三十四話
「その護衛、私がやるわ!」
俺はこいつといることで、何度頭を抱えればいいんだ。
思い起こせば・・・・いや、もうそれすら億劫だ。
とにかく理子の一件から一週間くらいか。
俺はいまだに、アリアのパートナーとして一緒にいる。
何でかと言われれば・・・・・なんでだろうな。
気が付いたらやらかしちまってた、としか言えない。
そんなこんなで、変わらず騒がしい日々を送っていたんだ。
アリアに真剣白刃取りの練習させられたり、俺のヒステリアモードを二重人格と間違われたりな。
そんな時、白雪が教務科に呼び出されたんだ。
あの超が三つ四つくらい付きそうな優等生が呼び出しなんて、何かあったとしか思えない。
しかし俺はあくまで平凡第一なので、特に関わるつもりはなかったんだが。
このチビが、よりによって教務科に潜入するなんて言い出しやがった。
自殺行為もいいところな愚行を止めようと奮闘するも、今の俺が出来るはずもなく。
今はこうしてさらなる頭痛全開な状況になっているんだ。
「星伽ぃ。なんか知らないけどSランクが無料で護衛してくれるらしいよぉ?」
尋問の名人、教師の綴がダルそうな声で白雪に振り返る。
こいつって苦手なんだよな。
据わりっぱなしの目とか、常時やる気なさそうな空気とか。
中学の時の担任を思い出すような雰囲気が。
「い・・いやです! アリアがいつも一緒だなんて、けがらわしい!」
「ボディガードさせないとコイツ撃つわよ!!」
なんでそこで俺に銃向けんだよ、依頼受けるためにパートナー撃つ武偵なんて聞いたことないぞ!?
両手を口にあてて慌て出す白雪、邪悪な笑みを浮かべるアリア。
そんな状況をニヤニヤと観察している綴、おい止めろよ教師。
「じょ、条件があります!」
涙目をギューっと瞑り、白雪は叫ぶ。
「キンちゃんも私の護衛して! 二十四時間体制で!」
また始まったんだ、白雪の・・・暴走が。
「私も、キンちゃんと一緒に暮らすぅぅーー!!」
何かが俺から、抜けていった気がした。
ジャンヌが星伽白雪の奪取のため、武偵校へと向かって数日。
私の日々に大差はない。
曾お爺様からの依頼は途切れることなく舞い込み、黙々とそれを消化する。
労働と休息のバランスが取れず、リシアの世話になることも多くなった。
働きすぎだと怒られもしたけれど、私でないとこなせない物があるのだから仕方ない。
くわえて他のメンバーは、こちらの都合などお構いなしに訓練に引っ張りだそうとするものだから寝る隙間もない。
今もこうして、ただ立ちながら二十人ほどからの攻撃を捌いていた。
いた、というのは既に決着がついたため。
負傷させたわけではなく、たんに向こう側の体力切れ。
ある者は床に大の字に倒れ、ある者は膝に手をついて項垂れている。
みな一様に疲労困憊、対して私は汗一つ流していない。
いまだに誰一人として捉えられていないワイヤーを、グローブに収める。
最近はこうしてワイヤーを用いる事が増えた。
定期的に使っておかないと鈍るというのもありますが、単純に楽だからでもある。
ほとんど動かずに大概の攻撃は防ぐ事ができ、拘束も攻撃も指を動かさずに出来るようになった。
体力の消耗は最低限以下、むしろ消費する要素がない。
普段はともかく、今のような状態の時には重宝するようになった。
「相変わらず見事ね、まだまだ私も頑張らないと」
そう言って近付いて来たのは、すぐ近くで同じように訓練をしていたカナ。
歩いてきた方向に視線を移せば、小さな山が出来ていた。
もちろんゴミや砂の類ではなく、れっきとした人間達である。
ザッと確認すれば、みな中級生の中でも限りなく上級に近い者達ばかりだった。
イ・ウーに入学してから早半年、彼女も相当に強くなった。
予想通りに目覚しい進歩を遂げ、既にイ・ウーでも五指に入る強者になった。
『いやはや、そちらも見事ですよ。うかうかしてたら追い越されそうだ』
「心にもないこと言うのね。一度でいいからアナタの本気を見てみたいわ」
口元に手を当ててクスクスと笑うカナ。
任務続きで会うのは数日ぶりですが、相変わらず目の覚めるような美人です。
この世に神がいるとすれば、何を血迷って男に生んだのかと思うほどに。
『それは無理ですねぇ、私は臆病者の平和主義者ですから』
「もしそうなら、世界の全ての人が聖人君子になってしまうわね」
倒れ伏す人の山の中心で、なんでもない世間話を交わす私達。
誰も邪魔しようなどとは思っていないようで、隅の方で大人しく訓練に励んでいた。
『まぁそれはともかく、丁度いいタイミングでしたね。貴方に教授からの指令を伝えに来たんですよ』
「教授から?」
直接の伝令に、疑問符を浮かべるカナ。
通常において、イ・ウーメンバーの行動は自由だ。
どこで犯罪するもよし、自己責任で盗みも殺しも破壊も許容される。
何かしらの指令は伝令役の人間―――交信系の超能力者―――を使って言い渡されるのが殆どだ。
私が直接伝える場合は、主に人手不足な時か、よっぽどの秘匿性を持った任務か、あるいは私との合同任務の時の三つだ。
そして、今回はその三つ目に当たる。
『これから私と二人である研究所を潰しに行きます。施設を破壊し、研究が二度と行われないようにする、それが私達の任務です』
「・・・分かったわ、行きましょうか」
微かな間をおいて答える。
肩を並べて訓練施設を出て、そのまま直に目的地へと向かう。
今回、本当の目的は他にある。
もちろん研究も違法で危険な代物なので、必ず破壊はする。
けれど、ただそれだけなら二人で行く必要はない。
ならば何故か?
それはカナ、金一さんの道に歪みを与えるためだ。
実は現在、私と曾お爺様が描いた道筋に僅かなズレが生じている。
金一さんは、キンジさんを覚醒させるための重要なキーとなるだろう。
そのために、二人は一度対立しなければならない。
それに必要不可欠なのが、金一さんの道を歪ませること。
誰もかれもを救う、一人の犠牲も出さずに義を貫く。
それは、イ・ウーにいる間に色あせていくはずだった。
己の信念の困難さに苦しみ、抗いがたい巨悪に勝つために一時的にでも己を曲げる。
そうしてキンジさんと対立するような方針を打ち出し、彼の成長の大きな糧となる。
そうなる――――はずだった。
しかし、実際には彼の信念は大した揺らぎを見せていない。
いまだその光は衰えを知らず、むしろ高まっていく自分を感じてより強く輝いているようにさえ見える。
これは、少々まずい。
何が彼にそうさせたかは分からない、しかしこのままではいけない。
その対策として今回の任務を利用した。
この任務で、悪いですが彼には味わってもらわねばならない。
圧倒的な敗北を、己の救済が及ばぬ絶対の困難を。
そして決断してもらいます。
救いのためなら犠牲をも厭わない。
そんな、人の思いを無視した義の道を一時だけ歩む事を。
そして――――私と同じ、偽善と欺瞞に満ちた・・・そんな道を。
アドシアード当日、白雪が行方不明になった。
キンジはレキの協力もあってその後を追い、武偵校三大危険地域である地下倉庫に来ていた。
しかし、その隣にアリアの姿はない。
数日前、白雪を狙う魔剣の存在をそもそも信じていなかったキンジは、アリアと仲違いしてしまったのだ。
アリアの直感は願望による錯覚であり、母親を救いたいがための妄想だと。
実際には魔剣など存在しない、一人で突っ走っているだけだと。
お前は、ズレていると―――――言ってしまったのだ。
HSSでもない通常状態のまま、キンジは進んでいく。
エレベーターが壊れていて、やむなくハシゴを使って地下七階まで降りてきた。
そこらかしこに危険を示す警告が書かれ、ここが火薬庫だと知らせている。
銃器は厳禁、誘爆を起こせば地下どころか武偵校そのものが吹き飛ぶ。
教師も生徒も選手も報道陣も、もれなくバラバラの大惨事になるだろう。
キンジはポケットからバタフライナイフを取り出し、なるべく音を立てないように開く。
そして、見つける。
白い巫女装束を着た、白雪の後ろ姿を。
「どうして私なんかを欲しがるの、魔剣。大した力もない私を・・」
怯えを含んだ声で、暗闇に語りかける白雪。
その先には確かに、何者かの気配を感じられた。
「裏をかこうとする者がいる。表が、裏の裏であることを知らずにな」
男喋りの、女の声がした。
「敵は陰で超能力者を鍛錬し始めた。我々はその裏でより強力な超能力者を磨く。その原石、それも欠陥武偵に守られた原石に手が伸びるのは当然のことだ、不思議がることではない」
「キンちゃんは欠陥品なんかじゃない!」
「だが現に、お前を守れなかっただろう」
「ちがう! 私が迷惑をかけたくなかったから、呼ばなかっただけ!」
怒りを含んだ声で叫ぶ白雪。
フンッ、という声がそれを遮り、さらに続いていく。
「だが、一つだけ誤算があった」
ジャンヌの意識が僅かに他へと向かう。
「何の抵抗もなく自分を差し出す代わりに、武偵校の生徒と、なにより遠山キンジに手出しをしないこと。お前はそう言い、私も確かに聞いた。だがその裏で、お前は奴を呼んでいる」
その瞬間、キンジは駆け出した。
気付かれていたのにも驚いたが、相手は魔剣。
イ・ウーのメンバーなら、まず間違いなく自分より遥かに格上だろうと思ってはいた。
「白雪逃げろ!」
「キンちゃん!?」
振り返った白雪が驚愕に目を見開く。
しかし次の瞬間には、必死の形相でキンジを静止する。
「来ちゃ駄目! 逃げて! 武偵は超偵には勝てない!!」
その叫びに続いて、キンジの足元の銀色の刃物が突き刺さる。
つんのめって倒れるキンジ。
それはヤタガンと呼ばれるフランス製の銃剣、形としてはサーベルに似た小剣だ。
それを中心に、床に白い何かが広がっていく。
それが、キンジの足を床に貼り付けていく。
咄嗟に起き上がろうとするも、肘までそれが広がり、キンジは動けなくなった。
その正体は氷。
冷たい感触が体を襲い、完全に縫いつけられた。
「い・・いやっ、やめて! 何をするの!?」
白雪の悲鳴が響く。
体に何かを巻き付けられ、暗闇の中へと引き込まれていく。
そして、新たに銃剣がキンジの頭目掛けて飛んできた。
(っ! やられる!)
何も出来なかった自分を呪い、悔しさに歯噛みする。
体は全く動かず、迎撃が出来る状態ではない。
間違いなく王手だった。
その時、背後から何かが投げられる音が聞こえた。
銃剣がその何かと衝突し、あらぬ方向へと飛んでいく。
投げられたそれは、最近ではとてもよく見知った刀だった。
「じゃあ、バトンタッチね」
照明の光を反射し、きらめく緋色のツインテール。
片手に刀を持ち、武偵校のセーラー服を着た、アリアがそこにいた。
「そこにいるわね、魔剣! 未成年者略取未遂の現行犯で逮捕するわ!」