小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

五十話










アリアがカナに敗北を喫してから、一週間ほどが経過した。
本日は7月7日、つまりは七夕である。

「ねぇ、これ変じゃない? 大丈夫だと思う?」
「ええ、とても似合ってます。」

これでいたったい何度目のやり取りになるだろうか。
目の前で浴衣に身を包み、楽しそうに鏡に向かって笑顔を振りまくアリアを見て、里香は思っていた。

現在、アリアは狙撃科Sランクであるレキの部屋に寝泊りしている。
キンジと仲違いをしてしまって茫然自失としていたアリアを、最初に見つけたのが里香だった。

里香は寮暮らしではないために、どこか落ち着ける所はないかと考えた末、アリアが言い出した場所がレキの部屋だった。
最初はアリアの部屋は駄目なのかと思ったものの、戦妹にいらぬ心配をかけるのが嫌だったらしい。

Sランク武偵同士ということもあり、任務関連でなにかと関わる事が多かった二人。
アリアが実力を認めている数少ない人間でもあって、レキに話しかける機会も多々あったのだ。

都合良く一人部屋であり、突然訪ねてきた二人をレキは拒まなかった。
それからアリアはレキと共に生活していた。。

そして今日、突然に呼び出された里香を待っていたのが、浴衣姿のアリアだった。
ピンクと赤を基調とした金魚柄の浴衣は、小柄なアリアにはこれ以上ないほどに似合っている。

見た瞬間は驚きに目を丸くした里香だったが、今はとても微笑ましく見つめている。
なんてことはない、浴衣の感想を聞くために呼び出したのだ。

気づかれないよう、さりげなく携帯で撮影したのは本人だけの秘密だ。

(姉さん・・・とても可愛いですよ)

心の中で、今の自分には決して口に出せない言葉で賛辞を送る。
こんな姿を見れるとは思ってもいなかった故に、里香の笑みには大きな感激も混じっていた。

「あ、そろそろ行かないと遅れるわね」

アリアの言葉に、チラリと時計を見た里香はより笑みを深くする。
今から出たとしても、ゆうに四十分前には到着するだろう。

五分前行動といえば十分だろうが、これは少しばかり早すぎる。
にも関わらず遅れると言った意図は明確で―――――

「そうですね、キンジさんを待たせてしまっては悪いですし」

要するに、楽しみで待てないのだ。
早く行きたくて行きたくて、動かずにはいられない。

もしかしたら相手がもう来てるかも―――そんな可能性を建前にして、一刻も早く出かけたくてしょうがない。
そんな様子が小さな子供のようで、可笑しさがこみ上げてくる。

「べっ、別にバカキンジのことなんてどうでもいいけど! 武偵は行動に疾くあれ、よ! 今度の依頼の練習も兼ねてるんだし! けっして祭りが楽しみだとか早く行きたいとか、そんなんじゃないからね!?」
「ふふっ、そうですね。」
「里香、あんた信じてないでしょ! 絶対絶対ぜ〜ったいに違うんだからー!!」

顔を真っ赤にして両腕をブンブンと振り回す。
ツインテールがピョンピョンと飛び跳ねて、内心のうかれ具合を表しているようだった。

「それより、行かなくていいんですか? キンジさん待ってるかもしれませんよ」
「だからっ!・・・もうっ、あとで覚えてなさいよ里香」

ビシッと指を突きつ、部屋から出ていくアリア。
勢いよく閉じられた扉を、里香はしばらく笑顔で見つめていた。

静寂に包まれる室内。
残っているのは里香と、さきほどから何も喋らずに立っているだけのレキ。

意図せず、これが二人の初めての邂逅。
二人にはアリア以外の接点はなく、そしてどちらも共通の話題など持たない。

根本は違えど、口数が少ないという点で似通っている二人には、会話らしい会話など成立しない。
故に、これ以上ここにいる理由がない里香は、早々に退室することにした。

「それではレキ先輩、私も失礼します」

会釈をして扉へと向かう里香。
返事はされなかったが、レキと言う人物を僅かでも知っていれば気にすることではない。

無口で無表情で無感情。
人形のごとく整った容姿で、入学当初こそ多くの人に声をかけられたものの、今ではそんな酔狂な行動を取る輩は無いに等しい。

ついたあだ名がロボットレキ。
彼女の、その機械のように精密な狙撃の腕からも由来している。

「・・・里香さん」
「・・はい?」

だからこそ、声をかけられたことに里香が多少なりとも驚いたのは無理もない事だった。
振り返った里香を見る瑠璃色の瞳は、欠片の光も宿していない。

野望だの、企みだの、思惑だの、願いだの、おおよそ人が常に灯している何かしらの感情をも感じさせない。
とても人に用がありそうな目には見えなかった。

「・・あなたは、風の意思を阻害する岩です」
「・・・・」

何を言っているのか、常人には絶対に理解不能であろう。
しかし里香は、訝しむでも眉を寄せるでもなく、むしろ剣呑さすらその体に帯び始めた。

慎ましい後輩という殻が消え失せ、そこにいるのは紛れもない『マリア』。
一瞬で室内の空気が張り詰め、今にも撃ち合いが始まりそうな雰囲気ですらあった。

「とても、とても大きい・・・私では砕くことの出来ない、堅牢な岩石」

呟くように、または唄うように言葉を紡ぐレキ。
そこには敵意もなければ好意もなく、ただ伝えられた言葉をそのままなぞっているように。

この様だけを見れば・・・なるほど、たしかにロボット。
まるでプログラムされたセリフをスピーカーから発音しているだけの空虚さに、誰もが思ったことなのだろう。

しかし、今その言葉を聞いている人物はそうはいかなかった。
大なり小なり似通った側面を持つからこそ、感じることがある。

「―――けれどあなたは、いつか壊れる時が来る。道を遮る岩とは、必ず砕かれるのがその定め」
「・・・そうですね」

言われるまでもないと、里香は薄く笑った。
先程までの暖かなそれとは違い、冷たく暗い、どこか歪な光を宿した瞳。

元よりそのつもりで踏み込んだ世界、自分の先くらい熟知している。
己の始祖が自身の終わりを予知出来たように―――――マリアもまた、『終わるべき時と場所』がある程度は見えている。

しかし、ここでマリアが気になったのは―――――

「それで、どうしてそんな話をしたのです?」

レキにはマリアをどうこうする事は出来ない。
誰より本人がそう認めているのだから、変えようのない事実だ。

そして、だからこそ不自然なのだ。
何をするでもないのなら、どうしてマリアを呼び止めたのか。

諸々の話を振り返れば、総じてレキがマリアに接触する必要などないはずなのに。

「・・・私達は、生まれた頃より風の意思にのみ生きる者」

数秒の間のあと、再び話し始めたレキには微かな変化が見られた。
話に脈絡が見えずとも、マリアは遮ったりしない。

「風の意思こそ私達の意思であり、風の手足であることがウルスの天命」

出てきた単語に驚くことはない。
レキの出生はとうの昔に知っているし、今の要点はそこじゃない。

「私達に個はなく、風こそ私達そのもの」
「・・・それで?」

大方の察しはつきながら、あえて本人に言わせる事を選ぶ。
これはきっと、自分らの計画にある意味でいい方向に運ぶかも知れないから。

「初めてあなたの事を風から聞いた時、不思議な人だと思いました」
「・・・・」

―――思う、と。
確かに今、彼女はそう言った。

それは紛れもない、レキ自身の思考からくるもの。
推理が的中していたと、心の中で確信する。

「あなたは私達と同じ存在で、しかし自分から望んでそうなった人」

風の意思と思惑に従い、それを成す手足となるウルス。
シャーロック・ホームズの描く道に共感し、その走狗となる事を望んだマリア。

どちらも一つの存在を絶対とし、それらの理想を形作る人柱になる。
主こそ違えど、これ以上ないほどに似通った道を歩む二人。

そしてその違いは、レキは生まれた瞬間からの宿命として、マリアは自らの決意として道を歩きだしたという一点。
レキは、人付き合いは少なくとも周囲の人間ならばいくらでも観察していた。

いわゆる年頃の少年少女、思春期の感情の機微。
それらを眺めていたからこそ、自分とその他の人達が似て非なる存在だと結論していた。

ファッション、遊戯、男女の関係。
全てが自身の思考には無縁な物で、自分と彼らの間には人種どころか犬と人間くらいのレベルで相容れない、根本的な違いが存在すると。

しかし、マリアという存在を知って、その考えに亀裂が走った。
自身と同じく、自ら絶対の筋書きの尖兵となりながら、しかし彼らと完璧なまでに同調する。

似ている、けれど違う。
要は疑問を抱いた、興味を持った。

多くを語らずとも、実はたったその一言で言い表せるこの思い。

「私は―――――あなたの真実を知りたい」

この違いを、絶対の差を。
それを何故だか、今は何よりも感じたいと思っている。

そして同時に、どうしてこんなにも、そう思うのか。
それもひっくるめて、その全てを。

「・・・では、それを知るきっかけとなる事象を推理してみせましょう」

静かに、目を瞑って聞いていたマリア。
ゆっくりと放たれる言葉に、レキの意識はこれ以上ないほどに集約する。

一言一句、聞き逃すまいとするように。

「貴方は近いうちに―――――風を失う」
「―――」

ピクリ、と。
何かが、レキの体の何処かが反応したかもしれない。

しかしそれを確認するでもなく、マリアは身を翻して扉に向かう。
今度は呼び止めない、ここでの話はもう終わったのだから。

扉を開けて出ていく瞬間、最後に向き直る『里香』。
そこには既に、元通りの慎ましい後輩の姿が戻っていた。

「それでは先輩、お邪魔しました」

ペコリとお辞儀をして、そっと扉が閉まった。
再び静寂が訪れ、レキはずっと立ったまま。

何をするでもなく、ただただそこにいるだけ。
しかし瞳だけは、里香が消えた扉の、その向こうを見据えている。

ほんの微かに、揺らめくような小さな光を灯しながら。
















ドン・・ドドンと、花火の光が夜空を照らして、色とりどりの花を咲かせている。
アリアと祭りを見回った後、俺達は神社の本殿の裏、縁側みたいになっている板に座っていた。

日本の花火を初めて見るらしいアリアは、終始花火に見入っていた。
それが終わったあとは、満天の星空の下で色んな虫の鳴き声を聞いていて。

「「あのさ」」

そんな、なんともベタなハモりを披露してしまったんだ。

「なによ、あんたが先でいいわよ」
「いや、お前が先に言えよ」

というやり取りをした結果。

「・・・カナのこと、なんか・・ごめんね」

ちょっとモジモジしながら、アリアが謝ってきた。

「あたしはカナに負けた。時間がかかったけど、なんとかそれを認められたの。あんたの言うとおりで、あたしより強い武偵はいて、今は―――その一人と戦えて良い勉強になったって思ってる」

気恥ずかしいのか、少し俯き気味でそう言ってくる。

「あと、本当はなんとなく分かってたんだけど・・・カナは、あんたの昔の恋人とかじゃないわね」

そう断言してくる顔は、何か確信を得ているようだった。
持ち前の直感で、そう感じ取ったのか。

俺が黙っていると、アリアは探るような目付きで横目を向けてくる。

「でも他人でもない。なにか別の、強い絆みたいなのがある存在だわ」

さすがに・・兄弟だなんて思いはしないだろうな。
それでも、やっぱりお前は大したもんだよアリア。

さすが稀代の名探偵の曾孫というか。優れた洞察力で、俺達の関係を殆ど見切ってみせた。

「あたし・・・回りくどいの好きじゃないから、ストレートに聞くけど・・・あんた、これからカナと組むの?」

そう言ってこちらを見るアリアが、まるで捨てられた子犬のようで・・。
なんだよその目は・・・。

いつも俺のこと犬みたいに扱うくせに、反則だろ。

「それはない。俺とカナは、そういう仲じゃない。どの道・・・格も違うしな」

まぁ、そう言う意味ならアリアもだけどな。
二人とも、間違っても俺なんかがパートナーを組むような存在じゃない。

だけどそれでも、何でかアリアのパートナーを選んじまったんだけどな。
俺の言葉を聞いたアリアは、安堵したようにホッと息をついた。

どうやらカナに負けた云々よりも、こっちの方が重要事項だったらしい。

「だがカナは、お前にとってまだ危険な存在だと思う。理由は分からないが、お前はカナのターゲットらしいんだ。だから気をつけろ」
「う、うん」
「それに、俺もこの際だから改めて言っておくけどな。この間俺にパートナー辞めるつもりかって聞いたが、俺はそもそも武偵自体・・・いすれ辞めるつもりなんだ」

俺は、武偵にはなれない。
去年、嫌と言うほど痛感したんだ。

能力的には元より、いわゆる心の面でもだ。
俺はそこまで不特定多数の他人のために、命を張れるような人間じゃない。

知らない奴のために死ぬのなんてまっぴら御免で、面倒事に巻き込まれるのさえ億劫だ。
そんな奴が武偵になっても、周りの足を引っ張るだけだ。

兄さんみたいに強くもなくて―――――『あいつ』みたいに賢くもない。
どっちも半端な落ちこぼれ。

だから俺は消えるんだ、このトチ狂った非日常から。
・・・・・ただ・・。

「来年の四月には、武偵校からも転校する。お前に何と言われようとな」
「そ、それは・・分かってるつもりよ。分かってる・・・けど・・」

理解しているように言っていても、目に見えてしょんぼりするアリア。
俺は、少しだけ優しげな笑みを向けてやった。

ただな、アリア・・。
少しだけ、もう少しだけなら、お前の力になってやろうとも思うんだ。

身勝手で無責任かもしれないが、これが正直な気持ちだからな。
こんな小っこい身体で、あんな超人連中を相手に、真っ直ぐに立ち向かってる。

俺のように・・・逃げたりしないで・・。
だから―――――

「だけど、逆に言えばそれまでは武偵ってことだ。武偵は任務の裏の裏まで完遂すべし―――だからイ・ウーの一件が片付くまでは、お前に付き合ってやるよ」
「キンジ・・!」

一転して嬉しそうな顔をしたアリアは―――――
くるっと、俺に背を向けた。

・・・ぐすっ、ぐすんと。何故か、鼻を鳴らし始めた。
風邪かと思って顔を覗けば、くるりと顔を背けた。

回りこんだら体ごと回転して、また覗きこんだら回って。
ついには一回転した。

おい・・だんだん腹が立ってきたぞ。

「なんだよそのリアクションは」

手を掴んでこっちを向かせる。

「あっ・・」

アリアは・・・泣いていた。
嬉し泣きというやつか、よほど嬉しかったのか。

「あ、その・・」

ごめんな、と言おうとして、なんだか違うなと思った。
なんと言えばいいかと思案していたんだが・・。

「う゛?」

アリアが、なんとも珍妙な音を口から出した。
おい、今度はなんだ・・・。

「うぃぇえ」

うぃえ?
口をへの字にしておかしくなったアリアの顔を覗き込んだら。

「みぎゃあああぁぁぁぁ!!!」

何故だか急に、縁側から飛び上がった。
おいおい何だ!?

いったいどうしちまったんだ!
とうとう頭がイカれちまったのか、感情の処理が間に合わなくなって。

すてーん! と芸人ばりにすっ転んだアリア。
そして、まるで金魚のようにびちびちびち! と跳ねまくっている。

「あっはははは!! ちょ! それだめ! そこっ! みきゃぱぁあ!?」

全身をびちびちさせながら、浴衣を首のところからひん剥き始めた。
怖ぇよ! 頼むから説明してくれ!

「ちょ、待てアリア! マジでついて行けないぞ!?」
「キ、キンジ! 助けっ!? 浴衣っ、中っ! な、なんかいるぅっ!!」
「な、大丈夫か!」

後ろから帯をグッと引っ張って浴衣を緩める。
すると、中からコガネムシらしき虫がブーンと飛んで出てきた。

近くの木に止まった虫は何事も無かったかのように静止している。
なるほど、虫が中を這いずり回ってたから悶えてたのか。

どうやら頭が逝って奇行に走ってた訳じゃなかったらしい。

「・・はひぃ・・・・・な、なんなのよあのやらしい虫。ヘンな所ばっかりチョロチョロと・・」

いつのまにか復活し、浴衣を素早く直したらしいアリア。
おい、その手に持ったガバメントでどうするつもりだ。

とりあえず、アリアが撒き散らかしたあれこれを拾ってやる。
海外ブランドの特注っぽい小型のコンパクトやリップ、それに・・・ファンデやマスカラ・・。

アリア・・・なんでこんな色々持ってきてるんだ?
などと思いつつ小物を拾っていく俺の手が・・・ピタッ、と止まった。

―――武偵手帳。
アリアのそれが中途半端に開いて落ちていた。

そして、そこからはみ出している写真が目に入る。
若い、男―――俺じゃない。

いや、まぁそれが何なんだって話だけどな。
アリアも見た目はあれだが立派な高校生なんだ。

いくらそっち方面が苦手だからって、好きな奴の一人や二人はいるだろう。
俺が知らないだけで、実は彼氏の写真かもしれない。

何の不思議もない、むしろ自然なことだろう。

「あっ」

そうこう考えている内に、アリアが手帳を拾い上げる。
・・・それも、なんだか焦ったような動きで。

「・・・たぶんこれで全部だろ、ほら」

そう言って、巾着袋を渡してやる。
それを受け取りながらアリアは、ちらちらと俺の方を見やる。

そして手元の手帳に目を移して――――

「・・なんで急に不機嫌になるのよ」
「なってねぇよ」
「見たんでしょ、写真」

・・・・どれだけ鋭いんだお前は。
咄嗟に言い訳の出来ない自分を恨むぞ。

「別に気にしてない」
「気に・・・って何よ。なんだか誤解されたみたいで嫌」

ポンポンと、縁側に座って自分の横を叩いて示してきた。
ここに座れってか、しょうがねぇな・・・。

「あんたが思ってるようなのじゃないわよ、ほら」

そう言って、アリアが見せてくれた写真は、やはり若い男だった。
歳は・・・二十代前半くらいか。

「この人は、世界一優秀な頭脳と肉体を兼ね備えた完璧な人。そして―――――」

古めかしいスーツの、かっこいいその男は・・・・
何故か、どこかアリアに似ていた。

「もう、この世にはいない人」

納得出来るほど、それは古い写真だった。
そもそもモノクロ写真で、僅かにくすんでる。

「シャーロック・ホームズ一世。あたしの、曾お爺様」
「・・尊敬してるんだな」
「心からね。それに、これはお父様にもらった物で、いつも肌身離さず持ってるし。大切な心の支えだから、こうやって、誰かに見せたりもしない」
「見せてるじゃんか」

軽い調子でそうツッコむと。
アリアは本当に嬉しそうに、誇らしそうに頬を赤く染めて言った。

「キンジじゃなきゃ、見せないよ」

その言葉に・・・
俺は、何だか無性に、嬉しくなった。

我ながら現金というか、単純というか。
それだけ信頼してもらえてるって解釈で、いいんだよな。

「・・・ん?」

その時、写真を持つ手に違和感を感じた。
視線を移すと、シャーロック・ホームズの写真の、その裏。

気付かなかったが、もう一枚の写真が重ねてあったんだ。
何気なくそれを取り出して、見てみたら・・そこには―――――

「・・・かなえさんと・・・双子?」

アリアの母親で、今も拘留中のかなえさんと、鏡で映したかのように瓜二つの双子がいた。
そして、気付く。

髪と目の色が違うが、それは紛れもなく・・・・アリアだ。
小さいアリアが二人いる、そんな感想を抱く写真だった。

ヒステリアモードでない俺でも、直感した。
この双子の一方は、何故色が違うのか知らないが、間違いなくアリアで―――――

そしてもう一方の、アリアとそっくりの子供は―――――

「・・・・マリア」

ポツリと・・・・
囁かれたアリアの声が、いやにしっかりと聞き取れた。

その声に視線を移せば、アリアが・・とても・・・悲しそうな顔をしていた。
いつもよりずっと、儚くて脆い、見ていられないくらいに弱々しいアリアがいた。

やっぱり・・・この子は、アリアの。

「キンジには、もう色々聞かれてるから・・・話すね」

星空を見上げて、アリアは言葉を紡いでいく。
それは、二度と戻らない日常の物語。

誰もが当たり前のように持っていて、失えば二度と戻らない唯一無二の宝物。
戻らないと分かっていても、求めずにはいられなくて。

その欠片をかき集めるように足掻く、悲しいお話。

「私の双子の妹―――――マリアのこと」

このとき俺は―――――決定的な何かに踏み入れたような気がした。
かつて、アリアと出会った日のバスのように。

生涯忘れることのないだろう、取り返しのつかない扉を開けたんだと思う。
気がついた時には遅くて、逃れる術はどこにもなかった。

そして、これこそが・・・俺という、遠山キンジという人間の―――――小さくて絶対的な、分岐点だったんだ。

-51-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




きゃらスリーブコレクション 緋弾のアリア 神埼・H・アリア (No.037)
新品 \580
中古 \
(参考価格:\735)