小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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五十七話










―――あいつの前で同じことが言えるのかよ!

・・・・痛烈・・・だったな。
一瞬で、決意を根こそぎ抉り取られたような、そんな気分だった。

本当に、情けない。
無様に泣き叫んでやっと気持ちを固めたかと思えば、未熟だと思っていた弟の一言で容易く崩れる。

挙句に負けて、任せる形になってしまった。
どちらの方が未熟なのか、論ずるまでもない。

・・・神崎・H・アリア。
最初に写真で顔を見たときは、心臓が止まる思いだったな。

異常なほどに顔立ちが似ていて、関係者かと疑ったくらいだ。
調べてみれば結局は、何の接点もない別人だったが。

キンジのやつも、会った時は相当に驚いたことだろう。
そして、何度も重ねたことだろうな。

今のあいつは、アリアをどう捉えているのだろうか。
彼女と似ている人間として? それともアリア自身として?

・・・・いや、関係ないか。
どちらにしても、今の俺などよりはずっとマシだろう。

ただ義を貫くために生きる、それだけだったはずなのにな。
父も、先代達も、こんな気分を味わったことがあるのだろう?

―――金一、覚えておけ。どのような時代であっても、『義』を貫くことが出来るのは『人』だけだ。

不意に脳裏をよぎったのは、かつて父に言われた言葉。
多くを学び、習得してきたが、あれほど真意の読み取れない言葉はなかったな。

当たり前のようで、矛盾しているような言葉。
恐らくは『人』の部分に秘められている意味こそが重要なのだろう。

単純なようで、とても定義の広い。
事実、今でさえよく分からないのだから。

―――この世には、万人に悪と断じられる悪はあれど、万人に正義と断じられる正義はない。

それは・・・よく理解した。
この数年の間で、嫌というほどに。

―――だからこそ、遠山が重んずるのは『義』であるべきなのだ。正義でも義理でも義務でもない、己の・・・己だけの『義』を、な。

己だけの、か・・・・
それはつまり、人によって義は異なるということなのだろう。

価値観や信条の違い、時と状況によって変化は様々だ。
俺の行動は、そうではないということだろうか。

人としての一般的な正義、武偵としての義務に固執していたのか。
だとすれば、俺の『義』とは何だ?

あいつのように、他のものを投げ捨ててでも選ぶような信念、貫きたい意思。
自身を投げ打ってでも人を守りたい、とは思う。

しかし、それは間違っていると言われ、俺は敗れた。
アリアを、パートナーを守るという道を選んだキンジによって。

それが、あいつにとっての『義』なのだろうか。
いや、きっとそんな自覚はないだろうな。

ただ心のまま、感じたまま行動しているだけだろう。
俺は『どうするべきか』を考え、あいつは『どうしたいか』を選んだ。

悩む者と進む者。
・・・なるほど、負けて当然だな。

いつのまにか、あんなにも成長していたとは。
これも、アリアというパートナーを得た故なのだろうか・・・。

互いを支え合い、共に進む。
ずっと一人でやってきた俺には、決まった相棒などいたためしがない。

何人か申し込まれ、一時的に組んだ事なら何度かあった。
だがそのいずれも、自分では足を引っ張るからと、向こうから去っていった。

こちらがどれだけフォローしても、逆にそれが後ろめたくなるらしい。
パートナーとはすべからく、一方が突出していると成り立たなくなるのだ。

技術的なものはもちろん、お互いの心理的にも。
だからこそ、特定の相手というのは慎重に選ばねばならない。

ふと、彼女の姿が脳裏をよぎる。
そう言えば、俺は彼女がどの程度の技量を有していたのか、結局のところ知らないな。

キンジの話を聞けば随分と周りから突出していたらしいが、手合わせしたことは一度もない。
というのも、話をしている内に時間が過ぎてしまい、言い出す機会を悉く逃してしまっていたからだ。

今思えば子供のようで、恥ずかしいばかりだ。

(彼女なら、隣に立ってくれたのだろうか・・・)

いや、違うか。
仮にそうだとしても、今の俺にその資格があるのか。

そう思っているにも関わらず、想像してしまう自分がいる。
共に事件現場を駆け、互いを補い合って事件に臨む光景を。

いつも見ていた他の者達と同じく、任務が終われば手を打ち合わせ、労い合う。
そんな、図々しい光景を。

(・・・ああ・・・・そうか)

我ながら、なんとも青いことだ。
キンジの事を何も言えない・・・・いや、むしろ今回は色々と教わった形になったな。

自嘲気味に笑い、閉じていた目を開く。
薄暗い空間で、目の前に広がる計器から、目的地が近い事を読み取る。

耳に付けたイヤホンからは現場の音声がリアルタイムで聞こえていて、どんな戦況かは概ね理解できる。
やはり今の戦力では、パトラを相手取る事は難しいだろう。

星伽の巫女が奮戦しているようだが、肝心の救出役であるキンジがHSSではないのだから。
まったく、世話の焼ける弟だ。

だが、少なくとも今回ばかりは手を貸す事にしよう。
大事な事に気づかせてくれた、その礼だ。

そうして俺は、自身の意識を塗り替える。
いつもの自分が沈み、僅かな、しかし明確な変化を感じる。

意識を保ったまま、認識や価値観が変質するのを自覚する。


・・・これが、本当に『義』であるかどうか、正直まだ自信はない。

何人をも救いたいという想いにも、それが出来ない無力さに嘆くのにも変わりはない。

ただ・・・・ああそうだ。今の自分が、何を求めて動こうとしているのかは理解出来た。

今からやり直せるかは分からない、間に合うのかも知りえない。

だとしても、そうであっても。

正義の味方である前に、武偵としての自分である前に・・・・



・・・俺は
・・・私は



彼女に誇れる自分でありたいと、思っているから。

















白雪とパトラの戦いは熾烈を極めた。
イロカネアヤメを取り戻し、ジャンヌから借り受けたデュランダルを携えた白雪は、二刀流の構えで肉薄しようとする。

パトラが黄金から作り出した無数のナイフが、標的を串刺しにせんと飛来し、それを二刀で弾きながら迫る白雪。
振るう直前に、真っ赤な渦のような炎を刃に纏って頭上に叩き込む。

それを床から出現した黄金の丸盾が防ぎ、同時に砂金がシャワーのように二刀に降りかかる。
炎と砂の相性故か、一気に炎の勢いが削がれる。

顔を歪めた白雪が力をこめて再び炎を滾らせるが、明らかな苦悶の表情を浮かべていた。
ただでさえ二人の魔女としての格は明白なうえに、相性はジャンヌの時とは正反対に悪い。

さらにパトラはピラミッドによる無限魔力があるため、この戦いは始まった直後から絶望的なのだ。
だからこそ白雪は短期決戦で突破しようと試みたのだが、予想以上にパトラの技量が高すぎた。

高慢な態度からして、力任せな大技で攻めてくると思っていた白雪だが、そうでもなかったらしい。
自身の攻撃を避けられたり防がれたりしても動揺せず、的確な状況判断で着実にこちらの体力を削ろうとしてきている。

さらに・・・これは実際に戦ってみて分かったことだが―――――
パトラには、性格の割に油断というものほとんどなかったのだ。

たしかに、こちらを格下の存在として見下してはいるし、自分の敵ではないという認識は変わらないだろう。
だがその実、戦いそのものに対する集中力は舌を巻くほどだった。

余裕そうな笑みを浮かべ、しかし視線は常に白雪とキンジの動きを一瞬たりとも逃しはしない。
そのせいで、さっきからキンジは動くに動けない状態だった。

まさか彼女がこんなにも戦いに真剣になるとは思わなかっただろう。
その目に宿る光には、何処か鬼気迫るものさえうかがえる。

その真意までは計れはしないが、この戦闘が容易に運べるものではないということだけは嫌というほどに理解出来た。

「ほれ、その程度か? 妾ははまだまだいけるぞ、日の出まで付き合ってやってもかまわん」
「はぁ・・・はぁ・・・、残念だけど、私は遠慮する――――よっ!」

気合と共に再び疾走する白雪。
一剣一刀に炎の渦を纏い、大上段から振り下ろす。

先程の丸盾が五枚も折り重なって刃を防ぎ、そのうちの二枚が砕かれる。
三枚目によって止められた隙を狙い、左右からナイフが白雪に迫る。

「くぅ!」

咄嗟に盾を蹴って後退したが、足や腕を浅く切られる。
下がった白雪を追撃するナイフだが、より一層燃え上がった二刀によって斬り落とされた。

「ほほう、アメンホテプのそら盾を二枚も割りよるか。存外にやるのう、日本の魔女よ」

余裕綽々といった様子で笑うパトラに対し、白雪の息はもう限界間近だった。
そう判断したキンジは、イチかバチかの賭けに出る。

このまま見ていても、白雪がパトラを足止めするのは難しいだろう。
ならば自身が走ってアリアの元へ行き、それで少しでもパトラの注意を逸らせれば、白雪が付け入る隙を作れるかもしれないと踏んだのだ。

背後をすり抜けるように、アリアが入った黄金柩まで駆け出すキンジ。
だが、その見込みは甘かった。

気づけば、キンジの体に纏わり付くように砂金が舞っている。
それをキンジが認識した時には、すでに遅かった。

「トオヤマキンジ、余興に水を差すでないわ。風に巻かれて大人しくしておれ」

直後に、砂金の竜巻がキンジを包み込む。
砂金が肌を掠めて細かい傷が走り、連続して痛みが襲う。

体が浮き上がりそうなほどの豪風に、キンジがしゃがみこみそうになった時―――――

「キンちゃん走って!」

それをも超える激しい突風により、視界が開けた。
見れば白雪が二刀を帯に差し、代わりに大きな扇を手にしていた。

少し浮き気味だった足が地面につくと同時に、キンジは再び走り出す。

「そのまま行って! アリアの所まで!」
「甘いわ!」

鋭い声でパトラが腕を横に振るう。
すると、黄金柩のそばにあったスフィンクス像が、ずずずと音を立てて動き出した。

ブツブツと呪文のような言葉を呟きながら起き上がるそれは、ゆうに十メートルを超える大型のゴレム。
キンジのベレッタやナイフでどうこう出来る代物ではない。

ただの飾りかと思っていた物がとんでもない隠し玉だった事に驚き、キンジは唖然と見上げるばかりだった。

「それは、予想出来てたよ!」

いつの間にか扇をしまい、二刀を広げて構えた白雪。
今までにない極大の炎が刃を包み込み、背を仰け反るほどに大きく振りかぶる。

「それのためにとっておいた、最後の一撃!」

一瞬だけ前を閉じ、一拍おいて声高々に叫ぶ。

星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)・奥義――――緋火星伽神(ヒヒホトギガミ)双重流星(フタエノナガレボシ)――――!!」

刃をクロスさせるように振り下ろし、纏った炎が前方に放たれた。
X字に重なって飛ぶ真紅の炎は、スフィンクスの首に勢いよく激突した。

ドガァァァァン!! と激しい爆音が鼓膜を刺激する。
熱風にキンジが思わず目を閉じて、腕で顔を庇うようにして踏ん張り、爆風がある程度収まるのを待つ。

やがて目を開けて確認すれば、スフィンクスは頭部を粉々に砕かれて崩れ落ちるところだった。
行けると判断し、ほぼ目の前にまで迫った柩に向かって走る。

(まだ五分ある。このまま行ける!)

右手を伸ばし、柩の蓋に手をかけようとして―――――

「そこまでぢゃ小僧」

瞬間、体が何かに激突して行く手を阻まれた。
何事かと思って見れば、さっきまではなかったはずの金の柵のようなものが、キンジと柩の間に出現していた。

あと一歩進めば届くはずの距離に、しかし柵は絶壁の壁となって二人を引き裂く。
そして、そんなキンジに聞こえてきた白雪の呻き声。

反射的に振り向けば、倒れた白雪をパトラが踏みつけている。
イロカネアヤメもデュランダルも手放して倒れ伏す白雪は、さっきの一撃で完全に力尽きたらしい。

そして、その体からはこの前のキンジのように白い水蒸気のようなものが出ていた。

「まずは飛び道具を捨てよ。さもなくばこの女、ミイラにするぞ?」
「なに・・・?」
「人の体とは水袋のようなものぢゃ。そして妾はそれを抜き取る秘術を持っておるでの」

パトラが笑みを深めると同時に、白雪から上がる水蒸気が勢いを増す。
それに比例するように、苦しげな声もまた大きくなっていく。

「ま、まて! 待ってくれ!」

他に選択肢はなかった。
ベレッタを、引き金に指を触れないように床に置く。

「ほほほ、まぁおぬしらは大したものよ。スフィンクスを壊し、柩にあと一歩という所まで行きおった。しかし、そこまでがおぬしらの限界というもの。ここから先は神より力を授けられた妾と、人を越えたあやつの世界ぢゃ。有限が無限に勝てぬは道理というもの、貴様らの行いは無駄でしかなかったということよのう」

どこか満たされたような笑みと共に、パトラの腕輪がしゃらんと音を立てる。
それと同士に、キンジの体からも水蒸気が上がり始める。

発汗するのとはまるで違い、強引に水分を抜き取られるような感触。
それだけでなく、命そのものすらも同時に洩れ出るような、どうしようもなくおぞましい感覚だった。

しまいには眼球からも吹き出し、視界が霞んでいく。
手立てがない、この状況から脱する手段も、その力も。

膝を屈しそうになったキンジ・・・その時―――――

―――がんっ!

その音は、ピラミッドの外から聞こえるようだった。
まるで巨大な何かが斜面を登っているように感じる。

疑問符を浮かべるキンジ、そしてその背後で窓ガラスが砕ける音が鳴った。

「!?」

振り返ればそこには、キンジ達が乗ってきたものとは色違いの、赤いオルクス。
突然の出来事にパトラの集中が途切れたのか、二人の水蒸気が止まっていた。

「じゃあ―――」

そして、ハッチが開いたその奥から、聞きなれた声が響いてくる。
それを認識したとたん、パトラがハッとなって行動に移る。

無数のナイフが一瞬で形成され、オルクスの外壁を刺し貫く。
それよりも一瞬だけ前に影が中から飛び出し、宙を舞った。

「もう少しだけ、無駄なことさせてもらうわね」

光が六度またたき、パトラは咄嗟にバック転で回避したが、その足に一筋の血を流す。
この戦いでの初めての負傷、それを気にする暇もない。

武偵校の征服を身に纏い、優雅に降り立った人物。
それをキツく睨み、パトラは叫んだ。

「トオヤマキンイチ! いや・・・カナ!」

キンジに壊されたのと同型である、マットシルバーのピースメーカーを携えたカナ。
声に反応してふっと微笑むその姿は、今までよりもどこか燦然としていて、より一層の美しさを見せつけていた。

その表情で、キンジは確信する。
カナの、兄の下した決断を。

もう一度、第二の可能性に賭けよとしてくれたその決意を。

(兄さん・・・!)

万感の思いをこめて見つめるキンジに、カナが顔を半分だけ振り向かせる。
そこにある微笑みが、全てを肯定していた。

ポケットから弾丸を取り出し、それを宙に放るカナ。
それを銃で叩きつけるように払い、ちゃきっと音をたてた回転銃創(リボルバー)には、弾がキレイに装填されていた。

戦意を示すように、銃をパトラに向けて悠然と構えるカナ。
全身からみなぎる闘志は、その場にいる全員を圧倒するほど壮大なものだった。

「あなたの相手は私よ、パトラ。けれど―――――」

一拍置いて、不敵に笑うカナ。
それは、キンジですら見たことのない、小悪魔的なものだった。

「今の私は――――前よりずっと、強いわよ」

その言葉が、第二幕開戦の狼煙となった。

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