小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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五話










イタリアのローマ市内。
世界最小の主権国家、バチカン市国。

十二月と言うこともあり、肌寒い夜の風が体を震わせる。
数時間前まで雨が降っていた故に、地面がぬかるんで不安定だ。

そんな中、バチカン宮殿の内部、バチカン美術館の中庭を歩く影があった。
数は一つ、小柄であることから若い年代であると推測出来る。

しかし、今は昼間ではなく夜中である。
夜空には満月が怪しく輝き、中庭を不気味に照らしている。

昼間ならまだしも、とてもじゃないが人が訪れるような時間帯ではない。
しかし人影は悠々と中庭を歩き、真っ直ぐに目的の場所へと向かっている。

出で立ちもまた異様であり、真っ黒のロングコートに大きなフードを目深に被っている。
他にも黒い手袋にブーツと、目に見える範囲が全て真っ黒な格好。

極めつけには顔全体を覆うような黒い仮面を付けており、三日月のように歪んだ模様が口の位置にある。
いうなれば口だけ付いたのっぺらぼうが不気味に笑っている形相。

その口の模様だけが血のような真っ赤な色で、それがさらに不気味さに拍車をかけている。

そんな不気味な、というよりも奇っ怪なと言える風貌をした影が辿り着いたのは、システィーナ礼拝堂。
これまた堂々と中に入り、一瞬たりとも止まる気配すら見せずに祭壇の所まで辿り着く。

歴史的な壁画や天井画には目もくれず、祭壇の裏側に回ってゴソゴソと何かを探り出す。
暫くするとカチッと音がなり、祭壇の下の床の一部が開いた。

そこにあってのは近代的な操作パネル。
0から9の数字が羅列し、その上に細長い画面が付いている。

影はそれを確認すると、凄まじい速さで数字を打ち込み始めた。
プロのキーボード操作も真っ青なスピードで、僅か数秒で打ち込んだ数の桁は四十を超える。

一分で気の遠くなるような桁のパスワードを入力し、右下にあった赤いボタンを押す。
小さくピーという電子音が鳴り、画面にCOMPLETEの文字が表示される。

するとパネルが自動で閉じ、代わりに影がしゃがみ込んでいる場所のすぐ後ろの床が、微かな振動を起こしながらゆっくりと開いていった。

影は立ち上がってそこに出来た階段を見て、仮面の下で笑みを浮かべながら降りていった。















「礼拝堂の地下深くにこんな場所を作るとは」

たどり着いた地下で、私は呟いた。
二日前の夜中、やっとの思いで理子とジャンヌとの論説戦を制し、曾お爺様からの任務を達成するためにローマにやって来た。

理子からはとにかく美味しいチョコがあれば片っ端から持って帰って欲しいと頼まれた。
ジャンヌも、イチゴ系があれば同様に、との事。

めったに外出が出来ないジャンヌや、時々空いた時間の暇潰しを提供してくれる理子の頼みである。
多少であれば時間を割いても問題は無いだろう、任務自体を速く済ませてしまえばいい話だ。

地下施設中を、靴音を響かせながら進んでいく。
先程までいた礼拝堂とは異なり、今私のいる空間は、現代技術がいかんなく使用された機密施設特有の様相を現している。

飾りっ気の無い無機質な通路、足元を僅かに照らすだけの簡素な証明。
正面に向かって廊下が伸びているだけで、特にこれといった意匠の類は見受けられなかった。

ひたすら廊下を歩き、五分ほど進んだ後、道の終わりが見えてきた。
一本道の行き止まりに創作意欲の欠片も感じられないシンプルな扉があり、私は迷わず開けて中に入る。

中は廊下よりは広くなってはいるが、それでも小部屋といったサイズだ。
ドアは私が入ってきた所以外には一つもなく、ここで終着らしい。

そして部屋の中央。長方形の台座の上にガラスケースがあり、その中にポツンと置かれているビー玉サイズの球体があるのみ。

「なるほど、確かに中々の質量ですね。純度はさほど高い訳ではないようですが」

それに近づき、懐から曾お爺様に貰ったM500を取り出す。
まずは一発撃つ。

しかし弾はガラスケースにはじかれ、跳弾して部屋の隅へと飛んだ。

「防弾仕様、しかし硬度不足ですね。殆どオマケ程度の物ですか・・」

ケースは先程の一発で、撃たれた面が薄くひび割れている。
もう一発撃つと、今度は弾が先端だけめり込んで停止した。

続いて二発、三発と撃ち、めり込む深さが増して、ケースのヒビも網目状になっている。
撃った弾丸は、それぞれを線で結ぶと三角形になるような位置に撃たれておりいて、私の目線で見ると三角形の丁度真ん中に色金が入る様になる。

最後一発をその真ん中に撃ち込む。
ケースは粉々に砕け、中の色金が弾丸に弾かれて宙を舞う。

私は銃の薬莢を取り出し、新たに弾を入れた後、銃をしまう。
そして丁度顔の前に落下してきた色金を掴み取る。

目の前にかざして観察する、マグナム弾を直にくらったにも関わらず、傷一つ無い。

「ふむ・・どうやら間違いなく本物のようですね」

頷いて、ポケットから小さな箱を出して色金をしまう。
箱をポケットにしまい、部屋を出て廊下を引き返して行く。

「それにしても、あっけないですね・・」

小さく呟く。
曾お爺様が警備が厳重と言ったこの場所。

何処が厳重なのかと言うと、実はこの廊下なのだ。
ここは意外にも、それほど最新鋭技術をふんだんに使った要塞と言う訳ではない。

そもそもこんな礼拝堂の地下に隠すこと自体が超秘匿扱いであり、現にこの場所は作られてから実に十年も存在を隠してきた場所だからだ。

そんな所にあからさまな警備はむしろ邪魔であり、存在を吹聴している様なものだからである。
しかし、それだけならどの組織も手をこまねいたりはしない。

既にこの場所は多くの組織が知るところであり、後は侵入さえ出来ればいいのだから。
では、何がそこまで侵入者を拒んでいるか。

それはこの地下施設自体の構造にある。
施設の建造に使われている資材の全てが、特殊な合金素材で出来ており、徹底的に頑丈な造りになっているのだ。

それこそ核シェルターの数倍に匹敵す程に。
それにより、必然的にセキュリティを掻い潜って正面突破するしか道は無い。

そして肝心のセキュリティも恐ろしい物であり、あまりにも多すぎて詳細は省くが、おびただしい程の数なのは間違いない。
一つ一つが対人用とは思えない凶悪さであり、それが普通に歩いて五分かかる通路に所狭しと配置されている。

まさにネズミ一匹入らせないと言った状態。
そして、それを管理する端末が外部から完全に独立しており、ハッキングすらままならない始末。

ならば超能力を使えば―――と思うだろうが、それはもう論外の域だ。
この施設全体に、ステルスの能力を封じる時に用いる手錠と同じ性質の金属がふんだんに使われている為である。

この影響により、この施設内では超能力者は満足に能力を使えない。
まさに金庫のように単純で、故に堅牢な保管場所なのだ。

そして、何故そんな場所のセキュリティが、私が通った時に作動しなかったかと言うと。
簡単に言ってしまえば、曾お爺様が直々にハックして解除したからだ。

専門知識の領域なのでまた説明は省くが、世界一の頭脳に不可能は無いとだけ言っておこう。
矛盾がある事は承知しているが、出来てしまった事を否定する意味はない。

「しかし、ここまで順調だとかえって不気味です」

順調なのはいいことだけど、何かあるうような気がしてならない。
確か理子が言うには、こういうのをフラグとか言うのではなかったか?

何もなさすぎるのは何かある前振りだとか言っていた筈。
私はホームズ家において直感は受け継がなかった為、事前に危険を察知する事は出来ない。

故に、感じる危険を元に先の展開を推理するのは無理なのだ。

「物心付いた時から論理的にしか思考出来ない私にとっては、直感とは理解できない感覚ですね」

何となくそう感じるなどと言うのは、本人以外からすれば疑わしい以外の何者でもない。
証拠も根拠もないのにいきなり信じろ、なんて言うのはただの押しつけだ。

「まぁ、こう言う風にしか考えられないから、私は姉さんのパートナーには相応しくないんでしょうね・・・」

少し声が自虐気味になってしまった。
推理力がなく、直感だけを受け継いだ姉さんは、それを頼りに武貞として活動していくだろう。

そしてそれは姉さんにとって大きな力になり、いずれ出会うパートナーと共に事件お解決する為の鍵となるんに違いない。
己の直感を信じて突き進む姉さん、論理的な思考に基づいて歩く私。

確かに、噛み合わないだろう。

「さっさと帰りますか・・。」

妙な思考を振り切って進む。
降りてきた階段を昇り、礼拝堂の祭壇の場所へと出る。

そのまま出口に向かう筈だったが、周りから感じる視線に立ち止まる。
やっぱり、嵐の前の静けさと言うものだったようですね。

『さっさと出てきたらどう?とっくに突撃準備は終わってるでしょうに』

理子の変声術を使い、成人女性の声に若干エコーが掛かった様な声で語りかける。
昼の内に通りを歩いた際、適当な女性の声を覚えのだ。

「・・・・毎度毎度、女だったり男だったり。老人だったり子供だったりと、気味の悪さは相変わらずだな」
『気になるなら、この仮面を剥がせばいいだけの話でしょう。出来れば、だけどね・・・ふふっ』 

私の正面に出てきたのは、二十代半ば程の男。
フリッグとして活動し始めた頃から、何度か見かけた武偵だ。

確か名前はローグ・ハルウェン。強襲科(アサルト)のSランクだ。

「しっかし、まさか本当にここのセキュリティが突破されるなんてなぁ、是非ともどうやったのかブタ箱の中で教えていただきたいんだが?」
『謹んで遠慮させてもらうわ。私の方こそ、何故ここにいるのか聞かせて欲しいわね』

先程言ったように、ここは通常の警備体制は敷かれていない。
カメラや警備委員、検問等の類は皆無だ。

宮殿自体の出入口なら衛兵くらいはいるが、こんな深くまで、しかもSランクの武貞なんかがいる筈はない。
勿論、私は犯行予告なんて怪盗みたいな事はしていない。

故に、こんな狙った様な警戒体制があるのはおかしい。
私の脳裏に、一人の人物が浮かぶ。

直感はないが、嫌な予感とやらが今回だけはハッキリと感じられた。

「なぁに、匿名で今夜お前がここに保管されている超貴重品を盗むって言うたれ込みが上の方であったそうでな。疑わしいにも程があるが、来るのがお前で、尚且つ貴重品とやらが相当大切らしくてな。俺らに命令が下ったって訳だ」
『な〜るほど・・・ねぇ』

曾お爺様・・・・あなたですよね・・・
絶対間違いない、あの人は今回、この任務を銃の慣らしも兼ねてと言っていた。

さっきまでの作業程度では到底慣らしたとは言えない。
だから色金を取ってくるついでに直接戦闘で慣れろと言うわけだろう。

戦闘でと言うだけならままだいい。
実際理にかなっているのだから。

でも・・・

「さってぇ、お喋りもここまでにして、そろそろお縄に付いてもらおうか?」
『縄は嫌だけど、始めましょうか。ようやく私を囲む配置は終わったみたいだし?』
「流石にお見通しってか、なら行くぞ!」

その言葉と共に、一気に銃を抜いて発砲するローグ。
銃口から弾道を読み取り、最小限の動きで躱す。

次いで私の後ろ、四時と八時の方向から駆けてくる二人の武貞。
一人はバンダナを巻いた顎に傷のある三十代程度の男。

もう一人は対照的に、細身で速さ重視の動きをしていて、優男風の顔立ちをしている。
どちらも似通った戦闘スタイルのようで、発砲しながら片手にナイフを構え、それぞれが切りつけて来る。

それも見切り、躱しながらベレッタを抜いて一発づつ腹に撃ち込む。
呻き声を上げながら後ろに跳ぶ二人。

さらに追撃をしようとした瞬間、右側面から弾幕が張られ、咄嗟に身を低くして走る。
横目で見ると、ライフルを構えた武貞が二人、柱の影から援護射撃をしていた。

最初から援護に徹しているようで、距離を詰めてこようとはしない。
そちらに三発程撃ち込み、一旦弾幕を途切れさせる。

『なる程、不確かな情報の確認の為にわざわざ武貞を五人ねぇ。体感的にSランク三人とAランク二人ってところ?まぁ随分と大げさだこと』

一連の動きを見た限りでは間違いないだろう。
とても銃を慣らす程度に相手にするような戦力じゃない。

帰ったら愚痴の一つでも言ってやらないと気が済まないですね。
別にヤバイ状況って訳でも何でもないのだけれど。

「だろう?俺もそう思ったんだが、どうやらお偉いさん方は余程その貴重品とやらが大事らしいな。まぁお前がこうして居るんだから珍しく良い判断だったって訳だ」

言いながら再び突っ込んでくる。
他の二人も同様で、援護の二人も両脇に回り込んで機会を伺っている。

『何かも解らない物を守る為に駆り出されるなんて、武偵も大変ねぇ』
「そう思うなら大人しく捕まってくれや!」
『いーやっ』

銃弾とナイフを躱し続け、先に両脇の援護役二人に発砲。
Sランク三人と戦いながら撃つ余裕なんて無いと思ったのだろう、弾丸は二人の右肩と右膝に命中し、両方とも床に膝を付いた。

防弾装備だろうからダメージは無いだろうが、相当な痛みが襲っている筈。
暫くは立てないだろう。

『まず二人』
「化け物っぷりも相変わらずだなぁ!!」

舌打ちをして、今迄よりも多く銃弾を発砲してくる三人。
時折こちらも相手の関節部や利き腕の肩に銃弾を撃ち込みながら、確実に体力を削っていく。

しかし、流石はSランクと言った所か。
何発も銃弾をくらい、苦しげに声を漏らすものの、歯を食いしばって耐え、戦闘を継続する。

二発で崩れたAランク二人とは格が違う。
まぁ先程から回復し始めたのを、定期的に撃って立たせない様にしているのだけど。

この間も、三人の攻撃は続いており、戦闘開始から十分ほど経っている。
銃弾をくらい、全力戦闘を続け、三人は息が荒く、ローグ以外の二人は限界が近いようだ。

しかしそれでも追撃を止めない、今ここで止めれば私に逃げられると分かっているから。
だが、いくらやってもかすり傷一つ付けられない。

三人の攻撃が、私には手に取る様に解る。
弾道も連携もナイフの軌道も、数秒先まで透ける様に解るのだかっら、後はそれに沿って体を動かせば、自然に避けられる。

『随分息があがってるわねぇ、一旦休憩させてあげましょうか?』
「素敵な提案だが断るよっ!今日こそテメェに一撃ぶち込んでやる!!」
『あらそう?』

ローグの一閃を躱し、身を低くして一気に三人の足を払う。
全員が攻撃直後だった為に反応できず、三人の体が宙に浮く。

払った勢いをそのままに、回転しながら右手でM500を取り出す。
そのまま回りながら、銃を構え、左からバンダナ男、ローグ、優男の順に鳩尾に至近距離で撃ち込んだ。

「グゥ八ッ!!」
「ガァア!!」
「グウゥッ!!」

三人がそれぞれの方向に吹っ飛び、木製の椅子や机などに激突しながら転がっていく。
やがて音が止み、礼拝堂が静寂に包まれる。

武貞五人分の呻き声が、微かに聞こえるのみ。
私はローグの元まで歩き、しゃがんで顔を覗き込む。

『アハハッ、流石にこれの弾は我慢出来ないか』
「テ・・メェ、そんなもん持ってやがったのか・・・」
『今日が初使用だけどねぇ、御陰でいい慣らしになったよ。ありがとう』
「クソ・・がぁ・・」

そう言って気絶するローグ。
他の三人も気絶しており、Aランクの二人が柱の所で蹲っているだけ。

まぁ、後二十分は動けないだろうし、いいか。

『今宵は無限罪の御宿りの祭日。 聖母に抱かれる夢でも見れたらいいわねぇ』

礼拝堂を出て、月を見上げながら歩く。
聖母がイエスを孕んだ日に、同じ名の犯罪者に現代の至宝を盗まれるなんて・・・・

「なんとも、皮肉な祭日になりましたね」

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