小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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四十一話










結果として、アリアの作戦は本人の予想以上の成果を出すこととなった。
泣き疲れて眠ってしまったアリアを里香が部屋に運んだ際、キンジに事情を話して驚かれもしたが。

その日の深夜会議にアリアは参加出来ず、詳細を気にして怒り狂う理子をキンジが必死になだめた。
次の日からというもの、アリアの勤務態度は驚くほどに改善された。

疑問を抱く余地もないほどに晴れやかな顔をしており、作業もテキパキとして効率もグンと上がった。
しまいには作業中に鼻歌まで口ずさむご機嫌っぷりであり、見ているキンジの方が唖然としてしまった。

「昨日までとは別人だなアリア。里香との事、はっきりしたのか?」

やはりそれしか考えられないだろう。
皿洗いをしながら、背後で拭き掃除をしているアリアに問いかける。

「してないわよ」
「は?」

ズルリと、思わず持っていた皿を滑べらせてしまった。
幸いにして割れたりはしなかったが、食器同士が激突して派手な音が響く。

「じゃあ・・・何でそんな機嫌が良いんだ、失敗したんじゃないのか?」
「うーん、何て言えばいいのかしら・・」

振り返って問いかけるキンジに対し、アリアは食器棚を整理しながら数瞬だけ考える。

「違和感は残ってるけど、モヤモヤはなくなったのよ」
「そりゃまた、随分矛盾してるな・・・」

違和感こそがモヤモヤの元凶であったはず。
過程はどうあれ、今の現状はくしくも、理子が代案で実現しようとした理想系であった。

まぁ今回の過程を知れば、より理子の人格が黒雪化するのは想像に難くない。

「とにかくスッキリしたの。里香とあたしにどう言う繋がりがあるのか気にはなるけど、もう無理して知ろうとは思わないわ」
「ま、お前がそう言うんならいいか。黒村にもこれ以上迷惑かけないで済みそうだしな」
「うぐっ・・・それは、まあそうね」

痛いところを突かれ、しかし逆上したりはしない。
今回ばかりは自分にしか非がなく、またアリア自身にもそれを冷静に分析出来るほど精神的な余裕があった。

「理子は別の意味で大変だったぞ。詳細聞かせろやって小一時間ガンくれて来たからな」
「任務にも支障が出てるから仕方ないわね、今日はちゃんと出るわ」

・・・いや、方向性が全然違うぞ。
内心でそっとツッコミをいれるキンジ。

とてもじゃないが、あれはそんな正当な怒りには聞こえなかった。
もっとドス黒い、人間の業から流れ出る感情に基づいた物だと感じた。

その時、ふと窓に視線をやってキンジは気付く。
梅雨となり、ここ数日は雨がほとんど絶え間なく降り続いている。

今は雨だけですんでいるが、この分だとその内雷も落ちてきそうだ。

「こっちは終わったから、あたしは次に行くわ」
「ああ」

短く返答し、自分も皿洗いを再会する。
アリアが厨房を出ていったすぐあとに、遠い空から小さくゴロゴロと雷の音が聞こえてきたのだった。














夕食も終わり、一日の仕事が終わろうかと言う頃。
続いていた雨模様に加え、とうとう雷まで鳴り始めていた。

お腹に響くような音が空気を震わせ、窓の外に刹那の光が輝いた。
すこしばかり激しい雨が、ガラスを叩いて流れ落ちていく。

ちょうど洗い物が終わり、濡れた手を拭きながら私はぼおっと外を眺めていた。

「・・あと、五日」

ポツリと呟いたのは、彼らが動く作戦の決行日。
何かを盗み出すのなら、去り際に貰っていくのは常道。

むしろ盗み終わってからまだ留まる理由などないのだから当然だ。
二人の契約期間が終わる当日に、ほぼ間違いなく動く。

綺麗に磨いた皿を食器棚に入れて、厨房を出る。
作業が一人で十分だったため、姉さんとキンジさんは先に行かせた。

今頃は自室で時間を潰しているか、遊戯室で遊びに興じているでしょう。
とりあえず近い方の遊戯室へと足を向ける。

度々窓の外から遠雷の音が聞こえ、少しずつ近付いて来ているのが分かる。
やがて見えてきた遊戯室から光が洩れていて、微かに話し声も聞こえた。

どうやら二人ともいるようで、一緒に暇潰しでもしていたのでしょう。
一際大きな雷の光、その後に轟く轟音。

もうしばらくの後、少しづつ遠ざかっていくことでしょうね。
窓の方を一瞥して、私は遊戯室の中に足を踏み入れようと―――――

「おっすアリア。おいらレオポンくん」
「・・・・」

して、反射的に停止した。
目の前に広がる光景に、どう反応すべきか判断出来なかった。

案の定、中にいたのはキンジさんと姉さん。
ビリヤード台を挟む位置に二人は立っていて、キンジさんは台に身を隠すようにして屈んでいる。

そしてあれは・・・・携帯のストラップですかね。
ライオンのようなヒョウのような、とにかく動物らしき自称レオポンくんなるものの人形を代の上に掲げていた

「地上最強の猛獣だぞ。おーアリア、お前なんか怯えた顔してんなー」

鼻声でレオポンくん役をこなすキンジさん。
見れば、姉さんはそんなレオポンくんの問いに対し、コクコクと頷いていた。

「なにが怖えのさ、おいらに相談してみな」
「・・・・か、カミナリ・・」

か細い声で答える。
そういえば、そんな情報がありましたね。

私に言わせれば、雷よりもイ・ウーに立ち向かう方が万倍も勇気が必要だと思うのですが。

「はっ! まかせな。そんなもん、おいらがレオポンスキル『吠え声の術』で追い払ってやるぜ! うおー!」

声と同時に人形の両手をクイッと持ち上げ、鼻声のまま雄叫びを上げるレオポンくん(キンジさん)

「うおー! うおー!」
「お、追い払ってくれてるの?」

あたかもレオポンくん(人形)が生きていると思っているように、姉さんはストラップに向かって話しかける。

「ああ。おいらの吠え声は、邪悪なカミナリ雲を遠ざけるんだ! うおー!」

それに合わせるかのように、雷の音がみるみる遠ざかっていく。
キンジさんもこのタイミングを把握していたようで、その顔には安堵の色が見えた。

「・・た、確かに遠ざかってるわ! レオポンすごい!」

レオポンの偉大なる力を目の当たりにした姉さんは、ビリヤード台を回ってレオポンをキンジさんの手からむしり取った。
そのまま、ぎゅううっとレオポンを抱き締める。

「ありがとう! ありがとうレオポン!」

目を細め、頬ずりしながら感謝を述べる姉さん。
その際、スカートのおしりでポンとキンジさんを押し退けていた。

完全に二人の世界に入り、キンジさんはそっちのけでした。
その様子に、少しだけ面白くなさそうな顔をするキンジさん。

やがて仕方ないというように溜め息をつき、よっこらせと立ち上がる。
そうして顔を上げた拍子に、バッチリと私達の目が合った。

「あ・・・」
「・・・」

ようやく私の存在を認識したキンジさんが、ポツリと声を洩らす。
その顔がだんだんと赤く染まっていくのを、私はどこか微笑ましい心地で見ていた。

自然と、頬が柔らかく和んでいくのが分かる。
そのままペコリと深くお辞儀をして、すすっと後ろに下がる。

身を翻し、静かにそこを去っ―――――

「待て待て待て待てちょっと待ってくれぇー!!!」

ていく事も出来なかった。
HSS状態にも引けを取らない程の反射速度で追い縋り、私の肩を掴んで引き止めてくる。

振り返れば、その顔は羞恥心で沸騰寸前だった。

「どうかしましたか? レオポンさん」
「ぐっは!!」

自分でも見事なくらいの微笑を浮かべてそう呼ぶと、くの字になってうずくまるキンジさん。
自らの行為で自滅するとは、まだまだですね。

「どこか具合でも悪いのですか? レオポンさ―――――」
「だぁあぁぁぁ!! やめろぉ! やめてくれぇ!! これ以上俺の心を抉るなぁぁ!!」

両手で頭を抱えて悶え苦しむ。
きっと脳内では、先程までの行動がフラッシュバックしているに違いないですね。

「さっきのには事情があったんだ! アリアが雷が怖いって言うから仕方なくだなあ!!」
「ええ、言わなくとも大丈夫です。ほとんど最初から見ていたので知っていますよ」
「ぐああぁぁぁぁぁ!!!」

悶えを通り越してその場で転げまわるキンジさん。
安心させるために言ったつもりでしたが、逆に追い詰めてしまったようで。

「あ、里香! 見てよ、このレオポンって凄いのよ! カミナリだって吹き飛ばしちゃうんだから!」
「うごぉっ!!」

私に気付いた姉さんが、レオポンを突き出してきながら喜色満面に駆け寄ってくる。
その途中、床に転がっていたキンジさんを踏み潰したので野太い声が上がったが、全く気付いてなかった。

「わーそうなんですか。すごいですね、レオポン」
「そうなのよ! レオポンはすごいのよ!」

自分のことのように胸を張る姉さん。
微笑ましいと感じると同時に、少しだけ物悲しい気分になってきました。

人形の凄さを延々と語る姉、その足元で踏まれた腹部を押さえてプルプルと震えている元パートナー。
吸血鬼の館で過ごす十一日目の時間は、そんな混沌の中で過ぎていった。















深夜、ベッドで秘密の会議に臨むキンジ達。
口火を切ったのは、一日欠席したアリアだった。

『昨日は抜けちゃって悪かったわね。それじゃあ今日の報告を―――』
『キッタァァァァアァァァァァーーー!!!!』
『わきゃ!?』
「うぉ!?」

アリアの声を聞いた瞬間、理子が凄まじい雄叫びを上げた。
アリアとキンジがいつぞやと同じように素早く携帯を遠ざけ、キンキンと残響が残る耳を押さえる。

『この時をどれだけ待ちわびた事かぁぁ!! さーキリキリ吐けーいアリアァ! どうなった、いったいどうなって泣き叫んで絡み合ったんだぁ!!?』

しかしそれでも充分に聞き取れる程の大声でまくし立てる理子。
そこに、いつものお調子者の面影は微塵も無い。

目が血走り、携帯を握り潰さんばかりにして叫んでいる光景が目に浮かぶようだった。
それに大きく気圧されながらも、二人はゆっくりと携帯を耳元に当てる。

「とりあえず理子は落ち着け、そんなに叫ばれちゃ言えるものも言えないだろ」
『そ、そうよ。それに昨日の事はいいでしょ? 解決したんだから、これからはあんたの十字架(ロザリオ)の方を―――――』
『知ったことかそんなものぉー! 里香りんのどこを触ったんだ!? 髪か頭か腕か足かお腹かそれとも胸でも触ったかぁ!!?』
「ぶっ!」

恐慌状態の理子が放った最後の単語に、思わずキンジが吹き出す。

『あの白くてスベスベでモチモチしてそうで柔らかそうな二つの桃まんを心行くまで堪能したんだろ!? そうなんだろぉ!!』
『なななにゃななにゃに言ってんのよ!? そそそそんな事あるわけないじゃない!!』

慌てふためいて自ら暴露するアリア。
その瞬間、ブッチーンと言う音がキンジの耳に聞こえたそうな。

『オォーールゥーーメェーースゥーーー!!! てめぇはワトソンとイチャついてりゃあいいんだよぉ!! バイかお前はぁ!? 何ポンポンとイベントシーン回収してんだゴラァ!!』

阿修羅をも凌駕する存在となった『真・裏理子』が今、降臨した。
その圧力は、携帯ごしでさえ二人を圧倒する。

『どさくさに紛れてあちこち触ったんだろぉが!? どんなんだった!? どこがどんくらい柔らかかったぁ!!』
『ふふふふざけんじゃないわよ!! たた、確かに胸はすっごい柔らかかったけど! 他はそんなに触ってないわよ!!!』
『キィィエエェェェェーーーーーァァ―――――!!!』

暴露に次ぐ大暴露に、ヒステリーへと達する理子。
その音量は次第にキンジとアリアの耳に聞こえなくなり、人間の聴覚の限界を突破する。

いまや二人の耳にはキーンという音が微かに聞こえるのみで、それは理子の叫びが超音波に進化した事を示している。
その一方で、キンジはキンジでヒドイ状況だった。

「おいお前ら! そういうのはもう勘弁してくれ!!」

必死に止めようと叫ぶものの、デッドヒートするアリアと理子には届かない。
次々と放たれる男子禁制トークの嵐に、キンジはもう限界だった。

いやに具体的な説明がチラホラと混ざる事により、その場面がいちいち鮮明に思い浮かんでしまう。
いくらキンジが里香の事を普通と考えているとはいえ、それでも年頃の女子と認識しているのも間違いないのだ。

そんな子の入浴シーンなど想像して、あまつさえアリアと絡み合っている光景など想像すればダメージは計り知れない。
必死に二人の会話を意識の外に追い出し、頭の中で素数を数える。

そもそも携帯を閉じてしまえば済む話なのだが、既に思考回路が半分やられているキンジにはそれが思いつかない。

『それからどうした!? 抱きついてイチゴと桃まんを擦り合わせたのか!! 泣きつくフリして堪能したのかぁ!!?』
『ここここ擦りっ!? ちちち違うったら違う! たしかに気持ちよかったけど、そういうんじゃないんだからぁ!!』
『今さら言い訳こいてんじゃねぇぞオルメスゥ!! ゆっきーの言った通り! てめぇは正真正銘の泥棒猫だなぁ!!』

しかして年頃の少年の祈りは届くことなく、その後もカオスな討論は続いていった。
キンジがヒスって理子に絡まれ、さらに悪化するのにも、そう時間はかからなかった。

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