小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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三十九話










紅鳴館にハウスキーパーとして訪れてから、今日で三日となる。
つい昨日キンジさんと姉さんがやって来て、諸々の仕事を教えて過ごした。

その間に背後から突き刺さる姉さんの視線を無視するのには、些か骨が折れました。
やはりホームズの直感でしょうか、気付くまではいかずとも、違和感を感じてはいるようです。

そんな姉さんですが、現在厨房で私と向かい合わせに立って俯いています。

「・・・・」
「・・・・」

お互いに無言。
決して気分が悪いとかではなく、床に散らばる物体を見下ろしているだけ。

そこには、粉々に砕け散った皿の破片。
そう、姉さんが落として割ってしまったのだ。

別にそれだけならいい。
姉さんは貴族なわけですし、家事が得意な部類でもないでしょう。

仮にそうであったとしても、ちょっとしたミスは付きものだ。
そう・・・言えるはずでした。

これが―――――通算二十八枚目でなければ。

「・・あ、あの・・・えっと・・」
「・・・」

どう声をかけたものか、しかし無言で俯き続ける姉さんは動かない。
他の仕事は最低限こなせていたのに、厨房仕事になると壊滅的な結果だった。

とにかく広い紅鳴館を三人で管理するので、それぞれの役割分担はキッチリとしなければならない。
なのでとりあえず、二人が何をどの程度までこなせるかを確かめていた。

その一環として、姉さんに料理を作らせた所から全ては始まった。
自信満々に厨房に立ち、作ったのはオムライスでした。

まあ、普通に美味しかったとだけ言っておきましょう。
しかし、ここでも問題がある。

料理をふるまう相手である小夜鳴は、基本的に肉の串焼きしか食べないのだ。
なので、どうにか肉料理は作れないかと聞いてみた。

オムライスを上手く作れた勢いで取り組んだ姉さんでしたが、そこで怪現象が発生した。
途中までは難なくやれていたはずなのに、気付いたら消し炭になっていたのです。

過程を飛ばしているように聞こえるでしょうが、そうではありません。
本当に、本当に途中までは普通だったのです。

可もなく不可もなく、少し動きが拙い程度の進行具合でした。
しかし完成してみれば、何故か黒い炭と化していた。

目を離した覚えもない、確かにしっかりと見張っていたはず。
なのに分からなかった・・・いつの間にこうなったのか。

『条理予知』を用いても原因不明の超常現象を目の当たりにして、しばらく唖然としていました。
やむなく料理は諦め、分担で皿洗いでもしようという話になりました。

そして、事は現在へと繋がるわけです。

「なによ! 笑いたきゃ笑えばいいじゃない!? どうせ皿洗いなんて出来なくったって死にはしないでしょうが!!」

突然ヤケになって叫び散らす姉さん。妙なリズムで地団駄を踏み始める。
皿を割った事自体に、さして問題はない。実際には問題でしょうが、この館には住んでいる人数のわりに不必要なくらい山程の食器がある。

なので、例え一枚や二枚や二十八枚割ろうが、足りなくなるという事はない。
しかしそれとこれとは別問題なわけで。

この絶望的なまでの台所不適合っぷりは相当なものだと言えるでしょう。
私もそこまで大得意という程ではありませんが、それにしてもこれはひどい。

「いえあの、だ・・大丈夫ですよ。皿洗い出来なくたって仕事はいっぱいありますから・・」
「どうせあたしは皿一枚洗えない駄メイドよ! 悪かったわねぇ!!」

涙目で床を踏み荒らす。
姉さん、床にヒビが入りそうな勢いなので止めてください。

がんがん、だった音がズガンズガン、に変わってますから。
どうしたものかと思っていた矢先、洗濯を頼んでいたキンジさんが戻ってくる。

やはり前々から家事をこなしていただけあって手早く、効率も姉さんの数倍だ。

「おいアリア、なに黒村を困らせてんだよ」
「うっさいわねバカキンジ!! 皿洗い出来るからって調子のるんじゃないわよ!!」
「・・・何があったのかが一瞬で理解出来るセリフだな・・・」

はぁ、と溜め息をつき、手早くちり取りを持ってきて破片を片付け始める。
こう言う事に関しては彼が三人の中で一番でしょう、妙なくらいに裏方が似合っています。

「悪いな、うちのわがままお嬢様が迷惑かけて」
「あ、いえいえ・・キンジさんには色々と助けていただいてますから、謝らないでください」

主に姉さんの視線から。
隙あらば穴があく程に睨みつけてくるのは、正直言えばキツい。

これが他人ならばともかく、相手が姉さんなのだから上手く流す事が出来ない。

「同じ武偵校の生徒だろ、気にするなよ」

控えめな笑みでそう返すキンジさん。
・・・おかしいですね、キンジさんはあまり他人に対してこうも早く友好的になる部類ではなかったはずですが。

「・・・ふーん、あんた妙に里香には優しいじゃない」
「後輩を助けてやってるだけだろ、別に変じゃない」
「ふん、どうかしらね! そ、そうやって優しくして・・あああ後でふしだらな要求でもしようって魂胆じゃないの!?」
「なんでそうなるんだ!? どういう頭してんだお前!」
「あんたの事だからそうに決まってるわよ!! 何も知らない後輩をたらしこんで白雪みたいに囲もうなんて最っ低!!」
「なんでそこで白雪がで出てくるんだ!」

と、ほんの一言二言交わしただけで盛大なケンカへと発展した二人。
止めたいのは山々ですが、表向きに私はCランクで通っている。

実力で止めるのは御法度、故に言葉で止めないといけない。
しかし既にヒートアップしている二人に聞き届けてもらえるかどうか。

「あ・・あの二人とも―――――」
「どうせあんたは! むむむ胸さえあればいいんでしょ!? 里香だってあたしより大きいもんねぇ!!」

ちなみに胸囲のサイズは変えていません。
大きさは理子に一歩劣るくらいですかね。

「胸は関係ないだろ!? お前こそ人に八つ当たりすんな!」
「キンジのくせに生意気よ! あんたは黙ってご主人様の言うこと聞いてればいいの!!」

ここまでくるとどっちもどっちな言い争いになりますね。
そして私の言葉は聞き入れてもらえない様子です。

溜め息をつきながら、私は収納からフライパンを二つ取り出す。
それを握った両手を頭上に掲げ、二の腕部分で出来るだけ自分の耳を塞ぐ。

最後に争いを止める気配のない二人を一瞥し、私は手首のスナップで力の限りフライパンを打ち付け合った。














潜入から五日が経った。
黒村を睨むようなアリアの視線は相変わらずで、しかし本人はいい加減に慣れたようだ。

俺もいちいち対応するのも馬鹿らしくなってきた所で、お互いに適度に流して過ごしている。
逆にアリアは疑問がいつまでも解消しない事に、少しどころか結構イラついてきているようだった。

初歩的なミスがちらほらと見えて、黒村にしろ俺にしろ、注意する事も多い。
深夜の会議で明日は気をつけろ言っても、本人すら上手く制御出来ないようだ。

それほどに、アリアは強く違和感を抱いているということ。
曰く、これまでとは全く違う、でもすごく親しんだような感覚らしい。

要は悪い方面という事だけはないと言いたいのだろう。
だがそうは言っても確かめようがない。

本人が否定しているなら、これ以上どう突き詰めればいいのか。
アリアもそれが分かっているからこそ、持て余しているんだろう。

そもそも黒村の何に対してそう感じているのか、それすら分からないなら行動しようがないからな。
こればっかりはアリアが自分で答えを探さないと無理だ。

だが、論理的な思考や説明が壊滅的にダメなホームズであるアリアに出来るかと聞かれれば、俺は首を捻るしかないわけで。
だからこそ、主に任務に進展がない日はそれの対策についての話題になる。

理子にも頻繁にアドバイスを貰おうとするアリア。
しかし妙な事に、肝心の理子はこの話にあまり乗り気ではないみたいだ。

普段なら上機嫌で首を突っ込みそうなものを、今回は逆にすごく渋っている。
今は自分の大切な物を取り戻す任務中だからってのもあるだろうが、それを差し引いても事情がありそうだ。

だが、知れば知るほど黒村は普通の女子で、理子と接点が生まれるような奴には見えない。
聞き方によっては失礼かも知れないが、理子と黒村では色んな意味で真逆だと思うんだ。

片やお調子者でクラスで人気者、片やおとなしくて悪く言えば地味。
俺も人のことを言えるような人間じゃないが、あまり友人関係が広いタイプの人間には見えない。

どうにも水と油みたいな二人な気がするんだ。

「ほんと、どうすりゃいいんだ?」

廊下の清掃をしながら、誰ともなしに呟く。
アリアは洗濯、黒村は小夜鳴に昼食を出している。

本来は三人共がそばで待機しているはずなんだが、今日は黒村一人だ。
アリアの事も含め、僅かに作業が遅れているからだ。

小夜鳴は宣言通り、ほぼ一日中地下に閉じこもっている。
会うのは食事の時以外は十分あるかどうかだ。

そんな中で館の防犯設備や小夜鳴の行動パターンを観察するのは、中々に骨が折れる作業だった。
アリアは黒村のことでイマイチ気が回らないため、今は仕事をキチンとこなす方に集中してもらってる。

本来は理子の依頼で来ているだけに、さすがのアリアも少し申し訳なさそうだった。
しかし理子は気にする素振りはなく、咎めるようなことはしなかった。

窓を磨きながら思い返しているうち、廊下の先から黒村が姿を現した。
どうやら小夜鳴の昼食が終わったらしい。

「黒村、悪かったな一人でやらせて」
「いえ、もとから人数が必要な作業でもないので。私こそ、お二人に仕事を任せてしまった訳ですし」
「元はと言えば俺らの責任もあるからな、気にするな」

本当に、今回は俺とアリアの不手際だ。
潜入任務としても稚拙で、工作員としては酷いあり様と言えるだろう。

「・・・・・あの、キンジさん」
「なんだ?」

不意に、何か思い切ったような顔で話しかけてくる黒村。
こころなしか、その表情は緊張しているようにも見える。

「その・・・アリアさんの事なんですけど」
「あ・・ああ」

また何かやらかしたのだろうか。
それとも、この五日くらいの迷惑によって蓄積されたものが爆発でもするのか。

主にアリアに対する不満とか鬱憤とか怒りとか。
そうなっていても不思議じゃないほどに、アリアは黒村にガン飛ばしてたからなぁ。

本人にそんな気はないだろうが、常人なら一度向けられれば泣いて逃げ出すくらいの視線だった。

「その・・・私、何か失礼な事でもしたんでしょうか?」
「・・・・・・は?」

しかし続けて出てきた言葉は、俺の予想より斜め上のものだった。
黒村の顔には不安や、少しばかりの怯えさえ含まれている。

「何かその・・・気に障るような発言をしてしまったとか・・生意気な態度を、とってしまったとか・・・アリアさんは、何か言ってませんでしたか・・?」 

・・・ああ・・そっか。
俺はアリアが感じている感覚について事情は把握しているが、黒村はそうじゃないんだ。

向こうからすれば、理由も分からず先輩――しかも強襲科Sランク――に睨まれ続けて過ごしていることになる。
それは、心身共に普通であるCランクの女子には、耐え難い拷問だっただろう。

俺の場合は色んな意味で鍛えられているから平気だが、他の人もそう、という訳にはいかないんだ。
これは、本当に悪いことしたな。

「大丈夫だって、そんな事ないから」
「で、でも・・」
「黒村」

いまだ不安げにこちらを見上げる黒村の頭に、そっと手を乗せてやる。
言葉で言っても無理なら、態度で示すしかない。

驚いたようにパチパチと瞬きをする黒村を見て、思わず笑ってしまった。
なんつーか、妙に庇護欲っつーかそんな感じのものを刺激されるよなぁ、こいつって。

妹なんていないから分からんが、いたらきっとこんな感じなんだろう。
言ったら失礼だろうけどな。

女子の頭を撫でるなんて行動を、ヒステリアモードじゃない時にするなんて思ってもみなかった。

「アリアはな、ちょっとお前に違和感を感じてるだけなんだ」
「違和感・・・ですか?」
「ああ」

一瞬だけ躊躇ったが、言っても特に問題はないだろう。
俺だってそれが何なのかなんて詳しく知らないし、本人ですら掴みかねてるんだからな。

「初日に、お前とどっかで会ってる気がするって言ってただろ?」
「あ・・はい。でも・・私は・・」
「それは分かってる。恐らくデジャヴみたいなもんだろう、でもアリアは納得がいってないんだよ」

アリアの直感を信じてない訳じゃない。
でも会ったばかりの黒村に言っても、信じてはもらえないだろう。

辻褄が合うように、双方ともが理解出来る言い方でないといけない。

「だから、自分なりに納得がいくようにお前を観察してたんだ。結果的に黒村に誤解させて、変に気負わせちまったみたいで悪いけどな」
「い、いえ! 私こそ、変なふうに考えちゃってすみません」

自分に非はないのに、律儀に謝罪してくる。
こいつ本当にマジでいい奴だな、何で武偵校にいるんだ?

今回ばかりは親の方に賛成せざるをえない。
こんないい奴が武偵校で人格変わっちまったら、意味の分からん罪悪感に襲われそうだ。

「それじゃあ俺はアリアの方を見てくるよ。お前は庭の手入れだろ?」
「はい。・・・・あの、キンジさん」
「なんだ?」

背を向けて歩き出そうとした俺に、黒村の静止がかかる。
まだ用があるのかと振り返った俺の視界に――――それは、映った。

「キンジさんが話してくれて、とっても安心出来ました。だから、その・・・ありがとうございました」

はにかむように、笑顔でお礼を述べた黒村。
それは、普通の女子が浮かべる、普通の笑顔で。

アリアや理子のような華やかさはない、むしろこっちも笑顔で返せるような類のもので。
なのに・・・・何故俺は、その笑顔から目が離せないのだろうか。

「それでは、失礼します」

ペコリと、深くお辞儀をして去っていく。
その後ろ姿が曲がり角の向こうに消えた後も、俺はその場から動かずにいた。

ヒスっているわけでは断じてない。
実際に俺は通常状態のままだし、心拍数も安定している。

それでも、不思議と頭の中では先程の笑顔が何度も何度もリプレイされていた。
そして、胸に渦巻くこの感情。

それは、初日の夜にも感じた懐かしさだった。
結局、違和感を感じているのはアリアだけじゃない。

俺もまた、黒村に妙な既視感を抱いていた。
どれだけ記憶を辿っても、黒村に出会った事なんて一度もないはずだ。

それとも、俺は忘れているだけなのか?
俺も黒村も、お互いにスッカリ忘れているだけなのだろうか。

次に思い出すのは、いつだったか白雪に言われた言葉。
理子が帰ってきたすぐ後に、珍妙な行動をされる直前に言われた、白雪お得意の占いとやらの結果。

―――えっとね、キンちゃんは近い内に・・・

聞いた直後はなんじゃそりゃと思ったものだが、今のところ一つ当たってるから馬鹿にもできん。
それに、ステルスなんて超常の存在を見ちまったから、ただのオカルトで済む話じゃなくなったんだ。

―――狼と、過去と、鬼と、幽霊に会うって出たの。

狼は、先日武偵校に出た。
その時はレキが見事その狼を手懐けて、事なきを得た。

つまり俺はあと、過去と鬼と幽霊に会うわけだ。
この内、鬼は何だか検討がついてる。

それは他でもない、この館の主であるブラドだ。
今は武偵校の情報科(インフォルマ)にいるジャンヌは、ブラドを鬼と例えた。

これで狼、鬼と揃う。
しかし、なんで過去を抜かしてんだ? と疑問に思っていた。

もし黒村がこの『過去』に当たるというなら、辻褄は合う。
なにせ俺はまだ鬼、つまりブラドに直接は会ってないからな。

(でも・・・やっぱり思い出せない)

どんなに頭を捻っても、結果は同じだった。
それからしばらく俺は頭を捻って考えたものの、結局答えは出なかった。

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