小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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七十五話










その一言がきっかけになったのかは分からない。
ほんの少しだけ落ち着きを取り戻したらしいアリアは、真っ直ぐに里香を見つめた。

「うん。里香も・・・・元気そうで、よかった」

最後の方は、耳をすまさなければ聞こえないほどに小さかった。
いつものような覇気はなく、まるで牙の折れた獣である。

理子とジャンヌは静かに成り行きを見守るつもりだが、万が一(・・・)があれば即座に動けるようにしていた。

「噂では大変な事態に巻き込まれたと聞いてましたけど。ご無事でなによりです」

キンジの入院と、アリアの連日欠席。
既に沈静化しつつあるとはいえ、校内で噂が飛び交い始めるのは実に早かった。

一説では「いつもの痴話喧嘩がデッドヒートしすぎたのでは?」という物もあったりなかったりする。

「キンジさんもお元気でしたし、その様子だとそちらの案件も一息ついたのでしょう?」
「あ・・・・うん。そう・・・ね」 

上手く言葉が出ないらしく、簡潔に肯定した。
ボストーク号内にある証拠集めが一段落して、こうして武偵校に足を運んだ。

本当なら徹夜で何週間入り浸ってでもかき集めたいところだが、頭に引っかかって仕方のない事があった故に。
しかし、実際に来てみればこの様だった。

普通に考えれば分かることだが、ここは人が多い。
こんな所でイ・ウー関連の話題をホイホイ出す訳にもいかず、考える事を不得手としているアリアには上手い言い回しが思いつかない。

「それはよかったです。色々と噂が絶えませんでしたから、心配しました」
「その・・・ごめんね。連絡もしないで・・・」
「いえ、ご多忙であったのなら仕方ないですよ」

そう言って、柔らかく微笑む里香。
心底ホッとしたような笑みは、まさしく友人の無事に安堵する女子のそれである。

はたから見れば何気ない会話に思えるだろうが、アリアは内心もどかしくて仕方なかった。
ただでさえこんな、『当人達だけに理解できる遠まわしな会話』みたいなものは神レベルに苦手である。

自然と里香が切り出す事を待つしかなく、それがより焦燥感を掻き立てる。
ならばいっそ人目のつかない場所へ連れていけばと思うだろうが、それも出来ない、なにせ・・・・

「・・・っ」

奥歯を噛み締め、思考を振り払う。
武偵としての習性と言ってしまえばそれまでだが、今ほどそれを憎らしく思った事はない。

ここで絶対に失念していけないのは、自分達は決して味方だと豪語出来るような関係でないということ。
むしろ大局的に見れば、百人に聞けば百人が敵同士と答えるような間柄なのだ。

理子とジャンヌは、それほど大きく出れる立場ではない。
一度捕まって預かりになっている身として、下手な事をすれば一生ブタ箱行きになっても文句は言えないのだから。

しかし、これがもし三対一の状況で、しかも誰にも見られる心配のないような場所だったら?
一度疑惑として浮かんでしまえば、後は風船のように膨らんでいく警戒心。

そんな事ない、あるはずないと自分に言い聞かせても、犯罪に関わる人間としての習慣が、どうしても身構えさせる。
武偵として対峙するべきだという自分と、あくまで今までのように接していたいという自分。

甘えと取ってもらっても構わない。
しかし、それでも―――――

「とはいえ、無用の心配かも知れませんね。アリアさんほどの武偵には」
「っ!」

それも、一瞬の内に砕かれる。
表面上は、何も変わらない。

けれど、二人の間には見えない壁がそびえ立っているようだった。

「他の人はアリアさんにあまり良い感情は抱いていないようですけど、私はアリアさんが事件解決に注ぐ情熱のようなひたむきさには、尊敬すらしてますから」

素直な賛辞・・・・・なはずだ。
相手が里香でなければ、アリアは手放しで喜べたに違いない。

だが、今はこの世の何よりも鋭利な刃となってアリアを襲う。
どこかで、希望を抱いていたのは否定しようもない。

具体的にどう、と言われれば首を捻るしかないのだが。
それでも、かつてのように向き合っていられるんじゃいかと。

現実は無慈悲に、かつ容赦なく眼前に叩きつけれる。
武偵と犯罪者、その関係に変化はなく。 

武偵のお前は、犯罪者である自分と相容れないと。
いずれ、必ず自分を捕まえに来るのだろう? と。

問いかけなどでは断じてなく、それどころか、そうあらなければ許さないという意思にすら感じた。

「里香。私・・・・ね・・?」

震え混じりになてきた声で、ようやく口を開くアリア。
ギュッと目を瞑るようにして上を向き、涙が流れるのを必死に耐えているようだった。

数秒してから、今度は俯いて話しを続ける。

「この前・・・・ほんとに偶然、大切な人に会ったの・・・」

里香の眉がピクリと動くが、声を出す事はなかった。

「何年も会ってなくて・・・・・会えるとも思ってなかった。けど・・・すごく大事な人なの・・・」
「・・・・・・」

理子は静かにストローをくわえてコーラを飲み、ジャンヌは腕を組んで瞑目していた。
二人とも、既にアリアに対する警戒は解いている。

それどころか自分達は消えた方がいいのでは、とすら思い始めていたが、立ち退くタイミングを完全に逃してしまっていた。

「あまり話せなかったけど・・・・すごく嬉しかった。もっといっぱい・・・一緒にいたかったけど・・・・・また、どこか行っちゃって・・・・・今度は・・・いつ会えるか・・・分かんない」

もし、二人がただの先輩と後輩であったなら・・・
唐突な話題に、困惑することは必至だっただろう。

それくらいに不自然な流れで、しかし無関係の人間には意味を悟らせないギリギリのラインで・・・・・
それはきっと、アリアにとっては精一杯に考えて搾り出した話し方なのだろう。

「けど・・・・あたしはっ・・・・・また、会いたくて・・・・話したくて・・・・・・・だからっ・・・だから・・・・」

ここ一番の言葉を、どう言うべきか思いつかなかったらしい。
口を詰まらせ、それを悔しがるように拳に力が入る。

不器用だなぁとでも言いたげに理子が小さく溜め息をつき、ジャンヌは横目でアリアを見る。
里香は依然として、ただアリアを見据えていたが―――――

「・・・・そうですか」

ポツリと呟いて、僅かに目を細めた。
その奥に宿る感情は何なのか、誰にも推し量る事は出来ない。

「そこまで行方の分からない人なら、もうそれが最後かもしれませんね」
「―――っ!」

続いて告げられた言葉に、アリアの体がビクリと震えた。
ゆっくりと上げられた顔は、ただでさえ大きな瞳をこれでもかというほどに見開かれていた。

言われた事が信じられない、理解出来ないという心情がありありと浮かんでいる。

「で、でも・・・・・もしかしたら・・・――――」
「詳しくは知らないですが、会えるとも思わなかった程に長期間行方をくらませるような人物なら、探し出すことは非常に困難かと」
「けどっ――――」
「それに」

必死に食い下がろうとしたアリアの言葉を遮り、里香は一瞬の間をおいた。
それから先の言葉を、より深く刻み込めるように。

「こう言ってはなんですが。相手にしても、何も言わずに去るという事は・・・・つまりそう言うことではないでしょうか」
「っ!!」

銃弾で胸を撃ち抜かれたような衝撃が、アリアを襲う。
耐え続けていた涙が溢れ、雫が頬を伝っていく。

この場で唯一の幸運は、彼女達がいるのがラウンジの隅であった事だろう。
他の生徒からはアリアの背中しか見えないし、さきほどから近くで聞き耳を立てている者にも、ほとんど内容は聞き取れていない。

これがもし食堂のど真ん中であったなら、今頃は大騒動となっているだろう。
上級生は格上、の風潮が強い武偵校において、下級生が上級生を泣かせるなんてのは軽い噂の種である。

その上級生が、二年でも片手で数えるほどしかいないSランク武偵ともなれば、それこそ大騒動になることは想像に難くない。

「申し訳ないですが、無関係な私にはこれ以上言えることはないです」
「・・・・・そう」

ガクリと、力を失ったように項垂れるアリア。
そのまま背を向けて、おぼつかない足取りで去っていこうとする。

周囲の生徒達が訝しんだ様子で見ている中、ついには思いきり駆け出して食堂を後にした。
数秒、食堂に沈黙が流れる。

すぐに息を吹き返し、ヒソヒソと囁やき合う声が出始めた。
里香達に視線を送る者も多く、しかし直接聞き出そうとするほどの強者もいない。

そんな連中は眼中にないとばかりに、理子はポッキーを取り出してくわえた。

「よかったのーあれで? ヒットポイントが致命的だと思うんだけど」
「いいんですよ、あれで」
「まぁ、近い内にハッキリさせなければならなかった事ではある」

何事もなかったかのような態度の三人だが、理子とジャンヌはどことなく後味が悪そうな表情だった。
終始変化がないのはやはり里香だけであり、少し冷めてしまった紅茶を飲み下している。

・・・舞い戻ってきた元メンバーの事と言い、これは一騒ぎ起きそうだ。

共通の結論に至り、二人は揃って溜め息をつくのだった。



里香の持つカップに、ほんの小さなヒビが入っている事には気付かずに・・・・・。













のどかだなー・・・・・なんて思っていた時期が俺にもあった。
理子風に言えばフラグってやつだったんだろう。

白雪が学校に行き、一人ボーっと空を眺めていた。
昨日の馬鹿騒ぎのせいか、改めて平和のありがたみを実感したからな。

平和が一番、普通が最高。
そんな精神で昼を過ごしていた時、それは訪れた。

―――ガラッ・・・・・―――

「ん?」

ゆっくりと開けられた扉の向こうに、アリアがいた。
ノックくらいしろよお前、仮にも貴族だろうが―――なんて言ったら痛い思いをするから言わん。

ここは無難に、久しぶりだなーとでも言えばいいだろ。
けど、言おうとして、様子がおかしいことに気付いた。

顔を俯かせ、ユラユラとこちらに歩いてくる様は、幽鬼のようで不気味極まりない。
お前本当にアリアか? 超能力者に操られてるんじゃないのか? なんて、最近のトンデモ常識にすっかり毒された思考を展開していた。

「お、おいアリア? どうしたってんだよおま・・・え・・・・・・」

セリフの途中で、アリアが顔を上げた。
結論から言ってしまえば・・・・泣いていた。

そりゃあもう大洪水。
ア二メ表現も真っ青なくらいに大粒の涙をボロボロと零し、目元はすでに腫れ上がっていた。

「キンっ・・・ジぃぃ」

情けないくらいに弱々しい声で、俺を呼ぶ。
なんつうか、非常に不謹慎かもしれないが、まるで親に初めて叱られた子供みたいだった。

「あ〜、なんつうか・・・・・察するに、マリアの事か?」

こういっちゃなんだが、アリアはマリア関連においては泣いてばっかだと思う。
逆に考えれば、アリアが尋常じゃない大泣きをしている時は、マリア絡みである可能性が大ってわけだ。

いくら推理が苦手なアリアも、黒村がマリアってことには流石に気付いたんだろう。
ひどく抽象的な話だが、対面した時の感触が似てるっつうか全く同一だからな。

こういった方面じゃ、直感に優れたアリアの方が気付きやすいだろう。
初めて黒村に会ったときに気付かなかったのは、何年も会っていなかった、いわばブランク的なもんだろうな。

というより死んだと思っていたんだから、最初から対象に入らないだろ。
と、そんな諸々の推測は当たっていたらしく。

アリアがいきなり腰に抱きついて来やがった!
ちょっ! いてて! まだ完治してねぇってのに!!

「アリア! いってぇ!」
「ご・・・めんっ。でも、ちょっとだけ・・・・・ごめんっ」

回された手にさらに力がこもるが、こう言われると何も言えないだろ・・・・。
すすり泣く声が、病室に静かに響く。

つくづく個室で良かった。
女が泣くと、基本的に一番近くにいる男に罪が被る。

何もしていないのに悪役にされるってのがお約束だからな。
そうでなくても、ヒステリアモードにとって女の涙は絶対の強制力を持つ。

色んな意味で、俺にとっては不穏の種なわけだが―――――

「うぐっ・・・・ひっぐ・・・・うあぁぁぁっ・・・・」

これはさすがに、邪険には扱えんだろうよ。

「アリア。ゆっくりでいい、何があったか言ってみろ」

ポンポンと背中を叩いてやりながら、出来るだけ優しく言葉を投げかける。

「ぐすっ・・・うん」

普段なら天地がひっくり返っても出さないような素直な返事。
よっぽどキツイ事を味わったらしいな。

しばらく泣いていたアリアだったが、やがてポツポツと話始めた。

「イ・ウーでの証拠集めが一段落したから・・・・最初は、キンジのお見舞いに行こうとしてたの。一回も来れなかったから・・・」

冷めた桃まんなら来たけどな。
まぁあれはあれで美味かった。

「? そういやアリア。お前、あいつに桃まんを預けたんだよな?」

よく考えるとおかしいだろう。
気付いていて平然とお見舞いの品を預ける、なんて真似がアリアに出来ると思えない。

「あ・・・あれは、その・・・・・・・・・で・・・たのよ・・」
「は? なんだって?」
「だからっ!」

聞き返すと、さっきまでとは違う意味でアリアが顔を赤くした。

「後で気付いたのよ! 人伝に桃まんをあの子の所に送って、電話でお願いしてっ、切った後に気付いたのっ! 里香がマリアだってっ!」

・・・・・・おいおい。
遅すぎるにも程があるだろ。

どれだけ黒村の違和感を後回しにしてたんだよ。
電話で改めて感じて閃いたった事か。

こういっちゃんだが、ほんとにすげぇよお前は。
シャーロックの直感力受け継いでんのに、なんでこうも鈍いんだろうな。

むしろこっちのほうが才能なんじゃないかとさえ思えてきたんだが。

「い、今はいいじゃないそれはっ。それで、途中で・・・・もしかしたら、あの子が来てるかもしれないって思ったから、教室に行ってみたの」

そしたら大当りだったってわけか。
直感が働いてるんだか、そうでないんだか。

「そうしたら、食堂に行ったって聞いてから、急いで行って。理子とジャンヌと三人でいたから、話し掛けた・・・・んだけど・・・ね」

俺もそうだったが、アリアに対しても隠す気はないらしいな。
白昼堂々あの三人でいるなんて、むしろ気付けと言っているようなもんだ。

「絶交宣言でもされたか?」
「・・・そう・・・・なのかな。よく、分かんない・・・」

似たような事を言われたのか、声がひどく乾いていた。
これは相当にダメージをくらったらしい。 回復させるのは骨が折れそうだ。

・・・・・とはいえ、方法だけなら思いついてるんだがな。
つーか、こいつは何回同じ事を繰り返せば気が済むんだ?

これからマリアが絡むと毎回これをやるってんじゃないだろうな。

「・・・・アリア。ちょっと昔話に付き合ってくれ」
「え・・・?」

キョトンとした表情で見上げてくるアリアは、本当に同い年かと問いただしたくなるくらいに幼く見える。
ただでさえ小さいのに、涙目で上目遣いだからな。

「中学時代の時な、俺とあいつ――――マリアはパートナだったんだ」
「へっ!?」

驚くよなぁ、そりゃ。
一瞬だけ涙を吹っ飛ばす勢いで目を丸くして、そして何故か次の瞬間には凄まじい形相で睨んできやがった。

「・・・どういうこと?」
「おい待て、まずは全部聞いてから判断しろ。その後なら好きにして構わんから」
「・・・・・わかった」

なんとか落ち着いたらしいアリアに、俺はゆっくりと、噛み締めるように話していく。
今でも霞む事無く思い出せる、俺がまだ武偵を目指してひたむきに走っていた頃。

兄さんがいて、あいつがいて、こっ恥ずかしい言い方をすれば毎日が輝いていたってやつだ。
まぁ・・・・・一部、絶対に言えないような部分もあるにはあるんだが。

それでも、出来うる限りの事を話していった。
また、アリアがあいつと向き合えるように。

アリアがアリアらしく、真っ直ぐ立って突っ走れるように。
そのために必要なもんだと思ったからな。

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