小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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四十六話










―――どういうこと?

言葉はなくとも、カナの目がそう訪ねていた。
・・・俺にだって分からない。

尊敬していたはずなのに、誰より憧れていたのに。
どうして・・・俺は―――――

「・・・軽々しく銃を見せるべきではないわ」

小さく溜め息をはくカナは、そんな仕草も一つ一つが惹きつけられる。

「見せてしまえば装弾数、射程距離、その武器の長所や短所まで、全てを見抜かれてしまう。覚えておきなさい」

言下に鳴った―――銃声。
俺が見えたのは、カナの手元で光ったなにか。

右の耳元で、銃弾が飛ぶ音が聞こえた。
反射的に、俺は右半身を守ろうと左に体を傾けてしまった。

バランスが崩れ、俺はプロペラから落下してしまう。間一髪でワイヤーを引っ掛けて防ぐ事は出来た。
そんな俺に、頭上からカナの声が降りかかってくる。

「・・・・予想もしなかった。キンジが、私に銃を向けるなんて」

何かに迷うような、物憂げな表情をしたカナ。

「キンジと私の戦力差は、大人と子供・・・ううん、それ以上ある。分かってるわよね?」

当たり前だ、そんなこと。
俺がヒステリアモードであったとしても、あんたには敵わないだろう。

そんなの、何年も前から、嫌と言うほど身にしみてる。

「なのに・・・どうして私に立ち向かったの?」

その問いに、明確な答えを出せない俺は。
ベレッタをしまって、ワイヤーを上り始めた。

『不可視の弾丸(インヴィジビレ)』によっていつの間にか掠められ、ワイヤーはゆっくりと切れていく。
直接弾丸で切るのではなく、あえて掠めるなんてな・・・。

俺は慎重に、細心の注意を払って上る。
その間も、カナは俺に問いかけてくる。

「・・キンジはアリアと、なかよしなの?」

悩むように伏せていた目を、流し目をするように向けてきた。

「―――好きなの?」
「・・・何が・・だよっ」
「アリアのこと」

言われて、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。

「なんで―――そうくるんだよ!!」

ワイヤーを半分ほど上りながら、カナに牙を向くように叫んだ。
どうしていきなりそんな話になるのか、なんで俺が・・あいつの事を。

それ以前の問題だろう、俺達二人の話だろうが。
カナは驚いたような、僅かに迷いが生じたような顔をした。

「・・・昔から打たれ強い子だったけど、こんな状況でまだそんな目が出来るのね。私には分からない。キンジの心のどこに、そんな力が秘められているの・・・?」

自問するようなカナに、俺は答えを持たなかった。
それでも、なんとなく言ってやりたい事はあった。

口元が少し笑うのを感じながら、俺は言い放った。

「知らねーよ。けどもしかしたら――――『あいつ』なら、答えてくれたかもな」
「っ!」

俺の言葉を正確に理解したのだろう、カナは―――
今までで一番の、動揺を見せた。

あぁやっぱり、カナにとっても・・・あいつは・・。
その時、一陣の風が空き地島の上を駆け抜けた。

プツン、と―――
俺の重さで限界ギリギリを保っていたワイヤーが、切れた。

俺は風に流されながら落ちて。
その意識を―――闇に呑まれた。












誰もいない音楽室の中で、私はピアノの前に座っていた人物に声をかけた。

「ジャンヌ」
「む? 誰だおま・・・・あ、久しぶりだな!」
「・・・よく分かりましたね」

いつものクールな態度を変え、椅子から立ち上がって笑顔で歩いてくるジャンヌ。
その右足には包帯が巻かれ、杖を使って身を支えている様態だった。

既にパトラにしかけられたようですね。
きっと理子も、近い内に呪いをかけられるはず。

今私は、情報科(インフォルマ)で預かりになっているジャンヌの見舞い兼顔合わせの目的で訪ねた。
もっと早く会う事も出来なくはなかったけれど、ブラドの一件を優先していたために先延ばしになっていた。

ジャンヌは私が武偵校に在籍しているのは知っていても、詳しい情報は知らなかった。
黒村里香が私だとは当然知らないわけで、故に一目で看破されたのは少なからず衝撃でした。

「そ・・それはまぁ・・・な。ほかならぬお前なのだ、気づかぬはずはない」
「? そうですか」

理屈は不明ですが、どうやら独自の見分け方でも考案されたようで。
もし敵にも見出されれば厄介ですね、一応対策はしておきましょう。

「確か、黒村里香だったな。それの名は」
「ご存知でしたか」
「知ってるもなにも、現在進行形で時の人ではないか」
「・・・」

予想は、していました。
ただ何といいますか、無意識に思考が拒否していた節がありまして。

むしろしばらく休校するべきではないかと言う考えがあるくらいなので。
姉さんが昼休みのギリギリまで教室に居座り、飽きることなくお喋りしていところまでは良かった。

しかし、授業時間中はチラチラと視線を向けられるようになり、休み時間にもなれば質問の嵐。
さらに他クラスから飛んできた、姉さんの戦妹(アミカ)にまで問い詰められました。

友人だという私の回答に最後まで納得しがたい表情をしていましたが、それ以上ともそれ以下とも答えられないので仕方ない。

「神崎・H・アリアに抱きつかれ、二人で見つめ合っていたそうだな・・・・」

いつのまにやら、ジャンヌが剣呑な雰囲気を帯びて詰め寄ってきた。
互いの顔の距離は五センチ。

「あの、ジャン―――――」
「顔を真っ赤にした神崎に微笑み、仲睦まじく話していたらしいな!」

衝突しそうな距離になっても進んでくるジャンヌに対し、私は後退せざるをえない。
しかしそれに合わせて進んでくるので、距離は一向に変化しない。

「その、まずは離れ―――――」
「また会う約束まで取り付け、互いに手を振ったそうだなぁ!!」
「いたっ」

教室の壁に背中が当たり、前からジャンヌの頭がゴツンと当たった。
そのまま後頭部を壁にゴチンと打ちつけ、壁とジャンヌに挟まれる体勢になった。

「そそそそれに! 理子から聞いたぞ! 紅鳴館で! 一緒に! ふふふふっ、風呂に! 入ったそうだな!!」
「はあ・・・まぁ、そうですけど」

超至近距離で叫ばれながら、私はそう答えた。
そしてその瞬間、ジャンヌの目からハイライトが消えていくのを間近で見た。

直後、肩を震わせて乾いた笑い声を洩らし出したジャンヌ。
どこのホラーですか。

「ふ・・ふっふっふっふっふっふっふ。そうか・・・そうなのか。理子のみならず、まさかそんな伏兵がいたとはな。策士の一族として、これはあるまじき失態だった」

鼻先が触れ合っているような状況で一連の動作をされれば、常人なら発狂してしまうのではないでしょうか。
目の前でハイライトが消え去った銀髪の美人が、真っ直ぐこちらを見据えながらブツブツと不気味な笑いを浮かべているのだから。

「ただでさえカナという厄介な存在がいると言うのに、これからパトラまで戻ってくるのだぞ・・・・・もはや一刻の猶予もないではないか!!」
「あの、とりあえず目の前で叫ぶのを止めて貰いたいのですが」
「マリア!」

そう言ってガシッ!っと肩を掴んできた。
あの、今本名で呼びましたよね? 本当に勘弁してください。

妙なテンションになるのは構いませんが、そう言うのは理子と一緒にやっていただけると幸いです。
その時、私は気付いた―――――

「これは・・・」
「私は、お前に言いたい事がある!!」

ジャンヌは気付いていないようで、何故だか顔を真っ赤にして距離を縮めてきた。
元より距離など無いに等しかったので、完全に抱き合うような密着状態だ。

いえ、むしろ、いつの間にかジャンヌの右手が腰に回されていた。
あの・・・それよりもですね。

「ジャンヌ、廊下に―――――」
「突然にこんな事を言うのは・・・お前にしても驚くと思う! いや、ともすれば・・・め、迷惑になるやもしれん! だが私は、もう後には退けんのだ!」

全くこちらの言葉が聞こえていないようで、一方的に喋り続ける。
左手が私の頬に添えられ、とても熱っぽい視線が注がれる。

・・・・・何故か・・・・とても今さらな気がしますが。
はてしなく、脳が危険信号を発しているような・・・。

密着状態のジャンヌの胸から、彼女の鼓動が伝わってくる。
今にも破裂しそうなほどに脈打つそれは、彼女がどれだけ緊張状態であるかを如実に物語っていた。

腰と頬に当たる手が、微かに震えているように感じる。
先程までとはうって変わって、瞳には様々な感情が揺れ動いていた。

期待のような、不安のような、恐怖のような。
それでいて、自身で抑えきれない何かを辛うじて押さえ込んでいるようにも見えた。

「私は・・その・・・・お前の、ことが・・」
「ジャン・・ヌ・・?」

喉まで出かかった言葉を寸前で飲み込む。
そしてまた言おうとして、ジャンヌは何度もそれを繰り返していた。

言いたい、けれど言えない。
そんな苦悩が、ジャンヌを蝕んでいるのは理解出来た。

いまだその内容まで推し量れないのは、きっと私の未熟さ。
曾お爺様なら、理解してあげられたでしょうか・・。

何かに悩み苦しんでいるジャンヌの心を溶かし、支えてあげられたでしょうか。
何を求め、望んでいるかを、察してあげられたでしょうか。

「・・・・すまない・・・私はこんなにも、不甲斐ない」

どうしてそんな事を言うのか、それすらも理解出来ない。
大切な友人が、こんなにも近くで苦しんでいるのに。

「いっそ理子のように、勢いでやってしまえば良かったのかもな・・・・・だから・・」

目と鼻の先にあったジャンヌの顔が、ゆっくりと、近づいてくる。
なにを―――と、口にすることは出来なかった。

何故だか、体が言うことを聞かなくて。
ジャンヌの、強い意思の宿った目から視線を外せなくて。

包まれた体が、力を失ったようにされるがままで。
まるで時間がゆっくり流れているように、近くなってくる吐息を感じていた。

「・・・マリア・・」

小さく、消え入るように囁かれた声。
私以外には聞こえない、聞かせられない、溜め息のようにはき出された本当の名前。

それが、どこか遠くから聞こえたようだった。

「んっ・・」
「っ・・」

思考が・・・完全に止まった。
驚きすら表現するのを忘れた脳は、しかし唇の感触を正確に伝えてくる。

[銀氷の魔女]の二つ名に相応しく、表面は冷たかった。
けれど、その奥にたしかな熱を宿したそれは・・とても柔らかくて。

腰に回された手で・・・強く、強く抱き寄せられた。
何かのコロンだろうか、若草のような爽やかな香りが嗅覚を刺激する。

腰を抱かれているせいで、ほんの僅かに背を仰け反らせる体勢になっている。
そんな私の首筋を、ジャンヌの髪がサラリと撫でた。

「んぅ・・」

不意に襲ったくすぐったさに、思わず変な声を出してしまった。
閉じられていた瞳が細く開けられ、サファイアの目がジッと見つめてくる。

思考が麻痺している中、私はどうにか離してもらえるように口を開く。

「ジャン・・ヌ・・やめっ・・んんっ!?」

口内を襲った感触に、体がビクリと震えた。
はい回るようにうごめく温かなそれが、彼女の舌だと理解するのに数秒の時を要した。

「ふ・・んぅ・・・・・やぁっ・・」

あまりの未知の体験に、私は情けなく喘ぐことしか出来ない。
もがこうとしても手に力が入らず震えるだけだった。

そんな不様な私を、ジャンヌはさらに攻め立ててくる。
いやらしい水音が室内に響き、それが私の精神をさらに掻き回す。

体が熱い、頭が痺れる。
何をしているのか、されているのか、よく分からなくなってきた。

抜け出すべきなのは分かってる、けれどその手段が思いつかない。
呼吸がままならず、酸素が足りない。

空気を求めて大きく開く口を、ジャンヌがすかさず塞いでくる。
入ってきた舌を押し返そうとして絡め取られ、思うがままに弄ばれる。

いつまで続くのか、そもそもどれだけ続いたのか。
それすら不明瞭になってきた頃、ようやく解放されたのだった。

「ぷはっ・・・はぁぁっ・・・はぁ・・はぁ・・・・はぁ・・はぁっ・・」

呼吸は荒く、喋ることもままならない程に肺が酸素を求めてやまない。
ジャンヌも息継ぎをしているような音が聞こえるが、私ほど乱れてはいなかった。

どうやら向こうはちゃんと呼吸もしていたらしく、私だけが石化同然の状態だったようだ。

「はぁ・・はぁ・・・っ、ジャンヌ・・・なに・・を・・」
「はぁ・・・はぁ。ふふっ、予想以上に・・・理性が飛ぶものだな・・・やってしまえば」

足の力が抜けて、壁に寄りかかったままズルズルと崩れた。
その途中で支えてくれたジャンヌの顔は、とても晴れやかで、同時に筆舌し難い程に真っ赤でした。

きっと私も、同じようになっている。
そう確信出来るほどに、顔が熱いから。

「今はまだ、示すことしか出来ないが・・・・きっといつか・・・伝えてみせるぞ」
「え・・・」

まだ痺れが抜けきっていない頭では、彼女の真意を探る事は出来ない。

「ここまでやっても・・・というのは承知していた。だが、これで理子に追い付くどころか一歩も二歩も先んじる事になる。今はそれでいいさ」

ジャンヌに肩を貸されながら、ゆっくりと歩き出す。

「・・・理解しかねます。ジャンヌも・・・理子も・・・何を考えているのか」
「・・だろうな」
「でも」

しっかりとジャンヌの目を見据え、私は言う。
二人は、何があっても、私の大切な―――――

「仲間外れは、気に入らないですから。いつかは」
「そ・・・そう、か・・」

耳まで真っ赤にして俯く。
さっきの強引なまでの態度との違いに、思わずクスクスと笑ってしまう。

「そ、それよりもうどこかで休め! 私が送ろう」
「寮の部屋は取ってないもので」
「なら私の部屋に運ぶ、今のお前は放っておけん」
「全部・・ジャンヌのせいなんですけど・・」

あれこれとやり取りをしながら、私はふと妙な違和感に気付く。
はて・・・何か忘れているような・・?

考え事に耽る私に代わり、ジャンヌが扉をガラッと開けると―――――

「あ・・・ああああ・・」
「なっ!?」
「あ・・」

ドサリ、と手に持っていた何かの書類の束をを落とし、後退っていく・・・・目の前の女生徒。
その顔はジャンヌや私にも引けを取らないであろう程に赤く、こちらを指さす手がブルブルと震えている。

ジャンヌは完全にフリーズ状態、私もまだ思考が完全に復活していない。
もはや・・・詰みも同然だった。

「ああわわわあわわ・・ジャジャ、ジャンヌさんががが・・・・こここ後輩をおおおおおそおそおそ襲ってぇぇぇ・・・・・!」

中学の時の私のように、顔が隠れるほどの長い前髪。
星伽白雪に比肩するほど大きな胸が嫌でも目を引くその女生徒に、私は覚えがあった。

「あの・・・中空知先輩、これには事情が―――――」
「ひぃぃっ! ごごごごごめんなさい! お邪魔! いたしました! どうぞごゆっくりぃぃぃぃぃーーーー!!!!」

なんと説明したものかと口を開いた瞬間、風のように走り去っていた。
通信科(コネクト)二年の、中空知美咲(なかそらち みさき)

・・・たしか、ジャンヌと相部屋だったと記憶していましたが・・・・。

「・・・・」
「・・・・」

どうやら、間違いではないようでした。

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緋弾のアリア 7 (アライブコミックス)
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