五十一話
いつもいつも、あたし達は一緒だった。
欠陥姉妹って揶揄される毎日、いないものとして扱われる日常。
叔父や叔母、甥っ子達にすら蔑まれていた。
あたしは直感しか受け継がなかったから、とことん出来の悪い子だって思われていた。
マリアは、体は少し弱かったけど頭がよかったから、きっと推理力はあったんだと思う。
それでも、体が弱いと武偵になるのは難しい。
大なり小なり、護身が必要だからね。
だからあたし達は出来損ない、ホームズ家の恥とすら言われたこともあった。
でも、あたしはそこまで悲観はしてなかった。
たしかに悲しかったし、苦しい時もあったけど、ママがいてくれたから。
家に変えればママがいて、優しく笑って頭を撫でてくれたから。
そしてなにより・・・・あの子がいつも隣にいたから。
ご飯の時も、遊ぶ時も、お風呂に入る時も、寝る時も、どんな時でも一緒だった。
離れる時間なんて、三日に一時間もあれば珍しいくらいだったんだから。
家の人間には欠陥品同士でどうのこうのって言われたけど、それすら二人一緒なら気にもならなくて。
そんな奴らは無視して楽しく遊んで、ママと三人でお話したり。
もちろんケンカだって何度もした。
けれどそんな時でも、背中を合わせて座り込んで、お互いに顔を見ないで膨れるだけ。
ママはそんなあたし達を見て、可笑しそうに笑ってたのを覚えてる。
今思えば、自分でも笑っちゃうくらいな変なケンカだったなぁ・・。
そうやって一時間もしない内に、ほとんど同時に謝って、仲直りして、いつも通りになる。
まるで鏡で映したみたいに同じタイミング、同じ姿勢、同じ顔で。
それを見てママがもっと笑って、二人で真っ赤になる。
それくらい似てたから、いつも同じ格好でいた。
服も、靴も、髪型も何もかも。
あたし達を見分けられるのはママだけで、他は誰にも分からなかった。
違うのは性格だけで、あたしがやんちゃでマリアは大人しい子で・・。
近所ではけっこう有名だったのよ、双子ってだけでもそこそこ注目されるものでしょ。
昔はまだ、貴族はどうのこうのなんて教育はまだ初歩なものしか教わってなかったから、貴族と庶民の差なんて考えもしなかった。
あたしの後ろをマリアがついてきて、先に疲れるのは決まってマリアの方。
それではぐれちゃう事も何度かあって、見つけた時には道の真ん中で大泣きしてて。
そういうところは、あたしが姉なんだって言える数少ないものの一つだったわね。
―――――そして・・・あの日も、そんな何気ないお出かけをしていた筈だった。
はぐれたくないってギュっと手を握り締めてくるマリアがいて、あたしはちょっとイジワルしたくなって・・・。
キレイな服を見つけたのをいいことに、勢いよく駆け出した。
突然の事でビックリしたマリアは手を離してしまって、ちょっとだけ不安そうな声であたしを呼んでた。
後でイジけられるだろうな―――なんて考えながら、あたしは人混みの中に紛れたの。
・・・・それが、あの子の最後の声だなんて知りもせずに・・・・。
所詮あたしも子供だったってわけで、あたしもマリアを見失っちゃったのよ。
あたしを追ってるはずだから、窓に服が飾られてる店を見て回って。
どうしよう、どうしようって不安になり始めた時に、それは起こった。
近くにあったデパートで・・・爆発が起こったの。
『表向き』には事故ってことになってて、真っ昼間に起こったのに奇跡的と言えるほどに死負者は少なかった。
そう、犠牲者は・・・たった一人だったから。
死体は・・・見つからなかった。
ただ、不自然に飛び散った血痕が火元の近くで見つかって、それがあの子のものだった。
致死量を軽く超える出血、生きている可能性は1%にも満たないって言われた。
当時のあたしにも分かった、これはおかしいって。
どうして体の一部も見つからないの? なんで血だけが残ってるの?
片方だけなら理屈をねじ込むのは可能だけど、二つが揃えば不自然だった。
Sランク武偵になってから当時の調査資料を無断で覗いてみたら、疑念は確信になった。
明らかに人為的なものによる爆発、だけどおかしいのはそこだけじゃなかった。
用いられた爆弾の破片から調べられたそれは、時限式でも遠距離操作の類でもなかったの。
その場で、持ち主が直接起爆するっていう、頭がおかしいとしか思えない代物。
そして何故か、犯人の死体はおろか、血の一滴も見つかっていないという報告が記されていた。
これはつまり、犯人は直接起爆して、なおかつ無傷で平然と現場を去ったということ。
到底、ただの人間には絶対に出来ない芸当。
つまりそれは、犯人がただの人間じゃないことを意味している。
超能力者か、怪物か、それとも別の何か。
だから事件は事故として隠蔽され、秘匿されたのよ。
あたしはそれから、必死になってそう言う連中の情報を集めて回った。
そうして、たどり着いたのが一つの組織。
人ならざる超人達が集い、どこの国家からも特一級の極秘事項として扱われる。
誰にも倒せない、誰にも介入出来ない無法集団。
それがイ・ウー。
その存在を知った時、これ以上ないくらいあたしの直感が告げたのよ。
間違いない、ここにいるって。
あの事件を起こしたのは、イ・ウーのメンバーだって。
そして、そのほんの少し後だった。
ママが、奴らの罪を着せられたのは。
許せない、絶対に許さない。
あたしの大切な物を、何もかも奪っていくイ・ウーが。
絶対に全員を牢屋に叩き込んで、ママに、マリアに謝らせてやる。
たしかあれ・・・土下座だったけ?
日本にそんな謝り方があるって聞いたとき、ピッタリだって思ったのよ。
イ・ウー総出で、マリアの墓の前で土下座させてやるのよ。
それを写真で撮って、世界中にばら撒くなんてのも面白そうよね。
誰にも倒せないって言われてた超人達が、一人の女の子の墓に頭下げてるのよ? これ以上ないくらいの笑いものでしょ。
そうやって、手始めに最も活動的な奴から捕らえようと日本に来たの。
それが理子やジャンヌだったってわけ。
それに・・・本当は諦めかけてた―――――
パートナーは見つからない、あたしはずっと一人で戦うんだって思ってた。
けれど、あんたに会えた。
ネクラだし無愛想だし、普段はダメダメだけど。
それでも、あたしの・・・最初で最高のパートナー。
恥ずかしいから、これは言わないけど。
だから・・・とにかく・・・あたしは、ここに来て良かった。
「・・・・」
「・・・・」
ゆっくりと語られた、アリアの妹のこと。
それを話している時のアリアは、見たことがないくらいに幸せそうで、誇らしそうで、そして同時に―――今にも崩れそうなくらいに、悲しそうだった。
アリアがどれだけ、妹を大切に思っていたか、痛いくらいに伝わってきたような気がした。
俺も、兄さんが死んだと思った時は、あんな感じだったんだろうか。
自分の半身を失ったような空虚、埋めようのない大きな穴。
どうしたらいいのか分からなくて、自棄になっていたあの頃。
アリアはそれを、俺よりもずっと小さな時から今も抱え続けている。
「もう八年も前、あたしは・・・ずっと後悔してる。あの時、あたしがマリアを離さなければ―――あの子は今も・・きっと、隣にいたはずだから」
こんな時、なんて声をかければいいんだ。
お前のせいじゃない? もう泣くな?
定番すぎて失笑ものだろう。
きっと嫌というほど言われたに違いない。
理屈で突き詰められたところで、アリアの心は晴れはしないだろう。
そもそも、それを望んでいるとも思えない。
まぁだからといってじゃあ何を、と聞かれても答えられない。
結局、俺の兄さんは生きていたんだ。
過程はどうあれ、俺とアリアは似ていても違う。
兄さんは帰ってきても、マリアは帰ってはこない。
そんな俺に、まるで理解してるような言葉をかける事は出来ない。
「でも、逆に言えば・・・・だからキンジに会えたって事でもあるんだけどね。一緒に武偵になろうって・・・約束してたから」
泣き笑いのような顔を向けながら、胸に手をおくアリア。
たしかに、そうだ・・・。
アリアが武偵校に来たのは、パートナーを探すため。
そこで偶然、ヒステリアモードの俺と会ったからこそ、俺に目をつけた。
最初から妹がパートナーとして隣にいれば、俺達はきっと関わりはしなかった。
理子だって、最初から俺達を引き合わせるために俺を狙ったって言っていたしな。
「マリアがいないのは・・・・今でも寂しいし、悲しいよ。でも・・・キンジに会えた事は、良かったって思ってるからね」
「・・・そう・・か」
気の利いた言葉一つ、思いつかない。
俺も、まぁ悪くないとは思い始めてる。
そりゃ事あるごとに撃たれたり蹴られたりで、正直ろくなことがない日々だけどな。
平凡を望んでるってのに、超能力者だの吸血鬼だのと戦う羽目になったし。
久しぶりに会った兄さんは、おかしくなっちまってるし・・・。
「イ・ウーと戦うのは、もちろんママのためだけど・・・・あの子への償いでもあるのよ。守ってあげられなくて、そばにいてあげられなかった。それに・・・・・きっと酷い目にあわせたと思うから」
「・・・・どういうことだ?」
どこか曖昧なニュアンスの言葉に、思わず聞き返した。
ただ当時の罪悪感にかられるだけならまだしも、まるでその後があったような言い回しだ。
「言ったでしょ、あの子の死体は見つからなかった。血が現場にあっただけで、体の一部すら影も形も無かったの」
「それって、つまり・・・」
もしかしたら、生きてるかもしれないんじゃないか?
とは、言えなかった。
そんなこと、とうに考えていただろう。
だが、現場にあった血は致死量を超えるとも言っていたんだから。
「ジャンヌやブラドが言ってたでしょ? イ・ウーはそれぞれの能力を教え合う場所で、今ではそれを『遺伝子によって』コピーする手法を使う・・・って」
「っ!」
さすがの俺も、アリアの言わんとしている事は理解出来た。
そして同時に、例えようのなに怒りがこみ上げてきた。
俺の表情を見て、アリアもそれを察したらしい。
「・・まぁ、こっちは確証もないただの予測だけどね。あたしも、他にイ・ウーと関わっている人も、その可能性が極めて高いって思ってる」
遺伝子によって能力をコピー出来る組織。
ブラドがかつて武偵校の生徒のDNAを一度に手に入れようとしたように、極論で言えば血液さえあればいいんだ。
それが例え―――――死にたての体からでも。
いや、むしろブラド風に言えばサンプルが取り放題で万々歳なくらいだろう。
あいつがいつからイ・ウーにいたのかは知らないが、『使われた』可能性があっても不思議じゃない。
(・・・でも、なんだ・・・?)
そこで、俺は何か妙な感覚に襲われた。
何か、魚の骨でも喉につっかえたような、どこか腑に落ちないというか・・。
何か重要なものを見落としているような、そんな気がしたんだ。
「キンジ」
アリアの呼びかけに、俺の思考が途切れる。
目の前のアリアは、何処か申し訳なさそうな顔で俺を見ていた。
「だからね、これは半分あたしの自己満足みたいなものでもあるの。キンジは、あたしのワガママに巻き込まれる形になる。だから・・・その・・・・今の話を聞いて、やっぱり嫌だって思ったら・・・・・・」
やめてくれてもいい―――
最後までは言われなかったが、そうアリアが伝えようとしているのは明らかだった。
・・・・ったく、本当にバカだな。
俺も、アリアも・・・そろってバカコンビだ。
そんな縋るような目で言うことじゃないだろ、それ。
さっきはあんな嬉しそうにしてたくせに、もう忘れちまったのかよ。
もう一度最初から言えってのか? けっこう恥ずかしいんだぞ。
ほんとに勘弁してくれ。
「お前がワガママで自己中なのは最初からだろ。巻き込まれるなんて、それこそ今さらだ」
「・・・悪かったわね」
拗ねるように頬を膨らませるアリア。
そうそう、そうやって不機嫌そうに膨れていればいいんだよ。
ムカツク時に蹴って撃って殴って、嬉しい時に食って跳ねて。
それがお前だろうが、らしくもない殊勝な態度なんて似合わないんだよ。
「いつもはこっちの都合も無視なくせに、肝心な時にヘタレだよなお前は」
「なっ・・バカキンジに言われたくないわよ!」
こうやって、すぐにキレて暴れて爆発するのがお前だろうが。
ワガママけっこう、自己満足上等だろうが。
結局死んだ人間に償いとか何とか言っても、全部生きてる奴の自己満足だよ。
死人に口なしって言葉があんだよ、日本にはな。
「そう思うんなら、いつもみたいに言えば良いんだよ」
「っ・・・」
確認なんてらしくない、譲歩なんてアリアじゃない。
勝手に振り回して突っ走って、そんで時々アホみたいにすっ転ぶのがお前だろう。
俺には、悲しみを取り除くなんて出来やしない。
それはきっとアリアの中で、アリア自身が区切りをつけないといけない問題だ。
姉妹の事をロクに知らない他人の俺が、どうこう出来るものじゃない。
俺に出来るなら、かなえさんがとっくにしてるだろうしな。
だから、俺に出来るのはこれくらいだ。
「さっきも言ったろ、俺も来年の三月までは武偵だ。任務は完遂するし、人としてここまで関わって見捨てるなんて真似も出来ないんだよ。だからお前は、いつもみたいにデカい態度で命令すりゃいいんだ」
・・・俺達は、パートナーなんだからな。
そう言って、精一杯の笑顔で応えてやる。
上手く出来たかは知らないが、アリアの反応を見れば上々ってことだろう。
堪えていたものが溢れ出したように、アリアの頬を、瞳から流れた雫が伝う。
それを拭おうともせず、アリアは笑った。
「・・・キンジ、あたしについてきなさい! こないと―――――」
いつもみたいに仁王立ちして、腰に手を当てながら指を突きつけて。
けれど顔は、涙に濡れた最高の笑顔で。
「風穴あけるわよ!」
それに、ただ一言、俺は返すんだ。
「・・・・おう」
これが俺達なんだ。
あまりに雑で、未完成で、粗いコンビ。
二年前までの、誰からも完璧と言われたコンビとは程遠いけど。
それでも・・・いや、だからこそ――――
こんなのも、悪くないって思うんだよ。