小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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四十五話










ブラドがお縄についた翌日、はっきりと言えば面倒な事になっていた。
珍しくも特に用事のない日で、久しく武偵校に顔を出していただけのはずでした。

普段から誰とも関わらない私が出席したところで、反応する者など皆無。ただ黙々と授業に取り組んでいた。
とうの昔に既知の範疇な内容ばかりですが、形だけでも取り繕わなければ反感を買うので大人しく臨んでいました。

そんな特筆する事もない時間が流れて昼休みとなった・・・・その直後にそれは起こった。

「里香ー!」

突然、スパーン!と教室の扉が開き、風のように何かが入ってきた。
その何かは、迷わず一直線に私に突っ込んできた。

椅子に座っている体勢から避けるには設定的に無理だと判断し、やむなくそれを真正面から受け止めることとなった。
椅子ごと押し倒され、派手な音が教室中に響く。

困惑するクラスメイト達、はては廊下にいた何人かの生徒まで騒いでいるのが聞こえる。
そんな中で、私を押し倒して上に乗っかったままの人物が上半身を起こした。

「アリア・・・さん?」

そう、犯人は姉さんだった。
その顔は青ざめ、心配そうな表情で私を見つめてきた。

「里香! 大丈夫だった!? 火傷とかしなかった!?」

周囲の事などまるで意に介さず、叫ぶように問いかけてきた。
展開が唐突ではありましたが、今の一言でおおよその検討はつきました。

おそらく姉さんが言っているのは、紅鳴館の火事の件でしょう。
戻ってきてから聞いて心配し、私が登校しているのを知って駆けつけた、といった流れと思われます。

「はい、幸いすぐに気付いて避難出来たので、怪我はないです。」
「・・良かった、心配したのよ。」

ホッとしたように笑みを浮かべ、馬乗り状態からそっと抱き締めてくる姉さん。
そんな私達を見て、クラスが騒然としている。

これは、とてつもなく、厄介な事になりました。

「あ、あれ・・・二年の神崎先輩だよな?」
「そう・・・だろ? 小さいしツインテだし」
「なんであの根暗ウーマンと引っ付いてるの!?」
「ま・・・まさかの、百合・・・だと!!」
「ガチ百合キターーーー!!」

一人二人と言葉を発せば、それが伝染するように騒がしくなっていく。
姉さんはそれが聞こえていないかのように、ぎゅっと抱きついているまま。

今年の一年には一人もおらず、二年でも二人だけのSランク武偵。
そんな超が付く有名人を武偵校の生徒が知らないわけもなく、またたく間に廊下にまで広がっていった。

姉さん・・・・自分の影響力を少しは考えてください。
いきなり二年が一年の教室に特攻し、あまつさえ生徒に抱きつくなんて。

それが姉さんともなれば、騒ぎは一気に加速するでしょう。
妙なデジャヴを感じるのは気のせいでしょうか。

「心配してくれてありがとうございます。わざわざ教室まで来ていただいて」

とはいえ、それでも姉さんの気遣いには純粋に嬉しくなるのは事実。
そんな風に感じる権利は私にはありませんが、礼を述べるくらいなら許されるでしょうか。

「い、いいのよ。だってほら、あたしたち・・・と・・・・友達・・・だし」

言葉の途中から赤くなって俯き、友達の部分はボソボソと呟くように言ってきた。
私でようやく聞き取れる音量でしたから、他の人達には聞こえていない。

何と言ったのかと疑問符を浮かべているけれど、教えるつもりは絶対にない。
上目遣いでこちらの反応をチラチラとうかがってくる姉さんは、とても可愛らしかった。

意図せず自然な笑みが浮かぶの感じながら、言葉を返した。

「はい、そうですね」

直後に見た、輝くような笑顔が忘れられなかった。















何事もなかったかのように、理子は帰ってきた。
アリアが何か対応するのかと思いきや、まるで反応を示さない。

昼休みに話を聞こうかと思えば、チャイムが鳴った瞬間に風のように走っていった。
後で武藤に聞いた話だが、一年の生徒を押し倒して抱き合って見つめ合っていたらしい。

肩にポンと手を置いてドンマイとか言われ、イラッときたので殴っておいた。
話に出てくる一年ってのは十中八九、黒村だろう。

あれから心配になって調べてみたら、紅鳴館が炎上したのを知った。
幸い死傷者は出なかったらしいが、それでも心配は拭えなかった。

きっとアリアは、何らかの方法で黒村が今日登校しているのを掴んだんだろう。
で、いても立ってもいられず突進したと。

むしろよく耐えた方だよな、アリアとしては授業なんてほっぽって駆けつけたかっただろう。
さすがに黒村にも迷惑がかかると思って自制してたんだろう・・・・成長したなあいつ。

その成長の一割でもいいから俺への気遣いに割いてもらいたいもんだ。
だがなアリア、それもこの噂を聞く限り台無しになってるぞ。

この武偵校じゃ知らぬ者のいないSランク武偵が、下級生に会いに来て抱きついたんだろ。
噂は大なり小なり脚色されてるだろうが、少なくとも飛びついて押し倒して見つめるくらいはしそうだ。

実際に周りが勘違いしかねない仕草はしたんだろうさ。
そして、これで黒村の知名度は一気に跳ね上がるぞ。

物静かな奴だから迷惑になるかもしれない。まぁそれでアリアを責めるなんて事は絶対にしないだろうが。
そんな風に考えながら過ごし、むかえた放課後。

理子がカナについての情報をパソコンに送っておいたと言ってきた。
聞いた瞬間に急いで俺は寮まで走って帰り、勢いよく扉を開けて入った。

「キンジ!」

そして、ちょうど外出の準備をしていたらしいアリアが、妙に嬉しそうな顔で振り返ってきた。

「今理子が台場でママの弁護士に会ってるんだって! あたしも行ってくるわ!」

狭い玄関で、俺と押し合うように靴をはく。

「弁護士から電話があって、理子の証言があれば、差戻審が確実になるって!」

それはつまり、かなえさんの無実を勝ち取るチャンスが増えたと言うこと。

「やったな、アリア」

つられて俺も嬉しさを感じてそう言うと。

「やった、やったわ!」

と、子供のようにはしゃぎながら抱きついてきた。
甘酸っぱいクチナシの香りが、俺の鼻をくすぐる。

「・・・」
「あ・・・!」

静かになった俺の様子を見て、自分のした行動に気付いたらしいアリア。
かぁぁっと赤面しながら離れ、後ずさった勢いで頭を壁にぶつけていた。

「・・・つ、つい・・・」

と、上目遣いで呟いてきた。
くそ・・・なんだよその反応、可愛いじゃねーか。

こうして時折見せる反応はとても危ういものがある。
忘れた頃にやってくるから油断大敵だ。

「・・・」
「・・・」

互いに黙りこくる。
気まずい雰囲気でしばらく立ち尽くしていたが、幸運な事に話題を見出すことが出来た。

「あ〜、そう言えば黒村は大丈夫だったか? 会いに行ったんだろ?」
「え・・・あ、ああうん、そう! 全然元気だった、火傷とかもしなかったみたいだし」

少し安堵したように話してくる。
一応、炎上る前に運良く避難出来たってことまでは聞いたからな。

それでもアリアは心配だったようだし、これで一安心だ。

「そ・・それじゃあ、行くね」
「ああ・・気を付けて、な」

少しぎこちないものの、流れをそのままに別れることに成功した俺達。
ドアが閉まって静寂が訪れる中、俺はそっと溜め息をついてパソコンへと足を向けた。

起動してメールの受信トレイを見れば、理子からフラッシュファイルが添付されたメールが届いていた。
件名は、『里香りんは大変なものを盗んでいきました』

「・・いや、なんでここで黒村が出てくるんだよ」

本文はなかったので、俺は添付ファイルをダブルクリックした。
すると、なにやら理子が音楽に合わせて自転車を乗り回し、俺を追いかけ回すフラッシュア二メの映像が流れ始めた。

すごいな・・これ、理子が作ったのか?
フラッシュ職人だろ、もはや。

本を読む白雪、妖精のように飛んでいるレキ、音楽家の武藤や不知火が流れていく。
そして、黒村と仲良さそうにくっついているアリアが出てきた。

その瞬間、自転車から理子が飛び上がってアリアに襲い掛かり、両手と髪に四本のナイフを持ってめった刺しにし始めた。
さらには何処からともなくジャンヌが現れ、アリアを大きな十字架に縛り付けて火あぶりにしていた。

しかも効果音だけがやたらにリアルで、途中からグロ映像になっていた。
そんな背景に、よく見れば時間場所を示す文字が見え隠れしている。

・・・なるほど、ここでくれるってわけか、今回の報酬を。
ア二メの最後に、カナを模したキャラが理子にこう言っていた。

『里香はとんでもないものを盗んでいきました・・・・・あなたの、心です!』
『むしろご褒美です!』

理子の目が星形になって輝いていた。
















武偵校のある学園島とレインボーブリッジを挟んだ向かいにある人口浮島。
かつてキンジとアリアが旅客機を不時着させ、プロペラを折り曲げてしまったまま動かない風力発電機の上に、彼女はいた。

(なるほど、これが・・・幽霊か)

幼馴染みに言われた占いを思い出しながら、キンジは旅客機の残骸をよじ登っていた。
狼のハイマキ、鬼のブラド、幽霊の彼女。

唯一、過去が里香であるかどうかはまだ不明だが、これで三つが揃ったことになる。
紅鳴館の時のように理子が変装しているかも、とも思いはした。

口頭ではなくメールで場所と時間を指定し、今も姿が見られないのでありえない事ではない。
だがそんな考えも、一歩、また一歩と近付く度に消えていった。

とても久しく、しかし決して忘れる事の出来ないオーラを感じ取ったからだ。
外見だけなら完璧であろう理子の変装でさえ、カナの美しさを全て真似することは出来なかった。

キンジにとって、時が止まるほどの美しさ、とはまさにこのこと。
緋色に燃える日没直後の美しい空さえ、カナの前では引き立て役の背景にすぎない。

ロングスカートのワンピースを着たカナは、三つ編みにした長い後ろ髪を海風に揺らしていた。
そして・・・祈るように閉じていた瞳を、ゆっくりと、開けた。

「キンジ、ごめんね」

薄闇の中でさえハッキリと薔薇色と認識できる美しい唇で、カナは言った。

「イ・ウーは遠かったわ」

ことのほか、キンジの心に大した驚きはなかった。
むしろやっぱりか、とさえ思うほどだった。

HSS状態のキンジを総合的に、遥かにレベルアップさせたような存在こそがカナだ。
そのカナが、理子に負けるというのがどうも想像出来なかった。

ましてや殺されるなど、夢でさえ思えない。
そして同時に、ゆっくりと。生まれて初めて、カナに対する怒りがこみ上げてくる。

「どういうことなんだ・・・説明してくれ、カナ。いや―――」

何故、どうして。

「兄さん!」

キンジの言葉に、カナは答えない。
代わりに、唐突な質問をキンジに返してくる。

「キンジは、神崎・H・アリアと・・仲良しなの?」
「え・・」

あまりの脈絡のなさに、キンジが眉を寄せる。
いったい何の話をしているんだと。

「―――好きなの?」

そう聞かれ、つい先程のアリアの可愛らしい仕草を思い出し、キンジの体が熱くなる。
それと同時に、逆上に近いイラつきが湧き上がって。

「そんなこと・・今は関係ないだろ!」

半ばヤケになりながら、キンジは怒鳴った。
それを聞いて、カナはおっとりとした瞬きを返し。

「キンジが肯定したら一人でやろうと思ってたんだけど、しなかったね」

何を言って・・・と、キンジが聞く暇も与えず、カナは言い放った。

「これから一緒に、アリアを殺しましょう」


















何を・・・・言った・・?
俺は、しばらく硬直していた。

脳が理解を拒んでいるのか、単純に俺がバカなだけか。
どっちであっても結果は変わらないが、無慈悲なことに頭が活動を再会したらしい。

カナに言われた言葉を、徐々に飲み込んでいった。

―――アリアを殺す。

「なにを・・・言ってるんだ、兄さん!!」

そう叫ぶが、カナはプロペラにちょこんと座ったまま首を傾げるだけ。
そう・・・そうだった。

兄さんは絶世の美女に化ける事で、いつでもヒステリアモードになれる。
そしてその間、自分が俺の兄であると言う認識が出来なくなるんだ。

徹底的に自分が女だと認識し、服装から思考に至るまで女のそれに変化する。
中身だけの完全な性転換術にも等しいあれは、しかしなにも記憶がすり変わる訳でもない。

俺の兄だという意識がなくなるだけで、俺とは親しい間柄だと認識しているし、記憶だって共有している。
例えれば、カナ自身は俺のかつてのパートナーに直接会った事はない。

けれど俺のパートナーであることも、自身に忘れられない言葉をかけてくれた存在である事も知っている。
カナとあいつの話をした事は何度もあるし、彼女だのなんだのとからかわれた事も数え切れないほどだ。

つまりは自身に対する意識が多少変化するだけで、カナと兄さんは完全な同一人物なんだ。

「カナ、待ってくれ。今そっちに行く」

傾いた翼を坂のように登りながら、俺の頭は混乱の真っ最中だった。
アリアを殺す?

聞き間違えか、でなければ何かの冗談だろう。
兄さんが・・・・誰より正しかった兄さんが。

いつも弱き人を救うために、報酬なんてロクに貰わずに沢山の人を助けたあの人が。
自らの危険も顧みず、どんな強敵にも立ち向かっていった兄さんが。

そんな人の口から、なんであんな言葉が出てくるんだ。

「カナ・・・半年ぶりに会ったと思ったら。アリアを殺す? タチの悪いおふざけはやめてくれ」

翼端のギリギリまで、カナに近付く。
プロペラまではおよそ二メートル、飛び移れない距離じゃない。

しかし高さがあって、落ちればコンクリートに叩きつけられて終わりだろう。

「ふざけてなんかないわ。私は今夜、アリアを殺す」

いつにない強固な意思を秘めた瞳で、カナは俺を見てくる。

「神崎・H・アリア。あの少女は巨凶の因由。巨悪を討つのは、義に生きる私達の天命」

その言葉に、俺は背筋が凍る思いだった。
―――義。

カナがその言葉を口にして、目的を成し遂げなかった事は一度もない。
何がどうしてそうなったかなんて、全くもって分からない。

だがカナは、本気でアリアを殺すつもりでいる。
その時、俺はもう一度下のコンクリート見た。

脳裏には、母親の裁判が有利になって喜んではしゃいでいたアリアの姿がよぎって。

「カナ!」

半ば勢い任せに、俺はプロペラに向かって飛んだ。
プロペラの厚さはベンチほどもあり、着地は難しくなかった。

しかし衝撃でグラリと揺れて、俺は身を屈めてバランスを取った。

「ついて来なさい、キンジ」

東京のイルミネーションを背に、カナは立ち上がった。

「アリアはまだ幼い。パートナーさえいなければ、きっと簡単に仕留められる相手だわ」
「だから、待てよカナ!」

あまりに堂々巡りなやり取りに、ついかっとなって声を荒らげた。

「あんた半年も失踪しといて、いきなり何だよそれ! 俺が・・・俺が今日までどんな思いでいたか分かるか!? それを急に・・・アリアを殺すって、なんだよそれは!!」

こんな風に、カナに怒鳴る日が来るなんてな。
手法はともかく、ヒステリアモードを使いこなし、その強さに憧れていたカナに、こんな口をきくようになるなんて。

「・・・そう、あなたも修羅場を幾つか越えたのね」
「なんだよ・・それ」
「目を見ればわかるわ。悔しいけど、イ・ウーは外でも人を育てる」

イ・ウー。
理子やジャンヌ、ブラドといった超人を輩出した学校のような秘密結社で、神崎かなえさんに1204年もの懲役を被せた連中だ。

「カナ。カナは・・・イ・ウーにいたのか?」

俺の問いかけに、口をつぐむカナ。

―――無言は、時にどんな言葉にも勝る肯定になる。

かつて、あいつが言っていた言葉がまた、脳裏によぎる。
本当に最近、あいつの事をよく思い出して仕方がない。

俺に対するあてつけかと思うくらいに、周りの奴らが思い出させてくる。
本人達に自覚がなくとも、俺にはそう思えてならないんだ。

「なんでだ・・・なんであんな組織に!」
「イ・ウーの話は出来ないわ、あなたを危険に晒したくない。キンジ、今はただなにも言わずに力を貸してほしいの」

激怒とも、絶望ともつかない感情が、胸の内を満たしていく。
訳も分からない涙すら、浮かんできた。

「おいでキンジ。キンジが私の言うことを聞かなかったことは・・なかったよね?」

優しく、懐かしいカナの声。
ああ・・・そうだよカナ―――兄さん。

俺は強くて正しいあんたが憧れだった、信じていた。
だからあんたに言われた事は喜んでやった、なんだって。

「私はキンジを信じてる。きっと力を貸してくれるって」

かけられる言葉から、現実から逃げるように目をキツく閉じる。
何でだよ、なんで俺がアリアを殺さなきゃならないんだ!

突然やって来たかと思えば人を奴隷扱いして。人の迷惑なんて考えずに四六時中つきまとって。
桃まん食い散らかしてテレビ見てはしゃいで。理子や、ジャンヌや、ブラドに、あんな小さい体で勇敢に戦って。

「おいで、キンジ。仕事はすぐに済むから」

そして、背後でひしゃげている飛行機の中で・・・キスをした―――
そう思うと同時に、かけられた言葉を聞いて。

「―――!」

自分でも何でか分からなかった。
気づかぬ内に、腰のベレッタを抜いていたんだ。

狙いは―――カナ。
武偵校を、アリアと共に過ごしてきた場所を守るように。

俺はカナに・・・・立ちはだかったんだ。

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