小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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七十一話











「それでは後の処理はこちらで行うので、今回の事は永久に他言無用に願います」

そう言ってスーツ姿の男は席を立ち、さっさと部屋を出ていった。
訪れる静寂の中、キンジは大きく息をはく。

いつの間にか肩に力を入れていたらしいと気付き、苦笑する。
その時、違う人物が部屋に入ってくる。

「キンちゃん、お疲れ様です」
「おう」

ペコリとお辞儀した白雪に、一言返す。
ベッドの上で上半身だけを起こしたまま、窓の外へと視線を移す。

イ・ウーでの戦いから、ちょうど一週間が経過した。
酷使した体は死んだように睡眠を貪り、キンジは三日ほど眠りっぱなしだった。

アリアはほとんど負傷がなかったので、母親の裁判に向けての証拠集めに出突っ張りである。
とんでもない組織に関わってしまったからなのか、キンジは武偵病院にて人生初の個室生活を満喫中なのだ。

先程の男は政府関係者と名乗り、今回の出来事を根掘り葉掘り聞いてきた。
キンジは法務省の武装検事あたりではないかと思っているが、それを確認する術はない。

どの道、もう終わったことなのだと。

「あのねキンちゃん、今日はキンちゃんのクラスの人から色々もらってきてるんだよ」
「?」

何故だか妙に嬉しそうにな顔でそう言った白雪に、キンジは眉を寄せる。
白雪はここ四日ほど毎日お見舞いに来るだけに飽き足らず、色んな世話までしてくれるのだ。

自損技である『桜花』を使用し、右腕が包帯でグルグル巻きであっても、武偵校は情け容赦などしてはくれない。
一般科目の課題はさも当然のごとく出されるので、それを手伝ってくれるのはとてもありがたかった。

見舞い品であろうフルーツ盛りをキャビネットの上に置いて、バッグの中から何かを取り出す。
それはどうやら本が何冊か入ってるらしい紙袋。

「やっぱりキンちゃんは人望あるんだね。色んな人に心配されてるんだ」
「・・・・・・」

どうにも、キンジが誰かに心配されている=人望が厚い、という・・・妙な図式が成り立っているらしい。
百歩譲ってそうだとしても、何故白雪が嬉しがるのかがキンジには理解しかねるところだったが。

紙袋を受け取り、誰からなのか薄々予想はしながらも開封する。
ガサゴソと音を立てて中身を見て―――――

「―――っ!?」

ズボッ! と、即座に戻した。

「? キンちゃんどうかしたの?」
「い、いやっ! なんでもないぞ!」

疑問符を浮かべる白雪にどうにかそう答える。
すると白雪は「そっか」とだけ言ってベッド脇に椅子に腰を降ろした。

フルーツ盛りの中からリンゴを一つ手に取り、備え付けの果物ナイフで皮を剥き始める。
横目でそれを確認し、キンジはそっと紙袋の中を覗いた。

(これは絶対に武藤の奴だな、あの野郎・・・・!)

そこには、青少年御用達の情事専門書籍―――――通称エロ本があった。
題名が「巨乳幼馴染みのヒ・ミ・ツ」だの、「現代における黒髪撫子の希少性について!」だの、「生徒会長のイケナイ放課後」など。

そこはかとなく悪意を感じるチョイスに満ち溢れていた。
しかも題名に合わせ、表紙に載っている女達も所々が白雪っぽい感じがしなくもないような人物ばかり。

これを白雪に見られた日には、どんな黒雪が召喚されるか分かったものではない。
キンジの場合、単純にエロ本を直視したくないという思いで反射的に行なったのだが。

その時、不意に、キンジの携帯がメールの着信を知らせる。
紙袋を脇に置いて、内容を確認する。


―――From 武藤
  ようキンジ、そろそろ星伽さんから最高の贈り物を受け取った頃だろ?
  女からエロ本貰うとか背徳感がヤベェよな!!
  お前も病院生活は退屈だろ? オカズもないと色々苦労するもんな、分かるぜ!
  そんなお前に親友として心ばかりのプレゼントって奴だ。
  たしか個室なんだろ? 夜なら心配無用で発散出来るじゃねーか。
  
  ・・・・・・と、まぁ建前はこれくらいにして。
  リア充爆死しやがれ! 幼馴染みが付きっきりで看病だぁ? エロゲ体質も大概にしろ!
  エロ本見つかって白い目で見られろってんだバーカ!!(`Д´)p



「・・・・・・・」

痛い、痛すぎる沈黙が流れた。
ようやく文面を理解し始めたキンジの握力が増大し、携帯が軋む。

(タチが悪いなんて次元じゃねぇぞこれ・・・!)

万が一にでも白雪に知られたらと思うと、冷や汗が止まらないキンジ。
そうでなくともキンジにとっては爆弾を渡されたのと同義なのだから。

犯人すら意図しなかった二重の嫌がらせを受け、頭を抱えたくなるキンジ。
さりげなく紙袋を白雪のいる方とは反対側に置き、そのまま布団の中にしまいこむ。

「キンちゃん、リンゴどうぞ」

頬を赤らめ、フォークに刺したリンゴを差し出してくる白雪。
もしかしなくとも「あーん」のポーズなのだが、キンジの顔は引き攣るだけである。

ここで狂喜乱舞出来るような一般人であればどれだけ幸せだっただろうか。
事情を知る者なら誰もが思う事だろう。

上目遣いにキンジの反応をうかがう白雪を見て、キンジは腹を括るしかないのかと呻く。
咄嗟に話題も思いつかず、拒否すれば涙目になられて結局は根負けするだろう。

一つだけ我慢して食べて、寝るなりなんなりして回避すればいい。
そう思い、観念して口を開けようと―――――

―――・・・コンコン―――

して、不意に鳴ったノックの音に動きが止まる。
直後に白雪の舌打ちが聞こえた気がしたが、磨き上げられたスルースキルで放置した。

一瞬、アリアかと思ったキンジだが、それならこんな控えめなナックなどしないだろう。
むしろ予告なくこじ開けて「まだ治ってないわけ? そんなひ弱だからバカキンジなのよ、このバカ!」くらい言いそうである。

しかし悲しきかな、アリアと白雪を除けば見舞いに現れそうな友人が思いつかないキンジであった。
何人か候補は上げられても、とてもじゃないが実際に来るとは思えない。

「はーい」

キンジが何か言うより早く、白雪が立ち上がって扉に向かう。
スライドドアが控えめな音を立てて開き、訪問者と白雪が対面する。

角度的にキンジには見えないが、武偵校の制服・・・・しかも女物である事は分かった。
白雪の背中がピクリと震えた瞬間を、キンジは見逃さなかった。

「・・・・えっと、どちら様ですか? 部屋を間違えてませんか?」

そんな、一見すると丁寧な対応をする。
しかし、どこか相手を追い払おうという意思が見え隠れしている気がしないでもない。

態度からして、どうやら白雪と面識のない人物であることが分かる。
ますます誰だと眉を寄せるキンジだが、相変わらず訪問者の姿が見えない。

「いえ、間違いなく遠山キンジ先輩の病室だと把握しています。入ってもよろしいでしょうか?」
「・・・・・・・」

そう言われ、白雪は―――――
無言で、異常な威圧感を放ち始めた。

きっと正面に回れば人当たりのいい笑顔を浮かべていることだろう。
しかし、その身に纏う空気は阿修羅のごとく。

今の白雪を見れば武装検事すら裸足で逃げ出すんじゃないかとキンジは思った。
だがそれ以上に、キンジは訪問者の方へと意識を割いていた。

聞き覚えのある声に、自分を先輩呼ばわりする生徒なんて一人しか考えられなかったからだ。

「白雪、入れていいぞ」
「え・・・・でも・・・」
「いいから」

有無を言わさず言葉で退かせる。
数秒だけ逡巡した後、観念したように横に移動した。

白雪と同じく黒目黒髪の、一見すれば印象の薄い地味な少女。
一年生であるにも関わらず、どこか毅然とした雰囲気を持つその人物は、キンジの予想通りの相手だった。

「ご無沙汰しております、キンジさん」
「・・・・ああ、そうだな―――――黒村」















とりあえず・・・・まあ、あれだ。
白雪、そのドス黒いオーラ的な何かを引っ込めてくれ。

突如訪れた黒村の背後で、ハイライトの消えた瞳で突っ立っている白雪。
それが、まるで黒村に取り憑かんとする幽霊みたいで気が気じゃない。

俺ですら気付くほどに遠慮なく放出してるんだから、当然黒村も気付いているはずだ。
なのに・・・・・

「思ったより息災なようで何よりです。アリアさんからもお見舞い品を預かってますので、よかったらどうぞ」
「あ・・・ああ」

知ったこっちゃないと言わんばかりにスルーする胆力は見事としか言いようがないぞ。
手渡された二つの紙袋のうち、片方の中身は・・・・桃まんだった。

十中八九アリアからだろう。
入院患者に桃まんってのもどうかと思うが。

しかも予め買ったものを預けたのか、すっかり冷めてるし。
貰っておいて言うのもなんだが、もうちょっと考えろよ

続いて黒村の持ってきた紙袋。
少し熱を感じることから、こっちも食べ物らしいな。

かくしてそこから出てきたのは―――――
・・・・・・・さくらまん、だった。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」


俺も、黒村も、そして白雪でさえ、黙ったままだ。
・・・・・おい、何か言えよ。

つーかお前ら、見舞う気あんのか?
どうして俺の周りってのはロクな見舞い品も用意出来ない奴ばっかりなんだよ。

いや、別に上等なもの寄越せってわけじゃないんだよ。
何を持って行っていいか分からないくらいなら手ブラでいいだろ。

まあ、小腹も空いてたから食うけどな。
つうかあれだ、ももまんはともかく・・・・さくらまんって確か北海道限定じゃなかったか?

どうやって仕入れたんだ黒村・・・・。
まさかわざわざ取り寄せたわけでもないだろう。

さくらの風味がけっこう美味かった。

「まあ、ありがとな。アリアにも礼を言っといてくれ」
「いえ、気に入っていただけたなら良かったです。極秘のルートから入手した甲斐がありました」

そんなしょうもない極秘ルート使うなよ・・・・。
ニッコリ微笑んで言うことか。

そんでもって息を吹き返したように黒雪オーラ全開の白雪。
もう勘弁してくれ、胃に穴が開きそうだ。

そんなことより―――――

「白雪、悪いんだがちょっと席を外してくれないか。黒村と話があるんだ」
「え?」

虚を突かれたように目を丸くする。
それくらいに意外な言葉だったんだろう。

女嫌いのはずの俺が、女と二人っきりになろうってんだからな、それも当然か。

「頼む」
「あ・・・・うん、わかった」

少しだけ真剣に頼めば、あっさり引いてくれる。
こちらの様子をチラチラと見ながら、白雪は退室していった。

ドアが閉まった音を最後に、室内に沈黙が流れる。
開けた窓の外から、町の喧騒が聞こえるだけだ。

「それで、話というのは?」

キョトンとした表情で、首を傾げて聞いてくる。
それは、初めて会った時と全く変わらない、慎ましい後輩の顔そのもので。

これから切り出そうとする意思に、微かな揺らぎを呼び起こすものだった。
けれで、ここで引いたら駄目だと自分を叱咤する。

大丈夫、間違いない、それ以外に考えられないのだから。
この四日ほど、何もすることがないからこそ考え続けた末のものだ。

いつもは厄介事の種でしかない俺の体質だが、今のこの時だけは信じるんだ。
―――――ヒステリアモードの時の、俺の直感と推理を。

「・・・・正直、ここに来るのは予想外だった。また会うのは、もうしばらく先になるかと思ってたからな」
「・・・キンジさん?」

黒村が、何を言っているのか分からないという顔をする。
突然訳の分からない事を言い出した先輩に、困惑するような、気遣うような、そんな視線。

また少し、揺らぐ。
本当に、大したもんだよ。

実際かなりキツイぞこれ。
もし本当に違ったらとか思うだけで、今すぐ転げ回りたくなる。

下手に情報を流すわけにはいかないとか以前に、唯一先輩扱いしてくれる後輩に頭のイカれた変人とか思われるのは、相当にダメージをくらいそうだ。
だが、もう後には引けない、というか引いてたまるか。

絶対に間違いない、そうであってくれマジで頼むから。

「それは、俺なんかが気付くわけないって思ったからなのか? それとも、知ったところで俺なんかには何も出来ないって思ったからか? 黒村・・・・いや―――――」

一拍おいて、息を吸う。
ヒステリアモードでもないってのに、なんでこんな駆け引き地味たことしなきゃならないんだか。

「―――マリア」
「・・・・・」

それはほんの、微かな変化。
物理的に例えるなら、薄い紙の上にもう二・三枚だけ紙を乗せた程度の、些細な違い。

それくらいの差だけ、空気が重くなった。
部屋の外の人間には決して悟らせない、絶妙な圧力。

それでいて俺にさえ感じ取れるような、いっそ職人芸とでも言ったほうが良いくらいの変化だった。

「・・・いいえ」

そっと、一呼吸入れただけの刹那。
瞬きした瞬間には、マリア(・・・)が窓際まで移動していた。

窓の外に視線を向けながら、右の手のひらで両目を覆う。

「どちらも、否です」

静かに手を退けて。
再びこちらに向けられた目は、空だった。

陽の光を反射している分、いつもより明るく光って見えるから。
今のマリアの目は、ガラスの向こうに広がる大空のような瞳だった。

・・・・・ほっとしたような、残念なような。
よく分からない思いが渦巻く。

関係ない後輩に変人認定される心配がなくなったのと、心の何処かで違っていて欲しかったと思う、二律背反。
なんつうか、会うにしても心の準備とかさ、そんな色々が必要だったわけなんだよ。

あの時はそんな状況じゃなかったけど、今は吐いて捨てるほど時間がある。
話したい事が山程あったはずなのに、いざ目の前にすると全部消えて何言えばいいのか分からなくなって。

無駄にモヤモヤする気分が、どうにも痒い。
でも、だからと言ってこのままって訳にもいかないだろう。

異を決して、俺は口を開く。

「マリア、お前は――――」

―――ガラッ!―――

そんな俺の決心を遮るように―――――
勢いよく、部屋の扉が開いた。

-72-
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