小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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七十三話











武偵病院にて看護婦長に三時間あまりの説教をもらった後、私達は武偵校の女子寮へと向かっていた。

「あ・・・足が痺れて動けないぃぃ・・・」
「こ、これが現代日本の拷問のやり口なのか・・・・時間をかけてじっくりと苦しめるとは・・・恐ろしい」
「いえ、立派な伝統座法ですからね」

たしかに苦行として用いられる事は否定しませんが。

「なんでマリ・・・・里香はそんなに平然としてるの・・・・?」
「どうしてと言われても、慣れているからとしか言えません」
「なん・・・だと・・・? 慣れるほどやらされた事があるという訳か・・・!」

・・・・曾お爺様に、ですけどね。
イ・ウーに連れて行かれた直後、まだ私が力を持たなかった頃の話です。

痛みや恐怖は早い内に慣れた方がいい、と言われたのが始まりでした。
それまで正座など一分たりともしたことがなかった身、当然十分もすれば限界で。

しかしそれで終了となるわけもなく、二時間も経った頃には泣いていた覚えがあります。
四時間ほど経った頃に痛みがスーッと消えていき、子供心に安心してしまったのが運のつきでした。

開始から七時間後、ようやく終了の許可が出た頃にはとうに手遅れ。
下半身の感覚が微塵も感じられない事に恐怖し、それから小一時間泣き叫んでいましたね。

泣きつかれて眠って、起きたら歩けるようになっていて心の底から安堵しました。
今のジャンヌのように、曾お爺様にこれが拷問の初歩となっている国があると聞かされ血の気が引いた。

動くのが当たり前だったものが動かせない、それがどれほどの恐怖かを骨の髄にまで刻まれた瞬間でしたね。

「三時間程度・・・・・なんて、可愛いものですよ」
「重いっ、なんか重いよっ!?」
「表情が変わらないのに哀愁が漂って見えるのは気のせいか?」

心配には及びません、今ではすっかり慣れました。
そうこう言っているうちに女子寮へと辿り着き、それぞれの部屋へと行こうとして―――――

「ちょっと待って、里香もここに住むの!?」

と、理子が今思いついたかのように叫び出した。

「そう言えばそうだ! さも当然のように来ていたから見逃すところだったぞ!?」

ジャンヌまで。
面倒なことになりそうだと、最近ある程度予測出来るようになってきた。

どうにも二人が暴走する時は、私の知る限り私が関わっている件だけと思われる。
そして、その被害は必ずと言っていいほど周囲に撒き散らされる。

このままでは他の生徒方にも迷惑がかかるし、何かしら手を打たなければとは思うのですが――――

「何号室!? ねえ何号室!? ねえねえねえ!!」
「相部屋は誰なんだ!? 知ってる人間かっ!?」
「・・・・・・」

もう、実力行使にでも移らなければどうにもならないような気がしました。
故に―――――

「うるさい」

実行することにします。














―――ピンポーン―――

「はぅあっ!?」

突然のインターホンに、部屋の住人―――中空知美咲は椅子から転がり落ちた。
通信での連絡等はともかく、それ以外でこの部屋に訪れる人間は極端に少ない。

彼女と同居人でもあるジャンヌは人気者ではあるが、上級生の部屋に押し掛ける後輩など、武偵校ではあまり見られないからだ。
だからこそ、中々ない一人っきりの時に来客が来れば、彼女は必ずと言っていいほど転げる。

「あ、あ、あ・・・とと、とにかく、で、でなければ」 

幸い、インターホンごしならば通常の会話は可能である。
しかし、もし相手が上がって来たらと思うと震えが止まらない。

自身に用事のある人間など思い浮かばないが、ジャンヌの関係者ならば帰ってくるまで待つと言い出しかねない。
深呼吸を繰り返しながら近付いて、訪問者が映し出されたモニターを覗く。

その時、意図せず「あ・・・」と声が漏れた。

「たしか・・・・黒村、里香さん・・・?」

やって来たのは、いつだったか同居人が好意を抱いていると暴露した対象の人物だった。
黒髪黒目と、日本人としては珍しくもなんともない外見なのだが、不思議と視線を奪われる雰囲気を纏った少女。

ジャンヌが音楽室で里香としていた事を思い出してしまい、顔が一瞬で真っ赤になる。
年頃の女子、それも恋愛経験など皆無な中空知にとって、あの日のショックはそう簡単に払拭出来るものではなかった。

女同士という背徳感。単純に女が二人なことでエロさが倍増しになる視覚的効果。
思い出しただけで目眩が起きそうな情景を何とか振り切り、中空知はモニター横のボタンを推す。

「はい」
『黒村里香です。こちらの住人であるジャンヌ・ダルクさんをお届けにあがりました』
「・・・・え?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった彼女を、誰が責められようか。
モニターを見るかぎり、ジャンヌがそばに立っているようには見えない。

声も聞こえないし、何より「届ける」という表現は不適切だろう。
送ってきた、ならともかく、まるで彼女がジャンヌを運んで来た(・・・・・)とでも言うような言い回しだった。

訝しみながらも、あまり待たせては悪いと思った中空知は素早く玄関へと歩を進めた。
ジャンヌとの和解(?)の一件以来、二人の仲は急速に深まっている。

その過程で、黒村里香とはどう言う人物か、という話を何度も聞いているのだ。
話し出したら止まらないジャンヌの説明を一言一句聞き逃さずに把握し、今では中空知自身、里香への苦手意識はあまり持っていない。

表情の変化が少しばかり乏しいと言うだけで、本当はとても優しい人なのだと捉えているのだ。
しかしそう考えると、あの日の彼女はとっても色気に溢れてたなぁ――――――などと、フラッシュバックを起こして赤面する事もしばしば。

玄関にたどり着いて鍵を回し、ドアをそっと開いた。

「お待たせしまし・・・・ひぃやぁぁぁっっ!?!」

突如、絶叫しながら尻餅をついた中空知。
その顔は蒼白になり、ガタガタと震えてある一点を指さしている。

前方には当然のごとく里香がいて、怯えた様子の中空知を見下ろしている。
別に、彼女が中空知に何をしたわけでもない。

ただ普通に突っ立っていただけであり、中空知が勝手に叫んで転んだのである。
しかし、ならばどうしてそんな事になったのか?

それは―――――

「お久しぶりです、中空知先輩。先も言いましたが、お届けものです」

そう言って、里香はこの部屋の住人であるジャンヌ・ダルクを差し出した(・・・・・)
その瞬間に「ひぃぃっ!!」と中空知が後退し、微妙な沈黙が流れる。

中空知は、里香が掴み上げている(・・・・・・・)ジャンヌの背中を見つめて震えている事しか出来なかった。
そこには、顔面からアイアンクローを受け、無抵抗にぶら下がっているジャンヌがいた。

手足は力の抜けた人形のようにダラリと垂れていて、抵抗どころか呻き声の一つも上げていない。
元々ジャンヌの方が身長が高いため、里香の腕の高さでは足が地面に擦れる形になる。

彼女の状態を効果音で表現するなら、「ブラーン・・・」といったところか。
そして、中空知の恐怖はそこで終わりではなかった。

「あ・・・・・み、峰・・・さん・・?」

視界の端に映った影を追えば、そこにはもう一人の犠牲者の姿。
こちらは里香が腕を持ち上げていないので、下半身がまるまる地面に触れている。

同じくアイアンクローで掴まれているので表情は窺い知れないが、いつもハイテンションな少女が無言で引きずられている絵面は、とてつもなく恐怖を煽られるものだった。

仮にも同年代の人間を片手で運んでくる里香の意外な腕力にも驚かされるが、今の中空知にそんな余裕はない。
一見すると死体を二つ引きずってきたかのようにも見えるので、恐ろしいことこの上なかった。

「あ・・・あ・・あの、お二人は・・・どうしたんでしゅか・・・?」

思わず噛んでしまった。

「いえ、少しばかり騒がしくしすぎたものですから、力づくで大人しくしてもらっただけです」
「・・・・・・」

もう何も言うまい。
詮索するべきではないと悟った中空知は、何とか震える足を叱咤して起き上がる。

先程から一寸たりとも動かない二人が気がかりだし、一秒でも早くベッドに運んだ方がいいだろう。

「ここに置いていくので、後は任せてもよろしいでしょうか? こっちの荷物も届けないといけないので」

そう言って理子を一瞥した里香に、心の底から戦慄する中空知だった。

「は、はい・・・・大丈夫です」
「そうですか。ではこれで失礼します、お休みなさい」
「お休み・・・なさい・・・」

ドサリと置かれたジャンヌの元へと近付けば、白目を向いたまま微動だにしない、抜け殻のような状態だった。
いったい何をされればこんな状態になるというのか、とても聞きたいようで一生知りたくない。

廊下に顔だけ出して見れば、理子をズルズルと引きずりながら去っていく里香の後ろ姿があった。

―――優しい・・・・・・のかな・・・・?

当分は解けないであろう何題にぶち当たった中空知であった。













荷物を届け終わった里香は、女子寮の上階へと上っていた。
イ・ウーが崩壊した翌日、彼女が真っ先に行なったのが寮への移住だった。

他の物件を探すという手もあるだろうが、里香はそれを選択しなかった。
何よりも優先するべきは計画の効率性であり、そのために必要な行動を取った結果である。

キンジが悟った事は概ね正解であり、一つは潜伏しやすかったからだ。
あくまで現状では黒村里香がマリアであることはバレておらず、その時が来るまでに少なからず時間はある。

寮生活の手続き自体は二ヶ月ほど前から済ませていたので、時期的な面で疑われる心配もない。
少しでも慣れ親しんだ場所にいた方がいざと言う時に動きやすく、攻めるにも守るにも適している。

移動に用いたオルクスもまだ隠し持っているため、逃走時の事を考えると、この人口浮島にいるのは都合がいいのだ。
幾百のプランを予め用意していて、どんな状況に対しても抜かりはない。

やがてたどり着いた場所は、女子寮の最上階。
人気を感じさせない廊下で、マリアは一つの扉の前で停止する。

ポケットからカードキーを取り出し、慣れた様子で中へと入った。
そこは、あまり好意的な感想を得られるとは言い難い部屋だった。

家具が必要最低限以下であり、生活感が著しく欠如している。
マリアが持ち込んだ荷物など微々たるものなので、同居人(・・・)の生活そのままの景色という事になる。

申し訳程度に置かれた卓袱(ちゃぶ)台が居間の中央で存在を主張し、物悲しさを余計に際立たせている。

「・・・おかえりなさい、里香さん」

そして、里香の帰宅を迎える、ひどく無機質な声。
里香が視線を向ければ、居間の隣にある寝室の壁に一人と一匹がいた。

相も変わらず機械的な光を放つ瑠璃色の瞳が、まっすぐに里香に向けられている。
隣には毛並鮮やかな狼が伏せており、目を閉じて静かに横たわっている。

ロボットレキことレキ、それに彼女の武偵犬のハイマキである。

「ただいま戻りました。夕食はもう?」
「取りました」
「そうですか」

端的なやり取りだけをして、里香は自身にあてがわれた部屋へと入っていく。
里香の寮生活での相部屋の人物、それがレキだった。

本来この部屋は一人用らしいのだが、二人居ても問題はない造りになっているのだ。
二ヶ月前に申請したと言っても仮予約みたいなもので、他の部屋が空いていなかった。

他にも一人部屋は何人かいるのだが、驚くことにレキは自分から名乗り出て部屋を提供したのだった。
教師陣も面食らっただろうが、引き受けてくれるならこれ幸いと、そのままとんとん拍子に決まったのである。

里香もそれを拒んだりはしなかったので、晴れて二人――と一匹――の共同生活が始まったのだ。
理子とジャンヌが知ればどんな反応をするか、それは賛否両論である。

レキだからと安心するのか、それともレキだからこそ暴走するのか。
どちらも容易に想像出来るし、里香にとって果てしなく面倒な事態なのは間違いないだろう。

もしかしなくとも、波乱の予兆を感じずにはいられない生活が幕を開けたのだ。

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