六話
バチカンの任務からさらに三ヶ月。
あの後、曾お爺様に半日ほど愚痴を垂れ流し続けたり、理子とジャンヌにお土産を大量に渡し、感動した二人が食べすぎてその夜に悲鳴が聞こえたりした。
その他、様々な任務をこなしたり、二人の減量に協力したり。
比較的に平穏(?)な日々が続いている。
しかし、そう思っていた事もフラグとやらだった様で、ある日私は曾お爺様に呼ばれた。
いつもの如くノックして入室する。
机の前まで来ると、何やら幾つかの書類を挟んだファイルを渡された。
それを見ると、どうやら学校の施設案内等が書かれたパンフレットのようだ。
『神奈川武偵校』と表題があった。
「一応聞きますが、これは?」
「君の想像通りだよ、君には今年の新入生として武偵校に入学してもらおうと思ってね」
「さらに一応聞きますが、何の為に?」
「勿論、君の姉のパートナーを直接見せておいた方がいいと思ったんだよ」
「遠山キンジ・・ですか・・」
パンフレットの中に挟まれた一人の人物の履歴書を見る。
遠山キンジ、七月生まれの十二歳。
志望科目は強襲科で、主な使用銃器はベレッタM92。
武貞を目指すのは、現役で優秀な武貞である兄に憧れたため。
遠山家の次男であり、遠山家は代々特殊体質を持ち、それを用いて常に義を通す。
いわゆる正義の味方の一家である、と。
「今の所、遠山の特殊体質以外は何もない平凡な武貞の卵、といった所ですね」
「そうだね。しかしいずれ、彼はアリア君と共に戦う最良のパートナーになるだろう」
「それが、貴方の推理の結論ですか」
「ああ」
やはり解らない。
例えば、この兄の方である遠山金一の方であればまだ解る。
まだなりたてながらも、数多くの成果を上げており、無能な上司に捨て駒にされた武貞すら生還させる様な卓越した技術と知恵。
間違いなくSランク、それもかなりの上位に位置するだろう。
いや、本人がその気になれば、Rランクだって夢ではないかも知れない。
そんな兄ではなく、大して突出している訳でもない弟の方が適任とはどう言う事だろう?
勿論、実力さえあればそれで良い訳では無いと言うのは重々承知だ。
それならば他にもっと適任が山程いるだろうし、そもそもこんな綿密な計画など必要ない。
ホームズのパートナーに必要なのは、その力を理解し、的確に引き出して、尚且つ足りない部分を常に補ってくれる人材だ。
パートナーが元々そういう物だと言われればそれまでだが、ホームズの人間はその必要性が遥かに顕著なのだ。
私はまだ誰かに補ってもらう必要性は全く感じていないが、もしかしたらこの先、それが必要になる時が来るかもしれない。
その時まで、私が生きていればだけど・・・
「分かりました、私も直に見てみたいとは思っていたので」
「そうか。観察もそうだが、ついでに学校生活も楽しむといい」
「はい。失礼します」
自室に戻り、例のごとくお菓子を貪っている理子とジャンヌに学校に行くことを話す。
目を丸くして驚いた二人。
それぞれ手に持っていたポッキーがスローモーションで落下していく。
落ちた衝撃で砕け、破片が散る。
私の部屋を汚さないでくれませんか?
と言うかついこの前食いすぎで地獄を見たばかりだというのに、全然反省してませんよね?
「なので、今から出発します」
「そ、そうか。随分突然だな・・・」
「教授の任務が突然なのは何時ものことですよ」
「そうだけどさぁ〜、マリアの場合は私達の比じゃないよねぇ〜、この前のバチカンの時もそうだしぃ」
まぁ理子達の場合、私や伝達役の者に事前に通達される事が殆どだ。
毎回直接に、しかも直前に言い渡されるのは私だけだろう。
活動開始から二ヶ月程経った頃に一度その事を問うた時に・・・
『君なら出来ると思っているんだよ、いつもすまないね』
と言われた。
あまりにも卑怯だと思う。
あんな風に言われたら強く言えない、計算づくだとしたら大した詐欺師だ。
しかし、あの時は本心からそう思っていると分かってしまったのだから仕方ない。
「それでは、行ってきます」
「行ってらっしゃ〜い♪」
「達者でな」
「はい。二人もお元気で」
部屋を出て、移動用の小型艦がある場所へと歩く。
電話で話せるとは言え、三年間留守にするのだ、あまり長居すると理子がしんみりした空気になる可能性がある。
結果的にジャンヌに押し付ける形になってしまったけど気にしない。
歩く内に、前方にお馴染みの気配を感じる。
突き当たりのT字路の前で止まり、曲がり角を見つめる。
「そこにいるのでしょう?パトラ」
「っ!・・・・・・・お、おぉ誰かと思えばマリアではないかえ?き、奇遇ぢゃのぉ・・」
引きつった笑みを浮かべ、今気づいた様に出てくるパトラ。
若干顔が赤くなっているのが隠せていない。
「今度は三年の長期任務だそうではないか?」
「・・・つい二十分前に言われたばかりなのに、何で知ってるのですか?」
「そ、それはほれ・・・・・・・妾はファラオなのじゃから当然ぢゃろう」
「・・・・・・そうですか」
まったく説明になってない。
そもそも曾お爺様に言われ、理子とジャンヌの二人にしか言ってないと言うのに何故知ることが出来るのですか
今回ばかりは本気で解らない。
せいぜい考えられるとすれば、曾お爺様が直接伝えるくらいしか・・・・・・きっとそれだ。
「まぁその通りです。なので次に会うのは三年後ですね、それまでは貴方がナンバー2ですよ」
「な、何を言う!そんなお零れの様な立場などいらんわ!妾は必ずお前を倒して見事返り咲いてやるわ!!」
「ふふっ、そうですか。なら頑張ってくださいね」
「い、言われるまでもないのぢゃ!!」
からかわれている事に薄々気づいてきたのか、顔の赤みがが増していく。
子供みたいで微笑ましい、此処に来た当初は姉の様な感じだったけれど、今はどちらかと言うと逆だ。
初めは犯罪者達の集団なんて、ロクな場所じゃない思っていたけど。
中々どうして、妙な仲間意識も芽生えてしまった。
パトラに対しては、もう友人のような感覚でいる。
口を開けば上から目線な物言いや高慢な態度ばかりだけど。慣れるとそれも、こういう言い方しか知らないんだと解る。
「パトラ・・・」
「なんぢゃ・・って!?」
そう思っていると、気づいたら抱き締めてしまった。
視界に映る耳が、真っ赤っかになっている。
体もガチガチで、まるで石のようだ。
「な!?ななっなっなにゅをしゅてりゅのぢゃっ!!?」
「抱きしめてます」
「そんな事はわかっておりゅわっ!なっ何故こうしておるのかと聞いておるのぢゃ!!」
「そうですねぇ・・・・・なんとなくです」
「なん・・・と・・・」
返答が予想外だったのか、言葉に詰っている。
少しの間そうしていると、段々と固さが取れ、耳元で溜息が聞こえた。
「まったくお前は、たまに訳の解らん事をするのう」
「理屈に合わない衝動に駆られる事なんて滅多にありませんから。そう言う時は素直に従う事にしてるんです」
物心付いた頃から、周りの子供よりも論理的に思考してしまう事が多かった。
他の子達の無邪気さに、何処か一歩ついて行けなかった。
だからこそ、許される範囲での衝動は極力抑えない。
こう言う時だけ、自分が周りと同じになっている様に感じる。
別に今の自分が嫌だとか、周りの人と同じになりたいとかではないけど。
「三年は会えないので、これくらいなら良いかなと」
「そ、そうぢゃな・・・・まぁ、この程度なら許可してやらんでもない」
「ふふっ、ありがとうございます」
おずおずと、背中に手を回してくるのを感じ、思わず笑ってしまう。
暫くそうした後、ゆっくりと離れる。
パトラにも、もうぎこちなさは無くなっていた。
「それでは、行ってきますね」
「う、うむ。心配は無用であろうが、無事に帰ってくるのぢゃぞ」
「はい」
パトラの横を通り、通路を再び歩く。
T字路を曲がったすぐそこに扉があり、そこに入ると幾つもの小型艇がある。
一番小さな物に乗り込み、システムを起動。
室内に浸水し、ハッチが開く。
間もなく発進し、私は東京へ向かった。
武偵校。
武偵を目指す若者達が、武偵に関する基礎知識を学ぶ場所。
また、高校及び将来を通じて自分の属する科目を模索する期間でもある。
予め目的の科目を定め、それに集中的に取り組む者。全ての科目に平均的に取り組み、自分の向き不向きを見定める者。
各々が自分の将来に向かい、武偵としてのスタートラインを目指して歩いている。
現代の普通校の中学生には殆ど見られない様な自立性を早期に育む事ができ、万が一他の道に行ったとしても、この場所での経験は、いろんな意味で人生に大きく貢献する事だろう。
今日はそんな武偵校の入学式。
武偵に憧れる新入生達が、大きな希望と小さな不安を胸に、式の会場である体育館に所狭しと並んでいる。
ガチガチに緊張している者、勇気を出して隣の人に話しかける者。
知り合いと話して気を紛らわせる者、あるいは最初から緊張などしていない強者。
場内は一様に、人々の喧騒に溢れている。
『えー、皆さん静粛にお願いします。これより、神川武偵校の入学式を始めます』
一人の教員の言葉により、静けさに包まれる場内。
お馴染みの先生の長話、校内設備の簡単な説明、お決まりの入学式が延々と続いていく。
最初は緊張から真面目にしていた者たちも、次第にちらほらと気の抜けた姿勢で聞いている者が増えてきた。
(やはり、この年代の人達はこんなものですね。)
そんな中、周囲の態度から力量を図っていたマリア-―――宝崎真理は小さく溜息を吐いた。
前髪を留めずに目の前に垂らし、後ろの髪も首の後ろで紐で纏めている。
細長い縁なしメガネを付けている、勿論伊達だ。
亜麻色の髪は、ふんわりとした栗色になっているて、紺碧色の瞳は黒になっている。
言うまでもなく表舞台用の変装であり、瞳はカラコン、髪は理子の変装術だ。
(仕方がないとは言え、武偵を目指す者がこの程度の時間も集中出来ない様では論外ですね)
目に見える範囲で話をマトモに聞いているのは精々十人程度、その内ある程度の力量を感じるのはさらにごく数人。
肝心の遠山キンジは、他の者よりは幾分かマシなものの、長話にまいっている気配が背中から感じられる。
(単純にスペックが低いのか、意識が低いのか、それとも両方か・・)
再び溜息を吐き、マリアは教員の立つ壇上に目を向けるのだった。