八十二話
あれから、事態は一応の収束を見せた。
マリアが四人を縛り上げ、全員が意識を取り戻した後に事情を説明。
途中で顔を青くしたキンジが必死に補足するという場面が幾度かあったものの、とりあえず最大かつ致命的な誤解だけはなんとか解く事が出来た。
肉体の疲労――マリアだけは別だが――もあり、その場で解散して各々の部屋へと帰った。
特にキンジは入院中の身であるからこそ、その消耗ぶりもひと押しだった。
―――ようやく休める。
少なくとも、解散の時点でキンジはそう思っていた。
のだが―――――
「ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり」
「・・・・・・」
視界の端で歯軋りをしながらこちらを睨みつけてくるパートナーを全力で無視しつつ、キンジは頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
たしかに、誤解は解けた。
だがそれは、あくまでもキンジとマリアがそういう関係ではないという事で、逆に言えばそれだけだ。
二人のファーストキスの相手がお互いだという事実は誰にも変えようがないことで、それに対する負の感情を祓う術はない。
四人の中で最も実質的なダメージが浅かったアリアだけが残り、現在進行系で怨嗟の念を送り続けているのだ。
ただし一言も喋らず、一発も放たず、ただひたすらに睨むだけ。
普段が普段なだけに大分マシな態度ではあるが、その異常性がかえって恐怖を煽るというもの。
今にも爆発して大騒ぎになるんじゃないかと気が気ではない。
まぁ、その辺りはマリアがしっかりと釘を刺していたので大丈夫・・・・・なはず。
「・・・・なあアリア」
「なによ」
ようやく腹を括って話し掛けたはいいものの、返ってきたのは獣の唸り声のような返事だった。
溜め息をはきたくなるのをグッと堪え、どう話したものかと思考を巡らせる。
その時、ふと思い浮かんだ疑問があった。
特に他の話題もないので、キンジはそれをストレートにぶつけてみることにした。
「さっきお前、なんで銃を使わなかったんだ?」
てっきり遠慮なしに撃ちまくってくると思ったんだが――――とまでは言わない。
実際に喉まで出かかってはいたが、そうなっていたらどんな目に会うか。
「・・・・・」
ビタッ、と、何故か硬直するアリア。
そのまま頬に赤みが増していき、もじもじと落ち着きのない様子で視線を泳がせ始めた。
何事かと眉を寄せるキンジだったが、やがてゆっくりとアリアが口を開く。
「だ・・・だって、騒ぎになったら・・・・・・・・・だし・・」
「? なんだって?」
最後の方がよく聞き取れず、再度問いかける。
「だからっ!」
すると、半ばヤケになったかのごとくアリアが叫んだ。
その顔は噴火直前のように、そのまま髪や瞳の色と一体化してしまいそうな勢いだ。
「騒ぎになったらマリアがいなくなっちゃうかもしれないじゃない! 外に知られるのは不味いって言ってたし、何がきっかけで漏れるか分からないんでしょ!? だから撃たなかったのっ!」
「・・・・あ〜」
肩で呼吸して俯くアリアを見て、キンジの中でパズルのピースがはまった。
たしかに、珍しく、彼女の言うとおりだ。
病院内での発砲ともなれば当然、当事者達の情報は少なくとも学校の教師勢、もしくは校長や理事の耳にも入るだろう。
Sランク級の生徒による騒動の中、元Sランクのキンジはともかく、今も昔もCランクで通しているマリア――――黒村里香は非常に目立つ存在になる。
実力を隠す事はマリアにとって朝飯前だが、同じ強者の目を欺く事はそう簡単ではない。
完全に意識を向けて観察されれば、明らかにCランクなどという枠組みに納まるものではないと看破される危険性がある。
そのまま素性の洗い直しとなって、たとえその時だけはやり過ごせたとしても、後々に少なくない影響を与えることは想像に難くない。
マリアが捕まるところなどキンジには想像も出来ないが、国を相手にしていつまでもここに留まるのはさすがに困難だろう。
そんな諸々の思考を、あのアリアが、猪突猛進の体現者が、推理?なにそれ美味しいの?のアリアがしていたという事実。
理解が広まると共に驚愕するキンジは、同時にひどく微笑ましい気分になった。
つまりそれだけ、離れたくない、一緒にいたいという思いが強いということ。
怒りに我を忘れていてもその一線だけは譲らなかった事に、アリアの必死さがうかがえる。
彼女の事情を考えればむしろ当然と言えるが、キンジにはとても可愛らしく思えた。
意図せず、優しげな笑みを浮かべる。
「そうか。なら、甘えられる時にめいっぱい甘えておけよ」
「それはもちろん・・・・・・って、なんであたしが甘えるのよ!? 姉はあたしなんだから、あたしが甘えさせてあげるのっ!!」
いや、それはない。
決して声には出さず、しかし心の中で力強く断言したキンジ。
笑顔を浮かべる事さえ稀少だというのに、これ見よがしに甘えるマリアなど想像できようか。
今でさえアリアからじゃれついてるだろうに、そんな日がやってくるとは到底思えない。
(甘えるマリア・・・・か)
さりとて、無理だと思うからこそ見てみたいと思うのも人の性。
ためしに想像してみるキンジ。
幸い、アリアの甘えたような顔なら幾度か見たことはある。
顔立ちだけは瓜二つな姉妹なので、思い浮かべたアリアの甘え顔をそのままマリアの表情としてトレース。
体の各所の違いをしっかりと修正しつつ、とりあえずアリアに抱き着くシーンでも思い浮かべて―――――
―――ドクンッ!!―――
(うっ!!)
即座にシャットアウトした。
咄嗟に自分の顔を殴り、一瞬で駆け巡った血流を鎮静化する。
「え、ちょっ、どうしたのよ?」
突然のキンジに奇行に、アリアが心底困惑した表情で声をかけてくる。
だが、それに答えるだけの余裕がなかった。
(まずい・・・まずいぞこれは・・・)
荒い呼吸を整えながら、キンジはさきほど遭遇した危険領域の記憶に何重ものロックをかける。
自分の迂闊さを呪い、同時にちょっぴり得した気分も味わっていた。
浅はかだった、完全に。
ときおり見せるアリアの笑顔にさえ僅かにヒスるというのに、その中でもトップの(キンジの中で)表情を使用したのが過ちだった。
普段からして無表情なマリアに使った結果、ギャップ効果による化学反応にも通じたインパクトが凄まじかった。
反射的に顔を殴りつけてなければ、ほぼ確実になっていたと断言出来る。
さきほどようやく誤解が解けたというのに、自分から騒動を巻き起こすところだった。
「ねえキンジ、もしかして具合悪いの?」
「い、いや・・・・問題ない」
本格的に心配そうな顔で見てくるアリアになんとかそう返し、キンジは横になる。
いまだ収まりきらない動悸を感じながら、素数や羊を数えたり強襲科時代の地獄の訓練を思い返したり。
思いつく限りの想像を巡らせ、そっち方面から思考を背けていく。
(これは永久に封印したほうがいいな)
これまで何度か、少しは姉みたいに明るくふるまえばとも思った。
だが蓋を開ければキンジにとっては地雷源どころか原発の爆心地であり、むしろ無表情なくらいで釣り合いが取れているのだと実感するのだった。
病院の裏騒動の翌日。
キンジがほぼ無傷で乗り切った事もあり、しばらく平穏が続くかと思った矢先の事だった。
―――バンッ!―――
「たのもー!」
昼休みに入った直後、突如として里香の教室に響いた声。
クラスの全員が驚いて入口の方へと視線を向け、その内の何名かが里香のほうをチラリと盗み見た。
ちょうど席を立とうとしていた里香も、謎の闖入者に目を向けた・・・・のだが、既にその必要はなくなっていたらしい。
「黒村さん、お話があります!」
とうにその闖入者―――間宮あかりは里香の机の前にやって来て、用件を伝えてきたからだ。
あかりと里香という構図に、クラスどころか廊下にいた数名の生徒もざわめく。
なにを隠そうこの二人、つい最近までどちらが本当のアリアのお気に入りなのかと論争されていた間柄である。
当人同士の面識は一度きりで、その時は里香が冷静に否定したことで事なきを得たのだ。
ちょうどその後にアリアはイ・ウーの事にかかりきりになったため、噂は適当な帰着も見い出せぬまま霧散していた。
しかし、ここ最近になってそれは凄まじい勢いで再点火していく。
里香の登校頻度の急上昇、それに反比例するようにアリアが学校に顔を出す機会が減り、その少ない登校時にはほとんど里香の元へ赴くという始末。
男女問わず、年頃の若者達にはかっこうのネタであり、見逃す手はない。
当然、それはアリアの戦姉妹であるあかりの耳にも届く。
それでも彼女にしては粘った方であり、本来ならば聞いた瞬間すぐにでも里香を問い詰めたい気持ちだっただろう。
それでもすぐに来なかったのは、多少なりとも里香の言葉を信用しようと思ったからに違いない。
結果としてそれは徒労に終わり、こうして我慢の限界を迎えたわけだ。
「・・・わかりました。場所を変えますか?」
いかに里香とて、今回ばかりは相手の心情を正確に読み取っていた。
というより、基本的に自分以外の事ならば不気味なまでに鋭い彼女である。
「ついてきてください」
口調こそ丁寧なものの、瞳には隠しきれない敵対心が見て取れた。
踵を返して廊下へ出ていくあかりの背を、里香は黙って追うのだった。
照りつける夏の太陽などものともしない様子で、二人は対峙していた。
片方はまるで宿命のライバルとの決着に臨むかのように、片方はそれを他人事のように見つめる第三者のごとき表情で。
そしてそれ以外にも、二人の事を遠巻きに見ている人影が三人ほど。
「あかりのやつ、本当に呼び出してんぞ」
「愛する者をめぐって争う二人・・・・ロマンスですわ!」
「ああ・・・・あかりちゃんを応援したいけど、でも黒村さんがアリアとくっつけばあかりちゃんは私の・・・・・」
ボーイッシュ、フリフリ、大和撫子。彼女らを一言で表すならこんなところか。
あかりの同級生&後輩の火野ライカ、島麒麟、佐々木志乃の三人である。
ここ最近のあかりが不機嫌まっしぐらで、その理由も十二分に理解している彼女らは、一人でケリをつけてくると飛び出したあかりの安否を心配し、こうして覗き見・・・・もとい見守っている。
とはいえ、まともな思考で動いているのはライカ一人で、残り二人は斜め上の領域で妄想に勤しんでいた。
二人に気付かれないよう(少なくともあかりには気付かれていないだろう)物陰から身を乗り出し、聞き耳を立てている。
そして、到着してからしばし無言でキツい視線を向けていたあかりが口を開いた。
「黒村さん言ってましたよね、アリア先輩とは噂ほど親しくなんかないって」
「たしかに、言いました」
一瞬の間も置かずに答える里香。
だがそれで、あかりの視線が緩むことはない。
「でも最近、アリア先輩は忙しくてあまり学校に来れません。なのに必ず里香さんの所に行ってるって――――」
「たんなる偶然でしょう」
今度は言葉の途中で、そして心持ち先ほどよりも強い口調で否定した。
意識しなければ気付かない程度の微々たる差ではあったが、あかりはそれを敏感に感じ取った。
さらに目線がキツくなり、周囲の空気も緊張を帯びてきている。
もっとも、里香はやはり終始不変だが。
「それにっ、里香さんのクラスに転校生が来て、里香さんの・・・てて、手に、キスしてっ、アリア先輩や他の先輩も混じって決闘したって!」
キスのあたりで赤面しながらも、最後まで言い切って一歩前に出る。
対照的に里香はキスの単語で若干、本当に微かに顔を歪めたが、一秒と経たずに元の無表情に戻った。
「間宮さんも強襲科の生徒ならおおよその想像はつくと思うのですが、あれは一種の歓迎です。私が彼にキスをされた事とは無関係です」
「う〜〜〜〜っ・・・!」
一片の迷いも躊躇もなく嘘八百を並べ立てるマリアは、その堂々たる態度のせいであたかも真実を語っていると錯覚させるほどだ。
あいにく、先日の決闘を実際に見たわけではないあかりにそれを看破する術はなく、悔しげに呻くことしか出来ない。
それでも数日前から見かけるアリアの表情を見れば、どれだけ機嫌が良いのかは一目瞭然だ。
友人三人の協力すら得て手に入れた情報からすれば、誰がどう見たって目の前の能面女子(あかり視点)が関わってるのは火を見るより明らかだ。
悔しさと、それに引けをとらない嫉妬心。
アリアのパートナーであるキンジに対しても相当に悪感情を抱いているあかりだが、それとはまた別種の対抗意識だった。
「じ、じゃあっ! 黒村さんは、アリア先輩のことをどう思ってるんですか!?」
ほとんど苦し紛れだったが、最終的にもっとも気になっていた核心を突く。
認めたくはないが、アリアが里香に対して少なくとも単なる友人以上の好意を抱いている事は覆しようのない事実。
ならばあかりの突破口は向けられた当人である里香自身の感情であり、そこに落とし所を見つけようと思った。
「とても面倒見の良い、尊敬できる先輩だと思います。何度か助言をいただいて助かった事もありますから」
しかし、そんな一縷の望みすら、里香はすげなく切り捨てた。
まるで自分は蚊帳の外の住人であるかのごとく、まるで頓着していないと言わんばかりに。
そんな里香の様子に―――――
「っ!!」
あかりの中で、何かがプツンと切れたような音が鳴った。
「あ、やばっ」
見守っていた三人の中で、唯一真剣に様子をうかがっていたライカが、あかりの変化をしっかりと感じ取っていた。
咄嗟に飛び出して止めようとしたが、あかりが動き出す方がすっと速かった。
ビシッ! っとあかりが勢いよく里香を指差し、深呼吸をして力の限り叫んだ。
「決闘ですっ!!」
あっちゃーと手のひらで顔を覆うライカと、目を輝かせて黄色い声を上げる麒麟、颯爽と立ち向かうあかり(彼女視点での補正)を見て頬を染める志乃という、なんとも表現し難い空間が形成されていた。
「いいでしょう、お受けします」
しかし、どこまでも里香だけは不変だった。
ロビーの自販機でコーラを買い、キンジはブルタブを開けて一口飲んだ。
咽を通る爽快感を感じながら、ふぅっと息をはいて歩き出す。
昨日の騒ぎが誰にも知られなかったおかげか、キンジはようやく病院内限定という条件付で、出歩きを許可された。
精神的疲労はまだ癒えきっていないが、体は充分に回復していると言っていい。
頭の片隅で理子達がリベンジを仕掛けてくるかもと危惧していたが、どうやら杞憂で済みそうだ。
特に目的なく病院をねり歩きながら、キンジはなんとなしに窓の外の景色を見る。
あの襲撃がまるで遠い昔の出来事だったかのように感じるくらい、のどかで平穏である。
と、こんな事を考えるのが危険だというのは既に嫌というほど身に染みている。
―――ブーッ・・・ブーッ・・・ブーッ―――
不意に、ポケットの中の携帯が振動する。
「・・・・・・」
タラリ、と冷や汗が頬を伝い、キンジの体温が低くなった。
別に、携帯に着信があったからといって不吉や騒動が怒ると決まった訳じゃない。
友人からの何気ない用事であったり、キンジの容態が気になった人間からの連絡とか、他にも色々と考えればいくらでも思いつくはずだ。
だというのに―――――
(なんだ・・・・この表現し難い予感は・・・・)
虫の知らせとでも言うべきか、出る事を本能レベルで拒絶しなければいけない気がする。
このタイミングでメールではなく通話というのが、それに拍車をかけていた。
「いや、落ち着け。まずは相手を確認してからでも遅くないだろ」
自分に言い聞かせ、携帯を取り出す。
カチャっと音を立てて開いた画面には、少しばかり大き目の文字で非通知と表示されていた。
「・・・・・・」
警戒レベルが五段階くらいすっ飛んで跳ね上がる。
出てはいけない、出たらロクなことにならない、最悪死ぬ。
心の中の自分が必死に囁やき、だがそれだけでは終わらない。
(もしここで出なかったとしたら、それはそれで危険じゃないのか?)
そもそも、キンジに非通知で電話してくる人間なんていなかったはずだ。
マリアでさえちゃんと黒村の名義で登録しているし、アリア他数名の女子だって言わずもがな。
登録外でキンジに連絡してくるかもしれない人間など、それこそ片手で数える程度。
もし、万が一、とても重要な用件であったり、何かしらの危険――例えばアリア関連――に対する忠告の類であったなら、後々になってツケが回ってくる可能性が高い。
出るべきか、出ないべきか。
激しい葛藤をするキンジを他所に、あっさりと着信が切れた。
「・・・やばいな、これで本当に重要事項だったら――――」
―――ブーッ・・・ブーッ・・・ブーッ―――
キンジの未練に応えた訳ではないだろうが、再び震え出す携帯、もちろん非通知。
またも葛藤し、その間に止む携帯。
震える、葛藤する、止む。
また震える、また葛藤、そして止む。
震える、葛藤、止む、震える、葛藤、止む、震葛止、震葛止、震葛止・・・・・・・・・・・
「出よう」
およそ十分間、二十回に及ぶ繰り返しの果てに、ようやく覚悟を決めたキンジ。
いまだに根気強く――既に根気という次元を超えている気もするが――鳴っている携帯の通話ボタンを押し、恐る恐る耳元へと持ってきた。
「・・・も、もしもし?」
『・・・・・・・』
無言・・・・。
背中を流れる冷たい汗の量が増えていくのを感じつつ、返事を待つキンジ。
しかし待てども待てども声はなく、もしかしたらさんざん待たせた事への腹いせなのかもと思えてくる。
だがこのままでは進むものも進まない。
もう一度問いかけようとして。
―――ブツッ・・・ツー、ツー、ツー―――
「は?」
不意に、向こうから切られた。
思わず素っ頓狂な声を出し、通話終了の文字を映す画面を眺める。
(なんだったんだ、いったい・・・・?)
拍子抜けとうか、逆に不気味極まりないというか。
待たせた事は悪いと思うが、少しばかり悪趣味じゃないかと。
もしかしたら知り合いの誰かが仕組んだイタズラかもしれないと自己完結し、そろそろ病室に戻ろうかと思った。
その瞬間―――――
「ずいぶんと遅かったわね。連絡する前に着いちゃった」
「・・・・え・・・」
背後から、かけられた、その声に・・・・
キンジの時間が・・・・・停止した。
「武偵には迅速な判断が求められるわ。あんなに長々と悩んでいては、行動する前に手遅れになってしまう」
ぎぎぎ、という音でも聞こえてきそうな挙動で振り返ったキンジは、本気で泣きたくなった。
口調こそ最後に会った時のように、穏やかで優しげである。
だが、まるで全身を刃物でめった刺しにされたかのような錯覚を引き起こす鋭いプレッシャーは、プロの武偵でさえ全身が竦み上がってしまいそうな気がした。
相も変わらず、一瞬で虜にされてしまいそうな美貌。
柔らかく、それでいて毅然とした雰囲気は、その姿を視界に納めた者全てを引きつけてやまない。
少なくともキンジの知り合いの中で、『美しさ』という一点においては他の追随を許さない。
武偵を目指していた頃のキンジの憧れであり、目標。そして、現在でも無量の尊敬を抱く存在であるそのじ女性・・・・・もとい男性。
「十日ぶりだけど、元気そうねキンジ。少し、時間はある?」
「・・・・・ああ、大丈夫だ・・・・・カナ」
カナこと、遠山金一がそこにいた。