小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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四十七話










女子寮のとある一室で、痛いほどの沈黙が流れていた。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

三人の女子が丸テーブルを囲んで腰を下ろし、俯きがちに顔を伏せている。
その内の二人は特に状態が悪く、沸騰したヤカンのごとく湯気が幻視出来るほどに真っ赤だった。

唯一平然に近い状態の、里香が口火を切ることにした。

「あの、中空知先輩」
「は、はいぃぃぃっ! ななな、何ででしょうか!?」

ドモるあまり、文章の意味合いに若干の変化が生じている中空知美咲。
後輩に対してすら低姿勢になるほど、彼女は人見知りである。

人を前にすれば挙動不審に陥り、挨拶されただけでも怯え、体が接触すれば飛び跳ねてしまうような人間だ。
音楽室での件の後、なんとか正気を取り戻したジャンヌが彼女を捕縛し、こうして部屋に引きずり込んだのだ。

体の力が入らない里香は、ジャンヌが中空知を確保した後に肩を貸してもらって移動した。
何故か三人で唯一、かつ最も負傷しているはずのジャンヌが一番活動している事実に疑問を抱く者はいない。

むしろ今は最優先でカタをつけなければならない事項がぶら下がっており、今を逃せば大変な事態に発展しかねない。
べつに二人が中空知の事を信用していない訳ではない。

里香にとっては初対面の人物だが、ジャンヌが信用している時点で殆ど警戒は解いている。
しかし、噂というものは不気味なほどに、どこからともなく洩れ出るものだ。

ただでさえ、アリアのお気に入りだの裏の戦妹だの愛玩具だのと、不名誉な噂が既に流れているのだ。
そこに、最近留学してきたテニス部の人気者なジャンヌと逢い引きしてラブってた、などと誰かに吹聴されでもしたら、それはそれはもう大変なことになってしまうだろう。

核心には触れず、かつ的確な説明をした上で、彼女の誤解を解く必要があるのだ。
いや、そもそも今回の場合、誤解という訳ではないかもしれないが。

「えっと、とりあえず・・お見苦しい所を見せてしまってすみませんでした」

まずは謝罪から。
これから説明するのだと言う雰囲気を構築し、自然に相手を拘束する。

話を聞くという姿勢を相手に作らせ、話の途中に逃走する意思をグッと抑え込む事が出来る。気の弱い者に対してはかなり効果的な切り出しだ。
そして案の定、慌てたようにブンブンと手を振る中空知。

「いいいいえいえ! よく確認もせず・・・覗いた私が悪いんです! ままままさか噂の、黒村さんと・・ジャンヌさんが・・そそそそういう、関係だったなんて、知らなかったので!!」
「ま、待ってくれ中空知! お前は誤解をしている!」

俯いていた顔をやっとこさ上げて、ジャンヌが否定する。
自分で言っておいて、内心で気落ちしていたのは本人だけの秘密だ。

「わ、私と・・その・・里香は、そう言う関係・・という訳ではない。確かにゆ・・・友・・人・・・として、親しくはあるが。あくまでそれだけだ」
「ジャンヌ・・・それは・・」

ジャンヌの説明に、里香が少しばかり眉を寄せる。
決してジャンヌのように、関係を否定されて落ち込んでいるなどという訳ではない。

「え・・? あの・・でもお二人は・・そそその・・・きき・・キスをして、ましたよね?」
「あ、いや・・・それは・・」

そう、それが問題だ。
二人の関係が他人から見たらどうであれ、中空知にはキスの瞬間を目撃されているのだ。

しかも、理性が吹き飛んでとても初めてとは思えないような、激しいディープキスを、だ。
それでそんな関係じゃないと言われて、いったい世界の何人が信じてくれるだろうか。

ジャンヌの発言は、下手をすれば疑惑を増長しかねないものだったのだ。
疑問符を浮かべる中空知に対し、ジャンヌの混乱は加速していく。

「つ、つまりだな・・・私と里香はき・・キス・・・はしたが、そう言う関係ではなく。ならどういう関係かと問われれば、友人以上でそういうの未満でだなっ・・・・いやしかし私としても女同士でというのは随分と悩みもしたんだがこれが吹っ切ってみれば意外と悪くないとも思えなくもない代物だったのでむしろ実際にやってしまったら病みつきになってしまったというか出来ればいつまでもしていたかったと言うかつまり―――――」

わたわたと必死に説明しようとして、逆にドツボに嵌っていくジャンヌ。
むしろ後半はほとんど肯定と受け取れる発言しかしていなかった。

ルームメイトの意外な一面に唖然とする中空知、友人のアホな失態に溜め息をつく里香。
このままでは一向に話が進まないどころか、余計に事態が悪化する。

ここは一旦出直した方がいいかもしれない。

「―――・・・・・里香」
「え?」

不意にかけられた声に、ほうけたような返事をしてしまった里香。
ただ呼ばれただけならそうはならなかっただろう。

しかし、数秒前までとは一転したジャンヌの真剣な声に驚いたのだ。
その目にもう動揺は見られず、代わりにとても強い光をうかがわせる。

「すまないが、ここは私に任せてくれないだろうか? 中空知と二人だけで話したいのだ」
「・・ですが―――」
「頼む、この通りだ」

そう言って、正座のまま深く頭を下げた。
里香が目を見開いて、中空知はオドオドして二人を交互に見ている。

「これは、元はと言えば私の軽率な行動が原因だ。後悔こそ絶対にしないが、浅はかだったのは違いない。だからこそ、自分できっちりとケジメはつける」
「ジャンヌ・・・」

慎ましく、それでいて堂々とした物腰ではっきりと告げたジャンヌに対して、反論する余地など何処にも無かった。
ここで信用しなくては、とても彼女の友人などどは言えなくなる。

今の彼女なら心配はいらないと、心の底から思える姿だった。
故に、里香は笑みを柔らかい笑みを浮かべて立ち上がる。

「では、ここはお願いします」
「ああ、任せてくれ」
「中空知先輩、お邪魔しました」
「い・・いえ。ま・・またいつでも、ど、どうぞ」

ドモりながらもそう言った中空知にもう一度お辞儀をして、里香は退室した。
ガチャンと扉の閉まる音が、静かな部屋に大きく響いた。












里香・・いや、マリアが部屋を退出してから、しばらく無言が続いていた。
しかし、私にはもう先程までの混乱はない。

まだ少し緊張感が残ってはいるが、もう腹を括ったのだ。

「さて、中空知。まずは私の話を聞いてくれるか?」
「あ・・えと、はい」

コクコクと頷いて話を聞く姿勢を見せてくる。
彼女も、私に対しては比較的普通の対応が出来るようになった。

他人がいるとまだ挙動が怪しくなるが、二人の時はこのとおり。まぁ、ここまで関係が近しくなるのには苦労したがな。
そして、だからこそ、彼女には下手な言い訳は無用なのだ。どの道さっきの発言で、稚拙な嘘をついても説得力などもたないだろう。

「まず私の気持ちから言わせてもらえば、私は彼女が好きだ」
「はあ・・・・・え・・え、えええええええええぇぇぇええ!?」

刹那の一瞬で茹でダコのように赤くなる中空知。
こう言う事に免疫がないのは承知しているが、それを含めても凄まじい早さだった。

だが、私の話はこれで終わりではない。

「さっきの事も、私が襲ったのかと問われれば、答えはイエスだ。里香の意思に沿わずに、私は唇を奪ったからな」
「あ、あわ、あわわ、わわわわあわあわわ・・・あわー・・!」

私が言葉を続ければ続けるほど、顔が赤く染め上がっていく。
幻覚だろうが、実際に湯気が出始めている気がするな。

「ししし、しかし! ジャンヌさんと、里香さんは、あの・・・その、女性同士、で・・」
「・・・・・分かっている、重々承知だ。だがそれでも、私は里香を愛している」
「あいっっっ!?!?」

ボンッ! と爆発し、フラリと体が倒れる中空知。
慌てて支えようとしたが、その前になんとか自力で踏ん張っていた。

息を切らして肩で呼吸をしていたが、やがてゆっくりと視線を向けてきた。
その顔はまだ真っ赤だが、微かに真剣さを込めた目で見てくる。

「そ、それではジャンヌさんは、悩み抜いた末に・・黒村さんへの気持ちを抱き続ける事を選んだ。そう言うこと、ですか?」
「ああ。それだけでなく、いずれはしっかりと伝え、遂げてみせる。さっきは、その・・・思わず理性が飛んでしまったがな」
「は、はい・・・あれは・・その・・・・・すごかった、です・・」

思い出し、再び互いに俯いてしまう。
あの時のマリアの味が、鮮明に思い出されてしまう。

驚くほどに柔らかい唇はとても温かく、その奥はもはや美食にも等しい甘美な空間だった。
吐息すら甘く感じて、絶え間なく溢れてくる唾液は、まさに彼女の味だった。

舌で口内を撫でまわすたびに腕の中で小刻みに震える小さな体が、途方もなく愛おしく感じた。
いつも冷静沈着な彼女が腕の中で弱々しく藻掻く様は、見ているだけで悶え苦しむような支配欲を刺激された。

まさにあれが、理子の言っていた『萌え』という感情なのだろう。
今までは知識だけだったが、まさに今日、魂の底から理解したと言える。

「だからその・・・今日はあんな行為に走ってしまったが、彼女への想いは真剣なものだ。今のところは一方通行だがな」
「は、はい、把握しました。お騒がせしてすみません」

なんとか収まりは効いたらしく、頭を下げてくる。

「いや、こちらの不注意だから気にするな。しかし出来れば、この話は・・・」
「あ、分かってます! 誰にも言いません! 言うような友達もいませんし!」
「そ、そうか・・・すまない」

少し違う気もしたが、目標は達成出来た。
安堵によって大きく息をはき、緊張感が解ける。

話の終わりを感じ取ったのか、中空知も同様にホッとしているようだ。

「いきなり変な事に巻き込んでしまったな、中空知」
「いえいえ、むしろその・・・嬉しかったです。とと、友達と・・こんなお話、したことがなかったですから」
「そうか・・・・突然だが、今日から美咲と読んでもいいだろうか?」
「え・・・・あ、はい! 是非!」

髪で隠れてよく見えないが、それでも眩しい笑顔を浮かべているのが分かる。
彼女が相部屋であったことを、心の底から感謝した。















―――アリアが、負けた。

強襲科に現れたカナと戦って、完敗だった。
だけどカナは、アリアを殺しはしなかった。

いつでもやれた、簡単に出来たはずなのにだ。
疑問に思いながら、俺はとりあえず救護科(アンビュラス)に気絶したアリアをおぶって運んだ。

持ち前の回復の早さで目を覚ましたアリアをベッドに座らせ、俺は対面に座った。
その時、ちょうど扉が開いて一人の女生徒が入ってきた。

「アリアさん・・キンジさん」
「悪いな黒村、急に呼び出して」
「いえ」

救護科と衛生科の生徒は武偵病院で実習をしていて不在だったんだが、遅れて登校していたらしい黒村と運良く連絡がついたんだ。
アリアの手当てを頼んだら、快く引き受けてくれた。

薬品棚から幾つか取り出して、アリアの横に座って処置を始めた。
無言でそれを受けていたアリアだが、やがて口を開く。

「・・・なんで止めたのよ」

震えるような声で、俺に向けられた言葉だった。

「止めるもなにも、もう勝負はついてただろ」
「ちがう!」

ヒステリックに叫んだアリアに、黒村がビクッと震える。けれど、すぐに落ち着いて作業を再会してくれた。
ベッドについた手でシーツをギュッと握り、アリアは言葉を続ける。

「あんたが邪魔しなければ、いくらでも手はあったんだもん!」
「自分を誤魔化すな。兄さ・・・カナとお前の力量差は、誰の目にも明らかだった」
「っ・・・差があっても、勝たなきゃならなかったのよ!!」

ツインテールをブルブルと震わせて、アリアは叫び続ける。
本当に、負けず嫌いな奴だよな。

「あれはカナ! 紅鳴館に行った時に理子が化けて! あんたの昔の・・・知り合いで、あんたが一目で動揺した女! それが、いきなり強襲科に現れてあたしに決闘を挑んできた! 逃げるわけにも、負けるわけにもいかなかったのよ! それをあんたが―――――」
「知っておけアリア、この世にお前より強い武偵なんか、ゴマンといるんだ」
「だめよ、だめなの! あたしは強くなくちゃいけないの! 差戻審になったって、ママはまだ拘留されてる! あたしが強くなきゃ・・・ママを・・助け・・られない・・」

嗚咽を洩らし、ついには泣き出してしまった。
横にいる黒村に抱きつき、顔を胸に埋めて肩をふるわせている。

黒村はそれを、拒むことなく受け入れてくれていた。
本当に、会った時から迷惑かけてばかりで申し訳ないよな。

「ああ、お前は強いよ。俺はそれをよく知ってる」

ぽんと、アリアの頭に手を置いた。

「だから―――受け入れる強さも持て。あいつを相手にしたら、次はもっとヒドイ目に会うぞ」

黒村がいる手前、殺されるとは言わない。

「カナとはもう戦うな」
「・・・」
「分かったか」
「・・・」

俺に諭されたアリアは・・・・
黙った・・・・黙りこくった。

こいつ・・・・
都合が悪くなったら黙秘とか、子供か。

「そんなに頬を膨らませるな、フグみたいになるぞ」

そう言ってやると、アリアは顔を俯かせたまま、尚且つ黒村に抱きついたまま。
ぽかっ、と片手で俺を殴ってきた。

片手だけを器用に振り回し、ポカポカと所構わずパンチしてくる。

「こら、なんで俺に八つ当たりするんだよっ」
「うるさいうるさいうるさい! もうあんたなんかどっか行け!」

近くにあったコールドスプレーを、思いっきりぶん投げてきて、ガインッ! と俺の頭に命中させてきた。

逃げるように退出する寸前に振り返ると―――――
俺達のやり取りを、黒村が微笑ましそうに見ていたのだった。

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