小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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三十八話










理子が異様にそそくさと去った後、キンジとアリアは里香に連れられて、用意された部屋へと向かっていた。
小夜鳴はすぐさま地下に研究室へと閉じこもり、説明その他諸々を里香に押し付けた事になる。

館内の構造を里香が簡単に説明しながら、ゆっくりと移動していた。
実際には、二人は予め理子が用意した見取り図によって大方は把握している。

しかし知っていると言えば怪しまれるので、大人しく聞いていた。
やがて二人の部屋の前に辿り着き、里香が二人に向き直る。

「向かって右が遠山先輩の、左が神崎先輩の部屋となります。神崎先輩の二つ隣が私の部屋です。とりあえず着替えが終わりましたら、厨房まで来てください」
「ああ、わかった」

キンジが返事をして、アリアもそれに続く。
それでは、と身を翻し、一足先に厨房へ向かおうとした里香だったが―――――

「ねえ、あんた」
「はい?」

アリアが不意に呼び止める。
キンジが疑問符を浮かべて視線を向けても、アリアは答えずに里香を見据える。

「あんたさ、あたしとどっかで会ったことない?」
「え・・・?」

唐突な質問に、ポカンと目を見開く里香。
それはキンジとて例外ではなく、咄嗟に意味を理解出来なかった。

(どこのナンパ野郎だよお前は・・・)

理解したらしたで、溜め息をつきそうになる。
ついさっき会ったばかりの人間にする質問としては珍妙すぎるだろう。

理子風に言えば王道の一つかも知れないが、キンジにとっては悩みの種だ。

「えっと・・・私と神崎先輩が、ですか?」
「そうよ。あとアリアでいいわ、これから一緒に働くんだし、ここじゃあそっちが先輩じゃない」
「ああ・・えっと・・」

困惑し、助けを求めるような視線をキンジに向ける里香。
今度は実際に溜め息をついて、やむなく後輩の救出に乗り出すキンジだった。

「変な質問はやめろアリア。黒村も武偵校の生徒なんだ、どっかですれ違ったりもするだろ」
「そういうのじゃないわ。もっとこう・・・知り合いとかそれ以上の人に会ったような感覚がするのよ」

真剣な表情で考え込むアリア。
対してジロジロと視線を向けられる里香は、次第にオロオロと体を揺らし始める。

キンジは潜入早々に頭痛がしてきたのだった。
毎度お馴染みのアリアの直感、これまた今回は妙な所で発動したものだと。

しかし、自分はつい先日にアリアの直感を疎かにしたせいで、致命的な失敗を犯している。
あれを繰り返すのは御免なので、頭ごなしに否定するつもりはない。

しかし、今回は前回にも増して不可解な内容である。
一年の三学期に転校してきたアリアに、今の一年に知り合いがそれほど多くいるとは思えない。

|戦妹(アミカ)がいるのは知っているが、そっち関連の知り合いなら最初から悩んだりせずに思い出せるだろう。
この短い期間で出来た友人なら忘れるのもおかしいし、なによりそれなら里香の方も肯定するはずなのだから。

しかし当の本人は都会のヤンキーに難癖つけられた田舎娘の如くビクついていて、とてもじゃないが知り合いだとは思えない。
アリアの直感も無下には出来ず、しかしこれで信じろと言うのも無理がある。

初っ端から非常に面倒くさい問題にぶち当たったものだ。

「えっと・・・アリア・・さんとは直接話したことはない、と思います」
「本当に? 記憶喪失だとか物忘れが激しいとかはない?」
「は、はい・・・いたって健康です」

いまや里香とアリアの距離は十センチにも満たない。
里香のビクビクはガタガタへと変化し、目の端に涙すら浮かべている。

さすがにこれいじょうは不味いだろうと判断し、キンジはアリアの手を引いて下がらせた。

「もういいだろアリア。本人が知らないって言ってるんだ、そこまで問い詰めるような事でもないだろ」
「むぅ〜〜」

しかしどうにも納得のいかないアリアは、無意識に里香をキッと睨む形になってしまう。
ひぃ! と里香の体が跳ねて、だんだんと後退りまで始める始末だ。

「お前な、後輩イジメて楽しいか? 少しは他人の迷惑も考えろ」
「うぅ・・・分かったわよ」

さすがにバツが悪くなったようで、渋々といった感じではあるが引き下がる。
それを確認した瞬間、里香は音速もかくやと言うスピードで行動する。

「で、では厨房で待っていますので! それでは!」

二人の反応も確かめずに脱兎のごとく去っていく。
それはアリアの全力疾走にすら引けを取らない見事な逃走だったと言う。

「はぁ・・・Sランク武偵が後輩を脅すなよ」
「お、脅してなんかないじゃない! ちょっと質問しただけよ!」
「あんなギラついた眼光をむけられたら誰だって怖がるだろ。向こうからすれば、さっきのお前は借金取りのヤクザにでも見えたんじゃないか?」
「なぁんですってぇーー!?」

ヤバイ、とキンジが思った時には既に遅い。
二人はまだ着替えていないため、もちろん武偵校の制服のままだ。

それはつまり、銃もまだ装備中である事を示している。
黒と白のガバメントが窓から差し込む光を反射し、持ち手の怒りも相まって攻撃的な輝きを放っていた。

「キンジのくせにあたしを侮辱したわね!? 誰がヤクザよ! あんな野蛮なのと一緒にしないで!」
「十分に野蛮だろうが! 今のお前は!!」
「うるさーい! ドレイのくせに口答えしない! 風穴あけるわよ!!」

そのまま銃弾をぶちかまし始めたアリア。
それが終わって二人が着替えてまた一悶着あって、結局厨房に着いたのはそれから実に二時間後のことだった。















潜入初日の夜、定期連絡の時間で俺達は通話をしていた。
俺ととアリアはそれぞれの部屋のベッドの中だ。

携帯の三者間通信サービスによる、なんとも安上がりな秘密の会議だ。

『てすて−す。キーくんもアリアも聞こえてるかなー?』
「聞こえてるぞ」
『あたしも大丈夫よ』

夜になっても相変わらずのテンションだな、さすが理子というべきか。

『そんじゃあ二人とも、潜入初日はいかがだったかなぁ?』
「さすがに初日だしな、仕事は覚えたから、活動は明日からになるだろうな」
『あたしもそんな所。あの里香って子の説明が分かりやすくて助かったわ』

確かに、分かりやすかった。
ただ単に仕事の内容だけを事務的に説明するだけでなく、要領やコツなども細やかに教えてくれた。

短期間このただっ広い館で仕事するにはありがたかった。
御陰で初日でもかなりやりやすかったしな。

『あー、あの子ねぇ・・・・うん、そりゃよかった』
「?」

何故だか歯切れが悪いというか・・・妙だよな。
そういえば今朝に会った時も、あいつが現れてから少し挙動不審だった。

最初に顔を真っ赤にした後も、常に頬が染まっていた気もする。
なんとか不審に思われないように振舞ってはいたが、一度気付いた俺にはそれが分かった。

アリアには知り合い疑惑かけられるし、何かあるのか?

『ねぇ理子。あんたあの子のこと何か知らないの?』
『うぇっ!?』

俺より先にアリアが疑問をぶつけた。
そんでもって明らさまに動揺する理子。

こんなに分かりやすく反応するなんて珍しいな。演技が得意な理子らしからぬ失敗だ。

『その反応は知ってるわね? 何でもいいから教えなさい』
『う〜・・』

さすがにこれは言い逃れ出来ないだろう。
数秒、悩むように呻き声を上げる理子。

どっちかと言えば話すかどうかよりも、どこまで話すかを考えている感じだ。

『・・・本人が言ってた通り衛生科の一年で、ランクはC。成績はいたって平凡、可もなく不可もなくって感じ。でも体が少し弱いみたいで、かなーり頻繁に休んでる』
「それは・・・よく残っていられるな」

出席日数の不足なんて、武偵校でも取り返しのつかないマイナスの一つだ。
良くも悪くも実力主義なため、それを示す事に直結する出席は最も欠かしてはいけない。

むしろそれでCランクにとどまってるって事が奇跡と言える。

『なにかワケありって奴なの?』
『んーん、別に特別なものじゃないよ。実家から大量の寄付が入ってるってだけ』

それはまぁ、確かに珍しくはない。
そんなにポンポンいる訳じゃないが、金を使ってランクを一つ二つ底上げする奴は少なからずいる。

そして、武偵校はそう言った不当なものについて、とても放任的だ。
そりゃそうだろう、武偵校側には何のデメリットもないんだから。

少し成績を工面するだけで大量の投資を得て、特に個人指導をしろと言う訳じゃない。
むしろ金で実力を誤魔化して地獄を見るのは当人なんだ。

純粋な任務の難易度の上昇、下級生からの上勝ち狙いの勝負。
結局は自分で自分の首を締めるだけの結果になる。

『まぁそれでランクを偽装している訳じゃなくて、あくまで武偵校に在籍させて欲しいって言ってるだけなんだけどねー』
『そんな子が何でバイトなんてやってるのよ?』

そうだ、そこが最も不可解なところ。
そうまでして武偵校に通ってるのに、バイトなんてしている時間はあるんだろうか?

『それがさー、ちょっと嘘情報が混じっててねぇ』
「嘘?」
『体が弱いってこと。そもそも実家には反対されてるんだって、武偵になること』
『・・・ああ、そう言うことね』

その一言で、アリアも俺も合点がいった。
これもまた、そう珍しいケースじゃない。

今更ながら、武偵校は普通じゃない。
滅茶苦茶に危険なその職業の門を子に潜らせたくない親はいくらでもいて、親と子の衝突は度々あるのだ。

きっと寄付をしているのは、あいつの両親以外の親類辺りだろう。
そう言う人間の支援を受けてでも武偵になろうっていう、少しばかり無茶な決断をする奴もいるんだ。

バイトをしているのは、おそらく生活面は自分でやりくりしているからだろう。
寄付もしてもらって衣食住まで世話になるのは悪い、とかそんな理由で。

今日話しただけでも、黒村がいい奴だってのは分かったしな。
接すれば接するほどに普通な奴だから、俺としても凄く新鮮な気分でいられる。

きっと普通の学校で女友達と喋ったりするのって、あんな感じなんだろうなって思った。
しかし理子もよく調べたな、さすがはリュパンってところか。

「あいつの事情は分かったが、理子はなんで黒村を見た時に赤面してたんだ?」
『えぇえぇ!? キーくん見てたの!!?』
「そりゃあお前・・・」

あんだけ盛大に沸騰してたら気付くだろ、俺だけだったのが救いだが。

『なにそれ? あんたあの子と知り合いなの?』
『いや全然!? まったくこれっぽっちも知らないなぁー!!』
「それは否定してるつもりなのか?」

ええ知ってますが何か? って言ってるくらいに分かりやすいぞ。
本当にこいつはどうしちまったんだ?

『じゃあ明日あの子に直接聞いて―――』
『あー思い出した! 思い出しましたよー! 確か何度かお話した事があったかなぁ!!』

吐くの早いな。
まさかアリアが理子に舌戦で勝利する日が来るなんてな。

明日は嵐か。

『それだけ? にしては反応がおかしくない?』
『誓って本当! 知り合いに会って思わず驚いただけなんだってー!』

何か隠しているのは間違いないだろうが、これ以上はいいだろう。
ここまで聞いても言わないってことは、少なくとも今回の潜入に支障をきたすような人間じゃないってことだ。

アリアもそれが分かったんだろう、それ以上の追求はしなかった。

『じゃあ明日から本格的に始動ってことで頑張ってねー! 理子りんおちます!』

有無を言わさずブチッと着られた通話。
ホストが理子だったため、自動的にアリアとの通話も切れた。

終了の文字が表示された画面を見てから、携帯を閉じる。
月明かりが差し込む部屋の天井を、なんとなしにボーっと見上げる。

・・・黒村里香。
俺の人生の半分以上において縁がなかった、普通の少女。

武偵校の生徒と言っても、話せば本当に普通だった。
そう言った人間は他にもいるんだろうが、俺にそんな出会いの余地はなかった。

そもそも最近は特別に普通じゃない女子がわんさかで、日に日に普通とは離れていく一方だ。
しかも泥棒のための潜入なんて、武偵として以前の違法行為の最中ときた。

そんな時に願い憧れた普通に遭遇するなんて、人生何があるか分からないな。
少しずつやって来た睡魔に、段々と瞼が下がっていく。

(ほんと、普通っていいもんだな)

今日一日会話しただけでも、それのなんたる平和なことか。
間違っても銃をぶっ放したり刀で器物を壊されたりなんて事態は起こらず、心の底から平穏な一時だった。

(俺の周りの奴らも、あいつの一割でもいいから見習って欲しいもんだ)

出席日数が足りないのにCランクって事は、よほど勉強も出来るんだろう。
普通な上に努力家って、なんて平和的な人種なんだ。

(・・・でも、何でだろうな?)

いよいよ意識が途切れようかという瞬間、ふと疑問が沸き起こる。
それは、今思い返して初めて気付いた違和感だった。

(普通の人間と話すなんて、殆どしたことないってのに・・・)

むしろ皆無と言って差し支えないだろう。
幼い頃から武偵を目指して、同じような奴らとばかりつるんでいた。

小学校の時ですら、ガンオタもかくやと言わんばかりの知識を持つ者同士で話してたくらいだ。
自然と、普通の奴らは遠ざかっていった。

それなのに―――――

(なんで、あいつと話すのが―――――)

ついに意識は闇に捕われ、思考がシャットダウンする。
その瞬間まで、胸の中の疑問ははずっと渦巻いていた。




―――あいつと話すのが・・・・・懐かしいって感じたのだろうか。

-39-
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