小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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四十四話










真正面から突っ込んだアリアが、フリッグと名乗った奴に回し蹴りを放つ。
頭を逸らすだけで回避した奴は、逆にアリアの間合いに踏み込んできた。

顎先を狙った掌底を、頭を下げることで避けるアリア。
軸足を変えて回転し、がら空きの胴に拳を叩き込もうとする。

それを予期していたかのように、フリッグは膝を上げて迎え撃った。
ガツンと鈍い音が響き、衝撃を利用して互いに距離を取った。

『ふむ。疲労しているのを加味すれば中々、あくまで身体能力だけは申し分ないかねぇ』

顎を撫でるようにして放たれた声は、気安そうな女の声。
先程までの嘲笑的な雰囲気が消え、アリアを値踏みするかのように首を傾げた。

そして、懐に手を入れて何かを取り出す。
アリアは思わず身構えていたが、出てきたのは意外な物だった。

「・・弾倉?」

フリッグが持っているのは、サイズが違う二種類の弾倉。
数は全部六つ、それをいきなり投げた。

アリアと、俺のいる方に。

「っ、何のつもりだ」

冷静じゃないアリアに変わって、俺が問いかける。
俺達の足元に転がった弾倉、ちらりと見れば9ミリパラベラムと45ACPの二種だった。

そう、他でもない、俺達の銃のサイズ。
おおよそ答えは分かるが、聞かずにはいられなかった。

『見れば分かるだろう? それ使っていいよってことさ、今度はそっちを見てあげるよ』

今度は上から目線の少年のような声。
両手をポケットに突っ込み、待ってやると言わんばかりに一歩下がった。

完全に遊ばている。
こいつにとって、俺達はその程度でしかないってことだ。

弾倉は、俺の分が二つにアリアの分が四つ。
アリアが二丁同時に使う事に対する配慮だろう。

「上等よ! お望み通り、風穴あけてやるわ!!」

二つを素早くガバメントに挿し入れ、残り二つを拾いながら、もう一度走っていくアリア。
あぁもうくそ、だから少しは待てよ。

さっきのやり取りだけで、相手が格上なのは十分に分かるはずだ。
そのうえで立ち向かうなら、せめてさっきのブラド戦みたいに作戦なりを考えるべきだというのに。

完全に冷静さを失ったアリアにはそれが分からない。
周囲の事など関係なく、一人でやろうとしている。

(それじゃあ、また独唱曲(一人)に逆戻りだろうが!!)

そう思うと同時に、俺も駆け出した。
二つの弾倉を引っ掴んで一つをベレッタに装填し、残った方の手にバタフライナイフをひらいて持つ。

相手はブラドよりも上だが、人間であることは違いない。
ならば銃もナイフも有効なはずで、数で押せば隙の一つくらいはこじ開けられるかもしれない。

一瞬、横目で理子の姿が見えた。
いまだ棒立ちになって、まるで動くことを忘れた人形みたいに固まっている。

イ・ウーに所属していた理子なら、少なからずあいつの事を知っているだろう。
だからこそ戦線に参加して欲しいところだが、見る限りそれは望めそうにない。

決して怖じ気付いた訳じゃないだろう。
戦えないと言うよりも、戦いたくないといった方がシックリくるような、そんな表情だった。

その理由までは推察することは出来ない。だが、それなら俺達だけでなんとかするしかないだろう。
ベレッタを三点バーストに切り替え、三角形を描くようにして撃つ。頂点の一発は胸の中心、残り二つは両膝を狙った。

ヒステリアモードの観察眼で見たところ、あのコートは防弾性能はちゃんと備わっている。
当たっても死ぬことはなく、気兼ねなく撃ち込める訳だ。

むしろ武偵にとって、防弾装備を付けてない犯罪者ってのは、場合によってはとてもやりにくい相手だ。
下手に撃って殺すわけにもいかず、相手がそれなりの手練であれば尚のこと。

俺が撃った弾を、フリッグは身一つで躱す。
弾道を避けるようにして体を折り曲げ、くるりと一回転して俺達に向き直った。

そして直後、アリアのガバメントが火をふく。
四発の弾が両の手足を狙い、機動力を奪わんと迫る。

しかし、それすら知っていたかのように横に飛んで回避しやがった。
動きが別段早いってわけでもない、目がいいという範疇も超えている。

こちらの動きが、全部読まれてるんだ。

『こっちは全然だな。腕はいいが、逆に言えばそれだけだ。突出した技術な訳でもない』

今度は低い男の声。
いかにも厳格そうな、歴戦の猛者といった風貌を連想させるものだった。

『だが遠山、お前は違うだろう?』

そう言って、また懐に手を伸ばす。
取り出したのは今度こそ奴の銃で、それを見た瞬間、俺は心臓が止まるような衝撃を受けた。

(っ!・・よりによって・・・それかよ!!)

思わず奥歯を噛み締める。
ベレッタ90Two―――他でもない、俺の最初で最高のパートナーの使っていた物。

それを俺に向け、ほぼ同時に二発の弾丸を放ってきた。
狙いは右肩と胸の中心。

俺は動揺を必死に押さえ込み、『銃弾撃ち(ビリヤード)』で応戦した。
俺の撃った弾が奴の弾に当たりその軌道を変えて飛んで行き――――――

『まだだ』

そう言った瞬間、新たに四発の弾を撃つフリッグ。
しかし、その狙いは俺じゃなかった。

だからと言ってアリアでもなく、それぞれがあらぬ方向へと飛ぶ。
そして、それらは全て彼方へと飛んでいく途中だった先程の四発の弾にぶつかり、軌道を再び修正された。

N字状に跳ね返った四発の弾は、俺の前方四方から襲いかかってきた。
『銃弾撃ち』を、同じ『銃弾撃ち』で返してきやがったんだ。

「くっ!」

突然の展開に反応しきれない俺は、身を捻って二発を回避した。
迫ってきた一発はバタフライナイフで切り落としたが、最後の一発までは無理だった。

脇腹にくらった衝撃で、口から呻き声が洩れる。

『ほぅ、今の状態でそこまで反応するか。成果は上々というわけだ』

少しだけ感心したように言ってくるが、こっちはそれどころじゃない。
ただでさえ疲れてくたくたな体に、銃弾をモロにくらったんだ。

見ればアリアがアル=カタでしかけているが、全く意に介していない。
どれだけ三次元的な動きで翻弄しようとも、巧みにフェイントを織り交ぜて攻撃しようとも。まるで最初から知っているように紙一重で躱し続けていた。

そして、こんな感覚を俺は嫌というほど知っていた。全てが見透かされているような、何をやっても無駄な気さえするような。
動きはアリアの方が速いくらいなのに、まるで踊るように少ない動作で捌き続けるあの動き。

銃といいこれといい、どれもこれも、あいつを彷彿とさせるような事ばかりだ。

『どうしたオルメス四世、貴様の力はその程度か? さすがは・・・欠陥姉妹の片割れだな』
「黙れ! あんたなんかに! 私達の何が分かるっていうのよ!?」
『分かるさ、今の貴様と―――無様に泣き叫んでいたあの時の娘を思い出せばな』
「っ! このぉ!!」

フリッグの挑発に、並々怒りを表すアリア。
その攻撃は激しさを増していくが、その実、動きは無駄だらけだった。

荒々しいだけのがむしゃらな突撃、感情に任せた直情的な判断。
このままじゃやられるのは時間の問題。

いや、今こうしているのすら、奴の気分に過ぎないんだ。
・・・違いすぎる、実力が。

ブラド以上に圧倒的で、しかしブラドのような弱点がない。
怪物じみた怪力でもなく、理子やジャンヌのような超能力でもない。

混じり気のない純粋な超人。
抜け穴も引っ掛ける隙も見当たらない、まさに悪夢のような相手だ。

それでも、引けないし引くわけにもいかない。
今の俺のパートナーはアリアで、そのアリアが戦ってるんだ。

重い体に鞭打ち、一息に駆け出す。こうなれば作戦もなにもない、数でゴリ押しの突撃。
他に策が浮かばない以上、もう他に手立てはない。

銃でアリアを援護しながら接近し、バタフライナイフで切りかかる。
ヒステリアモードの俺としてはらしくない、無茶苦茶な突進だった。

いつもはちょっとした作戦の一つも浮かぶんだが、今回はそうでもないらしい。
元からして勝てるイメージが出来ず、その時点から負けの決まったようなものだった。しかしそれでも、逃げるなんて選択肢は出なかった。

アリアが戦おうとしてる、それだけで逃げるなんて論外だ。
ヒステリアモードだからってのもあるんだろうけどな。



―――結果の決まりきった戦いは、決着までそう長くはかからなかった。


















銃撃が鳴り響いていた屋上に、静寂が訪れた。
空が白み始め、ブラドの苦しげな呻き声が大きくなっている。

そんな中、立っているのは理子とフリッグの二人だけ。
理子は戦いの始まった当初から全く動きを見せず、ただ見ていただけだった。

その顔は複雑そうに歪み、ただ真っ直ぐにフリッグを見つめている。
そのフリッグの足元に、アリアとキンジが倒れていた。

防弾制服はボロボロに汚れ、武器はその手から離れている。
対して、フリッグには傷どころか汚れ一つ付いていない。

たった今ここに来たと言っても通じそうなくらいに、何事もなかったかのようだった。

『ふむ・・・現状ではこれが限界か』

腕を組み、結論を下す。
少なくとも及第点と言える結果に、どこか満足そうな雰囲気を感じる。

その時、足下からゴホッと咳き込む音。
見れば、アリアが数秒だけ失った意識を取り戻して起き上がろうとしていた。

しかしその腕に入る力は弱々しく、上半身を支えるだけで精一杯に見える。

『もう休むがいい。どの道、今の貴様に俺は捕れんよ』
「ゴホッ!・・・う・・・っさいわ、ね・・・」

何度も咳き込みながら、なんとか一言口にする。
顔を上げて向けられた目には、いまだ衰えぬ戦意が渦巻いていた。

力が入らず、ガタガタと震える体を叱咤して、少しづつゆっくりと起き上がっていく。
そんなアリアを前に、フリッグは何も動きを見せない。

ただ淡々と、言葉を投げかけるだけ。

『実力差が分からん訳でもないだろう、Sランク武偵。武器もないと言うのにどうするつもりだ?』

そう言って、地面に転がるアリアのガバメントに目を移す。
フリッグに渡された弾も底を尽き、刀は粉々に破壊された。

これ以上無い完全な敗北、文句の出しようもない。
むしろフリッグは二人の弾丸が無くなった瞬間、自分も銃をしまったのだ。

疲労をチャラにしそうな程、ハンデは充分だった。

「それ・・・でも・・あんた、だけは・・・・・・あたしが・・」

おぼつかない足運び、焦点の合っていない目。
意識も殆ど消失寸前だろう。

とっくに倒れ伏していてもおかしくないダメージをくらっているのだ、それこそ意識を保っている方が不気味な程に。
それでも必死に歩きながら、アリアはフリッグに手を伸ばす。

ボヤける視界の中、探し続けた仇に向かって。

「返して・・・・返しなさいよ・・・・・あたしの・・大事な・・・家族」
『・・・・』

ポロポロと、アリアの目から涙が零れる。
伸ばした手がフリッグの胸倉を掴み、掴みかかると言うよりも、寄りかかるような体勢で必死に揺らす。

「何で・・・マリアを殺したのよ・・・・あの子は・・なんにも悪いこと、してないのにっ・・・」

もう押し倒して捕まえる気力もない。
ただひたすらに、弱々しく体を殴る事しか出来ない。

赤子に叩かれる程度の力で、痛みなど微塵も感じないような拳。

「何で・・・ママに罪を着せたのよ・・・・何、で・・・・あたしの大事な・・もの・・みんな取ってくのよぉ・・!」

行き場のなかった怒りと悲しみを、拳に乗せて叩き込んでいく。
ドン、ドンと、小さな音が周囲に虚しく響く。

「あたしたちが・・・なにしたっていうのよぉ・・・・・・なんで・・・なんでぇ・・」

うわ言のように、何度も何度も。
仕返ししてやりたいと思うと同時に、心の奥底で問い詰めたいと思っていた疑問。

どうしてこんな事をするのか、どうして自分達でなければいけなかったのか。
聞いて何が変わるわけでもない、失った今では無意味に等しい。

他の誰かが身代わりになれば、なんて思っているわけでもない。
しかしそれでも、聞かずにはいられないこと。

『・・・・』

だが、フリッグは何も語らない。
手を払うでもなく、惨たらしく嘲笑するでもない。

ただひたすらアリアの拳を受けながら、無言を貫いていた。

「かえしてぇ・・・かえしてよぉ・・・・・・あたし・・の・・・大切な――――」

やがて、ゆっくりと崩れていくアリア。
保ち続けた意識が、とうとう限界を迎えたのだ。

その体を、無言で抱きとめるフリッグ。
目を閉じて涙を流すアリアの顔を、静かに見つめていた。

やがてしっかりと抱きかかえると、キンジの倒れている所へと歩く。

『動けもしないのに機を窺うのは見下げた意気だが、もう戦いは終わったぞ』
「・・・・くそ」

かけられた言葉に、閉じられていたキンジの目が開かれた。
少し前に意識を取り戻し、様子を見守っていたのだ。

しかし体はとうに動ける状態ではない、HSSも解かれている。
お世辞にも戦えるとは言えなかった。

『なに、心配するな。今日のところはこれで引く、ブラドも回収するような真似はせんよ』
「な・・に?」

キンジの目が驚きに見開かれる。
目の前の人物は、てっきりブラドを助けに来たのだと思っていたのだ。

イ・ウーのナンバー2だと聞いていたため、手放すには惜しいはずだと。
しかし、そこで出てくるのはフリッグに対する疑問。

ブラドが二番目に強いと言うなら、この者は一体何者なのか。
普通に考えれば一番という事になるが、そうそうイ・ウーのトップが出てくるとも思えない。

「お前は・・・何がしたいんだ」
『言っただろう、貴様らを見ると。そこの吸血鬼にも用事はあるが、こっちが本題だ』

そう言って、フリッグはキンジの横にそっとアリアを降ろした。
踵を返し、ブラドに向かって歩き出すフリッグ。

狼達に日陰を作らせているとはいえ、完全に防げる訳ではない。
苦しげな声はいまだ続いていて、フリッグが近づくと恨めしそうに睨んでくる。

「てめぇ・・・なに、しにきやが・・たぁ」
『なに、契約不履行につき報酬の返却をしてもらいに来ただけだ』
「な・・・に」

しゃがみこんで、ブラドのポケットを探り、目当てのビンを回収した。
ほんの少しばかり減っている、マリアの血液の入ったビン。

減っているのは、さっそく自分の体に実験的に組み込んだのだろう。
実際に体に影響が出るには、それなりの時間が必要だ。

まあそれも、キンジ達にやられておしゃかになった訳だが。

『たしかに返してもらったぞ』
「ふざ・・けんな・・・・・お前を雇う契約は・・・果たしたはずだぁ」

吹き抜ける強い風と距離もあって、二人の会話はキンジと理子には聞こえない。

『違うな。俺達の契約は、俺を三週間お前の館で働かせるという事だ。そして今は二週間と四日目、まだ三日残っている。そして今日、お前は逮捕されて俺の雇用主という立場を失うのだ』
「ぐ・・・このっ」

ブラドの視線が、より一層キツくなる。
しかしそんな事はお構いなしに、フリッグは言葉を続ける。

『一応言っておくが、俺の情報を流そうなどと考えない事だ。貴様などいつでも殺せる。なんなら今ここで、貴様の魔臓を全て引っこ抜いてやろうか?』
「うぅ・・」

800年の月日を生きる吸血鬼も・・・いや、だからこそ死は恐ろしい。
フリッグから放たれた強烈な殺気に、黙り込むしかなかった。

それを確認し、またフリッグは踵を返す。
向けられた方向は、今まで何も喋らず動かなかった理子。

視線が自分に向けられたと知った瞬間、理子の肩が僅かに跳ねる。

『峰・理子。この度は一応の自由の獲得に、祝いの言葉を贈ろう。これでお前も、少なくともイ・ウーからは完全に解放されたわけだ』
「あ・・・うん」

なんと返していいか分からず、曖昧に返事をする。
フリッグは、一応の、と言った。

その言葉が示す通り、まだ理子の自由は不動のものではない。
それを理解しているからこそ、理子も頷くしか出来なかった。

『いずれ来るであろう時に、お前が立ち向かえる事を願おう。その時こそ、真の自由が得られる時だ』

そう言い残し、ビルから飛び降りたフリッグ。
慌てて理子が縁まで駆け寄れば、ビルの間を飛んで去っていく後ろ姿が見えた。

安堵の息を洩らし、振り返ってキンジ達の方を見る。
気を失ったままのアリアに、キンジが寄り添うように仰向けに倒れたままだ。

その目は理子に向けられ、しかし何とも言い難い感情が見え隠れする。
困惑と言えばそうだし、そうでないとも言えるようなものだった。

「・・・理子」
「・・キーくん、アリアにも伝えといて」

髪を操作して、ブラド戦に用いたパラグライダーを引き寄せた。
フリッグと同じように、屋上から飛び降りて逃げるために。

「あたしはもう、二人を下に見ない。対等のライバルと見なす・・・・だから、約束は守る」

パラグライダーが理子の手に戻り、風を受けてバサリと広がる。

「だからもう、あたし以外の人間に殺られたら、許さないよ」

そう言って飛び降り、ビル群の向こうへ消えていった理子。
残されたのは、キンジとアリアと、呻き声を上げ続けるブラド。

新しいヘリが送られて来たのは、それから十分後のことだった。

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