小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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六十三話











・・・別に、考えなかった訳じゃない。
あの横浜ランドマークタワーの上で戦った時から、思考の隅の隅で一欠片程度の大きさで、可能性を危惧していた。

ヒステリアモードの観察力と推理力で、そんな考えが浮かぶのは仕方のない事だった。
それくらいに、動きが似通っていたのだから。

そうして、素顔を目に捉えて、間近に感じた時の雰囲気というか空気とか。
そんな、諸々の色んなものが、似すぎていたからな。

「はい」

だから、こんな短い返答で済まされた事にもさして驚きはしなかった。
必要以上の会話なんて滅多にしない奴だったし、素っ気ない感じはこいつのデフォルトだからな。

相変わらず、どこか力の入ってないような目で、感情を読み取るのは困難極まる。
そのくせ隙なんか微塵もないんだから、やる気があるのか無いのか、いまいち掴めないんだ。

ま、今回に限ってはあるんだろうけどな――――確実に。
俺とやりあう気はないらしいが、それではいそうですかと言う訳にもいかないだろう。

何となくだが・・・こいつは今、兄さんの所に向かっている。
きっと、兄さんのヒステリアモードが完全に破れてないのに気付いているんだろう。

シャーロックが言ってた『条理予知』だかなんだか知らないが、要はとてつもない推理力って事なんだろ。
恐らくそれは、真理――――いや、マリアも有しているのは疑いようがない。

これまでの戦いが、なによりそれを物語っている。

「アリアはどこだ・・・」
「この先にいますよ。曾お爺様には用事があるので、今は一人です」

通路の先を示すかのごとく、一歩横に動いて促すように片手を仰ぐ。
どうぞ―――とでも言わんばかりに。

「意外だな。邪魔するもんじゃないのか、普通」
「邪魔―――というのはこの場合、私達の目的の妨げになる存在に対して行うものですから」

あなたではそれに足り得ない・・・
つまりはそう言いたいんだろう。

なんでだろうな、普通なら怒ったり言い返したりするくらいに、あからさまな挑発だってのに。
不思議と、マリアに対してはそう言う感情は抱かない。

おっしゃる通りってのもあるんだろうが、それ以前に―――――
言葉そのものが、なんだか演技めいていたからだろう。

口に出しているだけで、その実、心にもないことを喋っている。
なんでか知らないが、そんな風に感じたんだ。

「キンジさんは早く行かなくていいのですか? 時間はそう多く残されてはいませんよ」

なんの、と聞く気は起きない。
理屈ではなく、感覚的に察知しているからだ。

早く、一秒でも早く助け出さないといけない。
そんな焦りが、ずっと胸の内に渦巻いているんだ。

それなのに、どうして足が動かない?
聞きたい事は山ほどあるし、今すぐにでも問い詰めたい気持ちはある。

だけど、今はそれよりもアリアを助けなきゃいけないってのに。
そうと分かっていても、交差する視線を外す事が出来ないでいる。

「・・・・」

言葉が・・・出てこない。
何と言ったらいいのか、それ以前に何か言いたいのか?

分からない、分からない事だらけだ。
アリアに会ってから、イ・ウーに関わってから、理解不能な出来事しか起きてないよな。

兄さんの時もそうだったが、今回はそれに輪をかけて頭が滅茶苦茶だ。
結果的に兄さんは元に――――いや、それ以上になっていてから良かった。

けれど、マリアに関してはそうはいかないだろう。
こうして向かい合っているだけで、こいつが完全にシャーロック側である事を嫌でも感じ取れるからな。

「・・・・これ以上は、私も遅れる訳にはいきません」

そんな俺を見て、マリアが先に動き出す。
無造作に、無警戒に歩きだした。

行き先が俺の来た方向だから、当然こちらに向かって来ている。
俺はずっと銃を向けたままで、いつでも発砲する事が出来る。

それでも、マリアは足を止めずに歩く。
きっと俺が撃たない事も分かっているからだろう。

いや、たとえ撃ったとしても、それが通じる気はしなかった。
根拠なんて無いし、防ぐ手段なんて思いつかないが。

確信に等しい予想だった。
距離が残り二メートル、一メートルになっても・・・・・・

そして、俺の隣を横切ってマリアが背後へ通り過ぎても、何のアクションも起こせなかった。
奥歯軋りの音が鳴り、ベレッタを握る手に力が入る。

かつてと同じ、だけど絶対的な違いで背中を向けあった俺達。
あいつは、最初からこんな事になるって知っていたんだろうか・・・・?

それは卒業式の日から? 兄さんと会った時から?
それとも・・・・・俺がパートナーを申し込んだあの日から?


―――これも全て・・・・シャーロックの筋書き通りだったってのか・・・?


そう思った瞬間、一際強くベルセの鼓動が高鳴るのを感じた。
咄嗟に抑え込んでなかったら、無謀にもマリアに襲いかかってしまいそうだった。

ああそうだな・・・・理由はこれ以上ないくらいに明白だ。
たとえ武偵を辞めると決めた今でも、あの日々が大切な思い出である事に変わりないんだ。

兄さんがずっと憧れの対象だったように、父さんを誇りに思っていたように。
宝崎真理とパートナーであったこと、短くとも一緒に戦った時間は―――――俺にとっての勲章だ。

それが全部、あいつの思い通りの脚本でしかなく、それを悠然と鑑賞されていたのかと思うと――――
ああ・・・・胸糞悪い・・・・・絶対許せねぇよ。

一発ぶん殴っただけじゃ気が済まない、あの御大層な推理とやらが不能になるまで頭タコ殴りにして、脳細胞死滅させてやろうか。
背後の気配が遠ざかり、完全に消えた頃に顔を上げる。

まずはアリアだ、全部そこからだ。
手の力を緩め、小走りで進む。

さっきよりも足の力強さが増した気がする。
ベルセの影響だろう・・・間違いなく。

兄さんが最初では制御が難しいって言ってたが、たしかにそうだ。
この先にアリアが一人でいるなら、最悪の場合は実力行使もやむなしになるだろう。

間違っても傷つけないように、用心しないとな・・。
一度だけ、マリアの進んでいった方に視線を向ける。

先の見えない闇が広がっているだけで、人の気配は微塵もない。
それは不気味というよりも―――――どこか物悲しい空虚さを感じるものだった・・・・・。















イ・ウーの甲板で、金一は膝をついて呼吸を荒らげていた。
隣ではパトラが銃創に手を当てて、再度の治療を施しているところだ。

救命ボートでアンベリール号から脱出した白雪とパトラだが、当然それでこの海域から出るなど不可能。
なけなしの魔力で僅かな砂金を操り、パトラがこうして乗り込んだのだった。

「パトラ・・・・そろそろ、いい」
「なにを()うておるかっ! もうお前は戦えんぢゃろう!」

手で静しようとした金一に、パトラが怒鳴る。
もはやつい数十分前までの敵意は欠片も残っておらず、純粋に金一を案じているのが見て取れる。

しかし、金一はそんなパトラの言葉も聞き入れずに立ち上がろうとする。
幾分か出血は収まったが、アゴニザンテの発現のために傷を塞いではいない。

もちろんこんな場所で血の補充など出来るわけもなく、一方的に減るだけだ。
事実、金一の意識はほんの僅かに靄がかかってきているし、呼吸も不規則になりがちだった。

だがそれでも、行かなければならない。
キンジ一人であの二人を相手取れば、奇跡的にアリアを救出出来ても相当な被害を受けるだろう。

自身が赴いて、せめてどちらか片方の足止めくらいはしてみせる。
アゴニザンテが発現していくのを感じながら、そう考えて艦橋へと顔を向けた金一だが――――――

「どうにも・・・貴方たち遠山家というのは捨て身がお好きなのですね」
「―――っ!!」

いつの間にか接近していたマリアを視界に捉えて、思考が停止しかけた。
距離は五メートルほどだが、こうして声を聞いて目で捉えるまで全く気付かなかった。

「マ・・・マリア。それに、おぬしまで・・・」

パトラが少し困惑気味に、マリアの隣にいるリシアを見る。
少し慌てた様子でペコリとお辞儀をして、そそくさとマリアの後ろに隠れてしまった。

マリアという共通の友人を持つが故、リシアとパトラの二人も何度か話した事はある。
人見知りが激しく気も弱いリシアにとって、真逆にも等しい性格のパトラは苦手な人種だった。

「やはり再発していましたか。キンジさんの咄嗟の判断力も、予想以上でした」
「・・・・キンジはどうした」

引き返してきたのなら、当然キンジと鉢合わせしたはず。
最悪の想像を一瞬で頭から放り出し、毅然とマリアを見据える金一。

「ご心配なく。何もせずに素通りしましたから、今頃は姉さんと接触しているでしょうね」
「・・・どうしてだ?」

それは図らずも、キンジと同じ疑問だった。
次期トップという重要人物を、そう簡単に放置するなどおかしいだろう。

ましてや、マリアはあれほどまでにアリアが来る事を望んでいたのではなかったのか。
だがその時、不意に金一の思考に引っかかるものがあった。

それはマリアが先程、アリアに対して言った言葉の一部。

―――曾お爺様もいてくださる。もう誰も、私達の邪魔なんて出来やしないから

おかしいだろう、それは。
シャーロック・ホームズは、まもなく寿命を終えるのだから。

だからこそアリアをイ・ウーに迎え入れるのであって、そのためにこれまでの工作があったのだろう。
なのになぜ、あんな嘘を言ったのか。

それも、八年ぶりに再会した実の姉に・・・・・。
妙な違和感が纏わりつき、疑念が秒刻みで膨れ上がる。

「端的に言えば、それは私の役目ではないからです。彼ら(・・)の相手は曾お爺様であり、私は差異を抑えるためにここにいます」

淡々と、事務的な口調でそう答える。
差異とは何の事を指すのか、金一には分からない。

ただここにいる以上、自身の行動を看過してもらえそうな空気ではなかった。
金一としても、マリアを放って行くという選択肢はない。

むしろ、この状況は二重三重の意味で渡りに船だろう。
単純に相手の戦力の分散に加え、聞きたくて仕方のない事が聞けるのだから。

「・・・ミア。いや、マリアか。全て君の仕掛けだったわけだな・・・」

具体的な例ではなく、ただこれまでの諸々の確認。
多くは語らずとも、当事者である二人にとってはこれで十分だ。

(おおむ)ねは、ですね。風呂場の一件やそれ以降のミア関連の全ては、曾お爺様の企み・・・・いえ、イタズラです」
「な・・・・」

思わぬ答えに、ポカンとしてしまった金一に非はないだろう。
周到な心理工作だと考えていたが、それが単なるイタズラだったなどと。

今の状況下で耳にするような答えではなかったために、今度こそ思考が停止する。
同時に、当時のシャーロックの言い回しが脳内でリプレイする。

真剣にこちらの話を聞きながらも、どこか楽しげに話していた。
理子やジャンヌから受けた襲撃も、実は最初の一回以降も度々続いていたりしたのだ。

それが全てあの人物の仕業だったかと思うと、口がヒクつくのを我慢出来なかった。
だがしかし、今問い詰めるべきはそこじゃない。

聞きたい事がさらに倍増しになったのはさておき、優先すべきことは他にある。

「・・・・君は・・・宝崎真理で間違いないな・・?」
「はい、そうです」

互いになんら反応することもなく、最後の確認が済む。
そう、金一も、マリアと真理の似通いすぎている点には気付いていた。

しかしそこに、細かい理屈の入る余地はない。
ただなんとなく、顔を見た瞬間に、いうなれば直感しただけだ。

間違いない、彼女だと。
金一自身ですら驚くほどに、自然とそう思っている自分がいた。

「俺達の戦力を分析するために接触していたのか」
「正確にはキンジさんを観察するだけで、当初はどちらにも接触するつもりはありませんでした。キンジさんと知り合ってしまったのも、それによってあなたと出会ったのも、こちらのミス―――あるいは偶然の結果です」

紡がれる言葉はどこまでも機械的で、感情をうかがわせないものだった。
同じ血を分けた姉妹で、こうも違うものなのかと金一は思った。

能力面だけとってもそうだが、人格そのものが天と地ほどにも隔たっているだろう。
しかしそれでいて他人を演じる事に不全はなく、どのような人柄も完璧に偽装してみせる。

フリッグやミアのケースを見ればそれがよく分かるというもの。
決して感情がないわけではない、それは確信している。

「――――俺は、君に救われもしたし・・・・挫かれもしたわけだ」

溜め息と共に、金一がゆっくりと言葉を続けていく。

「恐らく君にそんなつもりはないだろうが・・・俺は結果的に、とても大事な事に気付けたよ」

パトラとリシアがピクリと反応するが、口を挟もうとはしない。
いまだその胸に穴を穿たれたまま、しかし威風堂々と立つ金一の姿。

それはまさに、凡百の人間が『正義の味方』と形容するだろう―――――燦然たる勇姿だった。

「だから君に、これ以上の罪を重ねて欲しくはない。自分勝手極まりない主張だが、紛れもない俺の願いだ」

ほんの僅かに、マリアの目が細められる。
視線が鋭くなったようにも見えるが、それは違う。

リシアからすればそれは、まるで眩しい物を見るかのような目だった

「だから―――――神崎・H・マリア。どうかこのまま・・・・降伏してくれないか」

右手を、静かに差し出す金一。
その瞳は真っ直ぐに、一心にマリアを見つめている。

ここであえて投降と言わなかったのは、彼なりの立場の示唆なのだろう。
武偵としてではなく、一人の人間としての頼みだと、友人としての願いなのだと。

肌寒い潮風が吹き抜け、四人の髪を揺らす。
ゆっくりとマリアの目が伏せられ、一秒、二秒と時間が過ぎていく。

パトラとリシアが固唾を呑んで見守る中、金一は一片の揺らぎもない目でジッと見続ける。
そして、やがて開かれたマリアの瞳―――――

それもまた、欠片の揺らぎも映しはしていなかった。

「私は曾お爺様の示す道こそが最良と断じてここにいます。その障害になるものを排するのに、些少の躊躇いもありません」

どこまでもどこまでも、マリアは選んだ道を歩き続ける。
そう、後悔などしない――――躊躇いはしない。

これこそ最良の道、惑う事など何もないと。
そんな様子のマリアを見て、金一の表情が微かに歪む。

表面的に見れば、奴隷か狂信者同然と捉えられてもおかしくない思想。
しかし、彼女の意思に不純物などどこにも存在しないのだ。

苦しくない訳がない、辛くない訳がない。
しかしそれは、あくまで姉や母に対する後ろめたさから来るものであって、それ以外には罪悪感など感じていない。

「イ・ウーは世界の抑止力足りえた。ただそれが、世代交代するだけの話です」

だから無駄な抵抗は止めろ、大人しく行く末を見ていればいい。
言葉にされずとも、視線がそう言っていた。

溜め息一つしてから、手を下ろす。
ハッキリと言えば、成功率は低いと最初から分かっていた。

彼女の意思は、それこそ遠山にとっての『義』に勝るとも劣らない信念。
それを覆すなど、一朝一夕で出来れば苦労はしない。

だが、そうであるからこそ―――――

「・・・・ならば、こうするしかないな」

袖に隠しておいたピースメーカーを、僅かな動作で両手に落とす。
不可視の弾丸(インヴィジビレ)』を放つための、無形の構えだ。

「それが出来るはずもないと、貴方自身が一番理解しているはずですが・・・・」
「それは百も承知だ」

どこか自嘲めいたような不敵な笑みを浮かべ、それでも構えは解かない。

「私はあくまで貴方を足止めするだけです。余計な行動さえ取らなければ交戦の意思はありません」

つまり、このままならマリアがシャーロックに加勢する可能性はないのだ。
戦力の分散という目的を果たしている以上、金一が無理して戦う必要はない。

「それでも・・・・俺も譲れないからな」

交差する視線は、既に両者とも戦いのそれへと変わっている。
それに際して、パトラとリシアが少しばかり後ろに下がった。

「弟が戦ってるんだ。兄である俺が寝ている訳にもいかないだろう」
「・・・・そうですか」

懐に手を入れて、銃を取り出すマリア。
右手にいつものベレッタ、そして、左手にはM500も携えられていた。

滅多にすることのない、二丁(ダブラ)の構え。
肩幅程度に足を開き、それぞれを真っ直ぐに金一へと向けた。

「なら、力ずくで寝てもらいます」
「させないさ。俺も、少しは成長したからな」

駆け出しはほぼ同時。
イ・ウーにおいて二度目になる、二人の戦いが幕を開けた。

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