小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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五十八話












金一がアンベリール号へと突撃した頃。

「リシア」
「あ、マリアさん! おおお久しぶりです!」

シャーロックと別れたマリアは、リシアの元を訪れていた。
他のメンバーと違って荷造りの途中らしく、まだそこらかしこに医療道具が置いてある。

中には世界の先端医療でも見かけないような珍妙な形の器具も幾つか見られ、おそらくは彼女の一族の叡智の産物なのだろう。
マリアも一通りの知識は収めたものの、彼女らの域には遠く及ばない程度のものだ。

どの分野のどの部位の何に対してどう扱われるのか、それすら推察出来ないようなものばかりだ。
素人が見れば、それこそ工作で失敗して出来たガラクタとしか思えないだろう。

そんな物で治療すると言うものだから、彼女が来た当初は殆どのメンバーが施設に近寄らなくなったほどだ。
マリアも、最初から全く不安がなかったかと言えば嘘になる。

理解の及ばない物を忌避するのは人として当たり前の反応であり、当時はマリアも十歳になったばかりだった。
時期的には理子がやってきた半年ほど前になる。

まあ、一度受けてしまえば絶大な信頼を獲得したので、マリアを始点としてどんどん利用者は増えていった訳だ。

「もう間もなく到着しますよ。それまでにICBMに乗り込んでください」
「あ・・・・はい」

そう言って、表情を暗くするリシア。
疑問をもったマリアだが、即座に答えに辿り着く。

今日という日をもって、事実上イ・ウーは崩壊、解散する。
研鑽派と主戦派は少し変化した形で残るだろうが、まとめ役が消えるのだから仕方がない。

緋弾を継承したと言っても、アリアがイ・ウーのトップになるなどありえないのだ。
本人の意思的な面ももちろん、継承しただけで力をろくに扱えないのでは話にならない。

それに、アリアは組織のトップという役には則していないだろう。
直感の力は確かに大きく絶大な能力だが、他人を率いるのにあまり適しているとは言えない。

言ってしまえばただのカンであり、それを誰もが信じるなど天文学的数値に等しい。
むしろ信じない方が人としては懸命な判断だとすら言える。

自身の行く末を左右する選択を、他人のカンに任せるなど狂気の沙汰だ。
故に、イ・ウーは消え去る。

世界の抑止力は消滅し、新たな闘争の時代が幕を開けるのだ。
他のメンバー達はそれぞれの進路、つまり次の所属先を予め決めており、そこに向かってICBMで逃避行する手筈になっている。

当然リシアの分も用意されているので、もうじき乗り込まねばならないのだ。
つまり、二人はここでお別れ、ということになる。

普通に考えれば一族の元に帰るのだろう。
それとも何処かの組織に属するかも知れないが、マリアは詮索するつもりはなかった。

寂しい気持ちはあるものの、これが今生の別れという訳でもない。
会おうと思えば会える。

もっとも、それまでお互いに生きていれば、だが。
半年と経たずに起きるであろう闘争―――――これまでのように『楽な戦い』にはならない。

何だかんだで相手は一人ずつ、人質は取られても戦闘そのものは全力で臨めたのだ。
これからはそんな甘い戦いでは収まらない、故に彼等には強くなってもらわねばならない。

一秒でも早く、一寸でも大きく。
そんな刹那の差、微少の違いが生死を分けるのだ。

「私は教授の戦いが終えてからの離脱になりますので、ここでお別れになります」
「そ・・・・そう、ですか」

表情が見えないほどに深く俯く。
道具を整理する手は止まり、こころなしか震えているようだ。

「・・・リシア」

目を細めて、優しく声をかける。
肩に手を置いて、ゆっくりと引き寄せて抱き締めた。

自然とリシアの方からも抱きついて、マリアの背中に手を回す。
リシアの身長はアリアよりも多少下回るくらいなので、マリアの胸に顔をうずめる形になる。

「あなたなら、きっと何処でも上手くやれます。自信を持ってください」
「はい・・・・はいっ」

何度も何度も頷く。
離れたくない、という思いはある。

ハッキリと告げれば連れていってもらえるかも知れないし、むしろ可能性は高いとは思う。
だが同時に、足手纏いになるのが恐ろしかった。

たしかに、リシアの能力を持ってすれば力量差など関係なく相手を無力化することが出来るだろう。
しかし、出来るかどうかと本人がやれるかどうかは別問題だ。

人を治すことに生涯を捧げる一族である彼女にとって、人を傷付けることなど言語道断。
他人がやるならともかく、自身がそれをやるなど以ての外だ。

故に、戦いに超能力を用いる気などリシアには無い。
これからマリアは、世界中の組織にその身を狙われるだろう。

緋弾には遠く及ばないとはいえ、マリアの所持しているイロカネもそれなりの質量を有している。
元がバチカンの所有物だっただけに、そっち方面の人間からは積極的に攻められるだろう。

そして何より彼女自身の戦力は、数多の組織がそれこそ喉から手が出るほど欲しいものだ。
二重三重の意味で、マリアは姉と同等かそれ以上に狙われる定めにある。

そんな彼女に、自分のような戦力外の人間が纏わりつくのはお荷物になりかねない。
そう考えるリシアは、吐き出したい思いを必死に飲み込むのだった。

「それと、これは言っておいた方がいいと思うので伝えておきます」
「?」

少しだけ体を離し、妙に真剣な顔で見据えてくるマリア。
思い当たる節がないリシアは、ほんの少し涙を浮かべた顔で首を傾げる。

「その・・・・・金一さんのことなのですが」
「えっ!?」

思いもよらない名前が出た事に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
何故このタイミングで彼の話題が上がるのか、すぐには理解出来なかった。

しかし次の瞬間、雷に打たれたような衝撃と共にリシアの脳内で一つの回答が浮かび上がる。

(まままままさか!? つつつ、ついに遠山さんの片思いが・・・・りりりっりょっりょ、両想いに!?)

驚愕と同時に、黄色い悲鳴を上げたい衝動に駆られた。
しかしここで話の腰を折るわけにもゆくまいと、ギュッと口を閉じて続きを待つ。

必然的に心拍数が急上昇し、顔の熱も突沸のごとく高まっていく。

「実は・・・・金一さんが・・・」

―――好きになってしまいました。

と、続く言葉を予想して、より跳ね上がる心臓の鼓動。
期待に染まっている心、しかしどこかで不安に思っている矛盾した気持ち。

そうであって欲しいような、あって欲しくないような。
なんとも歯痒い気持ちに流されながらも、耳だけはマリアの言葉にロックオンしている。

まるで時間がスローモーションになったかのように、唇の動きがゆっくりに見えた。
そして、ついに、その答えを紡い―――――

「パトラと・・・・その、キスをしたんです・・・」
「・・・・・・・・え?」

だ、その瞬間。
リシアの思考回路は、しばし完全に停止した。

再起動に要した時間は一分。
その後、鼓膜が伝えた音声情報を脳が認識、解析するまでにおよそ三十秒。

それによって状況を判断するのにもう三十秒。
全部ひっくるめておよそ二分間の間を用いた。

「え・・・・あれ? だだだって・・・その・・・え?」

いまいち意味を飲み込むのに躊躇いがあった。
なにせあの二人は、リシアの目から見ても恋敵なはず。

敵対してるうちに云々という恋愛物語は読んだ事があれど、あの二人に限ってそれはない。
しかも、マリアが自分に向ける気まずそうな視線が妙に気になった。

何故か労わるような、気遣うような。
壊れ物を扱う時のような雰囲気が伝わってくる。

「その、あれですよリシア。私はそういった事には疎いのですが、まだ諦めるには早いかと思います。たしかに金一さんもパトラに対してそういった感情があるようなことを示唆してはいましたが、リシアにだって女性としての魅力は充分に備わっています。慌てず、冷静に、まずはじっくりと向こうの真意を―――――」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」

珍しく慌てるように捲し立ててくるマリアを、リシアが必死に静止した。
おかしい、なにかがおかしい。

どうも決定的な何かが噛み合っていない。
それと同時に、果てしなく嫌な予感が警報となってリシアの脳内に響いていた。

「えっとまず・・・・本当にあのお二人が・・・その・・・きき、ききっ・・・キス、したんですか?」
「えぇ、まあ・・・目の前で目撃したので疑いようのない事実です」
「・・・・・・」

なにやっちゃってんのあの人?
多少の違いはあれ、リシアは内心でそんな風に思っていた。

よりにもよって目の前で? やる気あるのだろうか?
その時マリアがフリッグの姿だったと言う情報がないせいで、リシアの金一に対する株は大暴落した。

普通に考えればマリアが金一の前で素顔をさらしている訳はないのだが、今の彼女にはそこまで頭が回らない。
そしてなにより、話はここで終わらなかった。

「あああと、なんでそれで私が慌てたりする必要が? それに、なな・・何故それを私に?」
「? それはもちろん、リシアが金一さんへの想いを遂げる手助けになれればと」
「・・・・・え?」

本日だけで何度目か分からない反応の後、リシアは一拍おいて・・・・

「えええええええええええぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇーーー!!!?」

超音波一歩手前の大音量で叫んだ。
あまりの出来事にマリアはビクリと体を跳ね上げ、慌てて耳を塞いだほどだ。

それはボストーク号全体に響き渡るほどで、ICBMに乗り込んでいた数多のメンバーまでもがビクッたくらいの叫びだった。

「なななななななんで私がきき金一さんなんですかぁっ!?」
「それくらい親密だったと記憶していますが。もちろんパトラも大事な友人ですので、どちらかだけを贔屓にする事は出来ません。今回は不意打ちだったので少しでも状況をフェアにすることができればと―――――」
「ストップしてくださいぃぃ!! 前提からして違いますからぁぁ!?」

必死に否定しながら、リシアは思い出していた。
思い返せば、かつてマリアはリシアが金一ととても仲が良い事に関心を寄せ、ほんの僅かな誤解をしていた事を。

あの時はうやむやなまま会話が終わったが、そこまで大した事態ではないと思っていた。
ちょっとした世間話程度で、時が経てば忘れさるようなものだと。

しかし、フタを開けてみればご覧の通り。
いつのまにやら取り返しのつかない発展を遂げて牙を向けてきたのだった。

「ふむ、これもパトラと反応が一緒ですね。最近はツンデレなるものが流行しているのでしょうか?」
「理子さんの知識はとりあえず捨ててください〜!!」

瞬時に誰ソースの知識かを看破し、あ〜でもないこ〜でもないと論述戦を開始する。
ほとんどパトラの二の舞となっており、パトラほど気の強くないリシアがそう長く続けられるものではなかった。

ガックリと項垂れ、哀愁を漂わせる。
これはいったいどうすればと悩む内に、一つの案が脳裏に浮かぶ。

それはついさっきまで忌避していた、しかしこうなっては我慢すらバカバカしくなってくる。
そもそもと、リシアは思う。

目の前の神格レベルの鈍感に対し、ブランクなどあけてしまっては手遅れになりかねない。
電話でやり取りしている間、話を聞く限り他の女性陣はどんどんと勢いを増しているのだから。

それなのにどうして自分だけここで留守番、否、お預けをくらってばかりなのかと。
考えれば考えるほどアホらしくなってくる。

無意識に肩がブルブルと震え、それを見たマリアが怪訝そうに見てくる。

「リシア? どうかしまし―――――」
「マリアさん!!」

言葉を遮り、リシアは大きく息を吸う。
絶対に反対をさせないように、その余地すら与えないように。

これ以上ない意思を込めて、ハッキリと宣言した。

「私、マリアさんと一緒に行きます!!」

今、別れるわけにはいかない。
一連のやりとりで、リシアはそう確信したのだった。














「私があげたバタフライナイフを持ったまま、アリアに口づけしなさい」

・・・カナ・・・ちょっと待ってくれ・・・。
俺さっきまで結構感動的な気分でジーンとしてたところなんだよ。

それを、なんだって?
アリアにキス? キスって・・・・あれか?

口と口をあーするやつで、一般的には男女がするっていうあれか?
いやいや、ちょっと待てよ! 何でそうなる!?

しかしそれを聞こうとする前に、カナは無形の構えでパトラに向かって歩む。
あの海上で見せたように、流水のような歩法で。

「カナ・・・トオヤマ・・キンイチ! よ、寄るでない! 妾は、お前とは・・・」

途中で口を噤みながら、じりじりと後退するパトラ。
その顔は前のように、怒りとも羞恥とも取れるような赤みに染まっている。

「パトラ。あなたは幾つもの物体を同時に操る、傲慢に見えてとても頭がいい子。今回はそれに増して集中力が飛躍的に上がっているようだけど、それにも限界はある」
「バッ、バカにするでないわ! お前のことなど、妾はいつでも―――――っ、ど、どうにでも出来るのぢゃぞ!?」

セリフと同時に、丸盾を六枚展開する。
不可視の弾丸対策のそれを見て、兄さんは―――――

「それだけではないでしょう、出せるだけ出しなさい。さもないと、後悔するわ」

そう言って、マズルフラッシュ(ひらめ)かせる。
パトラはきゅっと目を細めつつも盾で防ぎ、素早く腕を振るった。

作り出されたのは黄金の鷹。
それが十二羽もカナの周りを囲い、その鋭い爪をギラつかせている。

「お、お前なぞっ、大っキライぢゃーーー!!」

パトラが叫んだ瞬間、一斉に襲いかかる鷹。
カナはそれを一瞥すると、かつてのアリアの時のようにくるんと一回転した。

長い三つ編みが宙を踊り、迫っていた鷹がガキィン!と音を立てて弾かれる。

「やるわねパトラ。でも、これじゃあ足りないわよ」
「ええいっ、まだじゃ!」

そう言って再度作り出された鷹の数は、なんと三十羽。
しかし体のあちこちが削れていたり、歪な形になっていたりと、制御があまり完璧とは言い難い。

魔力が無限とはいえ、パトラ自身の技量には限界があるってことだろうな。
同じように弾いていくカナだったが、ある一匹によって相打ちのごとく髪紐が切られた。

解けてしまった髪をチラリと見て、カナが素早く何かを引く。
それは髪の中に隠されていた、細かい金属片。

ワイヤーらしきもので繋がっているらしいそれは次々と組み上がり、濃紺の曲刃を形作る。
それと同じくしてカナは袖から三節棍のような棒を取り出し、連結して刃を繋げる。

そうして出来上がったのは、まるで死神が携えるような大鎌だった。

「これを出したのはあなたが初めてよ、パトラ。あのフリッグにすら使わなかったのだから、誇っていいわ」

圧倒され、一瞬だけ怯んだパトラだったが。

「妾は覇王(ファラオ)なるぞ! お前にっ・・・お前ごときにやられはせんわっ!」

出てきたのはさっきと同じ鷹に加え、(ひょう)やアナコンダ、全て同様に黄金で出来たゴレムが多数出現する。
カナは、バトンを扱うように手元の柄だけを操って大鎌を振り回す。

ひゅんひゅんと鳴る風切り音は、次第に何かが破裂するような音へと変化していく。
鎌の切っ先が音速を越えた証。

ゴレム達は成す術もなく蹴散らされ、近づくことすら出来ないでいた。
やっぱり・・・・強い。

ヒステリアモードの兄さん――――カナは無敵だ。
昔の・・・いや、それ以上に輝いて見える。

己の劣勢に呻いたパトラは、人質を取ろうとしたのか、白雪の姿を探していた。
だが白雪はとっくに離れた柱の裏に隠れている。

その腕には、しっかりと一剣一刀も抱えて。
これ以上ない、チャンスだった。

俺は背を向けて柩の方へと向かう。
途中でベレッタを拾い上げ、ホルスターに収める。

パトラが戦闘に全神経を集中したせいか、柵は消えてなくなっていた。
時計を見れば・・・残りあと一分!

フタをズラすようにして開き、中を覗き込む。
そこには、パトラと同じようなエジプトの衣装に身を包んだアリアがいた。

「アリア! 俺だっ、起きろっ!」

叫びながら、体重をかけてフタを開いていく。
その時、不意に棺が傾いた。

「―――っ!?」

驚いて柩の下を見れば、床がいつの間にか流砂となり、棺を飲み込まんとしていた。
魔術とかは関係なく、柩以上の重みで沈むようになっていたのか!

アリアを引っ張り出そうにも、まだそこまで開いていない。
力の限りフタを押し明けようとするが、足場が不安定で力が上手く入らない。

そして、不意に棺ががくんと斜めに揺れた。

「うっ!」

フタは大きく開いたものの、足を踏み外して逆に俺が中に転げ落ちてしまった。
これじゃあミイラ取りがミイラになっちまう。

その上、タイミングよく棺が再度傾き、蓋がバタリと閉じてしまう。
ここまで来ると神様のイジメかと思うんだが・・・。

そして、直後に体を襲う浮遊感。
棺が―――――落下してる!

衝撃から守るため、俺はアリアの体を抱き寄せる。
お前を助けるためにここまで来んだぞ―――――だからさっさと目ぇ覚ませって・・・アリア!

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緋弾のアリア Bullet.3 [Blu-ray]
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