小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

六十二話










突然シャーロックから放たれた『ワラキアの魔笛』
かつてブラドに使われたヒステリアモード破りを、俺はなんとか乗り切った。

しかし、そこで兄さんの事を思い出して振り向く。
咄嗟に『ワラキアの魔笛』を知らないだろう兄さんに注意を促したが、本当にギリギリのタイミングだった。

間に合わなかった可能性が十分にある、そして――――

「―――兄さん!」

結果は、決して良いものじゃなかった。
先程よりも幾分か覇気が薄れている兄さんを見て、即座に感じ取る。

薄れている(・・・・・)と。
完全に解けたわけじゃないらしいが、かなり減衰している。

いうなれば中途半端に萎えた状態だ。
ヒステリア・アゴニザンテから、ノルマーレにも満たない曖昧な状態まで引き落とされた。

これでも能力が上がらない事もないが、この戦いには役不足だろう。
ほとんど脱落にも等しい。

それに、気を取られていた俺を―――――

「キンジ―――避けろっ!」

兄さんが突き飛ばした。
何を・・・と言う暇もなかった。

ビシュッと、ついさっきも聞いたような音が響いた。
今さっきまで、俺の心臓があった位置。

そして今は、兄さんの心臓がある位置を―――――
弾丸が、血の尾を引きながら通過していった。

「兄さんっ!」

倒れる兄さんの体を慌てて支える。
俺が気を取られたばかりに、負担になってしまった。

ヒステリアモードを解かれた自分よりも、俺を優先して・・・
自分の体を、俺を守る犠牲にしてまで!

心臓を撃たれても、気丈にピースメーカーを艦橋に向ける兄さん。
だけどそこにはもう、三人の姿はなかった。

「ぐっ・・・追え、キンジっ・・! 奴らは・・艦内に・・・・逃すなっ・・!」

赤黒い血を吐きながらも、そう言ってくる。

「でも、兄さんを置いてなんかっ・・!」
「―――ふっ・・・・お前に、心配されるとは・・・・・俺もヤキがまわったな・・。」

言いながら、髪の中に隠し持っていたらしい9ミリ径の銃弾を二発、手渡してくる。

「『銃弾撃ち(ビリヤード)』で弾かれない戦闘で・・・使え」

それぞれが白と黒で着色されたそれは―――――武偵弾。
様々な特殊効果を付加した強化弾で、一発だけで数十万から数百万とかかる必殺兵器だ。

超一流の武偵の間でしか流通せず、俺みたいなEランク武偵なんかには本来全く縁のない代物だが。

「行くんだキンジ! 俺達は・・・ここまで来てしまったのだっ!」

今にも倒れそうなくらい不安定に立ちながら、俺の腕を強く掴んでくる。

「理屈の通らん事を言っているのは百も承知だ。だがなキンジ・・・人生には理屈すら越えた戦いをしなければならに時がある。それが―――今だ!」

無理やりに、俺を艦橋の方へと押しやる。

「俺も、すぐに行く。お前のおかげで、またなれそうだからな」
「え・・・?」

そう言われて、初めて気付いた。
兄さんから感じる気配に、また変化が起こっているのに。

これは紛れもなくヒステリアモードで、ついさっき破られたはずの―――ヒステリア・アゴニザンテだ。
何故、と思ったが、すぐに思い至る。

さっき咄嗟に俺が兄さんに指示を出した事で、ヒステリアモードは完全には解除されなかった。
そこに再び心臓を撃ち抜かれた事で、兄さんはまた死に際に戻されたんだ。

軽くヒスった状態で死に際になったせいか、徐々にもう一度なりはじめている。
この調子だともう少し時間がいるだろうが、戦線復帰するのは不可能じゃない。

「・・・・わかった。それと―――――」

振り返ったりはせず、背後の兄さんに向けて言う。
例え復帰することが出来ても、あの出血じゃ最悪の場合も考えられるんだ。

それを言ったところで、兄さんが退く訳がないってのも分かってる。
だからこそ―――――

「もし死んだら、あんたの弟をやめてやるからなっ!」

死なせない、絶対に。
もうあんな思いはたくさんだ、あの空虚は耐えられない。

今になって思う―――――あの空っぽの気分を、アリアは八年も感じ続けていたんだと。
だからこそ、今のあいつがついて行ったのは仕方ないのかもしれない。

俺があいつの立場にいたら、絶対に行かないなんて言い切る事は出来ない。
それも分かる。

でもだからって、それで諦めるかと言われればもちろんノーだ。
ベルセの特性もあるんだろうが、それだけはありえないと心が叫ぶ。

「ふっ。なら、お前は一生――――俺の弟だ」

兄さんの言葉を背に受けながら、俺は艦橋へと登っていく。
目の前にある、開きっぱなしの耐圧扉。

入ってこいと誘われているようで、少し癪に障った。
余裕ってことなんだろう。

俺達のことなんてあの二人にとっては取るに足らない存在、事実さっきの銃撃戦は完敗だった。
兄さんがどれくらいで復帰出来るか分からない以上、戦力は半減したと言っていい。

おまけにそれが絶好の機会だったにも関わらず、奴らは悠々と背を向けて中に入っていったんだからな。
いいさ、そうやって余裕でいればいい。

敵が油断してくれているのは、こっちとしても願ったり叶ったりだ。
絶対にアリアは返してもらう、あいつのパートナーは俺なんだよ!

少しずつベルセの血流が強くなるのを感じつつ、俺は扉を潜って中に入った。














「さてアリア君。君はしばらく、ここにいてくれ」

私達が来たのは大きな聖堂。
そこで曾お爺様が姉さんを降ろし、ここに留まるように言いつける。

ここで姉さんはキンジさんと、パートナーとして必ず通らなければならない対峙を迎える。
通常のタッグならいざしらず、二人のそれは重要な意味合いになるでしょう。

ホームズにとってパートナーとは、それだけ特別な存在なのだから。

「曾お爺様は・・・どうするのですか・・?」
「僕は少し準備をしなければならないからね。マリアにも用事はあるが、少しなら時間もあるだろう。積もる話もあるだろうし、それまで二人で過ごすといい」

こちらに一瞬だけ向けられた視線に首肯で返すと、そのまま曾お爺様は身を翻す。
聖堂の奥にある扉、その先がICBMが収められた空間に繋がっている。

そこは曾お爺様と姉さん達の決戦の場であり、曾お爺様の最後の役目の舞台。
序曲の終止線(プレリュード・フィーネ)の閉幕の場所。

扉が閉まり、静寂が場を支配する。
特に理由はないけれど、まだ姉さんにぎこちなさが残っているのは否めない。

「あ、えっと・・・その・・」

少し緊張気味に、こちらに振り向いた姉さん。
八年ぶりの再会ともなれば、無理からぬことでしょう。

ソワソワと体を揺らし、落ち着きなく自分の手を弄ってその先に進めないでいる。
まあ・・これも私の責任と言えますし、こちらから口火を切るのが妥当でしょう。

「姉さん」
「っ、な、なに?」

ビクリと体を震わせながらも、喜色を浮かべて反応する。
そんな様子が子供っぽくて、表情がどこか曾お爺様と似通っている気がした。

さすがに後継者ということか、と内心で可笑しく思う。

「まず、いきなり居なくなってごめんなさい。曾お爺様に教えられて、私にはやらなくちゃならない事があったから」

きっともう、こんな機会は滅多に訪れないと思うから。
結局嘘をつく羽目になるだろうし、言ったところで何も変わらないけれど。

ただの自己満足で、それ以上に救いようのない謝罪だけど。
言わずには・・・いられなかった。

「母さんの事も、私はひどい事をしたから。姉さんなら知ってると思うけど・・・・私は・・・母さんに―――――」
「マリアっ!」

言葉の途中で、姉さんに抱きしめられる。
ほんの少し痛いくらいの、でもとても暖かい抱擁だった。

「もう・・・いいから。あたしは・・マリアが生きていてくれたことが・・・・それが嬉しいのっ。たしかに悪いことをしたけれど・・・・それ以上に、こっちの方が大事なことなの」
「・・・・姉さん」

緋弾の影響で、姉さんの成長は十三歳時の頃からほとんど変化がない。
だから、今は私の方が頭半分ほど大きい。

姉さんの方が少し背伸びをしていて、はたから見れば首からぶら下がっているように思えるかもしれない。
だけど、私にとってはやっぱり、この人だけがたった一人の姉さんで・・・

「でも、ママが帰ってきたら絶対に叱られるからね。それはちゃんと覚悟しときなさい?」

ちょっとだけイタズラっぽく笑って・・・そう言うから。
こんな風に、安らいでしまうから。

八年経っても変わらない姉さんに、私の僅かな感情が悲鳴を上げる。
きっと、姉さんは嬉しさのあまり忘れている。

私が―――――フリッグがこの八年間で、どれだけの事をしてきたかを。
公式に載っている件だけでも、私は人を数百人単位で殺している。

非公式の物も含めれば、数千数万にも及ぶだろう。
ねぇ・・・姉さん、気付いてる?

私達はもう、こんなに近くて―――――こんなに・・遠いんだよ。
母さんが知ったら、どう思うだろう。

きっと、心の中では愛し続けてくれるかもしれない。
でも、母さんはあれで人の道徳に厳しい面があるから。

それから大きく外れた私に、何て言うだろうか。
人を殺す事に何も感じなくなった娘に、変わらず接する母親がいるのだろうか?

良い意味でも悪い意味でも、いないだろう・・・確実に。
それも含めて、私はこの道を選んだのだから。

そう、だから―――――

「・・・うん」

出してはいけない、見せてはいけないのだ。
そんな、奥底の不安も恐怖も―――――

あまつさえ、こうして話せた事への―――――泣きたいくらいの感動も。
私が、マリアとして目の前に出られる機会は、きっとこれが最初で最後。

仮に顔を合わせたとしても、恐らくその時は・・・・私は、いない。
こうしている間にさえ、少しずつ少しずつ、消えているのを感じるから。

あと何年、何ヶ月、何週間持つのかは分からない。
私の意思の力次第かもしれないし、一時間後にはあっさりと消えているかもしれない。

そんな身の震え上がりそうな恐れも、絶対に気取られはしない。
姉さんの直感が、私の『条理予知』以上に不完全である事に感謝する。

きっと曾お爺様の半分でも使えていたなら、あっさりと見破られているだろうから。

「それじゃあ、もう行くね。姉さんはここにいて」
「うん・・・わかったわ」

そっと体を離し、私は元来た道を引き返す。
先程言われた通り、私の役目は差異の対処。

金一さんのHSSは、予定と外れて解除が不完全だった。
心臓をまた撃たれたことにより、恐らくあそこからアゴニザンテに再起する可能性がある。

それを承知の上で敢えて撃ったのかは、曾お爺様本人に問わなければ分からない。
あの人ならば、どっちだろうと納得出来てしまうから。

しかしどの道、金一さんには曾お爺様との対峙は遠慮してもらわないといけない。
これは姉さんとキンジさんの二人で乗り越える壁であり、余乗戦力は必要ない。

「―――マリア!」
「・・?」

不意に、背後から姉さんの声。
まだ何かあったのかと振り向く。

「その・・・後でいっぱい、話しましょ。まだまだ言いたいこと、たくさんあるんだから」

頬をかすかに染めて、はにかみながらそう言った。
その・・・・言葉に―――――

「・・・・っ」

ズキン・・・・と。
なかなか味わう事のない、深い痛みが胸を襲った。

ああ、やはり私は変わり果ててしまった。
これに対する回答も、向ける表情も感情も。

何から何まで、嘘に塗り固められた虚像にすぎない。

「・・・うん」

自分の顔にへばりついた笑顔が、ひどく煩わしかった。
気持ちが悪い、反吐が出る。

皮ごとひっぺがして床に叩きつけたいくらいに、不快な思いだった。
ごめんなさい姉さん・・・ごめんなさい母さん。

最低な妹で、醜悪な娘で。
こんなに苦しくても、どれだけ辛いと思っても・・・

それでも、この道を選んだことは後悔していないのだから。
これが正しい選択、順当な道筋だと。

全ては最良の道のために―――――
全ては最良の道のために―――――

まるでどこかの宗教の狂信者だ。
きっと常人からすれば、気が狂ってると言われるだけだろう。

キンジさんが聞けば、間違いなくおかしいと言って否定するのは明白だ。
だてに一年以上、パートナーを組んでいた訳じゃない。

彼はこういう、ある種の使命めいた思考で人を傷付ける輩は絶対に許容しない。
寝言をほざく悪質犯と罵られて終わりだろう。

薄暗い通路をゆっくりと歩きながら、進行方向の奥から感じる気配に意識を向ける。
向こうもこちらに気付いたか、足音が幾分慎重なものになった。

それで状況が変わるわけもないけれど、警戒するのは悪いことじゃない。
多くの修羅場を越えた成果か、中学の時よりも遥かに力を付けているのがここからでも感じ取れる。

コツコツと足音が反響する通路の奥、次第に人影が浮かび上がってくる。
これといった特徴のない、黒目黒髪の生粋の日本人。

いつもは死んだ魚のような目をしていながら、今の彼は凄まじく強い光を宿している。
銃は既にこちらに向けられ、体から溢れる闘志はより鋭利さを帯びてのしかかってくる。

(・・・・?)

不意に、微かな違和感を覚える。
彼から感じ取れる覇気、そしてなにより佇まいから計れる大まかな力。

それが、想定よりも大きいように思えたのだ。
予想以上に成長しただけ? それとも―――――

「・・・お前は」

ようやく私の姿をハッキリと認識したらしい。
僅かに目を見開き、しかしすぐに警戒しなおすキンジさん。

さきほどの疑問は、とりあえず置いておきましょう。
仮にこちらの予想を超えて成長したならば、それこそ願ってもない事なのだから。

彼を試すのは曾お爺様、私が口を挟む必要はない。
私には私の、役目があるのだから。

「ご機嫌よう、キンジさん」

距離が六メートルほどになった所で、どちらともなく足を止めた。
無言のまま数秒間、互いに見据える。

端的に言えばここで戦う意思はないと、雰囲気と視線で理解出来るでしょう、今の彼なら。
しかし、なおもキンジさんは銃を向け続ける。

それは私を警戒しているからではなく、いうなれば・・・そう―――――
私をこの場に引き止めるための、そんな行動に思えた。

「・・・一つ・・・聞いていいか」
「なんでしょう」

とはいえ、初めから内容は分かりきっている。
むしろあれで分からないようなら、これ以上ないほどに失望するでしょう。

しかし、分からないだろうとは微塵も思わない。
何故なら、それが私の、彼に対する評価であり―――――

仮とはいえ、初めてのパートナーに対する信頼であったから。






「マリア・・・・・お前は――――――――真理、なのか」

-63-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




緋弾のアリアちゃん (MFコミックス アライブシリーズ)
新品 \530
中古 \18
(参考価格:\530)