小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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五十六話











車輌科(ロジ)の休憩室で目覚めた俺は、残り時間があと十一時間しかないことに焦っていた。
どこにいるかも分からない、知ったとしても、俺に超能力者の相手なんて出来ない。

なかば半狂乱に陥りかけていた俺の元に現れたのは、理子とジャンヌだった。
理子がいつの間にかアリアに付けていたらしいGPSと、白雪の占いで位置を割り出していたらしい。

「・・・カナから連絡があったのだ。ついて来い遠山」

足が治りきっておらず、松葉杖で移動するジャンヌに合わせ、ゆっくりと歩く。
オイルの匂いが充満する車輌科を、階下へと降りていく。

「カナは、イ・ウーで私と理子の上役だった。敬愛・・とまではいかないが、少なくともその実力は賞賛していた。訓練の際にも、非常に世話になった。だから大抵の事なら協力しよう、と伝えたんだが、あいつは三つのことしか話さなかった」

こんな時に考えるのはおかしいが、珍しい事もあるものだと思った。
兄さんはその人格から、知り合ったほぼ全ての人間からは大なり小なり好意を向けられる。

兄さんを尊敬する人とは何度も会ったし、俺だってそうだったんだから。
明確に敵対しているか、そうとう性根が腐った犯罪者でもないかぎり、兄さんの人柄に惹きつけられる。

ジャンヌと理子は、どっちかと言えば好印象を抱く側だと思うんだが、何かあったのだろうか?

「アリアが攫われたこと。イ・ウーの事をお前に話したこと。そして、正直信じがたいが、カナがお前に敗れたこと」
「・・・・」
「私達は退学にこそされたが、イ・ウーと敵対したわけではない。あまり軽率な事は話したくないが、カナがお前に話したというなら、アリアを攫った魔女――――パトラの呪いについては教えておこう」

呪い・・・だって?

「これも、あいつの呪いだよ」

そう言って理子が、右目にしているハート型の眼帯を指さす。

「パトラの呪いによって、理子は今、右目が見えない。眼疾を患い、治るには一週間はかかる。私の事故も、今にしてみれば奴のせいだったのだろう」

そういやパトラは、ブラドも呪っていたんだったか。
理子みたいに直接的な被害も与えられて、ジャンヌみたいに事故を誘発させることも出来るって事になる。

しかも目の前にいなくとも出来るから、被害者側としては気付いた時にはもう受けていたって事態になるんだ。
聞くだけでゾッとするような力だ。

「名前からも察しがつくように、奴はクレオパトラの子孫で、自身がクレオパトラ七世の生まれ変わりだと称している」

・・・・今度は王族ときたか。
もしこの次があれば、何が来るんだろうな。

妖怪かサイボーグか、はたまた精霊とか宇宙人とかもやってきそうな勢いだ。
つくづく世界の広さってやつを思い知らされるよ。

「パトラはかつて、ブラドよりも上のナンバー2だった。だけど度重なる素行の悪さから退学にされた、イ・ウーの厄介者でもあるんだよ」

自身も退学させられた理子が説明してくる。

「無法集団に素行も何もないと思うんだが・・・」
「何事にも限度は存在するということだ。あいつは救いようのない妄想癖があり、自分こそが世界を統べる覇王だと信じて疑っていない」
「イ・ウーのトップになったらエジプトを拠点にして世界進出するのぢゃー! とか白昼堂々と宣言してたしねー」

おいおい・・・。
そんな夢物語をいい歳して語ってるのかよ。

子供じゃあるまいし。

「だが、イ・ウーはそんな妄想すら現実に出来そうだと思わせるような場所なのだ。実際に、本人がその気になれば成し遂げられるかもしれない者が、あそこには二人いる」
「どんな化け物だよそいつらは・・・」

俄には信じがたいが、あのジャンヌが言っているのだ。
少なくとも、策士の一族であるこいつがそう感じてしまうほどの実力を持っている、という事だろう。

理子だって、否定しないからには同意見らしい。
白雪だけは目を丸くしているが、俺も同じ心境だよ。

いくらこいつらみたいな超能力者やブラドみたいな人外がいる世界とはいえ、それと世界征服とでは天地の違いだろ。
人より優れた力であっても、決して世界無敵の存在じゃないんだからな。

それはつまり、そういう超人にそう言わしめるくらいのハイパーなモンスターって意味で・・・

「遠山、理子から聞いたが、お前とアリアはもうフリッグとは遭遇したらしいな」
「っ・・・!」

出てきた名前に、思わず身を固くしてしまう。
忘れてない、忘れるわけがない。

あの圧倒的な実力差、赤子の手を捻るように容易く制圧させられた時の圧力。
ブラドのような単純な力比べの意味ではなく、戦う者としての次元が違いすぎた。

昨日も兄さんやパトラと一緒にいたが、出来ればもう二度と会いたくないくらいだ。
だが、その時ふと疑問が浮かぶ。

それは、自然と口に出てきて、ジャンヌと理子の二人に問いかけるものになる。

「なぁ、あいつってブラドより強いんだよな?」

純粋な感想だった。
今の俺ではなく、ヒステリアモードの感覚で触れた強者の覇気とでも言おうか。

それは俺とアリアと理子の三人でやっと倒せたブラドよりも、遥かに強大な物だと、何となくそう思った。
そして、だからこそ変なんだ。

昨日の兄さんの口ぶりからして、あの場あそこにいたあいつがイ・ウーのトップだという可能性はない。
しかしナンバー2であるはずのブラドより強いってのは、ひどく矛盾してるんじゃないか?

「・・・・まぁこれくらいはもう構わないだろう。お前の感じている通り、フリッグの力はブラドすら大きく凌駕する。かつてあいつは、理子を取り戻しにイ・ウーへと乗り込んだブラドを、ものの一分足らずで仕留めた」
「・・・・・勘弁してくれよ」

それは・・・本当に人間なのか?

「フリッグはイ・ウーの裏のナンバー2。トップである教授(プロフェシオン)の右腕的存在なのだ」
「二人とブラド以下、つまりあたし達の間には、とても深い溝がある。それこそ、あと数百年鍛え上げても届くかどうか分からないくらいに」
「イ・ウーは世界でも屈指の戦闘集団ではあるが。その戦力の過半はその二人に集約していると言っても過言ではない。」

言い過ぎ、などではないみたいだ。
二人の目は決して冗談なんか微塵も含まれてない。

こっちとしては冗談であって欲しかったが、どうやらそうもいかないみたいだ。

「まぁ、とにかくだ」

少し逸れた話を戻すように、ジャンヌが小さく咳払いをする。

「教授が死んだ後、フリッグには新たなトップになる意思がない。そうなれば必然と、次に力を持つパトラが据えられる可能性が大きいのだ」
「あたし達はそうなって欲しくなんだよ。でも、このまま教授とアリアが死んだら、そうなる」

その時にちょうど、俺達は目的地に着いた。
車輌科の地下二階にあるドック。

そこには、床に伏せて休んでいるハイマキと、ベンチで体育座りしているレキがいた。
俺の姿を見たレキは、手に大きめのアタッシュケースを持って歩いてきた。

「キンジさん、アリアさんを助けに行くのですね」

問われた俺に、周囲の視線が集まるのを感じた。
なんとなく分かっていたのだろう。

俺がアリアを助けに行くことを、だから何処かに案内しようとしている。
だから俺は、ハッキリと頷いた。

「パートナーがやられて、黙ってられるか」

あの時は、俺が油断していたのも原因なんだ。
これでもう一安心だと高を括って、警戒を怠った。

もちろん、していたからと言って助けられていた保証はない。
だけど、俺はパトラの罠にはまってアリアを連れていってしまったんだ。

これで俺が助けないで、誰が助けるってんだよ。

「では、どうぞ」

そう言って差し出されたケースの中には―――――
強襲科時代に使っていたB装備に、俺のベレッタ。

そして兄さんに貰ったバタフライナイフが、きれいに磨かれた状態で収まっていた。
これで、なんとか戦闘は出来る。

俺が超能力者に通じるかどうかと聞かれれば、明らかに微妙だけどな。

「それと、これもキンジさんのポケットに入ってました」

手渡されたのは、パトラが兄さんに渡していた砂時計。
既に半分以上が落ちていて、恐らくはアリアの残り時間なんだろう。

それを、俺に託したんだ。
自分を倒した、俺に・・・・。

―――やってみろ。

そういうことなんだよな、兄さん。
ああ、やってみせるさ。

あんなふうに啖呵きったんだからな、今さら後には引けない。
アリアを助けて、示してやるさ。

俺はあいつの、パートナーなんだからな。














船に接近してくる潜水艇、オルスクを見据えながら、パトラは口の端を吊り上げた。
玉座に座って足を組んでいる彼女の右手には、大きな水晶玉。

そこには、オルクスから出てアンベリール号の甲板を歩くキンジと白雪の二人が映っている。
本音を言えば、今すぐにでも完膚なきまでに潰すことは出来る。

ピラミッドの恩恵を得たパトラにはそれだけの力があるし、今の彼女は内心すごく不機嫌でもあった。
理由は言わずもがな、マリアの誤解を解けなかったからである。

あれから数時間は床に突っ伏したままであったし、何度頭を抱えて叫び散らしたか。
数時間の時を経て、ようやく少し冷静さを取り戻した矢先にお客が来たと言う訳だ。

とはいえ、あの二人に客と言うほどの扱いをする気は毛頭ない。
むしろ―――――

「ふっほっほっほ、はよう来るが良い。このいらだちは貴様らで紛らわせてくれよう」

思いっきり八つ当たりする気満々だった。
迷宮にも等しい通路に分かりやすい目印をつけ、楽にこの王の間に辿り着けるようにする。

もうすぐ二人が到着しようかという時、チラリとアリアの入った柩を一瞥する。
結局、マリアは最後までアリアに関して何も言わなかった。

過剰に傷つけるなとも制限時間を延ばせとも、何一つ触れはしなかった。
それでもパトラは・・・・いや、パトラだからこそ分かっている。

実際のところ、アリアを殺すのは非常に不味いと。
パトラは、それこそマリアがイ・ウーに連れてこられた当初から彼女を知っている。

事実、マリアにとってもシャーロック以外で最も付き合いの長いメンバーは誰かと問われれば、間違いなくパトラだと応えるほどに。
最初は何の力も持たない、ただの泣き虫の子供だった。

艦内で見かければ、必ずと言って良いほど大泣き寸前の状態なのだ。
それこそ初めは鬱陶しいとか煩わしいとしか思えず、うるさいと怒鳴ってより悪化させたのをよく覚えている。

そして、そんな風に怒鳴ったのが、些細なきっかけだった。
パトラ以外の全員も彼女を鬱陶しく遠ざけていたため、その時のパトラこそが、マリアにとって初めて自身に声をかけた存在だった。

それからひょこひょこと、気づけばおっかなびっくりしつつもパトラを追いかけて来るようになった。
それを邪険にしつつ、教授の曾孫であるため危害はくわえられない。

そんなジレンマに歯軋りしつつ、その後もまぁ、色々とあって―――――
ともかく、それだけの付き合いだからこそ、マリアが実際のところはどれだけ家族を大事にしているかを知っている。

万が一本当に殺されそうになれば、それこそ組織だろうが国だろうが消し飛ばしかねないだろう。
この状況でも静観していると言う事は、彼女の推理ではアリアがここで死ぬことはないと出しているに相違ない。

その後がどんな結果になるかは知らないが、パトラにはさして興味はなかった。
どの道、自分は世界を手に入れるだけだと。

イ・ウーを、エジプトを、最後にはこの世の全てを。
そしてもちろん―――――

「・・・・・全部、妾(わらわ)のものじゃ。誰にも渡さん」

言下に、扉の向こうに獲物の気配を感じてこちらから開く。
開戦前から封じ布を外して全力の白雪と、B装備で身を固めた通常モードのキンジ。

戦力差は明らか、負ける要素など何処にもない。
自身の砂には炎など無意味、Gも魔力も圧倒的だと。

アリアに撃ち込んだ呪弾の効力は残り数十分だが、こちらの意思でいくらでも変更出来る。
あえて砂時計を与えたのは向こうを急かし、早めにケリをつけるためだ。

「なにゆえ招いてやったかわかるか? 極東の愚民どもよ」

手に持った水晶をくるくると指先で回し、不敵に笑ってみせるパトラ。

「ケチをつける隙間を与えぬためぢゃ。イ・ウーの連中は妾を妬み、力を認めようとせなんだ。ブラドはおぬしらが倒したのだと言いおってのう。ゆえに、ここで貴様らを潰すのぢゃ。下らぬ反論の余地など、欠片も残さぬほどにの」

水晶を放り投げ、玉座から立ち上がる。
玉座の前に広がる黄金の階段を降り、仁王立ちしてキンジ達を睨む。

「妾は男が嫌いじゃ。王となれば側近は美女で固めるでのう。ゆえにトオヤマキンジ、おぬしは殺す。面影がトオヤマキンイチに似ておるのも気に食わんからのう」

そう言ってキンジを指さしたパトラ。
それを合図にしたかのように、突然白雪が弾かれたように駆け出す。

「キンちゃん! 私が持つのは五分だけだから、その間にアリアを救出して!」

叫ぶ白雪が、両小袖を思いっきり振るう。

「緋火星鶴幕(ヒヒホカクマク)!」

折り紙の鶴が無数に飛び出し、紙とは思えない速さでパトラへと迫る。
そしてその途中で、燃え盛る火の鳥となって爆発した。

次々とパトラに体当たりをかまし、連鎖するように爆発が続く。
凄まじい熱気が室内を満たし、爆風で髪が激しく靡く。

互いに譲れぬものをかけた一戦が、こうして幕を開けるのだった。

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