小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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四十八話










北緯43度、東経155度、太平洋のウルップ島沖の公海。
無人の海域であるその場所に、その船はあった。

沈みそうなほどに低い喫水線、タンカーのような甲板の上には場違いなピラミッドが建造されていた。
幽霊船のように静かに漂うその船は、豪華客船・アンベリール号。

かつて武偵殺し―――理子によって浦賀沖で沈没し、遠山金一が失踪するきっかけになった船だ。
かなりの改装が施されているが、その面影がまだ残っていた。

周囲の海中にはシロナガスクジラの群れが泳ぎ、まるで何かから船を守るように旋回し続けていた。
そして、その船内一室に彼女らの姿はあった。

床も、壁も、天井も、その全てが黄金に輝く眩い空間。
室内を取り囲む石柱、奥に据えられたスフィンクス像も例外なく黄金。

そこにいるだけで視力がおかしくなりそうな場所で、二人は対峙していた。

「ふん、いまさら何の用ぢゃ。妾(わらわ)をイ・ウーから追い出しおったくせに」
「教授の命令ですので、私に言われてもなんとも返せませんよ」

宝石がちりばめられた黄金の玉座に座り、手足を組んでふんぞり返るのはパトラ。
突如として訪問してきたマリアを見て最初こそ喜色を浮かべたものの、すぐにハッとなって拗ねるような態度で顔を背けた。

「金一さんから既に教授の言葉は伝えられましたよね?」
「・・・おぬしの姉のことか。なんぢゃ、手心でもくわえろと云()うか?」
「まさか」

不機嫌そうに言い放ったパトラの言葉を、にべもなく否定する。
その表情にも一切の変化はなく、それが偽りのない言葉だと確信出来る。

「ではなにゆえここにきたのぢゃ、伝え忘れたことでも云いにきたか」
「そう邪険にしないでください。久しぶりに顔を見たいと思っただけですよ」
「う・・・むぅ・・」

マリアの苦笑混じりの言葉に、パトラの眉がピクリと反応する。
相変わらずしかめっ面だが、マリアに見えない側の口元が僅かにニヤついている。

現金な感情に従おうとする表情筋を必死に抑え、憮然として態度を崩すまいと素っ気ない口調で話し続ける。

「ふ、ふん! どうだかのう! 妾を迷いなく追い出したやつの言葉なぞ、聞く耳もたん!」
「・・・それは」

マリアの目が伏せられる。
普段から論理で圧殺している感情の一部が、微かに刺激された。

大切な友人を利用し続けていることに、罪悪感を感じないわけがない。
無論、それで今さら引き返すなどとは微塵も考えないが、それとこれとは話が別だ。

しかし動揺を表に出したのはほんの一瞬。
すぐさまいつもの無表情になり、わざとらしく肩を竦めてみせた。

「それでは、仕方ありませんね。お邪魔なようなので、これで失礼します」

踵を返し、出口へと歩き出す。
自分から来ておいて勝手なことだが、すぐにここから去りたい衝動にかられたのだ。

だがその瞬間、最初の一歩も踏み出していないとうのにガッシリと腕を掴まれた。

「ま、まぁ待つがよい。ちょ、ちょうど一人で退屈しておったでのう。とくべつに妾と話すことを許可してやらんでもない」

玉座に座っていたはずのパトラが、いつの間にやらマリアのすぐそばまで来ていた。
ここから玉座までは八メートルほどの距離があり、マリアが視線をパトラから外して一秒と経過していないにもかかわらず。

くわえて、彼女は世界最強の魔女(マツギ)の一人とはいえ、決して身体能力は優れていないはずだ。
いったいどうやって距離を詰めたのか、マリアが唖然と見ている間に話は進む。

「せっかくぢゃから茶でも飲んでゆ〜〜っくりしていくがよい。いまもってこさせるでの」

パチンと指を鳴らした瞬間、床からテーブルとイスが生えてきた。
もちろんこれも黄金で、傍には彼女のゴレムであるアヌビスが控えている。

引きずられるままに座らされたマリアはようやく思考が回復し、疑問符を浮かべてパトラに向き直る。

「あの・・・話は聞かないのでは?」
「そ、それはまぁ・・・あれぢゃ、気が変わったというかの・・・・とにかくいいんぢゃ!」
「はあ・・・」

説明になってない説明に、ただそう返すことしか出来ない。
扉が開いて新たなアヌビスが入ってきて、その手にはティーセット―――これすらも黄金。

少しばかりついて行き難い感性に眉を寄せるマリアだったが、特になにも言わずにもらうことにした。
見た目が凶悪なアヌビスが丁寧にお茶を入れている様は、異様の一言だった。

黒人も真っ青な漆黒の胴体、頭部だけがジャッカルという不気味な見た目なのだから。
置かれたお茶を一口飲んで、満足気に頷くパトラ。

「ふむ・・そういえばおぬし、今はまた『ぶていこう』とやらにいっとるのぢゃろう」
「はい、学年は姉よりも一つ下ですが」
「・・・わからんのう、なぜおぬしがわざわざ行く必要があるのぢゃ。すでにリュパンやデュランダルの奴らがおるというのに」

少し口を尖らせてパトラは言う。
暗に、そんな事に時間を使うくらいならもっと会いに来いと思うが故の言葉。

しかし当然、マリアにそっち方面の感情の読み取りは出来ず。

「万が一の事態に備えてです。ボストーク号からでは距離的な問題がありますし」
「ぬぅ・・・・それはそうじゃが・・」

苦虫を噛み潰したように表情を歪め、横目でマリアを見るパトラ。
素知らぬ顔でお茶を飲んでいる姿を見て、無性に悔しくなってくる。

どうしてこの娘はこうも変に疎いのか、と。
『条理予知』などと大層な能力を受け継ぎ、戦闘面ではそれこそ予知能力者かと思うような先読みを披露する。

そのくせ人間関係は円滑に構築出来る癖に、情事方面においては超高レベルの鈍感っぷりを発揮する。
かつでパトラがイ・ウーにいた頃、ある日理子が「なんじゃあの攻略難易度はぁぁぁ!!? 選択肢がやたら多いと思ったのに結局サブヒロインでしたってオチじゃねぇだろうなぁぁぁー!!!」と叫んでいたのを目撃したことがある。

あの時も今も、言葉の意味は詳しく理解出来なかったが、あるいは今の自分の抱いている感情と似たようなニュアンスを感じるものだった気がする。
パトラも既に、ジャンヌと理子がマリアに対してそういう感情を向けているのはとうの昔に承知している。

しかも最近は、遠山金一とかいう男までもが怪しい気配を臭わせる始末だ。
使い魔であるスカラベを使ってマリアの日常を盗み見ている時に知った情報だが、呪い殺す前に理子とジャンヌによってスカラベが排除されてしまった。

二人はパトラがボストーク号にスカラベを大量に忍ばせていたのに一早く気付き、艦内の(主にマリアの)平和のために奮闘していたのだ。
結果として金一が救われたのは、単なる偶然である。

そうして、実に六十匹以上仕込んでいた使い魔は一匹残らず掃討された。
先日この船に突然現れ、一方的に教授の伝言を伝えて去っていった金一の姿を思い出し、パトラの手に力がこもる。

(おのれぇ・・新参者の分際でマリアになれなれしくしおってぇ! あまつさえ! あまつさえっっ! 肌を見るなどっ・・・・すておけぬぞぉぉぉぉ!!)

ギリギリと杯を握りしめ、肩を震わせるパトラ。
マリアが首を傾げて見るなか、深呼吸を何度か繰り返して気分を落ち着かせる。

「まぁ、おぬしにそのような事をしいるのも終わりとなるであろう。妾がイ・ウーの女王になれば、ぞんぶんに楽をさせてやろうではないか」

ふふん、と胸を張って言い放つ。
パトラの頭の中では既に自身がイ・ウーの次期トップになるのは決定事項であり、思考はもうその先に進んでいるほどだ。

基本的に男嫌いなパトラは、身の回りは女子―――それもとびっきりの美しい女で固めようと決めている。
己に忠実な戦士を揃え、エジプトを拠点として世界の覇権を奪い取るビジョンが目に浮かぶ。

そしてもちろん、その隣には常に、今傍にいるマリアを侍らせて―――――

「・・ぬほほ、愛()いやつよのう、そう恥ずかしがるでない」
「・・・・」

二ヘラ〜と顔をだらしなく歪ませて独り言を呟くパトラ。
さすがに異常を感じ取ったマリアは、なんとも言えない目で見ていることしか出来なかった。

「よいではないか、よいではないか・・・・なに? 人がおるのが恥ずかしいのか? ほほほ、まことにかわいいやつよ」
「・・・・・・・・・・」

それから、パトラが幻想郷から帰還するまでに、実に二時間の時を要した。
















「はぁ〜・・・」

アリアが負けた次の日、俺は盛大に溜め息をはいていた。
それというのも、アリアと盛大に仲違いをしてしまったからだ。

アリアにコールドスプレーをおみまいされた後、部屋に帰ってみればそこにカナがいた。
逃走してきた俺は黒村に手当てしてもらえてなくて、カナはそれを瞬時に見抜いて治してくれた。

本来、カナ―――兄さんは、傷つけるよりも治す事の方が得意な人だ。
特別な技術をある人達に教えてもらったらしくて、そこらの衛生武偵や武偵病院よりも遥かに腕がいい。

そんなカナと、俺は話をしたんだ。
けれど大事なところははぐらかされて、胸のモヤモヤは解消せず。

しかもそこに、運悪くアリアが返ってきた。
危険性が拭いきれてないカナと会わせるのは危ない、そう思った俺はアリアを部屋から押し出した。

するとアリア何を勘違いしたのか、俺がカナとパートナーを組むためにカナをけしかけたのかと言い始めた。
なだめようとしたが聞き入れず、またカナに挑もうとした。

その時俺は、ほとんど反射的に突き放してしまった。
カナを庇ったと取られても仕方ないように、アリアを威嚇までして。

「キンジ」
「・・・なんだよ」

肩を叩かれて振り向けば、そこには武藤がいた。
今は―――というかいつもだが、ふざける気分じゃないんだがな。

「武藤、今俺は―――――」
「あぁ分かってる! みなまで言うな!」

掌を俺の眼前に突き出し、妙にニヤついた顔で遮ってきた。

「盛大に痴話喧嘩して別れた後だからな、お前の気持ちはよぉ〜っく分かるぜ」
「は?」

うんうんと頷きながら訳の分からん事を言ってくる。
なんだろう、経験則とでも言えばいいのか・・・激しく嫌な予感がするんだが・・。

「痴話喧嘩って・・なんだ?」
「そりゃあお前、神崎のことに決まってんだろ? 他校の女子と三角関係なんだってな!」
「・・・・・」

おい・・・待て。
なんだそれは、聞いてないぞ!?

「・・・どういう経緯でそうなった?」
「え〜っとだな、まず神崎が他校の激強女子に負けたってのが広まって、その後キンジの部屋の前でお前たちが大声で取っ組み合いしてる所を見た生徒が何人かいて」

迂闊だった・・・。
寮のど真ん中であんな大声出して、見られない訳がない。

しかも最後には威嚇射撃までしちまったんだし。

「そんときに神崎がいろいろと叫んでたらしいじゃねぇか? 負けた相手を悪魔呼ばわりしたり、キンジの所有権主張したりしたって聞いたぞ」
「あ・・・・あれは・・」

そう言えば、そんなことも言ってたな。
今思えば、かなり冷や汗モノな会話をしていた気がする。

カナの名前とか平然と叫んでたし、何気に紅鳴館って単語も口走ってたなアリアの奴。
下手をすれば契約違反で武偵局に拘束されるってのに。

それだけ、あいつにとっては許容しがたい事態だったってのか。

「そんでもって今は裏の戦妹にベッタリらしいからな〜」
「? 裏の戦妹ってなんだ?」

アリアの戦妹って言ったら、あいつだよな。
強襲科の・・・えっと・・・・間宮あかり・・だったか?

最初に会った時から妙な敵対心を向けてくる変な奴だ。
しかし裏のってどういう意味だ。

「知らないのかよ? ほら、この前神崎が一年の女子を押し倒してイチャついてたって事件があっただろ」

誤解がとんでもない方向に加速している気がするが、今は話を聞こう。

「最近は時間があればその女子の所に通いつめてるらしくてな。最初は単にお気に入り程度の認識しかなかったんだが、最近ついた呼び名が神崎の[裏の戦妹]ってわけだ」
「・・・なるほどな」

確かに・・・・そうなってしまうのは仕方がないかもしれない。
ただでさえ無駄に有名なアリアが、一年生の所まで足繁く通っていたら勘違いされても無理はない。

いや、この場合は勘違いなのか?
アリアのお気に入りって意味なら、本質的には間違っていない。

しかしこのままだと本来の戦妹は肩身が狭いよな。
黒村は黒村で迷惑かけそうだし、本人は無自覚だろうし。

どうしたものか・・。

「いやーしかし神崎のお気に入りって言うもんだからどんなスゲェ奴なんだって思ったけど、案外普通っつうか地味ーな子だったなぁ」
「どんな想像してたんだよお前は・・」
「そりゃあお前、美少女に決まってんだろ!」

迷いなく言い放ったアホに、俺は溜め息をついた。
たしかに黒村はアリアみたいに華やかな外見ではないが、決して不細工なんかじゃない。

むしろ顔は可愛い部類だし、おまけに紅鳴館で知ったように手先も器用だ。
人に対する気遣いも出来て、昨日のアリアにしたみたいに何も言わずに受け止めてくれる器も持ってる。

人の魅力は中身から、とかいう言葉のまさに代表例だろう。別にアリアを外見だけと言ってる訳じゃないが。
だけど黒村と付き合えた奴は相当な幸せ者―――――

(ん? 話がズレてるな・・)

いつのまにか視点がアリアから変化してるぞ。
今はカナとの問題を考えないといけないってのに・・・。

(・・・そういや、俺も黒村に対して違和感あったんだっけか)

紅鳴館で感じたあの感覚を思い出す。
とても懐かしい、慣れ親しんだ何かを取り戻したような・・。

それでいてそれが何なのか思い出せない、なんとも歯痒いもんだ。
兄さんの事で忘れてたが、白雪の占いでまだ出揃っていない『過去』。

もしかしたら、あいつがそうなのかも知れないという可能性。
でも不思議と、他の三つの時のような、嫌な予感が全くしないという珍妙なものだ。

「現場のクラスには二人の絡みを見て目覚めた奴がいたらしい」

何にだよ・・・。

「だがしかし! 俺は美少女同士でしか認めんぞ!」

だから何をだよ・・・。
隣でギャーギャーと騒いでいる武藤を無視することにして、何気なく窓の方へと視線を移した。

すると、そこには―――――

「みぃ・・」
「またかよ・・」

昨日と同じく変な声を出しながら眠っている理子がいた。
両腕を枕代わりにして頭を横に置き、しかも教室側に顔を向けて爆睡してる。

昨日と違うのは、妙に幸せそうな表情をしていることだ。

「ぬふ・・・ぐへへ・・」
「・・・」

これは・・・ヤバイんじゃないか?
どこからどう見てもオッサンみたいな顔だぞ。

どんな夢を見ているか知らないが、このままだと変人のレッテルを貼られるだろう。
それくらいに、気味の悪い笑顔で理子は寝ていた。

「へへへへ・・・デレ期・・・・・キター・・」

ヨダレをだらだらと垂れ流して、より一層顔を歪ませる。
おいおいおい・・これは本格的にマズイぞ、主に絵面が。

起きた時には腕と顔の半分がヨダレでグチャグチャになってる可能性が大だ。

「おい、理子・・起きろ」

幸い他の生徒は気付いていないらしく、今の内に起こしてやった方がいいだろう。
普段なら無関係を貫くが、後々なんで起こさないんだと逆ギレされるかもしれない。

「むふふふ・・・・いただきまーすぅ」
「理子! おい、、起きろ!」

耳元で呼びかけながら体をグラグラと揺らす。
すると、しばらくグズッた後にゆっくりと瞼を開けた。

「う・・・うーん?」
「起きたか?」
「うにゅう?」

ボケーっとした顔で周りを見回す理子。
視線が俺の方へと向けられ、パチパチと瞬きを繰り返す。

次第に意識がハッキリとしてきたのか、焦点が少しずつ合っていく。

「・・・ゆ・・め・・?」
「ああ、随分と幸せそうな顔してたぞ。色々と危なかったから起こしたけどな」
「・・・・・」

俺の言葉を聞いた理子は―――――
何故だか、目から光が消えた。

まるで人形のような虚ろさで、見ているこっちが寒気を覚えるような空虚。
顔を俯かせ、肩を震わせ始めた理子の口から、掠れるような音が洩れる。

「・・・・で・・・・・ート入れ・・・・思った・・・・にぃぃぃ・・」
「お・・・おい? 理子―――――」

大丈夫か、と言葉は続かなかった。
ギンッ!! っと阿修羅の如き恐ろしい形相で睨みあげてきた理子は、何を思ったか机に乗っかった。

スカートが捲れてパンツが見えそうになるのも気にせず、仁王立ちで見下ろしてくる。

「お、おい・・なにを。」
「キィーーンーーージィィィィ!!!」

あろうことか、そのまま俺に向かって飛びかかってきた!
物凄い殺気つきで!!

「死ぃぃねぇぇぇぇぇーー!!!」
「ぎゃああああぁぁぁあぁーーーー!!!!」

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