小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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五十九話










「キンちゃん!」

キンジとアリアが流砂に飲み込まれたのを見て、白雪が叫んだ。
それは虚しく響くだけだったが、カナは冷静にパトラを見据えていた。

かつてこのアンベリール号に乗船していたカナは、この船の構造を完璧に頭に入れている。
パトラによって手は加えられているだろうが、基本的な構造までは変化していないだろう。

そして記憶が正しければ、あの下にはこことは違う大広間があったはず。
パトラもそう簡単にアリアを殺すような事はしないだろうし、ひとまずは安心だと結論する。

「さあパトラ。それでもう終わりかしら」
「くっ、なめるでないわ!」

そう言って床から這い出たゴレムは、これまでと違ってたったの四体。
しかし、その巨躯は白雪が倒したスフィンクスにも劣らぬものだった。

ジャッカル人間をそのまま巨大化したような、しかし体は金色一色の巨人。
その手にはパトラの周囲に浮かぶ物と同じ丸盾と、人の体以上もある大きな剣が握られていた。

「なるほど、量より質を優先したのね。悪くない判断だわ」
「今度こそっ、沈めぇい!」

パトラの叫びに呼応するように、一気に駆け出すジャッカル人間達。
その体躯からは想像も出来ないような俊敏な動きに、離れた場所で見ていた白雪は目を丸くした。

恐らくは先程までのゴレムよりも遥かに頑強な、それでいて素早さも兼ね備えた巨人ゴレム。
そして数が少ない分パトラの精密操作が行き渡り、きっとカジノで見せたような細かい動きも可能としているだろう。

さらには一体につき一つ、あの丸盾まで装備する徹底ぶり。
はたから見れば形勢逆転されたように見える。

なんとか白雪も加勢したいところだったが、力を使い切って歩くことすらままならないのだ。
あんな戦いに踏み込めばそれこそ足手纏い。

キンジとアリアの安否を心配しながらも、成り行きを見守ることしか出来ない。
一番最初に接近した一体が、頭上から剣を振り下ろす。

紙一重で避けたカナは、手にした大鎌――――スコルピオで剣腹を切りつけた。

―――ガキィィンッ!

「っ!」

やはりと言うべきか、かすかな傷しかつけられない。
丸盾ほどではないとはいえ、相当な耐久性を有していた。

見る間に回復していく傷を見て、素早く戦略を組み直す。
コンマ一秒とかからず思考を切り替え、カナはそのまま剣を持ったゴレムの腕に飛び乗った。

風のように肩まで失踪したカナは、勢いを殺さず体ごと一回転。
遠心力をも合わさった刃を、思い切りジャッカルの頭部に叩き込んだ。

武器の方に強度を割り振っていたためか、あっさりと吹き飛ぶ顔面。
それはさながら、砂場で作った山を蹴り飛ばした時のような光景だった。

「おのれっ!」

パトラの悪態と同時に、残りの三体が動く。
スコルピオが砂に埋まっているカナは、ほんの一瞬だけ動きを封じられた。

そこを狙い、一斉に三本の剣が降り下ろされる。
ズドォォンと、剣というよりかは槌でも振り下ろしたかのような音が響き、カナの乗っていたジャッカル人間の体が崩れさる。

砂金が降り落ちていくさなか、ガスンッと音を立ててスコルピオが床に突き立った。
それを見て、パトラの口元が僅かに吊り上がる。

「ほ、ほほ・・・どうぢゃ。さすがにこれでは―――――」
「あら、見くびられたものね」
「っ!!」

頭上から聞こえてきた声に息を呑み、バッと顔を上へと向ける。
ゴレム達よりも遥かに上、天井付近に舞うカナの姿がそこにあった。

ポケットに手を入れて、何かを自分の周囲にばら撒く。
それは、ピースメーカーの予備の弾丸。

数は五十ほどにも見える。
何を・・・・と言う暇さえなかった。

次の瞬間、カナの前で閃光が弾けた。
そして、三体のゴレムの内、二体の左手がそれぞれ手首から千切れ落ちた。

「なんぢゃと!?」

驚愕するパトラを置き去りに、カナの攻撃は続く。
空中で一回転したカナがもう一度閃光を放つ度に、バスバスッと着弾の音が鳴り、同時にゴレムの部位が千切り落とされるのだ。

両手撃ちの『不可視の弾丸(インヴィジビレ)』による十二連撃。
小さな光が一度に瞬く事によって生まれる閃光と、回転による二丁同時の空中リロード。

周りの弾丸と共に自由落下しながら、カナはゴレムの手首と足首を的確に撃ち抜いていく。
再生する暇もなく十以上の弾丸を撃ち込まれ、盾ごと手を失うゴレム達。

次いで足首を削られてよろめき、隣にいるゴレム同士で衝突し合っていた。
身体能力だけで繰り出される絶技に、パトラは教授やマリア以来の驚きを味わっていた。

ある程度の実力は対峙しているだけで測れていたものの、まさかこれほどまでとは思ってもみなかった。
というよりも、自身こそが王と思っているパトラが自分より強いかも、などと思う事はありえない。

それこそ、マリアのような例外の他には死んでも認めないだろう。
それ故に、今の彼女の狼狽は尋常ではなかった。

しかし、さすがに最強の魔女の一人。
即座に自分の不利を悟り、一気に駆け出す。

目指す先は、先程キンジとアリアが飲み込まれた流砂。

「っ! 待ちなさい」

カナが牽制として発砲してくるが、背後に浮かばせた丸盾で防いでいく。
ゴレムの残骸が砂金の山となり、着地したカナの足場は非常に不安定だった。

その内にパトラは流砂に飛び込み、砂はそれを受け入れるように大口を開けていく。
パトラの背後で銃撃の音が聞こえたが、弾丸が届く前に穴が閉じられ阻まれた。

すぐに追って来られないようにしっかりと固めておくのを忘れず、パトラは下へと降りていく。
やがて道が開け、ちょうど柩から抜け出してきたらしいキンジとアリアが見えた。

その瞬間にパトラは前方に盾を作り出し、直後に幾つもの弾丸が盾に弾かれる音が聞こえてくる。
パトラの殺気に一早く気付いたキンジの放ったものだが、それで丸盾を破壊することは出来なかった。

危機を脱したアリアを見据え、少しばかり上がっていた息を整える。
キンジはアリアを守るように、前に出た。

「トオヤマキンジ・・・妾は、今回は退いてやる。ぢゃがそれは、返せ」
「女性を物扱いするのはよくないな、パトラ」

間髪入れずにそう返してきたキンジに、パトラは眉を寄せる。
わざわざ問うまでもない、金一と似通った雰囲気を感じ取ったからだ。

「おぬしも奴の弟、なれるのは道理ぢゃの。ぢゃがそんなお前も、海に沈めばお終いよのう。生き残るのは妾だけぢゃ」

台場でアリアを狙撃した銃、WA2000を構えるパトラ。
レーザーサイトの照準が、下から上へと、アリアの体を這うように上がっていく。

それに身を竦ませ、動けなくなるアリア。
今は露出の過度な衣装だけで、防弾制服はないのだ。

当たればもちろん、狙いによっては命はない。
しかし、パトラにはアリアを殺すつもりは毛頭なかった。

これは、本当の標的を始末するためのブラフ。

「今度はしくじらん。その心臓、妾に捧げるのぢゃ」

ニヤリと笑い、引き金を引く―――――その瞬間。
キンジが、その身を盾にするように射線上に飛び出した。

先の連射で弾切れになったベレッタでは、『銃弾撃ち(ビリヤード)』も『鏡撃ち(ミラー)』も出来ないからだ。
そして、それこそパトラの狙い。

HSSを発現した者は、とにかくあらゆる事において女を優先する。
命を救うためならそれこそ自身の身の危険すらいとわず、平気で体をさらすのだ。

それ故に、この展開も必然。
キンジが飛び出したとほぼ同時に、パトラは照準をさらに上へと向ける。

防弾装備に守られていない、むきだしの頭部へと。

「さらばじゃ、トオヤマキンジ」

状況を理解したキンジが、驚きに目を見開いた。

「キンジっ!?」


―――ダァーーーン・・!

アリアの叫びも虚しく、銃声が轟いた。
キンジが盛大に頭を仰け反らせ、後方に吹っ飛ぶ。

ずしゃりと音を立てて地面に横たわり、頭部を中心に血が流れていた。

「キンジ! キンジっ! キンジぃ!!」

一瞬だけ硬直していたアリアが、弾かれたようにキンジの元へと駆け寄った。
そうしている間にも血は流れて、顔もどこから出血しているのか一目には分からないほどに血でまみれている。

「いやっ・・そんな・・・・うそ、こんな! いや・・いやぁぁぁぁぁ!!!」

ようやく脳が事態を認識し始めたらしく、涙をぼろぼろと溢れさせるアリア。
しかし、キンジはピクリとも動かない。

おそらく即死だっただろう。
ガクガクと体が震え、しきりに頭を振って現実を否定するアリア。

それでも、目の前の光景がそれを許してはくれない。
ようやく出会えた唯一無二のパートナー、その―――――死を。


「キンジぃーーーーーーーーー!!!」


アリアの慟哭が、広間全体に鳴り響く。
パトラにとっては、それすら勝利のファンファーレに聞こえる。

今のアリアに戦闘能力など皆無に等しく、邪魔者は排除した。
カナはまだ健在と言えど、アリアや白雪を上手く利用すれば無力化出来るだろう。

アンベリール号も沈没寸前、無事に脱出出来るのはパトラだけなのだから。
教授と交渉し、イ・ウーの王の座につく日は、もうすぐそこまで―――――




――――――ド ク ン ッ !



「うっっ!!?」

空気が、凍りついた。
つい今まで抱いていた勝利の余韻も、これからの輝かしい未来の想像も、瞬時に吹き飛んだ。

まるで生物の鼓動のような何かが、空間に響いた。
それだけでパトラの体全体が強張り、手に持った狙撃銃をガシャンと床に落としてしまった。

原因不明の寒気が襲い、体から血の気が引いていく。
体を抱きたくても、思うように動かない。

何とか視線だけを動かし、この現象を引き起こしている何かを探した。
そうして、視界に捉えた、緋色の光。

「な・・・・」

アリアが立ち上がり、無言でパトラを見据えていた。
その瞳の瞳孔は開ききって、しかしそこに宿っているのは怒りや憎しみにあらず。

それどころか何の感情も持たず、ただただ視線だけを向けるのみだった。
そして、代わりに宿る、燃えるような緋色の輝き。

小動物が、抗い難い天敵に睨まれた気分というのは、こういうものを指すのだろうか。
何らかの手を打たねばならない、どうにか動くべきだ。そう頭で理解しても、その先までは考えられない。

ただ体が竦み上がり、マネキンのごとく突っ立っている事しか出来ない。
本能すらまとめて思考が圧殺され、視線に囚われる。

この時パトラは、生まれて初めて―――――


魂から沸き上がるような恐怖というものを、味わっていたのだった。













―――――ド ク ン ッ !

「っ、これは・・」
「ああ・・・どうやら、始まったようだね」

同時刻、マリアとシャーロックもそれを感じ取っていた。
同種の力を持つ者故の感覚か、あるいは強者独自の第六感なのかは分からない。

アンベリール号からまだ数キロ離れているにも関わらず、これ以上ないほどにハッキリと伝わってきた。
甲板へと続く道を並んで歩きながら、二人は現場へと思考を馳せる。

「キンジ君も無事に力を発揮し始めているだろう。とてもいい傾向だ」
「誤差もほとんど発生していません。序曲は問題なく終幕を迎えそうですね」

マリアがそう言うと、シャーロックが笑みをこぼした。
口元に手を当てて笑う彼を、マリアが怪訝そうな顔で見やる。

「なにか?」
「ふふっ、いや。誤差はない・・・か、それはどうだろうね?」
「・・・?」

遠回しな発現はいつものことだが、今回はやや赴きが違って聞こえる。
はぐらかすでなく、純粋にやり取りを行う意思が感じられた。

「君も知っての通り、この世に万能の力はない。それは僕らの『条理予知』も例外ではない」
「それは・・・」

たしかに言われるまでもない事だった。
マリア自身、それは幾度となく味わっていることであり、実際に彼女が推理出来ない事柄はまだまだ多い。

完成していないと言う点でもそうだが、それ以前の問題でもあるのだ。

「僕は肝心な出来事において推理を誤った事はないが、それでも考えが及ばずに失敗した事は何度もある。まぁ、今にしてみれば若さ故の、ということだったんだがね」

どこか遠い目をしてそう語るシャーロックは、きっと在りし日の思い出を脳裏に浮かべているのだろう。
懐かしむような、そして同時に寂しげな顔ですらあった。

「今でも、推理出来ないものはあるんだよ。そして、今回はそれが密接に関わっているからね」
「それは・・・・危険なのでは?」

僅かに、マリアの目に険しい光が灯った。
そんなものが関係しているのなら、計画に多大な支障をもたらす可能性がある。

今となっては手を打てる時間はほぼ無いに等しく、このままではシャーロックの今までの努力が水泡に帰す恐れがあるのではと懸念する。
そしてそんなマリアを見て、シャーロックはより可笑しそうに笑った。

「ふっふふ、大丈夫、君が心配しているような事にはならないさ。むしろ、より良い方向へ運ぶ可能性が高いよ」
「・・・」

意味を理解しかねているらしく、むしろどこか不満気ですらありそうな顔をするマリア。
最後までロクな説明をしない、いや、この場に限っては自身の見識の狭さに問題があると、何となく感じる事は出来ていた。

そして、だからこそ、少しは説明してくれてもいいのでないかとも思う。
そんな心中も見透かしているようで、より一層笑みを深くするだけのシャーロック。

そんなやり取りをするうちに、外へと続く耐圧扉まで辿り着く。
現在ボストーク号は海中、すなわちこの向こうはどこまでも海水で満たされている。

しかし、二人は何の躊躇もなくその扉を開け放った。
普通ならとてつもない水圧がかかって人に開けられるような状態ではない筈だが、扉はまるで住宅の玄関のごとく当たり前のように開いた。

海水が押し寄せて流される、などという事態も起きず、二人はそのまま外へと歩を進める。
まるで見えない壁に遮られているかのように海水が流れ、二人が歩けばそれに合わせるかのように水も避けていく。

二人を包み込むように球状の膜が張られているような光景で、さも当然のように海中を歩く。
上を見上げれば、ほんの微かにアンベリール号の船底が視認出来るほどに近づいていた。

距離にすれば残り八百メートルほどだろうか。

「さぁ、始めようか。序曲の終止線(プレリュード・フィーネ)の―――――開幕だ」

万感の想いを込めて、シャーロックが呟く。
それは、百五十年の永きに渡る彼の人生の、終幕の狼煙。

それに応じるように、マリアもまた口を開いた。

「はい。全ては―――――最良の道のために」

邂逅の時は、近い。














目の前の光景を、何て形容したらいいんだろうか。
パトラに頭部を撃たれ、今度こそ死んだって思った。

何でか周囲の状況がよく分かるかと思ったら、俺は生きていて。
それも、狙撃銃の弾丸を歯で噛んで止めるなんていう、トチ狂ったとしか思えないような離れ技で生き抜いてやがった。

ヒステリアモードの時は、たまに自分でも意図せずにとんでもない事をやらかすケースがある。
今回はそれに命を救われたが、もう二度と味わいたくないな。

衝撃までは吸収出来ないから脳震盪を起こして体が動かず、鼻血まみれで他から見れば即死同然だっただろう。
アリアの叫びが響き、そこから静寂が訪れた。

口から弾丸を吐き出し、俺は体を起こす。
何やらパトラや、後から入ってきた兄さんや白雪が目を丸くしていたが、その視線は俺ではなくアリア。

それを追ってアリアを見れば、俺も絶句せざるをえなかった。
アリアの目が緋色に光っていた。

そこには何の感情も感じられず、ただ一心にパトラを見据えているだけ。
そして、不意に右手を上げて指先をパトラに向けた。

それだけでパトラはビクリと体を震わせ、後退りながらあの丸盾を七枚も作り出していた。
アリアの指先から緋色の光が見え、それが段々と大きくなっていく。

なんだあれは、何が起ころうとしてるんだ。
そんな俺に応えるように、指先から光が放たれた。

「避けなさいパトラっ!!」

カナの叫びに、間一髪で反応したパトラ。
盾の下を滑るように身を低くして回避する。

放たれた光は、七枚に折り重なった盾をまるで紙のようにあっさりと貫いた。
一瞬前までパトラがいた場所を通過し、そして―――――

・・・まるで核でも弾けたような、特大の閃光が世界を満たした。
緋色の光が降り注ぎ、視界を埋め尽くす。

思わず顔を両手で庇い、吹き飛ばされないように両足を踏ん張った。
そして、光が晴れたその先には―――――

「なっ・・・!」

空が・・・・あった。
キレイサッパリ無くなったピラミッドの上部、その先には白み始めた青い空が広がっていた。

爆弾で吹き飛ばすのとは違う、完全な消滅。
あんな一筋の光だけで、建物がごっそりと抉られたのだ。

消えた部分の断面から、がらがらとガレキが落ちてくる。
そんな情景を唖然と見上げていた、パトラの衣装が・・・

「うっ・・・あぁ!?」

ザラザラと、見る間に砂金となって崩れ落ちていく。
おいおい、それも魔力製だったのかよ・・・。

服くらい普通に着ろよと思う、覇王とかそれ以前に。
どうやらピラミッドが破壊されたせいで、ご自慢の無限魔力が無くなったようだな。

普段から頼り過ぎだったのか、咄嗟に自力だけで力を行使出来ないようだ。
あっと言う間に水着みたいな簡素な布だけになったパトラが、慌てて体を隠そうとしていた。

そしてアリアも、その衣装を失いながら。
糸が切れた人形のように、ガクリと崩れた。

「アリアっ!」

それを咄嗟に支え、お姫様抱っこで持ち上げた。
ヒステリアモードってのはこんな時でもブレないらしい。

目を閉じて気絶しているだけなのを確認すると、他に視線を移す。
カナはガレキを鎌で払って白雪を守りつつ、近くに転がってきた黄金柩――これは本物らしい――を、ホッケーのように叩いて滑らせる。

見ればパトラがパタパタと走って逃げようとしており、柩はその背中を掠めるように迫った。

「うあっ!?」

ただの人間に成り下がったパトラは、ひっくり返って柩の中に落ちる。
さらに白雪が柩のフタをイロカネアヤメで跳ね上げて、柩の方へと飛ばす。

思わずクスリと笑いながら、俺は弾倉を挿し替えたベレッタで撃ち、軌道を少しばかり修正させる。
それはキレイに放物線を描きながら―――――

「な、なにをするか! 妾は覇お―――――」

セリフの途中で、慌てて足を引っ込めたパトラの柩を綺麗に閉じた。

「お墓の中で大人しく寝ているんだな。ご先祖様と一緒に・・・な」









パトラの入った柩と一緒に、俺達はアンベリール号の甲板へと出た。
予め持ってきていた武偵校の制服を白雪がアリアに着せて、ほとんどその直後にアリアは目を覚ました。

「う・・・・キン・・ジ・・?」
「ああ」

ボンヤリと目を開けたアリアの第一声がそれだった。
その数瞬後に、まるで幽霊に遭遇したみたいに目を見開く。

「えっ・・キンジ!? 生きてるの!?」

悪いかよ、とも思ったんだが―――――

「アリア!!」

アリアが助かった事と、いまだヒステリアモードが続いていたせいで。
俺は感極まり、思わず抱アリアを抱きしめていた。

「うぇ?! ちょっと、キンジ! なななな何よこれっ、えぇ!?」

などと騒いでいても構わない。
どうしようもなく、今はこうしていたい気分だった。

が―――――

―――チクッ!

「いっつ!?」

突如、尻に何かがぶっ刺さったような痛みが走った。
慌てて振り返ったが、視界の端になにか日本刀の切っ先みたいなのが見えた。

「アリアー! 無事で良かったよー!」

と、そ間に白雪ががアリアに抱きつく。
そして、こころなしか、俺から距離を取らせるようにグイグイと押している気がする。

そんな俺たちを見て、カナがクスクスと笑っていた。
もう、完全に一件落着って空気だな。

後は武藤達が迎えに来てくれるのを待つだけ。
体も心もお疲れだからな、のんびりと休みながら待たせてもらおう。

そう、俺が思っていた矢先―――――



「――――っ!」


不意に、カナが海の方に振り向いた。
何かを探すような顔で、無言で、一心に。

横顔を覗いてみれば、見たこっちが驚くくらいに真っ青だった。

「おい・・・カナ?」

どこか不安を感じて呼びかけるが、反応がない。
その瞳は海に釘付けで、こっちを見る素振りすらなかった。

「キンジ・・・逃げなさいっ!」

そして突然に、叫んだ。
それに俺は、とてつもなく動揺する。

カナが、こんな風に叫ぶなんて。
さっきアリアが光を放った時以上に緊迫した声に、驚くなという方が無理な話だ。

「逃げるのよキンジ! 一刻も早く・・・ここから撤退しなさい!!」

俺の腕を掴んでそう言ってくるカナに、冷や汗が滲む。
待て、待ってくれカナ。

それが無理なのはよく知っているはずだ。
俺達が乗ってきたオルクスは片道分の燃料しか積んでなかった、だから俺達はこうして迎えが来るのを待ってたんじゃないか!

そんな事すら頭から吹き飛んじまうくらい、カナが動揺してる。
その事実に、どうしようもなく嫌な予感が襲ってくる。

「キン・・・ちゃん・・」

次に聞こえたのは、白雪の声だった。
自分の体を抱くようにして、ガクガクと震えている。

「何か・・・来る。すごく、大きな・・・・・こ、怖い」

目の端に涙すら浮かべて、そう言う。
尋常じゃない、普通じゃないぞこれは。

パトラさえ敵わなかった兄さんに、超偵である白雪すら怯えるような事態が迫ってるんだ。
何がどうしたのかと周囲を見回した時、俺も異変に気付いた。

アンベリール号の回りを泳いでいたクジラが、一匹残らずいなくなっている。
いやそれだけじゃない。

鳥も、魚も、怖いくらいに気配が感じられなかった。
まるで、嵐の前の静けさとでも言おうか。

強大な存在から全ての命が逃げ出したかのような、そんな不気味な静けさが―――――

「あ・・・ああぁ・・・・」

口元を抑え、声を洩らすカナ。
叫び出したいのを必死に堪えているような、そんな様子で。

そして、突如アンベリール号全体が振動する。
ずずずと震える揺れは、船どころか海全体に伝わっているようだった。

「キンジ、あそこ!」

こんな時こそ勇敢になるアリアは、舳先まで走って海面を指さした。
その先、アンベリール号から数百メートルほど離れた場所が・・・・盛り上がっている。

いや、海が持ち上がっているんだ!
ずざああぁぁぁぁ! と激しい音が鼓膜を揺らし、水飛沫が降り注ぐ。

クジラ・・・どころのでかさじゃない。
シロナガスクジラの、さらに十倍はあろうかという黒い鉄の塊が浮き出てきた!

アンベリール号をまるで木の葉みたいに揺らすそれは、俺達の目の前で大きくターンしたいく。
あまりに巨大すぎて、一目では全体を把握出来ない。

そして、眼前を大きな『伊・U』の文字が横切っていった。
ヒステリアモードの頭脳が、鈍器で殴られたような衝撃と共にそれを理解する。

かつて歴史の教科書で読んだそれは、潜水艦を現すかつての暗号名。
伊が日本、Uがドイツで用いられていたもの。

しかもそれだけじゃない。
この船影は、つい最近見たことがある。

プールの時間で武藤達が、喜々として模型を浮かべてたからな。
ボストーク号・・・・出航直後に消息不明になった、悲劇の艦。

史上最大の、原子力潜水艦だ。
そして、ターンを終えて停止したボストーク号。

その船橋に、二つの人影が見えた。

教授(プロフェシオン)・・やめてください! この子たちと、戦わないで!」

カナが、俺達の前に飛び出して叫ぶ。
身を挺して守るかのように、舳先のさらに先へと立ちはだかった。

―――ビシュッ!

直後、何かに殴られたかのように跳ね返された。
長い髪を空中に泳がせながら倒れるカナを、半ば呆然としながら俺が受け止めた。

それとほぼ同時・・・遠い空で銃声が遅れて聞こえてきた。
その時になってようやく、カナが撃たれた事を理解した。

「カナ!?」

胸を撃ち抜かれたカナが、血を垂れ流してグッタリとしている。
防弾制服のはず・・・なのに!

それが出来るのは、狙撃銃による装甲貫通弾(アーマーピアス)くらいしか考えられない。
構えて、撃つそぶりなんて見えなかったのに。

兄さんの『不可視の弾丸』を――――狙撃銃でやってのけたってのかよ。
カナを隠すようにして俺が、撃った張本人だろう男を見上げて・・・

「・・・・!」

驚いた、なんて表現では表しきれない。
何故なら、そいつは俺の知っている奴だったから。

二人のうち、片方はフリッグだった。
もう一人の斜め後ろに、まるで主に付き従う従者のごとく立っている。

それも充分に驚きだったが、それすら生温い。
細長い痩せた体も、角張った顎も。その手に持つ古風なパイプもステッキも。

写真で見たようなハンチング帽はかぶってなかったが、それ以上は必要なかった。
何故か、歳は二十歳程度に見える、イ・ウーの『教授は』・・・・・




「・・曾、お爺様・・・!?」


アリアの曽祖父――――――シャーロック・ホームズ一世だったのだ。

-60-
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