七十七話
―――強襲科
別名『明日なき学科』とも呼ばれる、武偵校の弾薬消費率ぶっちぎり一位にして武偵校三大危険地帯の一つである。
その訓練場の一つ。 以前はアリアとカナが戦った事もある場所で、二人の生徒が対峙していた。
「準備はいいわね? 覚悟しなさい!」
一人はまたしてもアリア。
開戦前からガバメントを抜いており、犬歯を剥き出しにして唸る様はまさに猛獣の如し。
「お手柔らかにお願いします、神崎先輩」
それをそよ風のように笑って受け流すのは、つい一昨日転校してきたシーゲル。
その手に持つのは一本の剣と一丁の銃。
ドイツのモーゼルC96と、ジャンヌのデュランダルが大剣であった頃と同等の大きさの西洋剣。
誰がどう見たって両手持ちであろうそれを、シーゲルは片手で軽々と持って立っている。
それを見てギャラリーの女性とは素敵カッコイイとはしゃぎ、男子生徒は歯軋りをして呪詛を吐く。
「やっちまえ神崎ー!!」
「鼻っ面に風穴あけてやれぇ!!」
いつもはアリアを疎遠している者達さえ、今は一致団結して応援していた。
たとえ一般校とは違っても・・・・・いや、だからこそ、イケメンは基本的に彼等にとっては滅すべき悪。
それを叩きのめすのなら、普段は避けている者さえ戦女神に見えるのだ。
まぁそれでも、今のアリアにはそんな諸々の事情は塵芥である。
「あんた、今ならまだ土下座で許してあげてもいいわよ。転校早々、病院に行きたくないでしょう?」
「お気遣い感謝いますが、遠慮しておきます。 なにせ―――――」
チラリと、ギャラリーの一角に向けて視線を投げて、フッと微笑むシーゲル。
それを自分に向けられたと勘違いした女性とがフラリとよろめいたり、見ただけで顔を真っ赤に染める者が続出した。
だが、肝心の向けられた当人は素知らぬ顔でシーゲルとアリアの様子を見ているだけだった。
目こそこちらに向いているものの、思考は別の場所へ飛んでいるようだ。
それを気にしたふうでもなく、シーゲルはアリアに向き直った。
それとほぼ同時に、例のごとく殺し合い大推奨の蘭豹が声を張り上げる。
「うおっしゃー! さっさと殺しあえテメェらぁ! どっちかが死ぬまで続けんかぁい!!」
直後、彼女の拳銃が天井に向かって放たれる。
皮肉・・・ではないだろうが、それはマリアと同じM500の轟音。
響き渡る銃声と歓声が、始まりの合図だった。
「―――僕は、彼女の騎士ですから」
シーゲルの言葉が終わるのと、アリアが駆け出すのが、ほぼ同時だった。
時は僅かに遡る。
アリアによる宣言によって、事態が一応の解決を経た翌日。
前回と同じように、四人はラウンジで顔をつき合わせていた。
「ねぇちょっと、なんでアリアがここにいるわけ? 昨日の今日で復活するの早すぎでしょ」
「いいじゃない別に、あんたには関係ないわよ」
「あ゛?」
ビキリ、と理子の琴線が崩壊しようと、アリアは知らん顔で桃まんを食べている。
周囲の生徒が興味津々かつ戦々恐々とした様子でチラ見してくる中、二人の空気だけが絶対零度だった。
というのも―――――
「あっはは、よく聞こえないなー? とりあえず里香の隣から離れろよ。そんでもって表出ろ!」
立ち上がり、公衆の面前であるにも関わらず裏理子を顕現させ、ワルサーを引き抜く理子。
その銃口の矛先はもちろん―――――里香の隣にくっつくアリアに向けられている。
四人がけの四角いテーブルで、アリアはわざわざ里香の隣に椅子を移動させて座っていた。
その距離たるや、もはや寄り添っているに等しい。
どちらかが男であってなら、お前らは恋人かと聞きたくなるくらいの密着度であった。
肝心の里香は、アリアに渡された桃まんをもそもそと食べている。
言葉にこそしていないが気に入ったらしく、既に三個目である。
されど例によって無表情、さも自分は無関係だと言いたげでさえあった。
「ちょっとゴタゴタが解決したからって調子に乗んなよゴラァ。自分が今どれだけ危険かもしれない状況にいるか分かってんのぉ?」
理子が視線を横に投げれば、そこには静かに瞑目しているジャンヌ。
しかし、その手にはデュランダルがしっかりと握られ、いつでも抜剣出来るようにさりげなく構えていた。
パッと見は普段通りだが、よく観察すれば眉がピクピクと震えている。
[銀氷の魔女]らしく、多少は冷静ではいるのだろう。
理子が爆発したため、大した意味を成していないが・・・・。
「あんたこそ分かってんの? 預かりの身で騒動起こしたらタダじゃすまないんだから」
「あっはははは! 理子達は武偵校の生徒だよー? ちょーっと訓練が激しくなっちゃって両手足の一本や四本が逝っちゃってもおかしくないと思わない?」
ペロリと舌なめずりをしながら、理子は愉快そうに言う、
その妖艶な仕草に、遠巻きに見ていた男子生徒の何割かが前屈みになっていたりいなかったり。
むぅ、と。 さすがに口論では敵わないと思ったアリアが呻く。
この時点でアリアの負けず嫌いに微かな火が灯り、余計な火種をばら撒く事になる。
「今は桃まん食べてるから遠慮するわ」
そう言って、六個目の桃まんにかぶりつくアリア。
その際、さげなく里香との密着度上げることを忘れない。
―――ブチッ
―――ギシッ
誰かの堪忍袋の尾がハチ切れて、何処かの西洋剣の柄が軋みを上げた。
悟りを開いたかの如く何の反応もしない里香を他所に、女の戦いが幕を上げようとした。
が・・・・・・
「やめませんか。他の人達に迷惑がかかる」
不意にかけられた言葉に、四人の視線が集中する。
そこには、背後に異様なほど多い女生徒達を引き連れたシーゲルの姿があった。
もっとも、女生徒達はこの場の空気に怯えて数メートルの距離を置いているが。
「あぁ? 一年は黙ってなよぉ。先輩達の事情に首を突っ込むのは関心しないなぁ」
「まったくだ。貴様の出る幕などではない」
理子と、口を閉ざしていたジャンヌまでが門前払いする。
そこには隠しきれない・・・・・というより隠す気が微塵も見られない嫌悪感が溢れている。
ひぃ! と、女生徒達から小さな悲鳴が漏れた。
「そう言う訳にはいかない。先輩だからこそ、公共の場では最低限のマナーを守るべきではないですか?」
「マナー? なにそれ美味しいの?」
「そんなものはデュランダルの錆にしてくれる」
もはやマトモな会話すら成立しない。
それどころか敵意の対象が完全に変更され、今にも飛びかからん勢いだった。
常人ならそれだけで卒倒しそうなプレッシャーに、しかしこの男は揺らがない。
それどころか二人を皮肉げに見て、やれやれと言ったふうに肩を竦めてみせた。
「感情を制御するのも一流の武偵でしょう。武偵は常在戦場、これからのためにも覚えておいたほうが良いですよ」
思わずぶっ放しそうになった理子の横をスッと通り抜け、シーゲルは里香の傍へと歩み寄った。
とても自然に行われたそれに、抜かれた理子とジャンヌも咄嗟に反応出来なかった。
その足運びは相当に鮮やかなもので、すぐ隣にいたアリアも瞠目したほどだった。
「いつもここで昼食を取っているのかな? 次から僕も一緒に―――」
「お断りします」
・・・・・・・・。
今度こそ、時が止まったようだった。
まさに即答。 言い切らせてたまるかという意思がありありと感じられる早さだった。
嫌悪感とはいえ、ここまでハッキリと意思表示をした里香にアリアは驚き、理子とジャンヌは爆笑したい衝動を必死に抑え込んでいた。
里香はシーゲルの方を見向きもしない。
断られた本人は目を丸くしたものの、すぐにいつもの微笑みを浮かべる。
「手厳しいな。せっかく同じクラスになったんだ、もう少し仲良くしてくれないかい?」
「そう思えるだけの態度でいていただければそうします」
「今はそうじゃない・・・か。昨日の事なら、やりすぎたと反省してるよ」
そこで初めて、シーゲルはアリアに目を向けた。
「初めまして、神崎先輩。昨日転校してきたシーゲル・ランディと申します」
「知ってるわ。一年にSランクが来たって、そこそこ話題になってるし」
態度こそ、まぁ普通の先輩と後輩といった感じだ。
こころなしか、アリアの視線が鋭い事を除けばだが。
「里香と知り合いみたいだけど、どれくらい長いわけ?」
その問いかけは、それこそこの場の五人にしか真意を読み取れないもの。
周囲からすれば軽い修羅場に見えたのは不可抗力である。
「幼い頃からの、いわば幼馴染みと言っていいくらいですよ。船の中での運命的な出会いでした」
「・・・・そう」
意味深気な笑みを共にそう答えたシーゲルを、今度はハッキリと警戒心を抱いて睨むアリア。
里香と―――――マリアと小さい頃からの知り合いと言えば、その殆どが伊・ウーの残党と断言出来る。
もちろんアリアが知らないだけで例外はあるかも知れないが、シーゲルは遠まわしに肯定したのだから間違いない。
意図してなのか無意識なのか、アリアは里香の腕を引き寄せるように抱いた。
「その割には嫌われてるみたいだけど? あんた、この子に何かしたわけ?」
警戒心をマッハで通り抜け、敵意を込めた視線がシーゲルを射抜く。
この間も、里香は無心に桃まんを頬張っている。
どこか遠い目をして機械的に食べる様は、ギャラリーからすると少々不気味に見えた。
「まさか、とんでもない。僕はただ―――――」
と、誤解無きようにとシーゲルが口を開いた瞬間だった。
一触即発の空気に、まさに油がトン単位で投下された。
「理子が教えてあげようかー? こいつはねぇ、ホームルームの真っ最中に里香の手にキスしたんだよ!」
「んなぁっ!!?」
ビシッ! と指をシーゲルに突きつけて、理子が叫んだ。
アリアが珍妙な声を上げて、その顔が真っ赤に染まる。
次の瞬間にはシーゲルを睨み殺さんばかりの勢いで眉を吊り上げていた。
「こここ公衆の面前でっ! レディにキキキっ、キス! するなんて! 変態っ!」
「心外です。あれは騎士の礼ですよ。僕の女神に対する、ね」
「だ〜れがあんたの女神よ!! ま、まさかそうやって里香に何度も迫ったんじゃないでしょうねぇ!?」
「そうなんだよアリア、そいつは嫌がる里香に無理矢理いやらしい事を強要する常習犯なんだよ!」
「ぬわぁんですってぇーーーーー!!!!」
小悪魔の笑みを浮かべた理子によって、ますますアリアの怒りボルテージは上がっていく。
里香を背に守るようにして立ち上がり、スカートの下から二丁のガバメントを抜き放った。
「あんたっ! 風穴! 風穴よ! 蜂の巣にしてやるわ!!」
「いけ! やれぇ! ぶっ殺せぇー!」
リンゴのように真っ赤なアリアと、血走った目で殺せ殺せを連呼する理子。
日々を地獄のような訓練で過ごす武偵校の生徒達でさえ、この混沌空間に恐怖してやまなかった。
「よさないかお前達」
しかしそこに、一筋の光が見えた。
今まで口を閉ざしていたジャンヌが、いつも通りの知的な雰囲気で歩み出る。
この五人の中では恐らく、多分、常識人の部類であろう人物の登場に、生徒たちは安堵しかけたが・・・・・
「ここでは無駄に犠牲者が出るだろう。殺るなら強襲科の訓練場で殺るべきだ」
ちっとも安心ではなかった。
むしろ場所さえ変えれば自分も参戦しますと言わんばかりの闘気を全身から漲らせ、よく見ればその手は変わらず剣の柄を握り締めている。
「あーそっか。途中で邪魔されるのも嫌だしねぇ」
「ならさっさと行くわよ! 二度と変な真似出来ないように調教してやるんだから!!」
かくして、当事者の片割れの意見を完全に無視した決闘が行われるのである。
時は戻り、強襲科の訓練場。
合図と同時にアリアは地面を蹴り、身を低くして駆け出した。
数メートルの距離を一瞬で詰め、自身の最も得意とする間合いに持ち込む。
その圧倒的な瞬時加速に目を剥いたシーゲルに構うことなく、右手に持ったガバメントで脇腹を狙う。
「おっとっ。さすがに速いですね」
シーゲルはそれを、半身を退く形で躱す。
放たれた弾が脇腹ギリギリで素通りする振動を感じつつ、お返しにと剣を左下から切り上げる。
手元が霞んで見える程の鋭い剣閃。
たったそれだけで、彼の技量がSランク・・・・・いや、それ以上に卓越したものだと窺い知れる太刀筋だった。
「くっ!」
小さく右に跳んでそれをやり過ごし、今度は左の銃で空いた胴を狙う。
幸運にも、それはきっとアリアや、HSS状態のキンジですら避けられないであろうタイミングだった。
右手に持った剣はいまだに振り切った姿勢で、重心の位置的にも避ける動作を取れる状態じゃない。
まずは一撃―――――アリアはそう思った。
しかし・・・・
「はっ!」
シーゲルが声を発すると同時に、剣を持った手が、まるでバネでも仕込んでいるかのような動きを見せる。
手首を返し、剣閃の軌跡をなぞるように袈裟斬り。
ギィン! というかん高い音を立てて、45ACP弾が真っ二つに割れる。
シーゲルの体の横を通り過ぎ、訓練場とギャラリーとを隔てる防弾ガラスの衝立てに跳弾していった。
その、人間離れした反応に、しばしの沈黙が流れる。
今のは誰もが当たると断じていた一発であり、それをさも当たり前のように斬ったのだから。
だが、それでも。
「やっぱり、こんなんじゃそうそう通らないわよね」
それでも、アリアは大して驚きはしない。
確かに、芸当自体は驚愕に値するものだろう。
けれど、相手はあのイ・ウーの残党なのだ。
少なくとも理子やジャンヌよりも上である以上、これくらいの技量はあって然るべき。
銃弾の一発や二発が通じなかった位で驚いていては、イ・ウーの超人の相手など到底務まらない。
「いえ、実際僕も驚きました。やはり話に聞くだけとは全く違う、とても軽やかで力強い戦い方だ」
「ああそう。じゃあもっと見せてあげるわ!」
言下に、再度の突撃を仕掛けるアリア。
今度は走りながら二丁のガバメントを連射し、相手の動きを制限する。
避けようとすれば逆に当たってしまうような弾道も織り交ぜて、着実に選択肢を潰していく。
それに動じる事無く、シーゲルは最低限の弾を斬り落とし、または僅かな動きで避けながら迎え撃った。
舞台は銃撃戦からバリツへと変わり、めまぐるしい交戦が繰り広げられる。
幾重にも火花が散り、数十もの剣閃が走る。
片方のガバメントを弾かれたアリアが即座に刀を取り出し、軽量さを活かした連撃で切りつける。
刀の何倍も重量のありそうな大剣を、シーゲルはまるで小枝を振り回すかのように容易く扱う。
野次を飛ばしていたギャラリー勢も、いつしかこの戦いに見入っていた。
紛れもない、Sランク同士の真っ向勝負。
武偵校であっても滅多にお目にかかれない光景に、冗談抜きで興奮しているのだ。
やがて訓練場は歓声に包まれ、熱気に溢れかえっていた。
しかし、そんな中。
アホの子が約二名、業を煮やして行動に移ろうとしていた。
また時間を、今度はほんの数分だけ戻る。
「なんで? なんであいつを殺れるのがアリアだけなの?」
「私が知るか。むしろ私にこそ教えてくれ」
ハンカチがあれば今頃噛みちぎっていそうな形相で、理子とジャンヌが訓練場のアリアとシーゲルを睨みつけていた。
シーゲルを叩き潰さんと訓練場に来たものの、何故だか二人の決闘という形になってしまったのだ。
アリアとシーゲル、そして決闘と言うキーワードで、なんとなく周りがそう言う空気になってしまったというだけなのだが。
「でもさぁ、アリア一人で殺れるかなぁ? 一応あいつ、あそこでも上級生だったのに」
なるべく周りには聞こえないよう、理子は呟いた。
二人のシーゲルに対する個人的な嫌悪感はともかく、実力を冷静に判断するくらいは当然している。
いけ好かない事この上ないが、シーゲルは恐らく自分達が二人がかりで挑んだとしても勝てない。
その自分達にさえ、アリアはキンジや白雪といった仲間と共に戦って勝つくらいなのだ。
べつにアリアの実力を軽視などしていないが、だからこそ単体であの男に勝つのは非常に困難だと言わざるを得ない。
「確かに、無理だろうな。非常に遺憾だが、あの男は後数年もすれば幹部クラスに届くやもとさえ言われたほどだ。Sランクとはいえ、一武偵に対処出来る範囲を超えている」
実際に何度か戦った事のあるジャンヌだからこそ分かる。
程度の差はあれ、シーゲルもまた天性の才を持つ者なのだと。
剣の技量は言うまでもなく現時点で武偵校最強であろうし、経験だって理子やジャンヌが足下にも及ばないレベルまで積んでいる。
認めたくなくとも、実力だけならマリアの騎士を名乗っても恥ずかしくない領域なのだ。
「でもま、それはあくまで一人だったらの話だけどねぇ」
「ああ、そうだな」
ニヤリと、二人の口元が歪に吊り上がった。
ほとんど全員がアリアとシーゲルの試合に夢中になっているからいいものの、見られていたら普段の二人の印象が木っ端微塵になっていたことは想像に難くない。
ちなみに、ここには一応里香も来ているのだが、こちらも決闘に視線を向けていて気付く事はなかった。
「蘭豹せんせぇー」
唐突に、理子が猫撫で声で衝立ての上に立つ蘭豹に声をかけた。
「ん? なんや峰理子、気色悪い声出しよって」
「くっ・・・・先生に提案があるんですぅー」
なんとか平静を保ち、自身の策を行使するべく話を続けた。
「こうして一対一でやるのもいいですけどぉー、現場はこんな都合良くタイマンなんて出来ませんよねー?」
「当たり前や。んな日和った考えしとったら後ろからズドンやで」
「ですからー。ちょっと転校生君の実力を知るためにも、テストしませんかー?」
「ほー」
理子の言葉に、蘭豹の目がキランと光る。
「実際に横槍を入れられた時の対応とかぁ、いきなり複数相手に襲われた時の判断とかぁ、色々と見ておいた方が良いと思うんですぅー」
「ふむ、そら面白そ・・・いや、大事やなぁ」
顎に手を当てて、凶悪な笑みを浮かべる。
理子達と同年代でありながら教員職につく者の、凄みのある形相だった。
「もし良かったらぁ、私とジャンヌさんが相手をやってみたなぁーって」
「ふーん。構わんけどなぁ・・・・そっちの奴はやらんのかい?」
「え・・・・?」
チラリと蘭豹が投げた視線の先。
そこには、決闘を無表情で眺める里香の姿があった。
その瞬間、理子の背中に冷や汗が流れる。
決して表情に出さないよう、理子は蘭豹に向き直る。
「や、やだなぁ。里香さんは一年の、しかもCランクですよ? さすがに今回は無理ですよぉ」
「ほぉー、Cランク・・・・なぁ。ふーん、へぇー」
ニヤニヤと、値踏みするような視線で里香を見る蘭豹。
理子だけでなくジャンヌまで生唾を飲み込んだが、やがて視線を外して二人に言った。
「まぁええわ、好きにせぇ。むしろやるからには全力でやれや。これでつまらん戦いしたら・・・・わかってるんやろなぁ?」
「も、もっちろん!」
「全力を尽くします!」
ビシッと背筋を伸ばしてそう答える二人。
思わず敬礼しそうになってしまったのは二人の心の中だけの話だ。
「ほんなら行ってこいや! 派手にぶち殺したれぇ!」
「うぉっしゃぁー!!」
「いざ!!」
防弾ガラスの扉が開かれ、二人が中へと入り込んだ。
ギャラリーがわぁっと驚く中、理子が容赦なく二丁のワルサーでシーゲルを狙い撃つ。
「死にさらせぇ!」
「ぬっ!?」
さしものシーゲルも一瞬の驚愕を見せたが、これも見事に捌いた。
一発を身を捻って避け、もう一発を剣で弾く。
そして、その隙に、ジャンヌが彼の背後へと回り込んでいた。
「はぁっ!」
「くぅ!」
間一髪で剣を背中に回して受けたものの、衝撃は殺せず吹っ飛ばされる。
地面を二転三転し、足をついてズザーっと着地していた。
「理子にジャンヌ!? なんであんたたちが!」
「アリアぁ〜、一人で楽しもうったってそうはいかないよぉ? あたし達だって殺りたくて仕方ないんだからぁ、くふふ」
「その通りだ。そして、これは教員公認の訓練だからな」
他の人間には聞こえないような、ギリギリの音量でやり取りする三人。
やがて体勢を整えたシーゲルが立ち上げり、鋭い視線を向けてきた。
「決闘に横槍とは無粋だね。少しは大人しく待てないのかな?」
「くふふふふ。これはぁ、先輩から可愛〜い後輩に対するか・ん・げ・い、だよぉ? ロンドンじゃどうだったか知らないけど、これがここ流のおもてなしってわ〜け」
ウィンクしながらそう言った理子に、シーゲルがフッと笑みを漏らした。
チラリと里香の方へと視線を向けて、また戻す。
「まぁ、これくらい切り抜けないと彼女の騎士はやっていけないからね。ここは喜んで歓迎されるとしよう」
「素直で結構な事だ。だが、我々三人をそう簡単に下せると思うなよ」
デュランダルを構え、いつでも斬りかかれるよう腰を僅かに落とすジャンヌ。
理子もそうだが、二人は超能力を使うわけにはいかない。
しかしそれでも、多対一のアドバンテージは十分に働く。
「なんかよく分かんないけど、とにかくこいつはあたしが風穴あけるんだから!!」
「競争ってところだねぇ」
「私は斬るのだがな」
こうして、世界最高の名探偵と、世紀の大怪盗と、魔女と謳われた聖女。
世界にその名を轟かせた偉人達、その子孫による夢のような共闘が実現しようとしていた。
人としての尊厳とか、先輩としてのプライドとか、色々なものを犠牲にして・・・・・・