない。

本質が狂気の域まで達した人間というのは、それだけで脅威だ。
そんな連中が集まるイ・ウーで、理子のそれはそこまで醜悪なものではない。

無論ジャンヌとてそういった意味ではまともと言える。
マリアは純粋な才能と努力だが、そのどちらも度合いが桁外れなだけ。

故に理子は負けられない戦いでの敗北に、涙を流す。
悔しさに泣き、怒りで震え、情けなさに膝を屈する。

そんな彼女に、真っ直ぐに進んで転んだ少女に。
いったいどんな言葉をかければいいのか、戦いしか知らないジャンヌは分からない。

そんな時、不意にマリアがイスから立ち上がった。
それに気付かず荷造りを続ける理子の背中に、ゆっくりと近づいていく。

「ゆきちゃんって普段はオドオドしてるけど怒るとすっごい事になっちゃうしさぁ。キーくんに関わることだともっとすんごい事になるんだよねぇ」

確実に狭まっていく距離に、理子は気付きもしない。
マリアが気配を断っている訳でもない。

普段なら絶対に気づきそうなものを。

「あっはは、キーくんもなーんで気付かないかなぁ? ホントにどこのエロゲー主人公だよって思うよー」

ついに背後まで迫ったマリアに、しかしやはり振り向かない。
気付いてて、あえてそうしないのかとすら思えてくる。

「アリアもアリアだよねー、ちょこっとくっついただけであんなに怒るのにヤキモチだって認めないんだからさー。あんな調子じゃゆっきーに先越されちゃうぞー?」

乱雑に詰め込まれた荷物は、かさばって入りきらない。
無理矢理バックを閉じるように、上からグイグイと押し込む。

「まぁそんな感じなんだけどさ、二人も頑張って―――――」

言葉は、最後まで続かなかった。
突然、理子の体が後ろに引かれる。

理子の腕を、マリアが強引に引っ張ったのだ。
腕を引くと同時に、理子に合わせてしゃがみこむ。

右手で理子の左腕を掴んだため、後ろに倒れながら理子の前後が反転する。
いきなりの展開に反応出来ず、そのままマリアの胸に引き寄せられた。

体を預けるような形で抱きしめられる理子。
その顔は、涙と鼻水でグシャグシャに汚れていた。

「あ・・・え・・・マリ・・ア・・?」

頭が追いつかず、掠れた声で名を呼ぶ。
しかしマリアは答えず、理子を包む腕に力を込めるだけ。

背中と頭に手を回して、ゆっくりと撫でる。

「理子・・・貴方はよく頑張りました、本当に・・」
「・・・」

目を見開いて、言葉を失う。
無表情に加えて無感情が常なマリア。

しかし今かけられた言葉には、溢れるような暖かさを感じた。

「今はまだ、遠いけれど。貴方はいずれ、きっと望んだものに届く日が来る」

それが意味する物とは、アリアかブラドか、もしくは別の何かを示すのか。
それすらまだ、理解することは叶わないけれど。

「それが・・・・マリアの、推理・・?」

縋るような思いで聞く。
『条理予知』を有する彼女の言葉に、希望を見出そうともがいている。

「・・・いいえ、違います」

しかし、返されたのは無情にも、否定の言葉。
絶望が再び理子を塗り潰さんとした時、マリアが言葉を続ける。

「私がそう―――願い、望んでいます」
「え・・・」

今度の驚愕は、さきほどの比ではなかった。
それは、二人の後ろにいるジャンヌも例外ではなかった。

願い、望み。
そんな不確かな言葉を、彼女が自らに対して使う時などあっただろうか。

この頃は感情の発露が多く見られるとはいえ、マリアの本質は論理的思考が至上なのだ。
大事な場面では必ず感情を理論で圧殺し、不確定な要素を徹底排除する。

全ては最良の選択を選ぶため。
幾度となく聞いた、マリアの口癖のようなもの。

理子のこれからの道が、マリアの中でどう推理されているのかは知りようがない。
しかしこの時、この場所で、マリアはそれと一切の関係なく、理子の幸せを望んでいると言ったのだ。

それを理解した理子の顔は、再びくしゃりと歪む。
涙腺が完全に崩壊し、滝のように涙が溢れる。

「う・・あぁ・・うわああぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁん!!」

ぶらりと垂らしていた腕をマリアの背に回し、力の限りしがみつく。
それを受け止め、ゆっくりと頭を撫で続けるマリア。

微笑みすら浮かべて抱きしめる姿は、まるで愛しい子をあやす母のよう。
そんな二人を、ジャンヌも暖かい目で見守っていた。

「うぅ・・ぐすっ・・・うぇぇ・・」
「泣いていいんですよ。それが終わったら、もう一度頑張って立ちましょう。今度は絶対に―――届かせるために」
「うん・・・うん・・!」

マリアの胸に顔を埋めながら、コクコクと頷く。
ひとしきり泣いた後に、二人はゆっくりと離れた。

頃合かと判断し、ジャンヌが立ち上がって理子の鞄の横にしゃがむ。

「これはさすがにマズイだろう、服がシワだらけになってしまうぞ。」
「あ・・・えと、ごめん」

恥ずかしそうに顔を赤くする理子に、フッと笑みをこぼす。
もう大丈夫そうだと確信し、カバンの中身を整理し始めた。

理子とマリアも参加し、三人で荷造りを終わらせる。
もともと理子の荷物の大半はホテルや寮に置いてあるので、さほど時間はかからなかった。

「えっと・・・それじゃあいくね」
「ええ、気をつけて」
「また近い内に会うだろうが、達者でな」
「うん」

ニッコリと柔らかい笑顔を浮かべ、歩き出す理子。
扉を開けて部屋から出ようとした時、ふとその足を止める。

どうしたのかと二人が首を傾げた直後、理子が勢いよく振り返った。

「マリア!」

かと思えば、とてつもない瞬発力でマリアに飛びついた。
そして―――――

「ん・・」
「っ!」
「なっ!?!」

その桃色の唇を、マリアのそれに重ねた。
さきほどの理子に劣らぬほどに目を見開くマリア。

その隣で、持っていたデュランダルをガシャーンと落としてしまうジャンヌ。
ぷはっと口を離し、硬直したマリアの唇を最後にペロッと一舐めしてからようやくはなれた。

そのまま一瞬で鞄を拾ってドアの所まで走り、もう一度振り返る。
その顔は、林檎もかくやというほどに真っ赤に染まっていた。

「えっへへ、一歩リード〜」

マリアに笑いかけ、ジャンヌに向かってバーンと指で撃つ真似をする。

「理子っ! 貴っ様ぁぁ!!」

それにジャンヌが烈火のごとく怒り狂い、聖剣を振り上げて斬りかからんとする。

「ばいばいきーん!」

しかし逃げ足においてリュパンに敵う者はそういない。
さっさと全速力で逃げる理子、般若となって追うジャンヌ。

「まぁぁぁぁてぇぇぇぇ!!!!」

ボストーク号の中に、ジャンヌの怒号が鳴り響く。
そんな中、マリアは理子の部屋だった場所で、いつまでも石になっていた。

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