小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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六十七話











「はぁ・・・・・・はぁ・・・・」

荒い息をついて、キンジは動きを止めていた。
その腹部にはガバメントが突きつけられ、この戦いの決着を明確に示している。

アリアの脇下ギリギリの床には深く銃弾がめり込み、それはキンジが心臓目掛けて放ったはずのものだった。
薬室が開いたままのベレッタは、つまり弾切れになったことを語っている。

要するに詰み、キンジの敗北である。

「・・・・・どうしてよ、キンジ」

しかし勝者であるはずのアリアの表情は、まるで苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
勝った事に対する喜びなど欠片もなく、これでは勝敗が逆のように見える。

「どうして最後の一発、外したのよ・・・」

アリアの問いかけにキンジは答えない。
心臓を狙った一撃、あれはどうやっても避けられるタイミングではなかった。

体を動かす余裕などなく、さすがのアリアも敗北を悟ったくらいだ。
だが結果として当たらなかった。

発砲の直前、キンジが自ら銃口をズラしたことによって。

「バカにしてるの? あたしを脅してるつもり!?」 

キッと睨みつけて叫ぶアリア。
どうやらキンジの行動が、自分を格下に見ているように感じたらしい。

キンジからすれば全力を振り絞ってこじ開けた活路だったのだが、どうにもやるせない。
思いっきり溜め息をつきたくなるのをグッと堪え、目的を果たすために口を開く。

「そんなつもりあるか。撃ちたくないから撃たなかっただけだ」

半ば力任せな制御を行なったせいか、全身からドッと汗が流れる。
気怠い感覚を無理やりに押し込め、まだまだ余裕といった態度を崩さぬよう心がける。

ここで大切なのは、あらゆる意味において互いの立場を対等にすることだ。
どちらかに優劣を傾けず、あくまでパートナーとして説き伏せる必要がある。

ベルセのおかげで滅茶苦茶になりかけたが、まだ修正は可能なはずだと考える。
とはいえ、先程までキンジがアリアを圧倒していたという事実は変わらない。

だからこそアリアの顔が悔しさと怒りに染まっているのであり、ガバメントを握る手に無駄な力が入っているのだ。
無駄に高いプライドを持っているが故に、その引き金を引けないまま。

「言ったろ、お前を奪うって。だけどそれは、あくまでパートナーとしてだ、こんなんじゃ意味がない」

故に思案する。
これ以上アリアに危険を及ぼさず、アリアをこちらに取り戻す方法を。

「言ったでしょ、あたしはもうパートナーはいらない。ここで家族と一緒に―――――」
「じゃあ聞くぞ」

言葉を遮って、キンジも強い視線でアリアを見据える。

「お前は、イ・ウーで犯罪者になって世界の敵になるのか?」

半端な言い訳は許さないと言わんばかりに、視線だけで身を縛るように。

「妹と先祖様が言ったからって、かなえさんも巻き込んでめでたく犯罪者一家にでもなりたいのか」

キレイな部分だけに目がくらみ、明らかな矛盾から背を向ける。
そんな神崎・H・アリアを、キンジは認めない。

「認められるようにとか言って武偵になっておいて、結局はハイエナみたいにシャーロックのおこぼれ(・・・・)に縋るのかよ」
「っ!」

ビクリと、アリアの体が跳ねる。
その瞳の光に、確かな揺らぎが見えた。

「母親に濡れ衣を着せた奴らが許せないなんて言いながら、今度はお前が着せる側になるんだぞ」

何度も言うように、イ・ウーは無法者の集まりだ。
トップが言ったからといって、さすがに犯罪をするな、なんて命令には従わないだろう。

アリアがどう思おうと、イ・ウーを継げば犯罪者の親玉になるしかないのだ。
それはまさにアリアが絶対に許せないと言っていたハズの人間そのものであり、今の行いはそれらを肯定してしまう事に他ならない。

キンジが言葉をはく度に、アリアの表情が歪んでいく。
意味を飲み込み、理解し、葛藤の色が広がっていく。

「そりゃ楽だろうよ。ここにいれば、それだけで何倍も強くなれるだろうしな。今までのお前の努力なんか鼻で笑えるくらいによ」

小さくギリッと歯軋りの音が聞こえたのは聞き間違いではないだろう。
手に力が入りすぎているらしく、アリアのガバメントが小刻みに揺れている。

そうだ、もっと怒れ。それは違うと叫び出せ。
今の自分を否定して、間違いに気付けよ。

内心でそう呟きながら、なおも言い募るキンジ。

「そんなもんで満足するっていうんなら行けばいいさ。ご先祖様に泣き寝入りしなきゃ何も出来ないような落ちこぼれ君(・・・・・・)にはお似合いだよ」
「っ―――――、じゃあどうしろっていうのよっ!!!」

さすがに我慢の限界だったらしく、鼓膜がちぎれんばかりの声で叫ぶ。
空気がビリリと震えたと感じるほどの大音量で、しかしキンジは少したりとも引かない。

真正面から視線をぶつけ合い、火花でも散りそうになりながらも頑として譲らない。

「曾お爺様に銃でも向けろって言うの!? マリアと戦えとでも言うわけ!? そんな事出来るわけないじゃない!!」

悲痛な叫びは反響し、アリアの目の端から涙が滲む。
例え間違ったやり方だと理解しても、だからと言って敵対など出来る相手じゃないと。

認めてくれた崇拝の相手、生きていてくれた最愛の妹。
犯罪者であろうとも、こればかりは譲れないのだ。

故に、どうすればいいのか分からない。

「教えてよ・・・・キンジ。あたし・・・・・・・もう何も、分かんないよ・・・」

ポロポロと、こぼれ落ちた雫が床を濡らす。
先程までの鋭い目の光は影も形もなく、そこにはただ迷子になって震えている少女がいるだけだった。

「・・・・・・はぁ」

キンジもまた、険しさを散らして息をはいた。
ここ最近はこんな事ばかりだと常々思う。

ことマリアが絡む事に限り、アリアは泣いてばかりだ。

(理子の時とブラドの時、七夕祭りの時。それに―――――)

思考を途中で打ち切り、目の前の迷子を見る。
弱々しくて、泣き虫で、淋しがりやで、何より見た目通りの子供。

妹とは真逆で、どちらが姉だか分からない。
苦しいのにやせ我慢じて、悲しいのに無駄に隠そうとする。

一緒にいるだけで心身共にストレスが貯まる一方な、おおよそ疫病神としか言えない存在に相違ない。
こんなのを何で必死に連れ戻したがっているのか、キンジは今さらながら疑問に思ってきた。

(ま、それは後々考えるか・・・・・)

今はただ、答えてやらねばならない。
どちらか選ばなくてはならない、しかしどちらも選べない。

二つに一つ、ならばパートナーであるキンジの役目は一つしかない。

「決まってるだろ」
「え・・・?」

直後に、ガバメントを握るアリアの手を掴む。
ピクリと震えたアリアだが、特に抵抗するぞぶりは見せなかった。

そのままゆっくりと、キンジは銃口を上へと移動させていく。

「キン・・・ジ・・・?」

その行き先を予想したのか、アリアが目を見開く。
声が僅かに震え、だがキンジは無言でさらに上へ上へと銃口を動かした。

自らの・・・・・・・額の中心へ。

「な、なにやってるのよ・・・・キンジ――――」
「いいかアリア」

アリアの言葉を無視し、力強い口調で話す。

「お前は、戦わなくていい。俺が一人でシャーロックと戦うし、絶対に勝つ。パートナーを――――俺を信じろ」

淀みなく、一切の迷いもなく述べていく。
その、いっそ眩しいほどに強い光を宿す瞳に、アリアは目を釘付けにされた。

「マリアの事は・・・・まぁ兄さんが上手くやってくれるだろうし、出来なくとも俺が何とかする。あいつには昔、さんざん世話になったからな」

どこか遠い目をしながら苦笑するキンジに、アリアは胸の奥がチリッと痛むのを感じた。
その違和感に眉を寄せつつ、キンジの言葉に耳を傾ける。

「それでもどうしても信じられない、向こう側につく―――って言うのなら・・・・・・今ここで、俺を殺せ」
「なっ!?」

何を馬鹿なことを――――
そういいかけて、しかしキンジの目は決して冗談なんかじゃないと語っている。

撃たないのなら、無理矢理にでも連れていくと。
そうされたくなければ、ここで俺を消して行け。

言葉にせずとも、そう頭に直接響いてきている気がしたのだった。
選ぶ事が出来ないアリアに対し、これ以上ない詰みだった。

もはや、迷う時間は残されていない。
追い立てているに等しい行為だが、キンジはこれを失策だとは露程にも思っていない。

あくまで選ぶのはアリアの意思であるべきで、選ばせないなんてのはそれこそ論外だから。
脅しと取られようと構わない、結局この二択しかないのだから条件は一緒だと。

「・・・・・・・どうしてよ、キンジ」

涙腺が崩壊したかのように涙を流す。
苦しさに押しつぶされそうな姿に、キンジは心の中で祈るしかなかった。

握った手が小刻みに震え、銃口がブレる。

「そんなこと・・・・・出来るわけないじゃない・・・」

そしてとうとう、アリアがガバメントを手放した。
ガシャリと音を立てて床に落下し、ついにお互い丸腰になる。

「二人と戦う事は、出来ない・・・。でも・・・・・・キンジを殺すなんてことも・・・・出来ない・・・・出来ないよぉっ・・・・!!」

両手で顔を覆い、しゃくりあげるアリア。
やがてそれは、無遠慮な泣き声として聖堂に響き渡る。

「・・・・・・」

キンジはそれを、ただジッと見ていた。
無言で床に倒れているアリアをそっと起こしてやり、ゆっくりと――――抱き締めた。

途端に背中に手が回され、胸に顔をうずめてくる。
より一層に、くぐもった声が大きくなった。

(なんとかなった、のかな・・・)

どっと疲れた思考でそう結論しながら、そっとアリアの頭を撫でてやる。
今のキンジはノルマーレ、女性に優しいヒステリアモードだから・・・・・・

そして、思考は次の段階へと進んでいく。
アリアが落ち着くのを待ちながら、キンジはこの先の戦いへと思いを馳せる。

(お次は世界最高の名探偵様か・・・・・)

ああは言ったものの、正直勝てるかどうかなんて分かるはずもない。
相手の実力を知らないというのもあるが、単純にキンジは今の自分の力量を測り損ねている。

ベルセの血流は、いまだに体の奥でくすぶっている。
これを使えばあるいは勝機を見いだせるかもしれないが、相手はあのマリアすら凌ぐであろう化け物である。

唯一の救いは男であることで、さらにはキンジ自身が何の躊躇も存在しない相手だということ。
むしろ喜んで殴りたいくらいにムカついているし、鉛玉の一発でもぶち込んでやらねば気が済まない。

さきほどは相手がアリアだったからベルセを抑え、結果として動きが鈍っていた。
それですらアリアを圧倒するのだから、真の力は本人すら想像もつかない。

(どのみち、行って何とかするしかないんだけどな)

微かな活路を見出し、小さく笑みを浮かべるキンジ。
胸の中で泣き続ける存在を感じながら、ポケットにある武偵弾を握りしめる。

(そう言えば、兄さんの方はどうなったんだろうな・・・・)

最後の戦いを前に、たった一人の兄の無事を祈るばかりだった。














彼女は、どうしてしまったのだろうか・・・・。
朧気な意識の中、最後に見たあの表情が忘れられない。

似たようなものは何度か見た事がある。
生きる目的や意味を失った者、絶望に打ちひしがれた者。

心が擦り切れた者や、無理やりに抑え込まれた者。
完全に自我を失った者、壊された者。

それらに非常に似通った、しかし絶対的に違うものを感じさせるものだった。
抑えているわけでもなく、消耗しているわけでもない。

例えるならそう―――――その瞬間から、ふと外れてしまった(・・・・・・・)ような感覚だった。
抜きとった、取り外した、引き抜いた、表現はどれでもいい。

何か、とてつもなく肝心なパーツがポロっと抜けてしまったかのような変化だった。
見た瞬間、これは誰だ? などと思ってしまうほどに―――――

彼女の身に何かが起きている。
それだけは紛れもない事実で、それを見過ごすなどもちろん出来ない。

だからそう、今の俺がすべきこと。
今すぐにでも目覚めなければならない、彼女が去ってしまう前に。

俺の足止めを果たし、こうしている間にも背を向けて歩いて言っているかも知れないんだ!
はやく、はやく、はやくっ。

彼女を――――――行かせてはいけないっ!!










「っ!」

ばっと目を見開き、まっさきに視界に映ったもの。
それは――――――


・・・眠るように目を閉じた、マリアの顔だった。
・・・・・・・・・とても・・・・・・近いっ!?

「ぅあっ!? なんっ! うっ――――がぁっ!?」

慌てて身を仰け反らそうとした瞬間、とてつもない激痛が全身を襲った。
それだけであの世に召されてしまいそうな感覚に、再び意識が持っていかれそうになる。

まるで全身の皮という皮を一斉に引き剥がされるかのような、筆舌しがたい地獄だった。
だがここで落ちるわけにはいかない、何故だか知らないが彼女が近くにいるのだから。

少しばかり近すぎるが・・・・・。
ともかく、絶好のチャンスである事に変わりはない。

痛みが引くまで荒い呼吸を繰り返し、やっとの事で再び目を開けられた。
やはり見間違いなどではなく、彼女が目の前で眠っている。

どうやら俺達は互いに向かい合うように寝そべっているようで、床から小さくない揺れを感じる。
視線だけを動かすと、どうやらアンベリール号から降ろした救命ボートにいるようだった。

集中して気配を探れば、すぐ近くにパトラとリシア、そして星伽の子もいるのが分かる。
何か作業中らしく、俺が起きた事に気付いていないようだ。

しかし、どうしてマリアとリシアはここにいるのだろうか?
もっと言えばどうしてマリアは眠っていて、あまつさえ・・・・・・・こんなにも近いのか。

自然と、マリアの顔をじっと見つめてしまう。
昔の面影を残し、だがしっかりと歳相応に成長していた。

姉と似通った容姿でありながら、それも持ち前の雰囲気で充分に見分けはつくというもの。
いつも無表情だが、こうして見ると可憐な少女にしか見えなかった。

前に見た時も思ったが、こうして物言わず静止していれば精巧な人形と見間違えてしまいそうだ。
距離が近い故に、クチナシのような甘い香りが嗅覚を刺激する。

心拍数が上がると同時に、ひどく心が落ち着く。
このままずっと感じていられたら、どれほど良いだろうか。

我ながら老人のような浸り方だが、それも悪くないと思えてしまうのだから仕方ない。
・・・・・・いや待て、こんな事を考えている場合か。

不覚にも目を閉じようとしてしまった。
まるで昼の太陽に眠気を誘われるかのごとく、自然と寝てしまおうなどと思っていた。

どれだけ気を抜いているんだ俺は、安らぎすぎだろう。
こうしている間にも、キンジはボストーク号の中で戦い続けているというのに。

とにかく、まずは彼女を起こさなければ話が始まらない。

「マリ・・・・かっ、こほっ・・!」

咳き込むと同時に数滴の血が飛んだ。
どうやら相当の出血だったようだ、血のめぐりも相当に不足している。

無理もないな、あれだけの無茶をやらかしたんだ。
昔から強いとは思っていたが、あれほどの実力を持っていたとはな。

まぁ・・・・・・それも無理はないか。
彼女が・・・・・フリッグだったのだから・・・・。

「・・・・・」

今思えば、おかしな点はいくつもあった。
ミアの時も、シャーロック以外の誰に聞いても情報はさっぱりだった。

何度も会おうとして、しかし結局会えるのはフリッグで追い立てる時だけ。
会っている際、シャーロックやジャンヌや理子の声は聞こえても決してフリッグは通信に参加してこなかった。

だいたい、追い立てなければ出会えない相手に、そもそもどうやってフリッグが危害をくわえられたというのか。
冷静に考えれば矛盾はあちこちにあった、ただそれを間抜けにも見落としていた。

昔の自分を殴りたい気分になりつつ、気分は落ち込むばかりだ。

「はぁ・・・」

なんとも、無様な姿を間近で見られたものだ。
誰よりも近くで、これ以上ないほどにジックリと。

「はぁ〜・・・」

溜め息が出るのを抑えられない、むしろこのまま海に身を投げ出したい気分にすらなってきた。
情けない、滑稽にもほどがある。

そして、ふと・・・・・・・・・最悪な記憶がフラッシュバックした。
胸倉を掴んで押し倒した・・・・・ホテルで裏拳をかました・・・・・思いっきり嫌悪感を吐き出した・・・・・目の前でパトラにキスをした・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・」

世界が―――――色を失った気がした。
急速に体温が低下し、残り少ない血がさらに引いた。

ここまでくると冷や汗すら出てこない、本物の絶望というものを知った。

「・・・・・・終わりだ」
「何がです?」
「え・・・・」

誰にともなく呟いた言葉に返答があった。
反射的に声のした方向へ視線を向け―――――固まった。

「気がついたようで幸いです。ですが出血と裂傷でしばらくは体を動かすのは危険でしょう、今回はどうかそのまま休んでいてもらえると―――――」

つらつらと言葉を述べている彼女は、瞼を半分だけ開けている。
寝起きでまだ完全に覚醒していないのだろう。

声も小さく、少しボソボソとした喋りになっている
だが、問題はそこではなかった。

彼女が起きた、ただそれだけ。
だというのに、それを認識した瞬間に異常が発生した。

具体的には心拍数の爆増、体温の急上昇、大量の発汗、エトセトラエトセトラ―――。
とにかく、要するに、だ。

俺は―――――とてつもなく緊張している。
至近距離で、手を伸ばせば容易に触れられる距離で、見つめ合うような状態で寝そべっているのだ。

何も知らない者が見れば、それこそ添い寝でもしていると思われそうな近さなのだ。
さっきまでは彼女が寝ていたから良かった。

しかし、今は紛れもなく意識を取り戻し、こうして視線を交わしているのだ。
なにが違うのかと問われれば何もかもが違うと答えよう、とにかく由々しき事態だ。

何故なら俺は、現在とても動ける状態じゃない。
無理をすればどうこうという話ではなく、脳信号に対する肉体の反応が鈍いのだ。

それほどのダメージを受けた故に、まともに動けるようになるまで数週間はかかるだろう。
だからこそ、今の上体を改善するには彼女に動いてもらうしかない。

「―――――さん?」

しかし、どう言えばいいだろうか?
邪魔だからあっちに行ってくれなどとは口が裂けても言えない、むしろ言いたくない。

「――――ちさん?」

あっちを向いてくれ、も無理だ。 
対策としては充分だが同じく言いたくない。

ならば水を飲みたいとでも言うか?
だが、今の状態では水を飲むことすら危ういだろう、下手に吐き出して迷惑をかけるのも望む所ではない。

「―――一さん? どうし――です? 顔が――――よ?」

いや、ならばリシアはどうだ?
俺も医者の端くれだ、詳しい容態を聞きたいから呼んで来てくれないかとでも頼めばいい。

我ながらこれは名案だ、理に(かな)っているし不自然さもない。
これなら―――――

―――――――ん?
不意に、後頭部に何かが触れたような感触。

そして、額にも何かがコツンと当た・・・・・・・・・って・・・・・・・・・

「熱・・・が少しあるようですね。怪我の影響で風邪をひいてしまいましたか」
「な・・・・・あ・・・」

鼻先同士が今にも触れ合いそうな距離に、マリアの・・・・顔が・・・・あった。
吸い込まれそうな紺碧色の瞳、吐息がかかって頭が妙にクラクラする。

思考が追いついた瞬間、無意識に大きく息を吸っていた。



「―――――――――――――――ッッッッ!??!!!」



叫びと共に、傷が幾らか開いてしまった。

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緋弾のアリア 神崎・H・アリア (PVC塗装済み完成品)
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