小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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七十八話











最初に火を吹いたのは、やはりというべきか、アリアのガバメントだった。
既に弾かれた一丁を回収し、弾倉を装填してありったけの弾を撃ち込む。

小出しに撃っても弾かれて終わり。それならばほんの僅かでも相手の動きを防御に限定させようという意図だ。
アリアの体勢を崩そうとシーゲルも応戦するが、複雑な機動で走り回るアリアには当たらない。

剣はともかく、銃の技量ではアリアに軍配が上がっていた。
それに追い打ちをかけるべく、理子が対応の困難な角度からワルサーを連射する。

剣一本、身一つでそれらを躱すシーゲル。
明らかにSランクの力量を越えた動きではある。しかしそれでも全ては防げない。

次第に体の各所に弾が掠るようになり、ある程度動きの規則性も読まれるようになってきた。
三対一という卑劣な手を使うとはいえ、三人とて実力は折り紙つきなのだから。

「ふーん、意外だねぇ。使わないんだ?」

交差する瞬間、ボソリと理子が呟いた。

「あんたの能力なら気付かれな(・・・・・)いで済むのに(・・・・・・)。それとも、そのままでも理子達なんか余裕ってわけ?」
「・・・・そんなつもりじゃないさ」

四方から迫る弾丸を回避しながら、シーゲルは答える。
もちろんギャラリーには聞こえない、四人だけの世界で。

「さすがにこの状況で勝てるなんて自惚れるつもりはない。使わなければ、制圧されるのは時間の問題だろう」

イ・ウーの上級生の間にだって、序列のような関係は存在した。
シャーロックやマリアが圧倒的な天上の存在だったとはいえ、力の差をつけていたのは彼等だけじゃない。

ブラドやパトラだって、イ・ウーの中では飛び抜けた強者であったのは確かなのだ。
シーゲルもその才能を有力視されていたが、それはあくまで将来的な話に過ぎない。

今はまだ発展途上の、いうなれば研鑽中の身だ。
そして、だからこそ―――――

「今の自分の限界というのは、常に知っておきたい。実質Sランク三人を相手に、能力を使わずに何処までやれるのかを、ね」
「・・・・・あっそ」

素っ気なく言った理子の顔は心底面白くないといった様子だった。
大した接点もないとは言え、この男のこういう面も好きではないのだ。

かといって、理子が人として捻くれているという訳でもない。
人としてなら好意的な印象を受けられるだろうに、マリアに対する態度だけは徹底的にうざったい。

再開した喜びで今のところは落ち着いているかも知れないが、イ・ウー時代に初めて見た時は寒気を覚えたものだ。
内容を詳しく思い出すのもはばかられる。

それくらいにひどかったのだ。
あのマリアが唯一絶対の嫌悪を表すことからもそれが窺えるというもの。

要は、金一に対する感情とひどく似通っているのだ。
あっちは初心(うぶ)な分だけまだマシだが、こちらは露骨な上に一部変態だからタチが悪い。

「とはいえ、負けるつもりもないけどね」
「ならその鼻っ柱、叩き折るまでだ!」

そういって、背後からジャンヌが斬りかかってきた。
低い位置から真上に切り上げて、左手の銃を断ち切ろうとする。

「甘いっ」

刃が迫り来るより先に、その切っ先に向けて銃弾を放った。
僅かに剣腹を掠るように撃たれたそれは、剣の軌道を若干だがズラすことに成功する。

紙一重で回避するが、今度はその横から二刀を構えたアリアが接近する。
銃も剣も対応に割けない、見事なタイミングだった。

「はっ!」

声と同時に振るわれるそれを、シーゲルは防げなかった。
せめてもの対策として力の限り後方へと飛び、ダメージを極力減らして床を転げる。

しかしそこでも間を与えなかったのが理子。
二人が作った時間の間に銃の弾倉を二丁とも挿し替えて、またも惜しみのない連射を浴びせる。

体勢を立て直す暇さえ貰えない、驚異的な連携だった。
今度こそ当たる・・・・・誰もがそう確信していた。

「・・・・くそ」



次の瞬間、三人の視界からシーゲルの姿が消失するまでは。
















「なっ―――――」

目の前で起こった現象に、最も驚愕を現したのはアリアだった。
というより、他の二人はむしろこの状況を予測していたらしく・・・・

「来るぞっ」
「アリア。全方位警戒だからね」

即座に背中を合わせ、油断なく周囲を見渡す理子とジャンヌ。
アリアも即座にそれに倣うが、少しばかり遅かった。

―――ストン・・・―――

現れたのは、三人のすぐ足下。
気付いた時には既に剣が振り切られ、脇を通り過ぎ、背中を向け合う形で静止していた。

直後に、三人の膝、肘、鳩尾の三ヶ所に鈍痛が走る。
得物こそなんとか放さずにいられたが、思わず膝を床についてしまいそうになる。

「うぐっ」
「くそ・・・・」
「な、によっ。今の・・・」

それぞれが気力を振り絞って背後に向き直る。
シーゲルは追撃しようとせず、何故だか呆れるような顔で溜め息をはいていた。

しかし、それは三人というより、自らに向けたもののように感じる。

「・・・我ながら、頭を抱えたくなる。見極めると言った直後に使うなんて・・・・」

情けない・・・と、少しばかり悲観にくれるシーゲルを他所に、三人は体勢を整えていた。

「ちょっと。今のってあいつの超能力なわけ?」
「そうだよ。パッと見ただけじゃ見分けつかないから、ここでも使えるんだけど」

手傷を負わされたにも関わらず、理子の顔は好戦的な笑みを浮かべていた。
むしろ今のでさらなる火が灯ったようで、銃を片方しまってナイフに持ち替えていた。

「大まかな概要としては、星伽の鬼道術の上位互換と考えればいい。応用性は桁違いだがな」

デュランダルを構え直したジャンヌが、実感のこもったような声音で説明した。
この中で唯一シーゲルとの直接戦闘の経験者だからこそ、その驚異は一番よく知っている。

「簡単に言えば、あいつは自身の肉体のみならず、自分が扱う武器や防具―――この場合は防弾制服だが、それら全てに魔力的な効果(・・・・・・)を付加させる事が出来る。超能力としてはさして珍しい部類ではないが、奴のあれは効果も持続性も、そして選択範囲の広さも常軌を逸している」
「・・・なるほどね」

それは確かに、程度を見謝らなければ超能力には見えない。
よく切れる剣、気のせいか少し威力の高いような銃、人に出せなくもないだろう速さ。

違和感こそ感じても、明確な疑惑には中々発展しないであろうギリギリを保てる超能力。
先程消えて見えたのはおそらくアリア達だけで、他のギャラリーには一応見えていたに違いない。

人の意識の隙間を狙っての歩法なども組み合わせれば、決して不可能な事じゃない。

「あんた達の中にも、あんな普通の能力持ってる奴いるのね」
「言い方は癪だが、分からんでもない。奴は能力が平凡であるからこそ、上位に食い込んだ事を評価されていたからな」

ようやくシーゲルが自己反省から戻ってきたのを見計らい、三人は再び構える。
能力の概要さえ分かってしまえば、それなりの対策はある。

くどいようだが、シーゲルは上級生であっても、イ・ウー内ではその他大勢(・・・・・)に属するタイプのメンバーだ。
ブラドのように元から怪物のような種族な訳でもなく、パトラのような無限魔力も無い。

つまり、能力さえ抜ければただの――というのもおかしいかもしれないが――人だ。
というより、イ・ウーの人間は大半がそれである。

尋常ならざる能力を有しているからこそ凶悪な犯罪者足りえるのであって、素の身体能力まで人間を捨てている者はごく僅か。
ジャンヌは久しぶりで感覚を掴み損ねていたが、二度も失敗は繰り返さない。

この戦いも、開始から二十分が経過しようとしていた。
本当なら今頃、強襲科の授業が行われているのだが、蘭豹はそんなのはお構いなしだ。

テンションが上がっていくと同時に懐から酒を取り出し、頬を赤く染めながら殺れ殺れと大声で連呼している。

「まさか、君達がそこまで連携出来るなんて。正直意外だった」

本心からだろう。 
先程よりも目が鋭くなり、彼の中で三人に対する警戒度が数段上がったのがよく分かる。

「けっこう好き勝手やってるけどね。あたし連携とかそこまで得意じゃないし」
「くふ。連携じゃなくて利用してるんだよ、そこ間違えないように」

互いが突撃のタイミングを見計らいながら、ジリジリと距離を詰めていく。

「観客も熱くなってきたところで悪いけど、次で終わらせよう。能力も使ってしまった以上、手こずる訳にはいかないからね」

そう言って、再び里香へと視線を向ける。
言うまでもなく、彼女なら能力を使ったことに気付いただろう。

騎士を目指す身としては、せめて使用中くらいは快勝を納めなければ話にならない。
無論、勝ったところで里香自身はどうとも思わないだろうが、要はシーゲルの信念のようなものだ。

「三人がかりで後輩に負けるのは、さぞ恥だろうけどね。負けたくないのはお互い様だ」
「上等よ。風穴三倍返しにしてやるわっ」
「りっこりこにしてやんよ」
「痛みなく逝かせてやるから安心しろ」

ほとんど同時に、四人が駆けた。
アリアとシーゲルが向かい合い、理子とジャンヌは側面に回り込む。

数メートルの距離など一瞬の半分も経たずに消え去り、互いが互いの間合いに入った。
決着の闘志を感じ取ったギャラリーが歓声を上げ、蘭豹が景気よくM500を天井に乱射する。

アリアがガバメントを構え、シーゲルが剣を突き出す。
理子がナイフで切りかかり、ジャンヌがデュランダルを袈裟に振るう。

それぞれの攻撃が、目標めがけて放たれた・・・・・




その時だった。




他人の目には絶対に映す事の出来ないような、ほんの刹那の間。
全員の体が、本人達の意思(・・・・・・)に反して停止(・・・・・・)した。

―――っ!!?

全員が驚愕を顔に表すよりも早く、状況は進む。
シーゲルの突きが真横への切り払いに変わり、アリアのガバメントの照準がその柄元へ。

シーゲルのモーゼルが、アリアのガバメントに向けられる。
理子とジャンヌの攻撃が再開し、そのまま狙った場所へと。

そして、本人達が意図したものとは違った結果が起こる。

理子のナイフがシーゲルの剣で弾かれて飛んだ。
アリアの弾丸がシーゲルの手元ギリギリに命中し、同じく弾かれた。

直後にモーゼルが火を吹き、アリアのガバメントを飛ばし、跳弾してもう一丁の方も同様に弾いた。
そして、最後に放たれるのはジャンヌの斬撃。

モーゼルの銃身が見事に断ち切られ、ただの鉄塊に早変わりする。
それを最後に、四人の体が謎の支配から解放された。

一時の静寂。
決着によってギャラリーが静まり、アリア達もまた、驚愕で動けずにいた。

「・・・先生」
「あん?」

不意に聞こえた呼び声に、蘭豹が衝立ての上から背後を見下ろす。
そこには、内心を悟らせない能面のような表情で蘭豹を見上げる里香の姿があった。

「これ以上は一方的な戦いになると思います。ランディさんの実力も十分に見れたことですし、終わりでよろしいのではないでしょうか」
「・・・・」

蘭豹は、ただ黙って里香を見据えた。
確かに、里香の意見は誰が聞いても正論である。

シーゲルは武器を二つとも失い、周りを三人に囲まれている。
対して、ジャンヌはデュランダルを、理子はワルサーを、そしてアリアもまだ刀を二本所持したままだ。

シーゲルが超能力者(ステルス)だと知らない生徒達からすれば、どう見ても詰みだ。

「・・・・はっ、しゃあないな」

もしかしなくても若干不満そうな空気を放ちつつ、蘭豹は終了の宣言をした。
同時に、惜しみなく上げられる賞賛の声。

Sランク武偵を混じえた三人を相手に、傍からみればとても善戦していたシーゲルに送られたものだ。
女生徒はさらに熱を上げて黄色い声を出し、男子も、まぁ実力は認めてやると言わんばかりに拍手する。

当の四人は疲労によって肩で呼吸をしつつ、一斉に里香を見やった。
それに、さも気付いていないかのように身を翻し、里香は訓練場を後にするのだった。
















「やりすぎです」

場所は変わり、五人は衛生科の棟にある保健室の一つに集まっていた。
それぞれの傷の手当ても勿論だが、なにより気になるのは先程の模擬戦。

四人とも、部屋に入った途端に口を揃えて問うた。

―――どうして邪魔をしたのか

それに対し、返ってきたのは先の一言。
たったそれだけだが、三人(・・)はその言葉の意味を正確に理解した。

バツの悪そうな表情で視線を逸らし、誤魔化すように自分の手当てを始める。
唯一、アリアだけが疑問符を浮かべて首を傾げていた。

「? どういうこと?」

と、実際に口にまで出して。

「・・・・・現状、私は武偵校にいるという事を、あまり上の者達(・・・・)に知られたくないのです」

一拍の間を置いて説明する里香は、あまり乗り気ではないように見えた。
それが単なる面倒臭がりではないというのは、誰の目に見ても明らかだ。

「そこのと私が大なり小なり関係を持っていると知られた状況で、下手に騒ぎを起こせば、間接的に私に対する注目が多くなるのは非常に望ましくありません」

そこの、という部分でシーゲルを指さす里香。
名前どころか彼とすら呼んでもらえず、シーゲルは苦笑いするしかない。

「一年でSランクと言う時点でも厄介で、くわえて三人を圧倒して勝ちを納めたりでもしていたら、『そんな人間が執着する女生徒は一体何者だ?』と、誰もが疑問に思うでしょう」
「あ・・・・・」

ようやく、アリアの顔に理解の色が広がった。
マリアが国の上層部から身を隠している、というのは既にキンジから説明されていた。

またいつ、マリアが何処かに消えてしまうのではないかと不安だったアリアにとって、まさに渡りに船といった状況だ。
だが、もし居場所がバレて、なおかつ争いに発展すれば話は別だ。

そんな結果を、先程の戦いで早めてしまうところだったかもしれないのだ。
そこまでアリアの思考が至った時、シーゲルが少し躊躇いがちに口を開いた。

「それについては、本当にすまなかった。少し、頭に血が上っていたようだ」
「そうですね。大人げなく能力まで使った事もしっかりと反省してください」
「・・・・・」

バッサリである。
横目で一瞥しただけで、まともに視線も合わせてもらえない。

よほど嫌っているのがよく分かる態度だった。
それと同時に、この男はいったいどれだけ嫌われるような事をしたのか、と、アリアはとても気になった。

まだ僅かな時間とはいえ、妹が昔よりも遥かに口数が少なく、感情の起伏も小さいのを実感した。
ほんの少しの寂しさを覚えつつ、それでも再開出来た喜びに比べれば些細なものである。

それ故に、これだけ明確な嫌悪感を抱かせる事になったシーゲルの行動は、それはもう聞くに耐えないようなものだったに違いない。
本人は少なからず反省しているようだが、それで被害者の気が晴れると思ったら大間違いだ。

「これに懲りて、元上級生だった事の驕りを綺麗さっぱりゴミ箱に捨ててください。自分の力量など、試さずとも把握してください」
「・・・・はい」

一言、そう返すのがやっとだった。
ガックシと項垂れるシーゲルを他所に、里香が棚から薬や包帯など、道具を一揃え取り出していく。

ここ最近はしっかり登校しているおかげで、この部屋も勝手知ったる場所だ。
トレーに乗せて戻ってきた里香が、椅子を寄せておもむろに治療を始めた。

・・・・シーゲルの傷の治療を。

「・・・え・・・・?」

それに、最も間の抜けた声を出したのはシーゲル本人だった。
他の三人もビシッと硬直する中、里香が制服の裾をまくり上げて露わになった傷に処置を施していく。

淡々と行われる作業、時の止まった室内。
まるで精巧な人形が並ぶ空間で里香だけが動いているような、そんな数秒だった。

「・・・・とはいえ」

そして、その静寂を破ったのもまた里香だった。

「この三人を相手に、能力無しであそこまで善戦したのは評価に値します」

能力を使えば、勝つのは当たり前。
それだけの能力を持つからこそ、イ・ウーのメンバーには肉体の鍛錬を軽視する者が少なからずいる。

パトラなどはその典型であり、狙撃銃を扱う術などはあっても身一つで戦えるかと言われれば瞬時に否と答えるしかない。
理子やジャンヌなどの下級生は、特技を教え合って一つでも出来ることを増やそうとするものだが、上級生・・・特に主戦派の人間は疎かにしがちだ。

そんな中、少しの間とはいえ、三人を相手に上手く立ち回って見せたシーゲルの力量は相当なものと言える。

「それなりに場数を越えた雰囲気も見受けられます。能力を使えば、パトラに一撃入れる事も出来かもしれませんね」

表情を一ミクロンも変えずに送られる賞賛に、シーゲルは口を半開きにして唖然と聞き入るしか出来なかった。
鼓膜の震えから伝達される情報を、脳がナマケモノの百倍ゆっくりとした仕事量で処理し、ようやくその意味を理解しようとしたところで―――――

「強く、なりましたね―――――ゲルト」

ほんの、少しだけ。
錯覚と思ってしまいそうなくらいに、ほんのちょっぴり、口元が笑ったような気がした。

「っ〜〜〜〜〜〜!! マリアっ!」

そのたった一言で、色々なものが振り切れてしまったシーゲル。
感極まって涙を流し、そのまま目の前の愛しき人を抱きしめようと―――――

「調子乗んなゴラァ!!」

して・・・横からきたドロップキックで吹っ飛ばされた。
盛大な音を立てて棚に突っ込み、ガラガラガッシャーンと、追い打ちをかけるように中身が降り注いだ。

中身がきれたビン、書類をこれでもかというほど詰めまくって重量過多になったファイル群、トドメとして横倒れに迫る棚本体。
常人なら下手をすれば他界してもおかしくない連続攻撃をくらうが。

「・・・・まったく。本当に無粋な・・・」

しかし、シーゲルは何事もなかったかのように起き上がる。
よく見れば、その体がボンヤリとした光に包まれているのが分かる。

どうやら咄嗟に能力で防御したらしい。
今の状態の彼なら、例え零距離から銃弾を撃ち込まれても傷一つつかないだろう。

「今のを見て分からないかい? もう君達の出番は終わったんだ、エキストラにはご退場願うよ」
「誰がエキストラだぁ!! こちとらバリバリのヒロインだっつうの!! ぽっと出のサブキャラが粋がってんじゃねぇぞー!!」

勢いこそ凄まじいが、今の理子は血涙でも流しそうなほどに憔悴していた。
いや、むしろ絶望と言っても過言じゃないかもしれない。

なにせ―――――

「おまっ、ツンデレとか何美味しいイベント貰ってんの!? そんなの理子だってまだ回収してないってのにさぁ!!」

と、いうことなのだから。

「ふん。それこそ、主人公だけの特権ということじゃないかな? ツンデレヒロインの最初のデレは主役だけのものなのだから」
「くっ! で、でもっ、お風呂イベントは理子が勝ってるもんね! 最初に会った直後から数え切れないくらい入ってるもんねっ!!」

気勢を削がれ、口調が一気に子供になった。
お風呂の単語に、一瞬だけシーゲルの顔に悔しげな色が垣間見えた。

・・・・しかし、それは思わぬ第三勢力によって覆される。

「何言ってるのよ。 お風呂ならあたしに勝てるわけないでしょ!」
「アリア!?」

そう、何を隠そう実の姉(シスコン)である。
物心つく以前から毎日一緒が当たり前、それを都合八年近く繰り返してきた。

対して、理子は確かに頻繁に入浴を共にはしたが、毎日というほどではない。
任務などの互いの都合もあり、時には数ヶ月も離れ離れになった時もある。

中学時の三年間などがいい例だ。

「単純計算したって数千回は超えてるのよ? あんたがマリアに会ってからまだ六年くらいらしいじゃない。 毎日入ってたって追いつけるはずないわ」
「うぐぐ・・・・それは・・・」

無い胸を張って主張するアリアに、理子は反論出来なかった。
しかしそれも僅かな時間で、すぐにニヤリとした笑みを浮かべる。

「ふ・・・ふふふ。まだいける、理子はまだ生きているんだ! お前らにはない決定的な優位性が、まだあるんだ!!」
「なに・・・?」
「な、なによそれっ」

突然の宣言に、シーゲルとアリアは妙な危機感と共に聞き返す。
バカバカしいヒートアップを見せる三人。

だが、だからこそ気付けなかった。
これまでの会話に、全く参加しない者が一人いることに。

その者が、さきほどから自分達を眺めて、余裕の表情で観戦していることに。
僅かに頬を染めながら、それでも落ち着き払った態度で目の前の光景を見やる―――――ジャンヌ。

その様を言葉で表現するなら・・・・そう。


無邪気に騒ぐ子供を見て、昔の自分を思い出している大人・・・・といった感じだった。

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