小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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八十六話










長いようで短かった夏休みも、残すところ一週間程度となっていた。
長期休暇の気分が抜けず、倦怠感の滲む表情で生徒達が校舎を目指す・・・・・なんて事はここでは起こらない。

もちろん皆無ではないものの、圧倒的少数だということは事実だ。
平日のような普通科(ノルマーレ)の授業が無い分、人によっては夏休みの方がハードスケジュールな訓練漬け生活を送る場合も多いからだ。

故に、もうすぐ新学期だ万歳な顔で歩く生徒が多いその光景は、世の一般人達が見ればとても勤勉な高校生だと褒められたに違いない。
そんな中、まるでこの世の終わりを見てきたかのような面持ちで歩く男子が一人。

「くそ・・・・・あと一単位、どこかで依頼ないか」

携帯片手に悪態をつく男子生徒―――遠山キンジは冷や汗が止まらなかった。
長い長い入院生活を終えて登校したはいいものの、直後に目撃した教務課の掲示板によって知らされた単位不足の警告に、新学期早々の大ピンチだった。

ともすればイ・ウー戦の時すらをも越える緊急事態に、途中まで一緒に来ていた白雪も混乱を抑えられない。
教務課に与えられる緊急依頼も軒並み他の武偵に取られていて、はっきり言えば物凄く危険な状態だ。

絶望に駆られそうになるキンジの視界に、ふと姿を現す一人の少女がいた。
それを認識した途端、勢いよく顔を上げるキンジ。

「マっ・・・・黒村」

慌てて言い直したキンジの声に反応し、少女―――黒村里香はゆっくりと振り返った。

「キンジさん、おはようございます。退院おめでとうございます」
「ああ、さんきゅ」

数週間ぶりに会った里香の返事は相変わらず淡々としていて、思わずキンジは苦笑してしまう。

「ところで、さきほど教務課の掲示板を目にしたのですが」
「うっ・・・」

今最も振られたくない話題をいの一番に出され、つい呻いてしまう。
そんなキンジの反応を見て、里香の目が僅かに細められた気がした。

「残り一単位だそうですが、何か対応は考えていますか?」
「いや・・・・実はちょっと、いや少し・・・・・・かなり、困ってる・・・というか」

少し言葉を濁そうと思っても、里香の視線には有無を言わせぬ圧力が何かがあった―――と思ってるのはキンジだけで、まっすぐに向けられる目に勝手にビビっているだけだ。
そんな二人のやり取りを見て、いつもなら真っ先に里香に黒いオーラを照射するはずの白雪が・・・・何故だか訝しげな目で、二人を交互に見ているだけだった。

一方の里香は、ほんの一瞬だけ思案した後、キンジに向き直り――――

「なら、こちらで何か用意出来ないか試してみます。さすがに一単位全ては難しいでしょうが、三日以内にはどうにかしてみますので」

という、今のキンジにとって女神の祝福にも等しい言葉を告げるのだった。

















「・・・・ねえ」
「ん、なんぢゃリュパンよ」

あたしの呼びかけに、パトラは片手に持ったコップを弄びながら応じてきた。
コップ・・・とは言ってもそれは目が痛くなるような黄金で、まっ昼間のファミレスにそんな物を持ち込んでいるものだから、私達はものすっごく目立っている。

まあそれでなくとも、あたしとパトラ、それにジャンヌもいるんだし、この面子で日本を練り歩いたら嫌でも注目されるんだけどね。
まるで全裸にコートみたいな見た目だったパトラも、今ではサンダルとハーフパンツという装備を追加し、最低限街を徘徊出来る程度にはマシな格好になった。

ここまで来るのに、主に金一とマリアがあの手この手で説得していたのを、あたしは夏休み中に何度も見ている。
そしてその間、なんやかんやでマリアを独占していたこいつが、あたし達に向かって勝ち誇るような笑みを向けていたのも・・・・ね。

「結局いつまでこっちにいるわけ? まさか宣戦会議(バンディーレ)まで居座るつもり?」

もちろん、他の客には聞こえない音量で喋ってる。
聞いても何の事か分からないだろうけど。

「ふむ・・・・・金一のやつはそれも考えておるようでの。やるべき事は大体終わっておるゆえ、どこにいても変わらんのぢゃ」
「それはつまり、まだあいつはマリアにつきまとう気だ・・・・という事か」

ジャンヌがとっても嫌そうに呟いた。
この夏休みの間、金一のやつは時間さえあればマリアと話をしようとしていた。

それはなんてことのない世間話であったり、昔話であったり、時にはさりげなく説得しようとしたり。
まるでマリアがミアであった頃、ろくに会えなかった時間を埋めるかのような勢いだ。

それに律儀に付き合うマリアもどうかって思う。
対策を考えるって言ってたのに、いっこうに何かをする気配がないんだもん。

そのせいか、あの二人が一緒にいる時間はどんどん増えてるし、あたし達の殺意も比例して増えている。
あの時メールを送ったのは失敗だったかって今さら後悔しちゃうよ。

シーゲルのやつも現状には不満らしく、近い内に何かするつもりらしい。
僕の女神に触れるなどゆるさんっ、直々に試してやるっ!・・・・・とかなんとか。

「そう言えば聞きたかったんだけどさぁ・・・・・・パトラって結局どっち(・・・)なわけ?」

詳しく説明しなくても、あたし達にはこれで充分。
ほんの少しジャンヌが目を細めて、パトラは相変わらず尊大な笑みを浮かべたまま。

場の雰囲気がちょっとだけ引き締まった。
だというのに―――――

「・・・・・ふむ、どちらとはなんぢゃ?」

なんて、あからさまにとぼけた返事をするものだから・・・・

「ふざけるなパトラ。分からないなどとは言わせんぞ」

ジャンヌの堪忍袋の尾が切れちゃった。
いや、あたしもこれで結構ブチッときたけどね。

ピラミッドもない場所でふざけたこと言いやがって死にたいのかこのアマぁ。
思わず髪の先っぽが揺らめき始めた時、パトラが「冗談ぢゃ」と手を振った。

「当然わかっておる・・・・・この数ヶ月、(わらわ)が何度も悩みぬいていた事であったからの・・・・」

どこか自嘲気味にそう言ったパトラを見て、なんとなく気勢を削がれた。
こんな殊勝な態度、正直なところ不気味で仕方ないんだけどね。

・・・・・・でもまあ、こいつもマリアと関わって変わっているってことなのかな。

「―――だが、前までの妾も、そして今のおぬしらも勘違いをしておるのぢゃよ」
「「・・・は?」」

予想外な答えに、あたしとジャンヌで変な声を出しちゃった。
え・・・・なに、それ?

勘違いも何も、結局どちらが好きなのかって話だったよね、たしか。
そこにどんな思い違いが発生する余地が?

「たしかに、妾はキンイチにも想いを寄せておるのは認めよう。・・・・・・ぢゃがそもそも、いずれ世界の覇者になる妾が誰か一人しか選べんなどという訳はあるまい! よってキンイチは夫! マリアは妻! これで万事解決というものぢゃ!!」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」

あーっはっはっはっはっは! と、周りも顧みずに高笑いをするパトラを見ながら、あたし達は絶句するしかなかった。
前言撤回・・・・・やっぱりこいつは何も一つも微塵も変わってなかった。

なにこいつ、馬鹿なの? アホなの? 死ぬの? いや、殺されたいの?
だったら望み通りにしてやるよこの野郎、今すぐ脳天ぶち抜いてやる。

「・・・・ジャンヌ」
「みなまで言うな、わかっているさ・・・・」

すっと立ち上がり、伝票を持ってレジへと向かう。

「ちょっと外に出ようかパトラ、せっかくだから街を案内してあげるよ」
「ほお、おぬしらにもようやく世界の王に対する敬いというものが分かってきたようぢゃの。褒美に付き合ってやろうではないか」

満足気に頷いたパトラを背に、あたし達は店を出る。
まだ・・・・・・まだその時じゃない。

騒ぎを起こせば、回り回ってマリアに迷惑がかかる怖れがあるからね。
人気がない場所へ、一刻も早く、速く、ハヤク。

今すぐにでも銃を抜きたくなる衝動をぐっと堪え、薄暗い路地へと入って行った。

















衛生科の課題を終わらせた後、里香は街へ買い物に出ていた。
もちろん服やアクセサリーなどといった嗜好品などではなく、夕食の買出しに過ぎない。

究極的なまでに食に対しての関心がない同居人の分も含め、台所は里香が預かっているのだ。
そして、そんな彼女の隣にはさも当然のごとく付き添う金一の姿があった。

「今日は少し涼しい日だったな。ここ数年は気候も不安定だが、こんな日もたまには悪くないな」
「そうですね」
「つい最近まで色々と慌ただしかったからな。こうして羽を伸ばせるのはいいことだ」
「そうですね」
「こうやって平和な街並みを見ていると、あの世界から手を引きたくなってくるな」
「いいえ」
「・・・・・・そうか」

ほんの一瞬だけ脱力した様子を見せた金一だったが、これは夏休み期間中も見飽きるほどに繰り返されたやり取りだった。
内容の細部こそ違うものの、何気ない会話から誘導工作、または真正面から説得するなど、積極的・・・・・いや、鬱陶しいほどに試みていた。

最近は言うべき言葉が出尽くして、こんなしょうもない会話をするくらいしか出来ないのが現状だったりする。
男の状態ではイケメン俳優すら涙目になる程の美男子である金一は、当然ながら注目の的だった。

すれ違った女性達は彼氏持ちの者も含めて例外なく目を奪われ、友人と楽しく会話していようと、予定に遅れて慌てていようと、全てを忘れて見惚れるしかなかった。
故に、そんな金一をそばに侍らせながらも大して構っていない里香に視線が突き刺さるのは、もはや自然の摂理とすら言えた。

・・・どうしてこうも、男性と関わると面倒な視線にさらされるのか、と、さしもの里香も辟易せざるをえなかった。
中学時の経験で慣れているとはいえ、仮にも潜伏中の身としては非常に好ましくない。

正体が発覚する怖れがあるのだから、と言えれば楽だったのだろう。
しかし実際、一般人にいくら目撃されても痛くも痒くもないのだからタチが悪い。

金一が、再会した日以降はきちんと時と場合をわきまえるようになったのだから尚更だ。

「しかし、あなたがここまで頑迷な方だとは思いませんでした。宣戦会議も近いなか、まさか一ヶ月も無駄な時間を費やすとは」
「ここ最近だんだんと言葉に容赦がなくなってきたな・・・・・。だが、頑迷とは心外だ。俺の心情も知らずに道理を説かれるのは不満だ」
「そんなもの、明白でしょう」
「え・・・・・」

予想もしなかった里香の返答に、思わず惚けたような声を出してしまった金一。
まさか・・・・そんな・・・、などと思いつつ心に微かな期待を持ってしまうのは、男として・・・・いや、異性に想いを寄せる者として仕方のないことだろう。

「これ以上私に犯罪を起こさせない、それ以外に考えられないでしょうに。すっかり立ち直ったこと自体は称賛しますが、さすがに今のあなたの行動は非効率的にも程があると思います」
「・・・・・・・・・・・」

たとえ今、この場で金一が膝をついて崩れていたとしても、いったい誰が責められようか。
だが彼は己が新たに抱いた『義』の精神をもってなんとか直立姿勢を貫き、背中に哀愁を漂わせるだけにとどめたのだった。

・・・・間違ってはいない・・・・間違ってはいないのだが。
その先にある本質に気付いてもらうには、いったいどうすればいいのだろうか。

直接言えれば苦労はない。やれるのならとっくの昔にやっている。
金一という人間の経歴を知る多くの者が忘れがちだが、彼とてまだ二十歳にも満たない青年でしかないのだ。

遠山家の長男として、義を重んじ、祖父や父のようになるためにひたすら武偵としての研鑽に勤しんできた人生。
もちろん、異性に告白された事ならば山ほどある。

だが、HSSという体質を持つ故か、どうしても女性を『守るべき者』という方に考えてしまいがちだった。
一般人なら言うに及ばず、武偵の中ですら金一を比肩する実力者など出会えはしなかった。それも一因となっているのだろう。

イ・ウーに関わり、数多の結社の存在を知ってもなお、そんな存在にはついぞお目には掛からなかったのだから。
だからこそ、初めて体験する「追いかける側」のノウハウは皆無なのだ。

「・・・・・まあ、それならそれで好都合な事もありますが」
「ん、何か言ったか?」
「いえ」

数瞬だけ埋没していた思考を、里香の呟きが引き戻した。
何か聞捨てならない事を言っていた気がするが、容易に聞き出せはしないだろう。

沈み始めた日の光が、二人の影を伸ばしていく。
スーパーではなくそれぞれの店で食材を買う里香は、店員の薦めを予知しているかのように食材を選んでいく。

あまりの手際の良さに、金一はもちろん、店員すら口を挟む隙間もなかった。
あっという間に買い物袋を両手に下げて帰路についた里香を見たところで、金一は正気を取り戻し、慌てて追いかけて袋を一つ持つと進言するのだった。



















イタリアのトスカーナ州、人里離れた奥地。
生い茂る木々に溶け込むようにひっそりと建つ集落がそこにはあった。

仮に飛行機の類で空から見下ろしたといても、見つける事は非常に困難だろうと思わせる。
そんな集落の一角、ひときわ小さめの家に、彼女はいた。

「はあ・・・・」

自分以外誰もないこともあり、遠慮のない溜め息が零れる。
今日だけで何回目か分からないそれを、およそ二十を越えたあたりで数えるのをやめていた。

艷やかな黒髪を肩まで伸ばし、前髪をきっちり半分に分けてピンで留めた小柄な少女。
小麦色の半袖シャツと茶色のスカートという、まるでファンタジー世界の村娘のような出で立ち・・・・・・なのだが、何故か頭に被っている薄桃色のナースキャップが異常な存在感を放ち、なんとも表現し難い印象を受ける。

そんな彼女は、先程から窓の外の景色を見つめては憂い顔で室内を見回し、また外を見つめるといったことを繰り返していた。
まるで何かを待ち続け、なかなかやってこないそれに辟易しているようにも見えた。

「・・・・・・マリアさん」

ポツリと呟いたその言葉に反応したわけではないだろう。
不意に家の扉からコンコンと誰かがノックをする音が聞こえ、それに全く間を置かずに何者かが入ってきた。

「お待たせ〜リシア。またそんな顔してぇ、可愛い顔が台無しじゃなーい」

呑気な調子でそう言った人物は、顔の造形が少女―――リシアと非常に似通った美麗な女性だった。
腰まで届く黒髪が風に煽られて輝き、淡く微笑む姿には大人の色香を感じさせる。

「お姉ちゃん・・・・・もう行っていいの?」
「もう、せっかちねぇ。久しぶりに帰ってきたんだから、もうちょっとゆっくりしていきなさいよ」

やれやれと言わんばかりに腰に手を当てて、リシアの姉であるフランシーナ・ナイチンゲールは顔をしかめた。
数年前、突如として裏世界トップクラスの武装組織であるイ・ウーに入学した妹は、ここ数ヶ月なんの連絡も送ってこなかった。

ただでさえあの(・・)イ・ウーに入るなんて事を言い出して、一族を震撼させただけに飽き足らず、挙句に音信不通などと言語道断。
主要なコネクションの幾つかを使って強制召喚を言い渡し、こうしてようやく帰ってきたのだ。

だが、彼女の愛しき妹は既に自分達が知る者とは少し・・・・否、かなり変わってしまったのを嫌でも実感することとなった。

「そんなこと言ったって、もう一ヶ月もここに閉じ込めてるじゃない!」
「閉じ込めてるなんて人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。村から出る事を禁じてるだけでしょ〜」

思わずといった様に声を大きくしたリシアを、フランシーナは落ち着かせようとする。
引っ込み思案で自己主張が乏しかった筈の妹は、何があったのか精神的に、異様なまでに逞しくなって帰ってきたのだった。

それはそれで姉としては嬉しい限りなのだが、今回ばかりは悩みの種でしかない。

「イ・ウーの事実上の消滅。本来なら見習い(・・・)の貴方はすぐに戻って来るのが当然のはずでしょう?」
「う・・・・」

一族の正論を言われると反論し難く、リシアは押し黙った。
その隙を見逃さず、ここぞとばかりにフランシーナはまくし立てていく。

「それなのに貴方ときたら、何の報告もせずに歩き回って、ようやく戻ってきたと思ったら・・・・・よりにもよって――――」

ここで、ただの呆れ顔だったのが、リシアを責めるような顔に変わる。

「あのフリッグと行動を共にしたい、だなんて。自分が何を言っているのか分かっているの?」
「・・・・・もちろんです」

肯定の言葉は、ひどく小さかった。

「私は出来ればね、リシアの覚悟さえ確かなら・・・・・って言ってあげたいんだけどね。相手が相手だから、そうも言ってはいられないのよ」
「わかってます。あの人は・・・・・・・・世界の敵だから(・・・・・・・)

とても沈痛な面持ちで、リシアは俯いた。

「イ・ウーは世界の抑止力として、とても長い間活動してきた。例え世界がどんな評価を下そうと、メンバー達自身にその自覚が無かろうと、彼等の存在によって大きな争いが幾つも回避されたのは事実」

まるで教科書の文を読み上げるように、フランシーナは言葉を紡ぐ。
真剣そのものの雰囲気は、既に二人のやり取りが単なる姉妹同士のものではないことを理解させる。

「けれど、やはり世界にとってあの組織は、自分達の思惑を阻害する目の上のコブでしかなかった。多くの結社も軍団も研究所も、既に色んな動きを見せている。そんな中であの者と共にいるということが、どれだけ危険か」

世間一般では大量虐殺者。しかしその実態は裏世界の無法者を悉く葬る処刑人。
争いの火種をまかれる前から抹消する、まさにイ・ウーの存在意義をここ数年間で最も色濃く体現した存在。

ダークヒーロー、などと言えば聞こえはいいだろうが、結局は多くの者に疎まれているのは違いない。

「ほんの少し調べただけでも数十を越える組織がフリッグの身柄を狙っている。出来るならばその力を自分達のものにしようと、不可能ならば危険因子の排除をとね。亡きシャーロック・ホームズの右腕となれば当然のことだけれど、特にバチカンあたりはまさに血眼って感じね」

最後の方だけ肩を竦めて冗談っぽく言ってみたが、リシアの表情は晴れない。
少し脅しみたいになったかと反省しつつ、最後まで言わなければならない事に内心で溜め息をはくフランシーナであった。

「目的もわからないイロカネ保持者。これだけで世界に狙われるには充分ね。そしてそんな人物にナイチンゲールの者が肩入れしていると知られたら、もう事は貴方個人の問題ではなくなる」
「・・・・はい」

椅子に座ったまま、膝の上で握り拳を震わせる。
そんな妹を見て、姉は目を細める。

自分の妹は、決して考えなしに動くような人間ではないと知っている。
覚悟なんて言わずもがな、最初にフリッグに付いていきたいと言い放った時の目を見れば瞭然だった。

一族に迷惑をかけるかも知れない、けれど付いていきたい。
そう思わせるだけの何かが、その人にあるという事にほかならない。

不意に、フランシーナが柔らかい笑みを浮かべた。
ふふっ、と漏らされた声に、リシアも顔を上げる。

「そこまでして一緒にいたいのね。もしかしてリシア、惚れちゃったの?」
「え・・・・・・あっ」

言葉の意味を理解した瞬間、ぼんっと音が聞こえてきそうな勢いで真っ赤になったリシア。
ぱくぱくと口を動かし、聴診器などなくても心拍数が暴増しているのが手に取るようにわかった。

そんな様子を見てますます笑みを深める姉が、リシアには小悪魔のように見えた。

「あらあらあら、リシアもすっかりお年頃なのね。世界と敵対する想い人を支えてあげたいってこと? なんてロマンチックなのかしらっ」
「は・・・・う・・・・・えぅぅ」

いつしか脳の沸騰が限界に達し、上体をふらふらと揺らし始めたリシア。
初心(うぶ)な妹をそっと支えてやりながら、フランシーナは微笑ましい気分に満たされた。

「まあ久しぶりのリシア弄りはこれくらいにして、本題に入りましょうか。(おさ)からの言葉を伝えます、心して聞きなさい」
「っ・・・・・はい」

耳元で呟かれた言葉で、リシアは一瞬で真剣な顔つきに戻った。
ある意味でさっきよりも心臓が脈打つのを感じながら、ひたすら姉の言葉の続きを待つ。

「いいこと? もし貴方が心からフリッグと共に行きたいというのなら・・・・・彼を(・・)―――――」

告げられた事の意味を、しばらくリシアは理解出来なかった。
ようやく頭が追いついた時――――集落全体に届こうかと思うほどの絶叫が響き渡るのだった。

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緋弾のアリア Illustrations こぶいちart works.
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