小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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四十二話










吸血鬼の館で過ごした二週間は、それぞれにとって色々な意味で濃いものだっただろう。
特にアリアの場合は、何故だかここに来る前よりも体が軽くなった気分にすらなっていた。

対して、来てもいないと言うのに黒雪化が著しく進行してしまった理子は、キンジの頭を悩ませ続けた。
アリアと事ある毎に口論になり、まともに会議が進まないのである。

しかもその内容が決まって里香に関する事であり、ポツポツと男子禁制トークも混じって非常に毒だった。
ヒスりそうになるのを必死に耐え抜き、なんとか本題に移ろうと奮闘したのは苦い思い出である。

そして、そんな日々にもついに終止符が打たれようとしていた。

『よっしキーくん、レール作戦始めるよ』

キンジの耳に付けられたインカムから、真剣そのものな理子の声が聞こえる。
現在キンジは、紅鳴館の地下にある金庫に潜り込んでいた。

天井からコウモリのようにぶら下がり、理子の指示に従ってポーチから取り出した鉢金を繋げていく。
僅か数センチの様々な形の針金を、一つ一つゆっくりと繋げる。

進んでいくスピードは、見ているだけで焦れったくなるほどに遅い。
赤外線の網の中を曲がりくねって素通りしていく針金が届いたのは、それから数分後のこと。

組み上がった針金に鈎(フック)を下ろし、十字架(ロザリオ)に引っ掛けて引き寄せる。
しかしそれが思うようにいかず、時間は刻々と迫る。

その時、理子がアリアに色仕掛け(ハニー・トラップ)で小夜鳴を足止めするように言った。
普段なら間違いなく断るであろうはずの指示に、しかしアリアは二つ返事で了承。

それを聞いて驚くキンジに、アリアが言葉を投げかけた。
―――好きよ、と。

『ハイジャックの頃から・・・すっと、ずっと・・好きだったの』
「ま、まてっ・・」

あまりに唐突な告白に、キンジの思考どころか作業する手まで止まってしまう。

『アイツにさせる事は、絶対に後であんたにもさせてあげる・・・・一晩中でも・・ずっと、させてあげるから・・』

溜め息のように最後の言葉を口にした瞬間。
キンジはなす術もなく、なっていた。

そしてその直後、キンジの口から舌打ちが聞こえる。
苛立ちではなく、してやられた事に対する呆れが多分のものだった。

「・・やってくれたな、理子」
『うっわー、やっぱりアリアだとマッハでヒスるねーキーくん。やっらしぃー』

返ってきたのは、イタズラ大成功とでも言わんばかりに楽しそうな声の理子。
HSSとなったキンジの頭で、先程の異常な展開に対する謎解きは終わっていた。

理子がアリアに色仕掛けを指示した瞬間から、アリアとの通信は切れていたのだ。
その後のやり取りは全部、理子の自作自演。

「悪い子だ・・理子。帰ったらお尻ぺんぺんだな」
『残念でしたぁー。理子にそれをしていいのはぁ、この天地に一人だけでぇーす』

誰、などと聞いてはいけないのだろう。
HSSのキンジにしても、それが誰かは判断出来るような出来ないような、とても微妙なところだった。

先程までとは段違いの速さでリールを巻き、流れるような動きで手元に入る十字架。
用意していたダミーもまた同じように寸分違わぬ場所へと落とし、そのままキンジは天井に身を戻し、金庫を後にするのだった。














「短い間でしたが、お二人ともお疲れ様でした」

そう言って、礼儀正しくお辞儀をする黒村。
最初見たときから思ってたが、どこかのお嬢様なんじゃないかってくらいに様になってるな。

「ま、そこまで悪くなかったしな、お疲れ」
「まぁその・・・けっこう楽しかったわ」

無難に挨拶する俺に対し、そっぽを向いて話すアリア。
しかしその頬は微かに赤くなっていて、照れてるのが丸分かりだ。

そんなんだから理子にツンデレなんて言われるんだぞ。
黒村だって声にこそ出してないが笑ってるじゃないか。

今、俺達は契約期限である五時を迎え、紅鳴館を去るために門前まで来ていた。
小夜鳴はテキパキと挨拶を済ませてさっさと地下に戻って行った。

遺伝子工学の研究とか言ってたが、熱心なことだよな。

「それでは私も仕事がありますので、これで」
「あ、ちょっと待って」

身を翻して戻ろうとした黒村を、アリアが呼び止める。
振り返って首を傾げる黒村だが、アリアはどこか恥ずかしそうにして中々言い出せないでいる。

だが、やがて意を決したように顔を上げて、ズンズンと黒村に歩み寄り、その両手をガッシリと握った。

「里香、その・・・色々とありがとう。まだよく分かんないんだけど・・とにかくあんたの御陰でスッキリしたわ。だから・・・・その・・・」

たどたどしくも、言いたい事を述べていくアリアの姿を、俺も黒村も静かに見守る。
人と接するのが決して得意とは言えないアリアが、懸命に気持ちを伝えようとするその様は、何故だかとても輝いて見えた。

「ま・・・また、武偵校で見かけたら・・こ、声・・かけてもいいかしら?」

いっぱいいっぱいな感じで、顔を真っ赤にして言いきった。
学年こそ違えど、アリアは黒村を知人として、友達として接したいと思っている。

しかし面と向かってそれを言うってのは、アリアじゃなくても勇気がいるだろう。
だから、今のこいつには、これが精一杯なんだな。

いや・・・それでも、立派な成長だよな・・。
一人で十分だと喚いて過ごして来た、これまでのアリア。

俺と組むことで初めてパートナーを得ることが出来た。
その時は随分と喜んでたが、それは俺にもよく分かった。

中学の時の俺も、まさにあんな感じだったからな。
気兼ねなく一緒にいられるパートナーってのは、それだけでかけがえのない存在だ。

俺やアリアみたいに、自分でどうにかしようと頑張っても、どうにも出来ない事情を抱える人間にとっては特にだ。
そして友人も、それと同じくらいに焦がれるものなんだ。

二人が風呂に入った時の概要はおおよそ知ってはいても、二人の間でどう言うやり取りがあったのかまでは知らない。
けど、そこにはアリアの中の何かを溶かすような、大切な交わりがあったに違いない。

そんな相手である黒村だからこそ、仲良くなりたいと強く望んだんだろう。
それを全て読み取った訳じゃないだろうが、黒村がゆっくりと優しい笑みを浮かべる。

「はい。なかなか会えないかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「あ・・・・ええ、もちろんよ!」

一瞬だけ惚けたような声を出して、すぐに花の咲くような笑顔になったアリア。
よほど嬉しいんだろう、強く握った手をブンブンと上下に降っている。

「それじゃあ、もう行くぞ」

あまり水を差すような真似はしたくなかったが、理子との待ち合わせもあるしな。
俺達はあいつの依頼で来ている以上、あまり遅れるのはよくない。

「わかった。じゃあね里香、元気でね」
「はい、アリアさんもキンジさんもお元気で」
「おう、またな」

二人だけの世界にはならず、しっかりと俺にも手を挨拶をしてくれる律儀さだ。
将来はいい嫁さんになりそうな子だな、亭主になるやつは幸せ者だろう。

このまま吸血鬼の館に置いて行っていいのかとさえ思えてきた。
しかしここでそんな事をするほど、俺はアホじゃない。

どうせブラドは帰ってこないし、小夜鳴は・・・・まぁCランクでも武偵なら楽勝だろう。
隣でランラン気分なアリアに、それを言うべきか否か。

いや、やめとこう。
もし言ったらガバメント抜き放って突撃して行きそうな気さえするぞ。

きっともうこいつの中じゃ、黒村は大親友くらいに格付けされててもおかしくなさそうだしな。
そんな思考でタクシーの中を過ごす内に、俺達は理子との合流地点に着いた。

横浜駅に近い横浜ランドマークタワー。
携帯で居場所を聞けば、屋上にいるらしい。

まぁ仮にも盗品の受け渡しだからな、人目は無い方がいいだろう。
アリアと一緒に赴けば、そこでは湿った海風が強く吹いていた。

立ち入り禁止の場所なためか、フェンスすらない。
空を流れる黒雲も、こころなしか近く見える。

そして、俺達の前方から理子が笑顔で走って来るのが見えた。

「キーくーん! アリアァァァァァーーー!!!」
「わきゃぁう!?」

・・・今起こった事を説明しよう。
まずさっきも言ったように、理子は俺達に向かって笑顔で手を振って走り寄って来たんだ。

それは俺を呼ぶ所までは普通だったんだが、アリアを呼ぶ瞬間に豹変した。
いつかの飛行機ジャックの時みたいに目玉をひんむいて、怨嗟の念すら感じさせるような叫びを上げながら、理子はアリアに向かって思いっきり全力のドロップキックを繰り出した。

しかしそこはやはりSランク武偵といったところか、アリアは間一髪で反応してみせた。
イナバウワーも真っ青なくらいに上半身を仰け反らせ、理子の攻撃を紙一重で躱してみせた。

ヒステリアモードでもないのに、俺の目にはその一部始終がやけにゆっくりと見えた。
どこかのハリウッド映画の主人公のように、アリアは弾丸の如き理子を避ける。

地面とほぼ水平に、体全体を一本の矢のようにピンと伸ばした理子がアリアの上を通り過ぎる。
理子の靴の踵が、ほんの微かにアリアの顎先を掠めたような気がした。

そして、そこで時の流れは正気を取り戻した。
風のようにアリアの後方へと飛んだ理子は、ズザザーっと砂埃を立てて着地する。

アリアはアリアで、その勢いのまま見事なブリッジを披露することになった。
そしてその状態から足で地面を蹴り、バク転の要領で体勢を元に戻す。

そんでもって、キッ!っと犬歯を剥き出しにして理子に振り返り、指を突きつけて言い放った。

「あんったねぇ!! 出会い頭に喧嘩売ってるわけ!!? 人がわざわざ大切な物取り戻してやって来たっていうのに!!」
「あちゃーごっめーん。足が滑っちゃった」

テヘッ、と片手で頭をコツンと叩く理子。
言葉こそ謝罪ではあるものの、その態度はアリアをおちょくってるとしか思えない。

「なぁにが足が滑ったよ! 思いっきりあたし目掛けてドロップキックかまして来じゃない!!!」
「誤解だよぉー、理子りんはいたいけな女の子だよ? そんな危ない事するわけないじゃん?」
「爆弾魔がどの口でほざいてんのよぉー!!」
「このお口」

キラーンと星でも散りそうな口調で口元に人差し指を当てる。
アリアの堪忍袋の尾は既に限界突破寸前だ。

「それより理子、お望みの物はこれだろ」

なんとか話を逸らすべく、取ってきた十字架を懐から出す。
それを見た理子は光の速度で受け取り、首から下げていたチェーンに取り付けた。

「乙! ホントニ乙! ランランルー!!」

何やら奇っ怪な踊りを披露し始めた理子は最高にハイテンションだった。
母親の形見だって言ってたもんな、よほど嬉しいんだろう。

「理子、喜ぶのはそのくらいにして、約束はちゃんと守るのよ?」

なんとか怒りを自制したアリアが、そう釘を刺すと―――――

「・・・くふふ、アリアはほぉんと理子を分かってなーい。ねぇキーくん」

と、何故か妖しげに笑って見せた。
同時に俺を手招きしてきたので、なんだと思いながら歩み寄る。

そして近くまで来た瞬間、ネクタイを掴んで無理矢理に引き寄せられた。
驚く俺を他所に、耳元で理子が甘ったるい声で囁いてきた。

「ねぇキーくん。アリアの唇って―――みたいな味だった?」
「っ!」

その、言葉に・・・・
瞬時に俺の頭を、あの日の感触が刺激する。

柔らかく、熱く、甘美な香りを伴った、人生で二度目の口づけ。
俺はあの時、女側からすれば最低な事を考えていた。

似ている、と。
忘れもしない、俺の人生で最初のキス。

あの時は銃弾の雨で、二度目は爆弾の脅威の中で。
本当に、そんな事をするにはトチ狂ってるような環境下で。

そんな状況も、している相手も、そしてその感触も。
何もかもが、驚くほどに似通っているって―――――そう、考えてたんだ。

「ぷはぁ」

息をはくような声を出して、俺から離れる理子。
思い出すだけの刺激に圧倒された俺は、あっけなく・・・なっていた。

「り・・りりりりり理子ぉ! 何やってんのよぉっ!?」

俺の背後で、アリアが怒鳴り散らしていた。
ああそっか、アリアの視点からすれば俺達がキスしたように見えるのだ。

アリアの反応に、理子はいつものおフザケも返さずに、屋上の縁(ふち)辺りを回り込むように移動した。
そして、屋上の唯一の退路である、階下へと繋がる扉を塞ぐようにして立つ。

「ごめんねぇキーくん。さっき言った通り理子、悪い子なのぉー。この十字架さえあれば、もうカードは揃っちゃったんだぁ」

にぃ、と笑う理子を見て、やはりそうかと溜め息をつく。

「もう一度言おう、君は悪い子だ理子。けれど俺は君を許そう。女性の嘘は、罪にならないものだからね」

さっそく気色の悪い事をズケズケと言うヒステリアモードの俺。

「・・とはいえ、俺のご主人様は許してくれないんじゃないかな?」

そう言いながらチラッと横を見れば。
案の定、アリアが怒り心頭なご様子で理子を睨んでいた。

キスしたと勘違いしているせいか、少し固まり気味ではあったが。

「ま・・まぁ、ちょっとは予感してたけどね。防弾制服を着ておいて良かったわ。キンジ、闘るわよ、合わせなさい」
「くふふ、そう、それでいいんだよアリア。二人を使って十字架を取り戻して、そのまま二人を倒す。先に抜いてあげるよオルメス。ここは武偵校の外、そのほうがやりやすいでしょ?」

スカートの下の左右から、ワルサーP99を二丁取り出す理子。
長い髪がメデューサのごとく揺れ動き、飛行機で見せた能力が発現する事を示している。

「さあ、決着をつけよう。オルメス、遠山キンジ―――――お前たちは、あたしの踏み台になれ!!」

両手の銃でそれぞれ俺達に狙いをつける理子。
アリアも俺も、いつでも動けるように身構えた。

まさに、その瞬間。

「――――っぐ!?」

バチィィ! っと。
小さな雷鳴のような音が響き、理子の表情が強張る。

ゆっくりと顔を半分だけ、後ろに振り向かせた理子は。

「・・・なんで・・お、前が・・」

と呟いて、そのまま仰向けに倒れた。
そうして、理子を襲撃したであろう人影が見えるようになった。

それは―――――

「小夜鳴先生!?」

紛れもない、さきほどまで俺達が働いていた館の管理人の、小夜鳴だった。

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