小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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八十五話










時間は、ほんの少し前に戻る。
あかりとの決闘を終え、里香は武偵病院へと向かっていた。

金一が日本に向かってくる事は推理していたし、理子から直接聞き出してもいた。
しかしだからといって、あかりのせいで遅れているという訳でもない。

金一とキンジの衝突は里香にとって、言わば中間確認のようなもの。
いつかシャーロックが幾度となく言った事だが、里香―――マリアは自身の『条理予知(コグニス)』の完成度を少しばかり過小評価している。

余念がないと言えば聞こえはいいが、悪く言えばあまり信用していない。
例えどれだけ強力であろう能力であっても、不完全なものを完全に信じるのは危険と思っている。

それ自体珍しくもない心構えだろうが、マリアのそれは少しばかりくどいとさえ評せるほどだ。
キンジの成長度を正確に把握しておきながら、確実に格上の相手をぶつけてより確信を得ようとする。

また、ついでに金一の状態も確認しておこうという意図もあるのだが、それに加えてもう一皮剥けてもらおうなどとも考えていた。
はたしてそれはキンジの事なのか、それとも金一の事なのか。

いずれにしろ結果さえ見届けられれば十分と考えていたので、今彼女の目の前にやって来た事態さえもまた、予定調和の内だった。

「珍しいですね。あなたがそのようなものを着るなんて」
「・・・・キンイチの奴が、どうしても来るなら着ろとうるさくての。仕方なくぢゃ」

武偵病院へと続く、偶然なのか人気のない道。
腰周りと胸部しか隠していない、服装と言っていいのか不明な布・・・・の上から、実に一般的な茶色のコートを羽織ったパトラがいた。

しかも頭部の王冠すら乗せておらず、コートの前さえ閉じれば違和感のほとんどを払拭出来る姿だ。
もっとも、意地なのかどうかは分からないが、足だけは何も履かないでいる。

そのせいか、パッと見たところ、まるで全裸にコート一枚だけ着ているかのように見えてしまう。

「・・・・・結果的にプラスマイナスゼロのような気もしますね」
「まったくぢゃ。下賎な者共がジロジロと(わらわ)を見てきおって、不愉快極まりなかったのう」
「よく騒ぎになりませんでしたね」
「ケイカンとかいう者共が四回ほど呼び止めてきおったわ。キンイチがなにやら焦って話しておったが、妾には関係のないことよ」

ホッホッホ、と笑うパトラを見て、マリアは心の中で金一を(ねぎら)った。
ほとんど言い訳のきかない状況だっただろうに、それを切り抜けた手腕には脱帽するしかない。

「それで・・・あなたが一人ということは、既にあの二人は接触しているのでしょうね」
「う、うむ・・・・・そうなんぢゃが」

ほとんど問いかけの意味も持たない言葉に、パトラは歯切れの悪い答えを返した。
それを訝しげに見ることもなく、全て理解している風なマリアは言葉を続ける。

「俺が相手をしている間、出来るだけ足止めをしていてくれ――――とでも頼まれたのでしょう?」
「っ! おっ、うっ・・・・うむ」

咄嗟に誤魔化そうとして、その無意味さを思い出したパトラ。
出来ればこのまま世間話でもして時間が過ぎてくれれば―――と思っていたのだが、やはり焼け石に水程度の時間も稼げなかった。

というより、頼まれた瞬間に絶対無理と即答したにも関わらず、上手く言いくるめられてこの場にいるのである。

「心配せずとも、あの二人の邪魔をするつもりはありませんよ」
「・・・・まあ、おぬしがこれだけ後になって来てる時点で予想はしていたがのう」

やはり無駄な心配だったかと、パトラは溜め息をはいた。
もしかしたらマリアと一戦交えなければならないのかと、内心気が気ではなかったのだ。

実を言えば、そのために付近にピラミッド型の物体を持ち込んでいたりもした。
しかし、いかな無限魔力といえども、世の中上には上がいる。

ただでさえマリアは、下手をすれば銃一丁でさえパトラを制してしまえるかもしれない。
くわえて、先日のアンベリール号での一件。

イロカネの力を部分的にとはいえ解放したアリアにより、パトラはとてつもない恐怖を味わった。
あれにより、彼女はイロカネに対して、決して小さくない怖れを抱いている。

そんなパトラにとって、マリアと戦うというのは文字位通り死んでも御免なのである。
まさに祈るような気持ちでこの場にいたパトラにとって、マリアの言葉は天の救いにほかならなかった。

「話の内容は、おそらく私の事でしょう? 目に見える脅威に備えておくのは当然のことです」
「それは・・・・」

言いかけて、すぐに口を閉じる。
淡々と話す里香に感情の揺らぎはなく、当たり前の事実を述べているだけという顔。

説き伏せるだけの言葉が思いつかない以上、余計な問答は不毛だろう。
悔しげに俯くパトラ。そんなパトラの様子を知ってか知らずか、里香はそのまま歩きだした。

「どの道、現状の彼等ではそれ以上の話は無理でしょうし、そろそろ行きましょうか。万が一にでも不測が起こっていたら目もあてられません」

それ以上の話。
つまり里香と――――マリアといかにして戦うか。

そこまで考えたろころで、パトラは思考をはらうように首をブンブンと横に振った。
備えは必要と分かっていても、そう簡単に割り切れる事じゃない。

前を歩いていく背中に、パトラも無言でついて行く。
病院の自動ドアを潜り、受け付けを素通りし、廊下の奥まったところにある階段
を上がる。

屋上の扉が開くその瞬間まで、パトラは目の前の背中をジッと見続けるのだった。
















「お久しぶり・・・・と言ってもほんの十日ですね、カナ」
「・・・ええ。あなたも、元気そうでよかった」

そんな何気ない挨拶を交わす二人の間に、剣呑な雰囲気は微塵もなかった。
最初から事を起こす気など欠片もないと言うことがうかがえる。

つい先ほどまで戦う可能性を示唆していた人間とその対象だなんて、(はた)から見れば想像も出来ない。
そしてそんな中で・・・・

(これは・・・?)

キンジは、カナに対して微かな違和感を感じていた。
なんとも表現し難い、だが確実に感じる。

「パトラも一緒なのね」
「仕方ないぢゃろ。もとより無茶が過ぎた上に、こやつは最初からお前の目的も考えも全てお見通しだったようぢゃからな」
「・・・・そう」

一歩前に出てそう言い放ったパトラに、カナは諦め半分、呆れ半分といった溜め息をついた。
例え看破した相手が誰であっても、自分の策がさも当然のごとく読まれているというのは存外にショックなものだ。

シャーロック然り、マリア然り、ここまでカナの智謀を一蹴した人間は世界にだっていないだろう。
可能性の事も含め、開戦前から心が折れそうだった。

「話もちょうど終わったようですし、結果も私にとっては上々のようです。これ以上は病院の迷惑になるでしょう」

そう言いながらカナとキンジを交互に見て、頷いたマリア。
どうやら彼女の目に、二人の状態は諸々を含めて及第点にはなったらしい。

自分達がなにかしらを評価されているのに気付き、訝しげな眼差しを向けるカナとキンジ。
だがそんなものは関係ないとばかりに、マリアは何も言おうとはしなかった。

「この場はこれで終わりです。含むところがあれば、またの機会にしてください」

そうして、二人の激突は唐突に終わりを告げた。














「はぁ・・・・」

珍しく、里香の口から疲れたような溜め息が漏れた。
キンジとカナの決着を取りもった後、衛生科の棟に足を向けた彼女。

夏休み中であるにも関わらず里香がそこへ足を運ぶのには、仕方がないと言えばそれまでな理由がある。
里香はこれまで、ほとんど金で武偵校の身分を保ってきたようなもの。

病弱な設定で通してきた人間が、普通に登校出来るようになれば、自然と浮かんでくる問題があるだろう。
そう、単位である。

とはいえ、そこまで切羽詰っているかと言われればもちろん否だ。
もとより予測済みの事態であるし、現在進行系で入院しているキンジと違って里香には一ヶ月の猶予期間がある。

一般人からやって来るもの、学校からお情けで出されるもの、依頼(クエスト)のレパートリーには事欠かない。
寮に生活を移してから、放課後には出来うる限り単位の取得に専念した。

Cランクの里香が高難易度(Aランク級)の依頼をこなしたとしても、例えば理子のような高ランクの武偵を雇って協力を仰いだ、という事にしておけば問題はない。
実際にに理子やジャンヌが好きで(勝手に)付いてきた事もあり、不審に思われる事など何もなかった。

というわけで。今こうして里香が衛生科の実習棟に向かっているのも、それ関連の用事を済ませるためだったのだ。
そう・・・・だったのだ。

「日本ではね、溜め息をはくと幸せが逃げるっていうのよ?」
「・・・・そうですね。ええ、まったくその通りのようで」

当たり前のごとく自分の横を歩くカナの言葉に、里香はしみじみと頷いた。
周囲から注がれる視線、視線、視線。

夏休みとはいえ、自主訓練、補習、他にも様々な理由で校内を徘徊する生徒は多い。
いや、むしろ長期休暇だから帰省や旅行、などという者の方がここでは少数派だ。

故に、ともすれば平時よりも校舎外にいる人間は多く、里香とカナの組み合わせはとてつもなく目立っていた。
里香だけならば良かったものの、カナと連れ立って歩くことこそが最大の問題。

かつて、アリアの『第二の可能性』を見極める一環として、カナはアリアと決闘した。
それまでこの東京武偵校において無敗を誇っていたアリアを圧倒し、敗北寸前――実質負けたようなものだが――まで追い詰めたカナは、当然ながら強襲科をはじめとした生徒達に驚愕をもたらした。

そんな人物と、アリアのお気に入り(既に定着)の里香が一緒にいる。
これはもう、騒がない手はないというか、噂を流さない手はないと言わざるを得ない。

現に今も、携帯片手に高速で何かを打ち込んでいる者が続出し、こころなしか周囲の人口密度が上昇している気がしないでもない。
走り去りたくなる思いをグッと堪え、里香は何事もなかったように歩いていく。

カナは、どこか満足気な微笑みを浮かべながらそれに続いた。

「どこまでついてくるつもりですか」
「そうね・・・・積もった話が綺麗に消化出来るまで、かしら?」

当人達だけに聞こえる音量で二人は会話する。
余談だが、パトラはついては来なかった・・・・・否、来れなかった。

理由は論ずるまでもないが、彼女の服装である。
女三人、うち一人がパッと見だと素肌にコート、なんて光景は絶対に避けねばならない。

本人は頑なに同行しようとしたが、里香とカナの道徳的説得によってなんとか先に帰らせる事に成功した。
日本に来るにあたり、武偵校に比較的近い場所にホテルをとってあるらしい。

「私があまり目立ちたくない、というのは承知の上ですよね」
「それこそ今更だと思うわ。アリアとキンジを始め、理子ちゃんやジャンヌとも知り合いという時点で手遅れでしょう?」
「・・・・」

言い返す事は出来ない。
会ったそばから言い逃れ出来ないアタックを仕掛けてくる身内達に頭を痛めつつ、なんとか自身の力だけはバレないよう動いているのだ。

ほんの微かに苦い表情になった里香を見て、カナがくすりと笑う。

「本当に、戦い以外だと万全ではないのね、あなたのそれ(・・)は。それとも、アリアが絡んでいるからかしら」
「・・・さあ、どうでしょうね」

パトラから聞いたであろうカナも、特に深く探ろうとはしなかった。
もともとからかい半分な問いかけだっただけに、まともな返答は期待していない。

そうこうしているうちに、衛生科の棟は近くなっていく。
友人とはいかないまでも、顔見知り程度には話した事もある生徒がちらほらと歩いていた。

それが一人の例外もなく自分達を見てくるのだから、里香もついに立ち止まった。

「・・・・本当にこのままついてくるつもりでしょうか?」
「ええもちろん。少しでも目を離したら見失ってしまうかもしれない」

絶対に逃がさないわよ? と、暗にそう言われた気がした。
思わず半眼で睨んでしまいそうになるのを堪え、一瞬の思考の後、里香は再び歩きだした。

ただし、衛生科の棟から行く先を変え、校門の方へと。
その後ろをカナがピッタリくっつくように歩いていき、進行方向にいた生徒は流れるような動作で道を譲っていく。

カナの美貌に顔を染める者は数知れず、余計に里香への視線も強まっていく。
そんな様子に比例して、里香の頭脳は早急に事態を解決するために動き出していた。

(この夏休み中になんとかしなくては、計画に支障が出ますね・・・・・)

猶予は約一ヶ月。
彼女にしてみれば有り余るくらいの時間であり、現にこうしている間にも対策案が幾つも構築されていた。

しかし一ヶ月後、里香はしみじみとした心境で確信することになる。
やはり、自分の『条理予知』はまだまだ未熟である・・・・・と。

彼女は知らない。
人が抱く最も強い想いとは、その悉くが条理を蹴り飛ばして動くものだと。

自らを取り巻く営みには、まさにそれが強固に絡みついていると。
もちろん、全ての人間がそれを成せるものではなくとも――――

少なくとも彼女を何より求める者達は、一人の例外もなく、それを当然のようにやってみせる人種であると。
彼女はまだ、知る由もない・・・・・。

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