八十三話
乙女の決闘(?)は、人目のつかない場所でという里香の要望により体育館倉庫裏へとその場所を移していた。
そこはまたしてもアリアとキンジの出会いの場であり、ここまでくると何者かの意思が絡んでるのではとさえ思えてくる。
「ここでいいんですか・・・?」
「ええ」
そう答えた里香に対し、あかりは口調こそ丁寧であはあったが、溢れる感情にはもはや欠片ほども敵対心を抑える気が感じられない。
絶対に負けないという気概に満ち満ちた闘志は、その昂りを周囲の空間にさえ伝えてるかのようだ。
それをそよ風のごとく受け流しながら、里香はあかりを真っ直ぐに見ていた。
自分の姉の戦姉妹にして、イ・ウーにも浅からぬ因縁を持つDランク武偵――――間宮あかり。
ランクこそ里香の一つ下ではあるが、実際にはSランクにだって引けを取らない能力を持っていたはずの少女。
今となっては例え本気を出したとしてもそれ程の力は見込めないが、一部の限定的な技術では十分に驚異と認識出来るものを持っている。
かつて――といってもほんの数ヶ月前だが――イ・ウーのメンバーの一人が彼女を捕らえようとし、返り討ちに会った事は、シャーロックの右腕たる里香は当然知っている。
それだけは絶対にありえなかったと思いつつも、イ・ウーに入っていれば相当な実力者になっていただろうと断言出来る。
タイプ的にはキンジと同類の(あかり本人が聞いたら激怒するだろうが)、身一つで絶技を振るう超人の部類だ。
「それと・・・・」
「?」
さもついでとばかりに言葉を繋げた里香に、あかりが眉を寄せる。
それを気にすることなく、里香はおもむろに視線をあらぬ方向へと移して―――――
「ちょどいいので、そこに隠れている方々に審判役を頼んでよろしいでしょうか?」
「えっ・・・?」
驚いて目を丸くしたあかりが、里香の視線を追ってそれを見つけた。
二人もさきほど通ってきた曲がり角、倉庫の壁に隠れるようにしてビクリと揺れた黒と金。
「うっわ、バレてたのかよ」
「し、心臓が飛び上がりましたの・・・・」
「あはは・・・こ、こんにちわ、あかりちゃん」
「みっ、皆!?」
ぞろぞろと出てきたライカ、麒麟、志乃の三人。
あかりは驚きつつも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「なんでここに・・・?」
「そりゃあ、あかりが心配だしよ」
「手助けは出来ずとも、応援くらいは出来ますから!」
「あかりちゃんの居るところに私は居ますっ!」
言い様は異なっても、それぞれの思いがあかりの背中を押す。
まるでこれから、主人公が悪の手先を倒す、とでも言わんばかりの空気が展開していた。
三人に叱咤激励されるあかりを、里香は特にどうとも思わず見つめていた。
既に彼女の思考は戦闘の予測まで飛んでおり、あかりの何気ない一挙一動から正確な技量を割り出していく。
重心の移動から動きの練度を、かけられた言葉に意識を移すまでの時間で反応速度を、他にも足運びや警戒心の度合いまで。
現在、あかりは完全に友人三人に意識を向けていて、里香に対しての注意を欠片も配っていない。
もし、里香があかりに対して個人的な恨みを持っている人間だったなら、今ここで不意打ちをすれば容易に仕留められるだろう。
他の三人にしても同様で、客観的に見ればとてもイ・ウーのメンバーを逮捕した経験のある者達とは想像し難かった。
もっともそれは、単に彼女らが技量に応じた経験を積んでいないが故の油断だという事を、里香はちゃんと理解している。
まあ、それすら相手を油断させるブラフだった、なんて事ならば素晴らしいの一言に尽きるのだが。
「そろそろいいでしょうか? まだ続くのなら、後日にしてほしいのですけど」
一通りの分析を終え、あえて呆れ混じりの、どこか小馬鹿にしたようなニュアンスを含めて言葉をかける。
すると案の定、あかりは友人に向けていた柔らかい表情を瞬時に鋭くして里香を睨みつけた。
「言われなくてもやります!」
三人に一言いってから、ズンズンと音を立てて戻ってくる。
まるで親の仇でも討ち取るかのような気迫を漂わせ、二メートルの距離を空けて正面から対峙した。
対極的な温度差で向かい合う二人に、ライカ達が微妙な顔をして近付いてくる。
その中から代表してライカが一歩前に出て、話しづらい状況下でもめげずに咳払いしてみせた。
「ゴホンッ。あー・・・じゃあアタシが審判役をやらせてもらうからな? 時間無制限の一本勝負。徒手・銃器・刃物あり、それ以外はなし。先にクリーンヒットを取った方が勝ちでいいな?」
「うん!」
「了解です」
互いに目を逸らさぬまま頷き、静かに構える二人。
あかりは僅かに腰を落として自分の銃に手をかけ、里香は少しだけ足を開いたが直立のまま。
それを余裕の態度と受け取ったらしく、あかりの表情がさらに歪んだ。
「それじゃあ―――――」
普通なら開始の合図など必要としないのだが、何故だかこの二人にはあったほうがいいと感じた。
里香の方はともかく、あかりはもう冷静な判断をするには不適切な精神状態に入っている。
何かしらのタイミングを与えないと、無防備に突っ込む気がしてならないとライカは思ったのだ。
腕を振り下ろす一瞬の間、ライカはチラリと里香を見る。
なんの気負いもない自然な構え、一見すると突っ立っているだけに思えるが、少なくともライカが見る限りでは一片の隙も見つける事が出来なかった。
(たしかCランクだよな? それにしちゃあ随分と・・・・)
強そうだ―――と思いはしたが、さほど驚く事はない。
武偵にとってはランクとは確かにステータスではあるが、実のところランク=強さとは一概には言えないからだ。
例えば単純に、武偵になりすまして潜入してる人間なんかは実力を隠すものだし、他に様々な理由で実力に見合ったランクを持っていない武偵など案外探せばかなりの数がいる。
中でもよくある例だと、武偵憲章をうっかり破ってしまうことだ。
腕が良くともミスをしてしまい、それが運悪く憲章破りに繋がってしまう。
そんな時に評価が下がり、ひどければ降格処分になってしまう。
あとはまあ・・・・あかりもそうであるように、何かしらの事情で本当の実力を発揮できなくなっているとか。
(向こうもその類ってことか?)
瞬時に回転する思考の中で、ライカは友人と共に調べた黒村里香という人物の情報を引っ張り出す。
体が頑丈ではなく、一ヶ月でも数回登校すれば良い方というくらいに出席率が低く、それなのに退学処分にならない不思議少女。
噂だと親が裏で金を回し、権力を使って娘の願いを叶えている、要は親の七光りという説もある。
さすがに教務科の裏事情に首を突っ込む勇気はなかったので、真偽は明らかになっていないが。
しかし十日ほど前から急にほぼ毎日登校するようになり、本人曰く体調が良好だということ。
いくら良くなったからといって、そうそう安易に決闘なんてして大丈夫なのかとも思ったが、他人が口出しをしていい事でもない。
どちらにせよ、この戦いで少しは見極められるだろうと、ライカは手を振り下ろした。
「始めっ!」
ひょっとしたら、俺は神様とやらに嫌われてるのかもな。
目の前で聖母のような微笑みを浮かべているカナを見ていると、そう思わずにはいられない。
いや、ただ笑顔を向けられているだけならこっちだって笑い返すし、他の男だったら一発で惚れてしまいそうな顔だろうさ。
「怪我はそんなにひどくないみたいね、安心した。あの時は見てあげられなかったから」
「いや、超能力にやられてたんだろ? パトラのやつが言ってたよ」
「そうなんだ」
会話だって不自然なところはないし、俺だって傍から見たら自然に振舞っているんだろう。
だが、な・・・・
あの、カナの背後に漂っている黒いのか紫なのかよく分からんオーラだけは普通じゃない。
どうやら周りの人間には見えないし感じられないようだ。
何事もなく俺らの横を通り過ぎたり、カナの笑顔に見惚れたりしてるからな。
俺の背中は冷や汗でビッショリだってのに、平和そうで結構なことだよ本当に。
そんなにカナに見入るくらいなら立ち位置を変わってやりたいくらいだ。
きっと今より凄まじい世界を体験出来ることうけあいだぞ。
今のカナは武偵校の制服でも、黒のコート姿でもない。
何故だか兄さんの私服を身に付け、カナが着ているからか男女両用のコーディネートに見える。
髪も三つ編みじゃなくて、うなじのところで髪紐で結んでいるだけだ。
少しだけボーイッシュな印象が受けるが、それでもカナの女(?)の魅力を抑えるには役不足だろう。
「それで、急にどうしたんだ? まさか日本にいるとは思わなかったぞ」
「ええ、そうね。実際に昨日までパトラとエジプトにいたのだけど、ちょっと急ぎの用が出来たから」
「用?」
なんだろうな、発汗量が急激に増していくんだが・・・。
嫌な予感とかそんなレベルじゃない、もっと確信に近い次元での悪寒が全身を駆け巡っている。
男の本能が根源のヒステリアモードとは違う、もっと単純な生存本能が逃げろ逃げろと叫び散らしてくる。
だというのに、カナの笑顔から目が皆目離せないという不思議現象が現在進行形で発生しているんだ。
「理子ちゃんから連絡があってね? ちょっとキンジに付き合ってもらいたいのだけど」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・どうやら、お迎えが来たらしい。
十七年か・・・・短かったな、俺の人生。
さっそく走馬灯が見え始めてるんだが、これは抗うべきか? 身を任せるべきか?
「ここじゃあちょっと話づらいから、屋上に行きましょうか」
「・・・・ああ」
拒否する、なんて選択肢はカナの笑顔が粉砕してしまった。
視線が合っただけで脳内に干渉されたような錯覚に陥った。
すごいぜカナ、もう人の心を操る技まで身に付けたんだな。
ぜひその人並み外れた才能で、まず人の話を聞くって選択肢を見出してくれ。
できることなら・・・・・そう。
―――俺の命が消えるまでに・・・・・・な・・・
勝った。
ライカの合図と共に駆け出し、里香の懐まで入り込んだあかりは、そう思った。
べつにあかりはCQCやアル=カタの達人でもなく、ましてや自分が突き出した掌底がそのまま決まるなどとは思っていない。
彼女が勝利を確信したのは、自分の攻撃に対して里香がしっかりと反応し、向かい打つように貫手を放ってきたからだ。
(『鳶穿』で・・・・・いける!)
自身が得意とするカウンター技。
一撃必殺の秘技を我流で作り変えたそれを、相手の一撃より早く打ち込む。
あかりが尊敬してやまない先輩、アリアから戦妹の資格を勝ち取った技だ。
これで勝利することに意味があり、この戦いでのあかりにとって最初で最高の一撃となった。
カウンターで放つ手が、里香の貫手を通り過ぎ、速度でも上回り、がら空きの胴へと吸い込まれていく。
いつものように、相手に気付いた様子は見られない。
初見で避けられた事は一度もない、むしろ対処された経験自体が皆無だった。
それだけに信用のおける、必中を確信出来る。
そのまま、あかりのカウンターは見事に里香へとヒットして―――――
―――バキッ!―――
「っ」
「あっ・・・・!?」
二人同時に、それぞれの後方へと吹っ飛んでいた。
全く予想していなかった衝撃に、あかりは地面に背中を強く打ちつけ、里香は多少ぐらつきながらも難なく着地した。
「い、今のは・・・・」
「同時・・・・ですの?」
「私は、そう見えましたけど・・・」
それを見ていた三人は同意見だったらしく、ライカはどちらの勝利宣言もしなかった。
引き分けなどと言ったところで、友人が納得するはずがないと分かっているからだ。
どちらかが勝たなきゃ終わらない――――ならば最初から引き分けはなしだ。
「ど・・・どうして・・・・?」
そして、あかりは状況が理解出来ずに座り込んでいた。
上半身だけを起こしたまま、驚愕のあまり決闘が続いている事にすら気付いていない。
―――カチャッ―――
そんな彼女の耳を、聞きなれた音が揺らした。
ハッと我に返り、咄嗟に身を転がす。
―――パァンッ!―――
そのタイミングを見計らっていたかのように、一瞬前まであかりが座っていた地面が銃声を共に爆ぜた。
「勝負中に考え事とは、随分と余裕がおありなのですね」
見れば、里香の取り出したベレッタ90Twoの銃口があかりを捉えていた。
ルール上では銃の規制はされていない、だから驚くことでもなんでもないのだが・・・・
「っ―――」
狙われている、たったそれだけの事実に、あかりは正体不明の硬直を強いられた。
彼女とて仮にも強襲科の生徒であり、銃を向けられる事など日常茶飯事であるにも関わらず。
「どうして自分までヒットさせられたのか分からない、という顔をしていますね」
そんなあかりの様子を知ってか知らずか、里香は淡々と話始める。
引き金を引けば、その時点で決着という状況なのにだ。
「あなたの技は、カウンターとしては見事なものでした。本来ならば先の一撃で決着がついていたかもしれないほどに」
「で、でも・・・・」
実際に、つかなかった。
その先を自ら口にしたくないとばかりに、あかりは口をつぐんだ。
その時、もし里香の事を少しでもよく知っている人間がいたならば。
今の彼女がほんの微かに表情を柔らかくしているのに気付いただろう。
「察するに、今まで防がれた経験が少ないのではないですか? 初見ならほぼ確実に成功していた可能性も否定出来ませんね」
「な、なんで知ってるの・・・!?」
図星を突かれ、初めてあかりの瞳に敵対心以外の色が浮かぶ。
「あなたも、自分の思う以上には有名だということですね。DランクがSランクの戦妹になったのですから、少し調べただけでいくらでも知ることが出来ましたよ」
当初こそ掲示板の混乱具合は凄まじく、あかりの個人情報は保護法も涙目なくらいの速度で暴かれていった。
さすがに彼女の一族の事までには辛うじて届かなかったが、あかりが聞いたら悲鳴を上げるレベルの秘密はおおかた知られたと言っていい。
「『鳶穿』でしたか。先も言った通り見事な技ではありましたが、問題はあなたの驕りですね」
「驕り・・・なんて・・・」
「私があなたの予想通りの行動をしたから、これで終わると確信したのでしょう? カウンターをカウンターで返して、失敗するはずがないと盲信して、それがさらなるカウンターで返されるなんて思いもしなかった」
「っ!」
言い返す余地もない指摘に、あかりの体が硬直する。
そう、絶対に決まると信じ込んでいた。
そこで考える事を止めて、それ以上の展開なんて欠片も想像していなかった。
―――Sランクにさえ通用したのだから、Cランクに対処出来るはずがないと。
心で過信し、侮っていた。
「私はたしかに今まで休みがちで、他の方々に比べれば経験も少なく、練度も低いでしょう。ですがそれでも、己を磨く事を怠った覚えはありません」
半分の嘘、半分の真実。
あかりはそれを知る由もなかったが、今はただ里香の言葉が胸に突き刺さった。
固唾を呑んで見守っていた外野三人も、気付けばその言葉に聞き入っていた。
それは、ここ最近の自分達にも見え隠れする兆候だったと本能的に察したからだ。
まるで開けっ放しの扉から流れ込む風のように、すんなりと胸の中に入って体を冷やされていく。
ひどく冷静な思考が出来るようになり、先ほどまで繰り広げていた妄想劇などとうに吹き飛んでしまっている。
「あなたが私をどう思おうと、私にどう接しようと構いませんし興味もありません。ですが、今のあなたを見ていると少しばかり癪に障りますので」
―――つまり、なにが言いたいかといえば。
「Dランクが誰かを格下に見るなんて、おこがましいにも程があります」
Sランクの身近に居続けて、何故か自分が飛躍的に強くなっていると勘違いしている。
いや、実際に強くはなっているだろう。
ただ、現実の伸びしろと本人の認識に齟齬が発生し、結果的に中途半端なプライドに変貌してしまった。
Sランクの戦妹になれたから? イ・ウーのメンバーに勝てたから?
虎の威を借る子猫と同じ、増上慢も甚だしい。
不相応な上ばかりを見続けて、その過程を見下しがちになる。
Sランクとは武偵の中でも特別に優れ、かつ並外れた努力の末に行きつくもの。
Aランクだって充分なエリート、多くの人間に実力を認められる強者だ。
Bランクでさえ、将来的にはそれらに辿り着くかもしれない卵達。
勝てる勝てないは別として、けっして侮っていい弱者などではない。
イ・ウーなどはもはや人の常識の埒外、同じ基準や枠で括ろうとする事自体が間違っているだけなのだ。
それを、あたかも自分がそっちの側に入りかけていると勘違いしている。
「侮るのも貶すのも、勝者だけの権利ですよ。自分が勝った後の妄想をする暇があるのなら、その何とかの一つ覚えのような技で、さっさと私に勝ってみたらどうです」
「くっ・・・!」
挑発的なその言葉に、戦意を喪失する寸前だったあかりの目に炎が灯る。
たしかに、里香の言葉はまったくと言っていいほど反論できなかった。
調子付いていた自分に怒りを感じつつ、それでも里香に対する反骨心は消えなかった。
むしろ、武偵として自分よりも有能なところを見せつけられ、より激しく猛ったと言える。
そんなあかりの心情を正確に読み取った里香は、これもまた彼女をよく知る人間でなければ気付けない程に小さく、満足気な笑みを浮かべた。
元より人を貶したり、逆撫でするような言動は苦手な部類だ。
少しでも効果的そうな言葉を選んでいるが、いつボロが出るか分からなくて微かに不安を覚えてもいる。
・・・・と、そう思っているのは本人だけで、実際にはいつでも効果覿面なのだが。
「ああ、どうせなら今度はこちらから攻めましょうか? それなら手間も省けるでしょうし」
まるであかりには『鳶穿』しか能がないかのごとき発言。
そばで見ていた三人があからさまにムッとした表情になり、言われた本人にいたっては顔を真っ赤にしていた。
無論、それは怒りによるもの。
「いい! これが効かなくたって、わたしは無能じゃないんだからっ!!」
勢いよく立ち上がり、引き抜いたのはマイクロUZI。
両手持ちでさえ壊滅的な命中率だというのに、なんとあかりは走りながら片手で撃ち出した。
もちろんそんな条件で放つ弾がまともに当たるはずもなく、予め知っていた里香が内心で溜め息をついてしまいそうになるほどだった。
まるで初めて銃を握った中学生のごとく、見当違いの方向へ飛んでいく。
友達ですら見に耐えないらしく、僅かに視線を逸らしていた。
正面から銃を乱射されているにも関わらず、突っ立っているだけの里香には一発も掠りもしない。
「・・・・まあ、有効的ではありますね」
小さく里香が呟いた言葉は、あかりの銃の技量に対する言葉ではもちろんない。
一見すると下手くその銃撃を続ける憐れな構図だが、実際にはそのマイナスを逆手に取った効果を発揮していた。
もはや神にイタズラでもされてるのではないかと言うぐらいに里香の体を避けていく弾丸だが、逆に言えば綺麗に避けすぎていて、横方向への移動が制限されていたのだ。
不用意に動けば当たってしまい、進むか退くかしか出来ない状態になっている。
これはマリアには突破出来ても、里香には突破出来ないレベルの壁だった。
本人の顔を見れば、これが意図的に作り出されたと確信できる。
内心では自分の非才さに嘆いているのか、少し涙目だったが・・・・。
里香が動けない間に、あかりはどんどんと距離を詰めていく。
ベレッタで迎撃しようとも考えたが、結局そのまま迎え撃つ事にした。
「わたしは――――アリア先輩の戦妹なんだからっ!!」
そう言いながらナイフを取り出し、再び肉薄するあかり。
里香もまたサバイバルナイフを抜いて、互いに一剣一銃の構えになる。
「絶対に、負けないっ!」
「私も、実のところ負けず嫌いですから、勝たせてもらいます」
ナイフの刃同士がぶつかり、かん高い金属音が響き渡る。
先程よりも冷静さを宿したあかり目と、ほんの僅かに鋭くなった里香の視線が絡み合う。
戦いの熱が、凄まじい勢いで上がりつつあった。