小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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七十二話










「「見つけたぁーーーー!!」」

開かれた扉の向こうにいたのは、随分と息の上がった理子とジャンヌだった。
その視線はキンジ――――ではなくマリアに向けられ、二人の目的が一目で分かるというもの。

すぐさま駆け寄ろうとして―――――

「ちょっ、ジャンヌ邪魔! そこどいてっ!」
「お前こそ邪魔だぞ! 私が先に入るのだ!」

我先に入らんとするあまり、ドアにつっかえて押し合いへし合いの攻防を繰り広げていた。

「理子の方が来るの早かったんだから理子が先でしょ!」
「何を言う、私の方が0.5秒ほど早かった!」
「理子の方が0.1秒早かったよ!」
「私の方が0.01秒早かった!」
「0.001秒!」
「0.0001秒!」
「0.0000―――――」

少数を覚えたての小学生のごとき低レベルな争いを展開し、一向に話が進まない。
こんなアホ共に話を遮られたのかと思うと、キンジは頭を抱えたくなった。

「キンジさん」

一方のマリアは二人を無視することにしたらしい。
若干不憫な気がしないでもなかったが、自業自得と割り切るしかないだろう。

「先程の問いにもう一度答えますが、あなたを過小評価していた訳ではありません。むしろキンジさんなら先週の件の時点で気づいただろうと、確信をもってここに来ました」

そう、キンジはフリッグがマリアだと暴かれたその瞬間に、連鎖的にマリアが里香であることも見破っていた。
これまで里香に対して感じていた違和感を、マリアと対峙した時に感じていたからだ。

マリアこそが真理の正体であると分れば、自然と今まで離れていた点と点が結ばれる事になる。
アリアが里香に感じていた違和感も、そう考えれば辻褄が合うのだから。

キンジの力を認めるそのセリフに、現金にも喜んでしまった自分に、キンジは苦笑する。
ヒステリアモードを忌避するキンジにとって、今回の戦闘はあまりにもやりすぎたという自覚があった。

にも関わらず、目の前の元パートナーに認めてもらえている事を悪くないと感じている。
それと同時に、それを承知の上で何故ここに来たのか? という疑問が浮上する。

イ・ウーが無くなった今、残った者達は世界の方々へ雲隠れした。
それを実際に目撃したのは他ならぬキンジであったし、マリアもまたそうなのだと思っていた。

実際にあの日、キンジが金一達と合流した時には既に姿が消えた後であったし、それにアリアが少なからず落胆したのも記憶に新しい。
あくまで予想ではあるが、イ・ウーの残党である彼女が日本に留まるのは危険なのではないかとキンジは思う。

組織の崩壊を一早く掴んだのは間違いなく日本政府であろうし、即応出来る国もまた同様なはずだ。
わざわざ敵地の――それも武偵校の近くという――ど真ん中に再び顔を出したのはいったいどう言う意図なのか。

「そして、私がここに居るという事を誰にも他言無用でいるよう忠告しに来ました」
「・・・・忠告?」
「はい」

思わず聞き返した言葉に、やはり答えは同じだった。
ヒステリアモードではない頭で、キンジは言葉の意味を考える。

単純に額面通りに受け取るならば、こちらの命を人質にした脅迫と思えるだろう。
マリアの実力は今さら疑いようのないものであり、金一が実力で敗北したことからも明らかだ。

キンジとしても事を荒立てたくないのは確かだが、どうにも妙な違和感が拭えない。
あくまで何となくでしかないのだが、これは脅迫というより、もっとこう・・・・・善意的(・・・)とすら形容出来るようなニュアンスに思えるのだ。

それこそ、含むもののない純粋な忠告――――いや、アドバイスと言ってもいいかも知れない。
これも元パートナーとしての経験故か、彼女の纏う空気に剣呑さが無いことを自然と感じ取ったのだ。

「私がここにいる事は、そう遠くないうちに知られるでしょう。ですが今この時期に知られると、余計な混乱を招くだけです」
「それは・・・・お前が知られたら不味いだけじゃないのか・・・?」

シャーロックの右腕とまで言われていた人間。
それこそ公安0課や武装検事が中隊規模で送られても不思議ではない。

そうなれば、あのブラドやパトラといった化け物や超人でさえ生きて逃げられるかどうか。
それを考えれば、今のマリアの状況はまさに袋の鼠と言っても過言ではない。

しかし、やはりマリアの表情は相変わらずで。

「逆です。下手にそんな事をして、被害を被るのは国の方です」
「それは・・・・どういう―――――」
「例えば、そこでいまだに漫才をやっている二人との戦いを思い出してください」

キンジの言葉を遮り、マリアは病室のドアの方へと視線を向けた。
そこには現在進行系で取っ組み合いを継続中の理子とジャンヌがおり、看護師の注意も右から左へ聞き流しているようだった。

白雪は近くにいないのか、姿が見えない。

「理子のケースでは飛行機の乗客を。ジャンヌの時は火薬を使って武偵校の生徒や一般人を人質に取られたはずです。今回はどちらかと言えば、ジャンヌの時に酷似していますね」
「マリア・・・」

それはキンジの考えを裏切り、やはり脅迫なのかと捉えられるセリフだった。
けれどそこで終わらず、マリアは話を続ける。

「そちら側からすれば、私の存在はその火薬と同義なのです」
「火薬・・・?」
「ええ。下手につつけば爆発し、多くの人間を巻き込むことでしょう。狡猾な策を労さずとも、私自身が既にとてつもない危険物であり、十二分な仕掛けなのです」
「・・・・・」

ここまで言えば、今のキンジといえど察しはつく。
注視すべきなのはマリアを捕まえられるかどうかではなく、仮に出来たとして、それに支払われるであろう対価の方なのだ。

間違いなく、なんてことのない静かな日常の裏でこっそり解決、なんて穏やかな展開にはならないだろう。
平和ボケの国だの何だのと言われる日本において、唯一超法規的に殺しの許可を与えられている集団。そんな者達とマリアが激突すれば、絶対に洒落にならない規模の負傷者が出る。

それこそ数百数千、あるいは万に匹敵するやもしれない。
時と場所によっては、武偵校の生徒や教員、付近の一般人にだって被害が及ぶ可能性だってある。

こうして当たり前のように対峙しているが、決して忘れてはならない・・・・・
目の前の少女が―――――世界最強と呼ばれた男と同じ能力を有していることを。

「彼らも、私が何か行動でも起こさない限りはそうそう手出ししようとは思わないでしょう。しかし、何処の組織も浮き足立っている現状で余計な波を立てれば、愚劣な行動に移る輩が出てこないとも限らない」

いつだって、どんな時代だって、自己の栄転に目がない痴愚はいるものだ。
そんな者に利用され、使い捨てられ、命を落とす者達が続出する。

火薬と例えたそれは、まさに的を射ている。
危険だと分かっていても・・・・いや、だからこそ、手を出そうなどと考えるような愚者に知らせてくれるなと。

忠告、というより警告。

「私もしばらくは大事を起こすつもりもありません。ですので、今のところはお互いに黙って日々を過ごすのが得策だと思います」

提案であっても、対等の立場などでは決してない。
譲歩しているのは向こう側、親切に歩み寄ってくれているとさえ言える。

無駄な犠牲など出したくないなら、しばらく放っておいてくれ、と。
そこでキンジは、根本的な疑問に直面する。

「まあ―――――」

それは、彼女という人間を相手取る上で・・・・・否、誰かと敵対する上で真っ先に考えねばならないはずのものだった。
シャーロック亡き今、この世界においては特にそれが肝心な相手だと言うのに。

彼らで私を(・・・・・)倒せると判(・・・・・)断したのなら(・・・・・)、そうしてもらっても構いませんが」
「っ・・・!」

それは至極単純な戦力比。
あの敵と戦って勝てるのかどうかという、基礎にも初歩にも満たないような当たり前過ぎる思考。

そして同時に、マリアがこの国に、この武偵校に留まる理由を真に理解する。
なんてことはない。結局のところ、ここが一番安全な場所だと判断したからだ。

数多の組織の監視網を潜り抜けるより、無理して組織のない他国へ逃げるより。
一番強い集団(・・・・・・)が最も大した(・・・・・・)ことのない国(・・・・・・)を選んだだけに過ぎないのだった。

自衛に大した労力を使わず、凶悪な組織の手が伸ばされにくい場所。
くわえて一週間前の時点で素早く入り込める国ともなれば、もう他には見当たらないだろう。

「・・・・・わかった」

そう答える事に、躊躇う理由はなかった。
キンジ自身もそうであるように、彼女をどうにかすることなど、少なくとも現時点では思いつかないから。

むしろ向こうから停戦を申し込んでくれたのだから、願ったり叶ったりだろう。
予め答えも予測していただろうマリアは、小さく頷いただけだった。

「・・・なあ」

そして、キンジはそれだけでは終われなかった。
こうなった以上、短期間だろうとマリアは武偵校にいるのだろう。 黒村里香として。

それならば、まっ先に聞きたい事があったから。

「なんでしょう?」
「その・・・・なんだ。このことは・・・・アリアには・・・?」

停戦についの問いではない。
アリアが了承しようとしまいと、マリアをどうこう出来る手段がなければ手の出しようがない。

この問いはそれ以前の問題だ。
つまり、里香の正体がマリアであることを話すのか否かということ。

「話しませんよ」

即答と言っていいほどキッパリとした否定。
これについても、キンジは特に驚きはしなかった。

「・・・・ま、話した時の反応を考えりゃ、無理だよなあ・・・・」

間違いなく正気を保ってはいられないだろう、良い意味でも悪い意味でも。
本名を声高々に叫びながら飛びついて放そうとしないのが目に浮かぶようだ。

「それに、しばらくは姉さんも忙しいでしょうし。顔を合わせる機会も減るでしょう」
「それもそうか」

まさに今この時も母親を救おうとしているアリア。
今回手に入ったであろう証拠の数々を提示すれば、素人目に見たってほぼ間違いなく冤罪を晴らせるだろう。

少なくとキンジは―――――そう考えている。

「・・・・なあマリア」
「はい」

気が付けば、二人とも窓の外に視線を移していた。
あの戦いが嘘であったかのように晴れ渡った空は、今この時の平穏を象徴しているようだ。

後ろで少女達が騒ぐ音など、とうに二人の耳には聞こえていなかった。

「お前、これからどうするんだ?」

あそこで生き、育ってきたマリアは、この先の永い人生をどう過ごしていくつもりなのか。
不意に思いつき、しかしとんと想像出来ないそれを、キンジは問うた。

数秒の間。

それが妙に長い時間に感じたのは、決してキンジの気のせいだけではないだろう。
物言わぬ人形のごとく閉ざされていた口が開いて―――――

「もちろん私は―――――計画を次の段階に進めるだけですよ」

そう、答えたのだ。

「つぎ・・・・だと・・・?」

唖然とした声が響いて、風に煽られたカーテンが二人の間を舞う。
マリアの横顔を凝視したキンジに、しかし彼女は反応しない。

あくまで当然の事を、ただ淡々と述べるように。

「曾お爺様が仰っていたでしょう? あの戦いは『序曲』、単なるプロローグの閉幕にすぎません」

まだまだ続く。
どこまでも、どこまでも。

そんな悪夢のような囁きが、キンジの頭に響いたようだった。
単なる錯覚だと笑い飛ばせれば楽だっただろうが、目の前の人物の言葉には一片の偽りも見られない

だからこそ、これ以上の事を聞きたくなくて。

「・・・・マリア、お前は・・・・どうして、かなえさんに罪を着せたんだ」
「・・・・」

半ばヤケにも等しい強引な話題転換だったが、効果は想像以上どころの騒ぎではなかった。
まるで電池が切れたかのようにピタリと声が止んで、そのまま停止。

十秒、二十秒と経っても無反応だった。
不味い、と思うと同時に、これは好機だとキンジは思った。

アリアもきっと聞きたかった、途中参加だったキンジでさえ聞きたくて仕方のなかったこと。
そもそも、シャーロックはともかく彼女の目的とは何なのか?

緋弾の継承がシャーロックの目的であったなら、彼女は何のために活動しているのか。
この先何が起きて何が起きないのか、彼女はある程度知っているのではないだろうかとキンジは考える。

その上で計画と言うくらいなのだから、当然マリアもそれに大きく関わるということで。
それはつまり、今のまま事が運べば・・・・彼女とまた戦う可能性が高いということ。

そんなのは心の底から御免被りたいキンジ。

「・・・私は―――――」

たった今質問の意味を理解したかのように、マリアが答えようとして。

「っ!」

直後、ガバッとしゃがみこんだ。
何を、とキンジが聞くより前に――――

―――ズゴンッ!―――

「みぎゅっ!!」

鈍い音と野太い悲鳴が同時に聞こえたのだった。

「り、理子!?」

それは理子だった。
いつの間にやらジャンヌを制して入室をはたした理子は、そのまま全力疾走。

マリアの背中に飛びつこうとして、ものの見事に避けられたのであった。
その勢いのまま窓枠に顔面激突し、床に落下して今に至る。

「〜〜〜〜っっ!!?!」

両手で顔を押さえて悶絶し、ゴロゴロと床を転げまわる理子。
先程までの重苦しい空気が消し飛び、とてもじゃないがマリアが続きを言うようには思えない。

「ふん、愚かだな理子よ。こうなることは自明の理だったのだ」

そう言ってさりげなくマリアの横に立ち、ジャンヌはマリアの腰に手を回して抱き寄せた。
特に抵抗せずにいるマリアだが、もしかしなくともジャンヌの意図には微塵も気付いていないのだろう。

「久しいなマリア。遠山に正体をバラしたのは驚きだが、また会えて嬉しいぞ」
「はい。ジャンヌも変わりないようで安心しました」

必要以上に至近距離で会話をする二人に、たまたま廊下から目撃した人達が黄色い声を上げた。
それを合図にしたかのように理子が復活し、ジャンヌとマリアの間に突撃して強引に離れさせる。

その際にマリアと腕を組んで自分側に引き寄せるのも忘れない。

「ちょっとジャンヌ! うちのマリアに色目使わないでよ!」
「誰がお前のだ! さらっと家族のごとき接し方をするんじゃない!」
「将来的になるからいいんですぅー! あ、心配しなくてもジャンヌは友達だよ? た・だ・のっ! だけどね!」
「ふんっ、痛々しい妄想に勤しむ事に関しては大したものだな、感服する。いっそ二次元世界に旅立ったらどうだ?」
「あ・・・・マリアと一緒に二次元旅行? なにそれかなりいいかも」
「そんななわけあるかっ! 行くなら一人で行け!!」

理子が掴んでいるのとは反対側の腕をジャンヌが掴む。
二人ともがマリアの腕を引っ張り合い、両手がピンと張った状態のマリアは無表情で無反応。

キンジが右手で顔を覆い、溜め息をつく。
ここは病院で、個室で、自分の部屋のはずだ。

しかし今は女二人が一人の女を取り合ってギャアギャアと騒ぎ、さっきからドアの所で般若のごときオーラを放っている――おそらく看護婦長と思われる――人に気付かず火花を散らしていた。
唯一この場を収められそうなマリアは、現在進行系でユラユラと揺らされているにも関わらずボーっとした表情で無言を貫いている。

それでもって今のこの部屋の主であるはずのキンジは蚊帳の外ときた。
これはもう、どうリアクションすればいいのか皆目検討がつかない。

「・・・・・・寝るか」

通常モードのキンジに出来たのは、この空間の全てから目を背け、夢の世界へ逃避することだけだった。

「いい加減にしなさーーーーーいっ!!!!!」

旅立つ直前、看護婦長の雷が理子とジャンヌに直撃したのだった。

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