小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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七十六話










かつての思い出を語るうち、キンジはふと、ある日交わした会話を思い出していた。
元パートナーの言葉に、今でも支えられる事は少なくない。

当時は理解出来なかった言葉でも、今なら、そういうことだったのかもしれないと思える。
これは、そんな中の一幕。









「お前ってさ、悩みとかなさそうだよな」
「・・・・それは、遠まわしに私をこけにしてるんですか?」

三年になったばかりの春、昼休みの屋上。
唐突に切り出したキンジの言葉に、真理は普段よりも三割増し冷たい視線を向けた。

「あいや、そう言う意味じゃなくてだなっ。真理ならそんじょそこらの問題とか悩みとかはすぐになんとかしそうだなっ、てことだ」

失言に気付き、あたふたと弁解するキンジ。
数秒の間じっとその様子を見て真理は納得したらしく、正面に視線を戻した。

屋上には他にも生徒達がたむろっており、その殆どが新入生だ。
新しい生活空間においてやっとこさ知り合った者達と、親睦を深めるために昼食を共にする。

屋上で弁当を広げる、なんて普通校では滅多に見られない光景もまた武偵校であればこそ。
誰かと親しくする、言い換えれば先を見据えてのコネを作っておく。例え本人達に自覚はなくとも、これはそう言う練習にもなりえる。

故に、たとえどこかのテレビア二メのようなシチュエーションであっても、そのような機会を得られる場所は積極的に解放されるのだ。

「別に、私だって全てを解決出来るわけでもありません。まぁ・・・・今現在悩みがあるかどうかと問われれば、ないですけど」

―――強いて言うなら、無駄に有名になってしまったことくらいか。
などと、今さら言っても遅い事は胸の内にしまっているが。

「普通武偵校の生徒なら、悩み過ぎる事はあっても皆無なんてのはないはずなんだけどな。俺なんかは、どうすればもっと効率よく腕を上げられるかとか、常に思ってるんだが」

腕を組んでうーんと唸るキンジ。

「そうでなくても、俺らくらいの歳とか、色々悩んだりするもんじゃないのか?」
「そうなんでしょうね」

まるで他人事とでも言わんばかりに、真理の返事は淡々としていた。
その視線は、いつの間にやら快晴の空へと注がれ、悠々と羽ばたく鳥を眩しげに見つめている。

「人は、大雑把に言えば『何をしたいか』で動く人と、『何をするべきか』で生きている者に別れます。子供の頃は前者に徹していても、次第に後者の意義を理解し始めるからこそ、人は悩み多い生活を強いられる」

誰に向けてでもない、呟くようなそれは、どこか自分に言い聞かせているようにも感じられた。
いつもながら、真理がこうして話す時、キンジは否応なく聞き入ってしまう。

「私達の年頃というのは、ちょうどそんな節目の時期です。武偵校という、一見すると道がもう決まっているような選択をしていても、それは変わりません」

いまはまだ、興味本位の半端な者が大半だろう。
むしろ大半の専門系学校がそうだろうが、思い描いていたものと現実との違い、それを感じた結果、退くか進むかが問われる事になる。

そうやって自分の道をある程度決めて、初めて先の前者と後者の分岐に立つ。

「私の場合、それが他の人より早く訪れただけのこと。そして――――私は迷いなく後者を選んだ」

何をするべきか。
常に最善を、最高を、最良を。

「だから、厳密には私に『迷う』という表現は使わないのかもしれません。私は常に、起こった事象に対する最良を『推理』するだけですから」
「・・・・・そうか」

不意に感じた違和感の正体を、この時のキンジは何と形容すればいいのか分からなかった。
目を離せば遠くへ消えてしまいそうな、何の予告もなしに零れ落ちてしまいそうな。

しかし、今なら分かる。
この時、彼は初めて―――――

完全無欠だと思っていたパートナーに対し、どこか危ういものを感じていたのだと・・・・・・。

















別の事を思い出していても、口だけは滑らかに昔話を語っていた。
アリアは黙って話に聞き入り、終わってもしばらく口を閉ざしていた。

「とまぁ、こんな感じだ。お前に最初会った時から・・・似てるとは思ってたんだけどな。まさか本当に姉妹だなんて思わなかった」

主に身体的及び人格的に、なんて余計な事は絶対に言うまい。
話を聞いている間に大分落ち着いたようで、涙はとうに止まったらしいアリア。

目元がやや腫れぼったいが、ここに来た時よりは遥かにマシだろう。
さすがにもうキンジのに抱きついてはいないが、ベッドの端に腰を下ろしている。

「そう・・・なんだ。キンジとマリアが・・・・・昔のパートナー・・・だったの」

聞き間違いなどではなく、沈んだ声でそう言った。
衝撃と言えばそうだったが、それ以上に表現しづらい感情がアリアの胸の内に渦巻いていた。

正か負かで言えば、おそらく負だろう。
嫉妬か怒りか、果たしてどちらに向けられているのか、それすら理解しかねるような曖昧なもの。

「で、だ。何で俺がこんな事を突然言い出したのかっていうとだな? まぁ俺もお前達の話を聞いたから、その代わりってのもあるんだが・・・・・・要するにだ」

頭をガシガシと掻きながら、正面からアリアの目を見る。

「俺は曲がりなりにも、一年以上あいつのパートナーとして一緒にやってきたんだ。たぶん、今のあいつに関してはお前より知っている部分があると思う。その上で言いたいんだが――――」

病室に来た時と変わらず、アリアの纏う空気は弱々しいままだ。
道端に捨てられた猫みたいで、気のせいだろうがツインテールも垂れた耳のように見える。

それでも話に聞き入っているあたり、この件に対する必死さが窺えるというもの。
金一のこともあり、キンジには今のアリアの気持ちが痛いほどに分かる。

くわえて、その相手が相手なのだから、こればっかりは手助けをするのに微塵の躊躇いもなかった。

「お前らが武偵と犯罪者という立場であっても、あいつはお前を嫌ったりはしてないと思うぞ」
「え・・・・?」

パチクリと目を瞬くアリアに、キンジは苦笑を浮かべる。
よほど意外な言葉だったらしく、理解が広まると同時に困惑の表情になるアリアだった。

「で、でもっ・・・敵同士だみたいな事言われたし。なんか素っ気なくて・・・・もう話すことなんか無いって、遠まわしに・・・」

自分で言っててまた悲しくなってきたのか、瞳がジワリと潤んでいく。
―――ほんとに泣き虫だなこいつ、マリアが絡むと・・・・

なんて事を思いながら、キンジは手早く話を進めることにした。

「そりゃあ、あいつにもやるべき事ってのがあるんだろうさ。お前がかなえさんを助けようとするみたいにな。でも、立場と目的が違っても、言葉で宣戦布告じみた事を言われても、マリアがお前を嫌いってことにはならないだろ」
「じゃあ・・・・・・マリアの目的って、なんなんだろう・・・・?」

イ・ウーもなく、シャーロックもいない世界で、彼女の成そうとする事とはなんなのか?

「それは、今の俺達には分からんだろ。いろんな奴らの話を纏めて考える限り、マリアはお前と真逆で、シャーロックの推理力があるらしいからな」

キンジとアリアが出会った時から今までのこと、或いはそれ以前より遥か昔から。
そんな途方もない道のりを、あらかじめ予測するなどという超絶能力である。

ゴーゴンや氷や炎や砂なんて物の方が、まだファンタスティックで可愛げがあるくらいだ。
かようなとんでもない力を受け継いだ人間の目的など、凡人がいくら考えてもキリがない。

「ただ、これはあくまで俺の予測なんだが」

しかし、どんな能力であっても、使うのが人間である以上は付け入る隙がある。
行動は先読み出来ずとも、心情を察する事は難しくない。

「少なくとも、アリアがイ・ウーに入らなかった事に関しては何とも思ってないと思うぞ」
「え、なんでよ・・・?」

それこそ分からない、と、アリアの視線が主張していた。
一度行くと言ったにも関わらず、結局はキンジと共にいることを選んだ。

裏切ってしまったのが嫌われた原因だとアリアは考え、後ろめたさを感じていたのだから。

「上手く言えないんだけどな。シャーロックとマリア。あの二人って、最初からお前をイ・ウーのトップにさせる気なんてなかったんじゃないか?」

それがキンジの出した結論だった。
予めメンバーをICBMに待機させていたこと、マリアの役回り、そしてなによりシャーロックの言動の数々。

組織のトップに据えたいにしてはあまりに不自然で、寛容な態度につきるものだったように思える。

「シャーロックの後継者ってのは、あくまでお前の体の中の緋弾ってやつの事で、最初からイ・ウーはあそこで消える運命だったんだろ」

シャーロックとマリアが二人同時に出てきた時点で、本来なら詰みのはずだった。
実際に戦ってみればどちら一方だけが対応し、しかも全力で排除しようという意思に欠けた攻撃ばかり。

当時こそなめられているとばかり思っていたものの、こうして振り返れば奇妙な点は幾つもあった。
それに気づけないくらい、あの時は切迫していたのだろう。

「だから心配すんな。少なくとも、あいつはお前の事を裏切り者だとか思っちゃいない」
「・・・・・わかった・・・けど」

納得はしたらしく、小さく頷くアリア。
けれど、その表情はいまだ暗い。

イ・ウー関連の諸々は解決したとして、根本的な問題が残っているからだろう。
すなわち、二人の立場である。

こればっかりは解消のしようがなく、しかし二人が向き合う上で避けられない壁だ。
しかし向き合うにしたって、どう話しかければいいのか分からない。

勇気を振り絞る、その切欠が足りなかった。

「・・・・・俺達は、今はあいつには逆立ちしたって勝てない」
「キンジ・・・?」

少しトーンが下がった声でそう言ったキンジに、アリアが眉を寄せる。
話の流れを急に変えた意図が分からなかった。

「俺とアリアが全力を出して、今までにないくらい完璧な連携を取れたとしても、マリアの全力を出す事だって難しいかもしれない」

キンジは、けっしてシャーロックに勝利した事を驕ってなどいない。
たまたまヒステリアベルセの情報が知られていなかったからこそ意表を突けたのだし、最後の一発に至っては相手側の弱体化のおかげだ。

それを言えば、向こうがアゴニザンテ(死に際)でなければもう少し五分に近付けたとも言えるだろうが、どっちにしろ小さな差だ。
それらのハンデは、マリアには通用しないと判断したほうがいい。

言うまでもなく彼女は死に際などではないし、なによりキンジの戦闘技術に関してはシャーロックよりも遥かに熟知している。
それに反して、キンジはマリアの全力は一度も見たことはないのだから。

「だから俺達がどう足掻いたって、マリアを逮捕するかどうかなんて議論は今のところ意味を成さないってことだ」
「そう・・・かもしれないけど」

いったいなにが言いたいのだろうか?
アリアの困惑はいよいよ増してくる。

それを楽しむかのように、キンジはヒステリアモードの時のような不敵な笑みを浮かべた。

「だけど武偵として、先の事を見据えて敵の情報を得ておくに越した事はないだろ?」
「そりゃあ・・・ね」
「そんでもって、あいつはこの学校では黒村里香として振舞う必要がある。それはつまり、武偵校にいる限り、あいつはマリアでも(・・・・・)フリッグで(・・・・・)もないって(・・・・・)ことだ(・・・)
「あ・・・・・」

アリアの中で、パズルがカチリと音を立ててはまった。
つまり―――――

「武偵校を人質に取った謎の敵(・・・)の情報を探らないといけない。けれど相手は人付き合いの少ない人間を演じているから、たまたま(・・・・)親しい関係を築けている人間が探らないといけないな?」

今のキンジの顔を見れば、誰もがイタズラを考える子供のようだと思うだろう。
そして理子とジャンヌが見れば、どこかの探偵の亡霊が憑依したかと思うだろう。

「都合が良いことに、今ここに二人ほど適任者がいるが、残念ながら一人は入院中で満足に動けない。となると、残り一人がやらなきゃ駄目だと思わないか?」
「―――うん・・・・うんっ、そうよね!」

いつしかアリアは、輝かんばかりの笑顔を浮かべて立ち上がっていた。
言葉遊びの建前に過ぎないが、アリアにとっては立派な理由になる。

この理論なら、二人の立場が逆にアリアを後押しする形になるのだから。

「そうよ! あの子はすっごく強いんだから、しっかり備えなきゃ! 武偵憲章七条!」

武偵憲章七条―――――悲観論で備え、楽観論で行動せよ。

(ちょっと意味が違うんだろうけどな・・・)

思わず笑ってしまいそうなのを堪え、キンジは今にも飛び跳ねそうな勢いのアリアを見やる。
とりあえず、背中を押すくらいは出来たようだ。

これなら、翌日にでも出直せるだろう。
・・・・と、気を抜いたのが過ちだった。

「ありがとうキンジ! やっぱりあんたは最高のパートナーよっ。早速行ってくるわ!」
「は?」

・・・・いやおい、ちょっと待て。

「行くって・・・今からか? さっき泣き逃げしてきたばかりだろ」
「泣き逃げって言うな! ちょっと戦略的撤退をしただけよ!」

どちらでも変わらないと思ったのは胸にしまっておこう。
下手に刺激するとガバメントが火を吹きそうである。

入院中であっても、悲しきかな、普段の危機察知能力が警報を鳴らすキンジだった。

「思い至ったら何とかってやつよ。武偵憲章五条!」

武偵憲章五条―――――行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし

「それは流石に違うだろ! 今日くらいは置いとけ!」

ほんの数時間前に突き放した相手と対面などと、向こうとしても顔を合わせづらいはずだ。
大した差もないだろうが、少なくと一日開ければ違うはず。

向き合おうという時に気まずい雰囲気は極力避けたほうがいいはずだというのに。

「いいからキンジは寝てなさいっ。情報拾集は私に任せていればいいのよ!」

情報収集の部分を強調し、アリアは風のように走り去って行った。
キンジが手を伸ばした時には既に遅く、ツインテールの先っちょが扉の向こうに消えていく寸前だった。

まさに元気百倍といったパワーである。

「・・・・ちょっと効きすぎたかもな」

―――まぁ、アリアにはそれくらいがちょうどいいか

ふっと笑みを浮かべ、体を倒すキンジ。
窓から見える青空が、気のせいか先程よりも明るくなっているように感じた。













食堂での件があっても、学校生活に変化があるわけではない。
午後はそれぞれの所属科目においての授業なので、衛生科(メディック)の生徒は武偵病院へと向かっている。

僅かな座学に残りは実習、というのがここでの通例であり、今日もその例に漏れなかった。
以前までの里香はあまり実習の方に顔を出さなかったのだが、これからは頻繁に参加するだろう。

他にも何人かの同輩が周りにいて、チラチラと里香に視線を向けながら話していた。
内容は勿論、昼休みのアリアについてである。

断言されてこそいないが、『泣いていたように見えた』という噂はまたたく間に広がっていた。
僅か一時間程度でこの伝染率。恐るべき早さだろう。

食堂にいた者ならともかく、違うクラスの同学科の生徒にまでしっかり伝わっているのだから。

「でも、あの神崎先輩でしょ・・・?」
「想像出来ないよねぇ・・・」
「痴話喧嘩? それともフッたの・・・?」
「どうも後者らしいって説が有力・・・」
「うっそー・・・・」

ボソボソと聞こえるだけの声ですら、内容を推察するのは里香にとって容易い。
それでも尚、口を挟む事無く歩いていく。

しかしそれは無視しているわけではなく、単に耳に入ってこないだけである。
というのも、現在里香の頭の中では、つい先程の姉の泣き顔が埋め尽くしてなくならない。

キュッと口元を引き結び、足取りが心無しか荒い。
ズンズンと歩いていく様は、傍から見ていると不機嫌そうにしか見えないのだが。

「――――、―ぁ―――」
「・・・?」

その時、不意に里香が足を止めた。
何処からか、誰かの声を聞いた気がしたから。

いや、声だけならば今も同級生が周囲で囁やき合っているのだが、そんな事はどうでもいい。
問題は、自分が呼ばれたような気がしたのと、その声の主がとても以上に心当たりがあったから。

妙な予感がして周囲を見渡せば、こちらに向かって誰かが全速力で走ってくるところだった。
人影の左右で跳ねまくっているツインテールが、嫌でもそれが誰なのかを理解させる。

珍しく、里香の目が見開かれたのだった。
どうしてまた、と考える暇も与えないとばかりに、アリアが眼前まで迫ってきた。

「ちょっと来なさい!」
「え・・・ちょ――――」

ガシッと腕を捕まえ、返事も聞かずに全力ダッシュ。
体が浮いてしまううじゃないかと思えるほどの勢いに、さしもの里香も言葉が出なかった。

背後で同輩達が何やら騒いでいるのが遠くに聞こえた。









校舎を過ぎ、校庭を過ぎ、たどり着いたのは体育館倉庫。

そこは奇しくも、アリアとキンジが初めて出会い、パートナーを組む切欠となったあの場所だった。
ずっと全力で走っていたせいで、アリアの息は荒い。

里香の腕を放した後も、しばらく深呼吸を繰り返していた。
またしても話があるらしいアリアを待つ間、里香は思考を巡らせていた。

どうにも、姉に先程の悲しみが感じられないからだ。
一時間でこれほど持ち直すほど神経の図太い人間だったかと思ったが、恐らくはキンジが関わっているだろうと当たりをつける。

アリアが走ってきた方向がちょうど武偵病院からだったのもあるし、この二人の事情を理解した上で相談に乗れる人間など彼しか思いつかない。

「ふぅ・・・・・・里香」

最後に大きく息を吸い、アリアは里香に向き直った。
二人きりであるにも関わらず、何故かマリアとは呼ばない。

里香が怪しむ中、アリアが腰に手を当ててビシッと指さしてきた。
そして―――――

「あんたには、スパイ容疑がかかってるわ!!」

そう・・・・・言い放った。

「・・・・・・・・・・・」

反応なし。
目をパチパチと瞬いて、微動だにせず突っ立っていた。

ただし半眼で。
白けたような雰囲気が漂い、つまりは「何言っちゃってんのこの子?」な空気である。

「ちょ、ちょっと・・・何か言いなさいよっ」

直感で感じ取ったらしく、やや頬を赤くして焦るアリア。
出だしが不味かったのを今更ながら悟ったようだ。

「・・・・まぁ、とりあえずそちらの主張を聞いてから答えます」
「そ、そう・・・・」

ゴホンと咳払いをして、仕切り直す。

「じ、実はあたしね。今とある事件の調査をしてるのよ。その犯人グループは、幾つにも別れて色んな国々に逃亡したってわけ」

落ち着かない様子で体を揺らし、無駄に説明口調で話す。
スパイ容疑のかかっている人間に事情なんて話さないだろう、とか、武偵が事件の概要をホイホイ喋っていいのか、とか、突っ込む部分は数えきれないが。

「その内の、日本に潜んでるのがあんただって可能性が出てきたのよっ。いつも授業とか欠席が多かったし、最近になってよく顔を出すようになったらしいじゃない」
「・・・・とってつけたような設定ですね」
「設定とか言うな!」

もはや耳まで真っ赤になりながら妙ちくりんな地団駄を踏む。
自分でも言ってる事がハチャメチャなのは理解してるのだろう。

というか、既にキンジが考えた方針とは少し変わってしまっている。
しかし、とうにいっぱいいっぱいなアリアにはやり直すという発想がなかった。

「と、とにかく! そういう疑いがある里香、あんたをあたしが監視する事にしたのっ」
「・・・・・はぁ」

思わずといった感じに漏れた溜め息に、アリアの顔が僅かに強張る。
しかしすぐに持ち直し、強気な光を放って言葉を続けた。

「あんたが何言っても無駄よっ、これはもう決定なんだから!」

―――言い切った。
そんな達成感を感じつつ、妹の反応をうかがう。

姿勢や表情こそ変化がないが、その目はどこか呆れを含んでいるように見えた。

「キンジさんも、いらぬ知恵を付けましたね・・・・・」
「なっ、べっ、別に、キンジに言われたとかそんなっ!」
「この分だと既に私がキンジさんと組んでいた中学時の話も聞いていそうですし」
「なっ、なんで分かるのよ!?」

心底仰天し、見事なまでに狼狽する。
キンジが行った通り、自分達の才能は真逆なのだと改めて実感する。

「それはどうでもいいです。重要なのはこの茶番に対する答えですが」
「茶番で悪かったわねぇ!!」

あんまりな評価に涙目のアリア。
どっちが姉だか、つくづく分からない。

「・・・まぁ―――――」

ところがそこで、里香の表情は一変する。
今までの無表情とは打って変わり、柔らかく微笑んだ。

それが、昔の思い出と寸分変わらないものに見えたから・・・・・
別の意味で、アリアは泣きたくなった。

「どうせしばらくは暇があるので、付き合うのもやぶさかではないです」
「あ・・・・じゃあ」

それを聞いた瞬間、アリアの顔に喜色が浮かぶ。
ひどく現金な反応だが、とても姉らしいと内心で苦笑する里香だった。

「私はスパイなどではありません。いくらでも調べてくださって結構です」
「あ、えと・・・・ふんっ、犯人は誰でもそう言うのよ! すぐに調べ上げてやるんだから!」

こうして始まった、姉妹のごっこ遊び。
もう二度と、交わる事のない道を歩む者同士。

それでも、たまたま立ち止まって一休みした場所が、ただの偶然として、限りなく近くで隣り合っていても――――
誰にも咎められはしないだろう。

「マリア!」

もはや我慢の限界といった様子で、アリアはマリアに抱きついた。
あらん限りの力で抱き締めて、もう二度と放さないと言わんばかりに。

母の事、立場の事、これからの事。
まだまだ、根本的な問題はずっと先に待ち受けているだろう。

それきっと難しく、険しい道のりだと思う。
しかしアリアは、必ずそれらも越えてみせると固く誓うのだった。

いつかきっと、取り戻してみせると。
だから今、この時だけは・・・・・・

腕に抱いた幸せを、一秒でも長く感じていたいと思った。

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緋弾のアリア 7 (アライブコミックス)
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