小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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九十話











「はあ・・・・・肩が痛い・・・・・」

腕を回せばゴキゴキと音が鳴って、ほんの少しだけ楽になる。気休めにしかならないと分かっていてもこうせずにはいられなかった。
ここ最近はママの無実の証拠集めとその纏め、弁護士との話し合いとかママへの報告だとか、忙しすぎて殆ど学校に顔を出せなかった。

気がついたら夏休みももうすぐ終わるし・・・・・・いや、それは大して気にしないんだけど。
徹夜同然の数日で、外は昼なのに私の頭は睡眠欲でいっぱいだ。学生寮の廊下には何人かの生徒が歩いていて、猫背で進むあたしをチラチラと見てくる。

「・・・・・・キンジ、どうしてるかな」

無意識にそう呟いて、途端に顔が熱くなった。

「ど、どどどどうしてここでキンジが出てくるのよ! ふざけてんじゃないわよ!」
「ひぃ! ごめんなさい!」

思わず叫んじゃって、近くにいた生徒が泣いて逃げ出して行った。
ちょっとだけ悪い気がしたけど、今は置いておく。

あの日―――キンジが入院した日から、あたし達は会うどころか連絡も取ってない。退院したっていうメールも、忙しすぎて気づいたのは受信した次の日だった。
なんだか返すタイミングを逃がしちゃって、そのまま今日まで来ちゃった。

「・・・・・・・・・はぁ」

何回目か分からない溜め息をついて、なんとか落ち着こうとする。

―――結局・・・・・・マリアの事は、ママには言えなかった。

どうしてって言われれば、あたしにもわからない。
マリアが生きていた事も、イ・ウーにいた事も・・・・・・・・マリアが、あのフリッグだった事も。

あれもこれも、何からどうやって話せばいいのか全然わからなくて、纏めようとすると頭がぐちゃぐちゃになる。
なるべく考えないようにして話すのが、すごく大変だった。

ママはとても鋭くて、ちょっとでも挙動不審になると気づかれちゃうから。
それに面会中には必ず監視がついてるし、どの道話題に出来るような状況じゃないんだけどね。

「・・・・・・マリア」

考えてたら、すごく会いたくなってきた。
再会したあの子は、なんだか目を離したらすぐに何処かに消えちゃいそうな、とても不安な雰囲気を全身に纏ってるように思える。

目の前にいてもちゃんとそばにいるのか確信が持てなくなるような、ひどく朧気というか、頼りなさげな存在感。
それはきっと―――今のあたし達の距離が感じさせているんだと思う。

あたしがママを助けようと必死にイ・ウーと戦っていたように、あの子もきっと、絶対に譲れない何かのために行動している。聞かなくても、そう断言できる。
それくらいマリアの目は力強くて、それでいて・・・・・・・冷たかった。

出来ることならずっと隣で手を握って、何処にも行かないように見張っていたいくらい。
そうしないと、マリアはいつか――――――

「・・・・・そんなことない」

一瞬、頭によぎった考えを振り払う。
こんな暗い気持ちで帰ったら、キンジにだって気づかれて心配させちゃう。

もし何かあったら、いつもみたいにどうにかすればいい。
これまでだってそうしてきたし、これからだってやればいいんだ。あたしはもう、昔とは違うんだから。

一人ぼっちの独唱曲(アリア)じゃない。信頼して、背中を預けられる、最高のパートナーを見つけたんだ。
例えそれがあとほんの僅かな関係なのだとしても、あたしはきっとやっていける。

キンジと一緒に戦って得られた沢山の大切なこと、それを生かして戦っていけばいいんだから。

「うん、大丈夫。やれるんだから・・・・・」

決意を新たにした頃、ちょうど部屋にたどり着いた。
鍵をポケットから取り出して、ドアを開けようと―――

「・・・・・あれ、開いてる?」

回してみても手応えがない。つまり施錠されていない。
・・・・・なによ、キンジにしては不用心じゃない。

武偵に関しては基本不真面目な奴だけど、こういう・・・・・なんていうか、自己保身的な注意だとしっかりしてるのに。
ちょっと不思議に思いつつ、まあたまにはそんあこともあるかと思って扉を開けた。

「誰か来てる・・・・?」

キンジと、その他の二足分の靴が置いてあった。
ここにくるのは白雪と理子くらいしか思いつかない。そう思った瞬間、わけもなくイラッときた。

あたしが毎日忙しく駆け回っている間に、可愛い女の子と一つ屋根の下で仲良くしてたわけよね。あーそう、へー。
言い訳できないように現場をしっかり見てやろうじゃない。それからドレイとしての立場ってものをしっかり分からせてあげるわよ。覚悟なさい。

音を消しながらリビングに向かって、三人分の話し声が聞こえてきた。
その中に、キンジ以外に男の声が混じっていることに眉を潜めたその瞬間―――――それは、聞こえてきた。

「うおっしゃあー! これでマリアからのご褒美は理子のものだもんねぇー!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・ふぅ、おかしいわね。どうやら思った以上に疲れていたみたい。

理子がいる、それはいい。むしろ当然というか予想していたわけだしね。
その近くに転校生のシーゲル・ランディがいて、何故だか床に手をついて落ち込んでいる風なのも、まあ後で事情を聞けば問題ないわ。

――――しかし、マリアからのご褒美、これは聞捨てならない。
いったい誰の許可を得て、誰からご褒美なんて貰おうとしているのかしらね、あのコソ泥女は?

急速に冷えていく頭。それと同時に、体の奥底から謎のエネルギーが満ち溢れてくる気がした。
今ならあれだけ練習しても使えなかった緋弾の力が無限に行使できる気がしてならない。

「―――その話、詳しく聞かせてくれない?」

気がつけば、そう言い放っていた。
騒いでいた理子も、それを呆れ顔で見ていたキンジも、一人だけ項垂れて哀愁を漂わせてたランディも、同時に止まって視線を向けてくる。

キンジが悟りを開いたような顔をしたけど、そんなものは後回しよ。

「マリアからのご褒美って――――何?」

出来るだけ落ち着いた声で聞いたつもりだったけど、どうも上手くいかなかったみたい。
キンジがさりげなく目を逸らそうとして、ランディの奴はまた項垂れ、そして理子は―――――顔面に風穴ぶち開けたくなるような笑みを浮かべていた。

「くふっ、くっふっふっふっふ〜。さ〜、なんだろうねぇ〜? 武偵なら自分で調べればぁ?」

ひらひらと軽やかに(鬱陶しく)動き回り、挑発的な口調でそう言った。
・・・・・・ああそう、つまりは殺る気十分って言いたいわけね。気づけなくてごめんあそばせ。

「ええ、そうね。自分で調べることにするわ―――――今、ここでね!」

言い終わるより早く愛銃を抜き放ち、背後にいる理子に向けて撃ち込んだ。
タイミングを見切られていて、理子は殆ど同時に跳んで射線上から逃れていた。着地と共にワルサーをこっちに構えてニヤリと口元を歪めて、イラつくウィンクまでおまけしてきた。

「いやーん、アリアったら怒りんぼぉ。そんなに短気だと、だ〜い好きな妹に呆れられちゃうぞ?」
「大きなお世話よこのブリッ子怪盗。あんたみたいに四六時中騒がしい女、もうすぐ避けられるようになるわよ」
「あっはっは、面白い冗談。どこかのクソチビシスターと違って付き合い長いんですけど?」
「あらそう? 昔馴染みのわりにファーストキスの相手も知らなかったみたいだから、てっきりハブられてるのかと思ったわ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

もう、余計な会話は無用よね。大人しく白状し(殺られ)なさい。
非常にムカツクことこの上ないけど、踏み込んだ瞬間は全く同じだった。














毎度おなじみの食堂にて、里香はジャンヌと共に人を待っていた。
キンジの単位不足を補う依頼を提供する理子とシーゲル、その報告を聞こうとしているのだ。

普通に携帯で聞けば済む話なのだが、当の二人は昨晩から連絡がつかない。
何かあったのか、それとも気づいてないだけなのか。どちらにしろここで落ち合えるだろうと思った次第だ。

しかし、予想に反して―――――というより予想を斜め上にひん曲げたような姿で、二人は現れた。

「おは・・・・・よう・・・・・」
「やあ・・・・・・里香」

そう言って席についた理子とシーゲルを、里香とジャンヌは目を丸くして見ていた。
制服が悲惨なほどにズタボロで、目の下にはくっきりと隈が浮かんでいる。

絆創膏どころか腕に包帯まで巻いており、まさに満身創痍といった感じである。
食堂内の生徒達がドン引きして道を譲っていたあたり、その凄まじさがうかがえるというものだ。

「ど、どうしたのだお前達。いったい何があった?」

困惑しながらもジャンヌが口に出した疑問に、周囲の耳が一斉に向けられる気配がした。
今回はイ・ウーに関わる話でもないため、特に声を潜める必要性はない。

「あ〜、うん・・・・・・ちょっと、アリアと・・・・・ね」
双剣双銃(カドラ)のアリア・・・・・あれが本領だというのか。まさにジャパニーズアシュラの如しだった・・・・・・」

片や哀愁を、片や恐怖を滲ませつつ途切れ途切れに話していく。
とても一ヶ月前に見事な武勇を披露してみせた二人とは思えず、周囲の困惑は増すばかりだった。

ほんの少しの情報で、里香だけは事の推移を把握していた。もっとも、なぜ姉が二人に襲いかかったか、という本質的な心理までは見通せはしなかったが。
姉妹愛にまで鈍感になってしまった不憫な少女は、今日もしっかり通常運転だった。

―――そして、嵐はまだ過ぎ去ってはいないのだった。

「―――やっぱりここにいた。里香!」
「アリアさん・・・・・?」
「げっ!」
「うっ!」

勢いよく走りよってくるアリアに、里香は視線を向け、理子とシーゲルは顔をしかめて後ずさった。
普段ならまずありえないリアクションに、どれだけ酷い目にあったのかとジャンヌは冷や汗を流す。

アリアにしては珍しく、少しばかり――とはいっても通常に比べればだが――キツい眼差しで里香に近寄り、ガシッと里香の両肩を掴んだ。
掴まれた当人も、ほんの僅かとはいえ驚いたように唖然としている。

自分は姉を怒らせるような行動を取っただろうかと思考し、幾つか可能性は浮かびながらも決定打に欠けるものしかなかった。

「里香・・・・・・あんたっ・・・・・」

ギリッ! と、アリアの奥歯が軋む音が聞こえ、その剣幕は秒刻みで膨らんでいく。
あれだけ溺愛していた後輩に怒り心頭といった様子で迫るアリアに、よもや修羅場か何かかと食堂内は生唾を呑み込んだ――――――のだが、

「キンジに緊急依頼あげた理子にご褒美をあげるって―――――どういうことよ!!」

―――ズルッ! ガッシャーン!―――

響きわたった怒声に、それを聞いたほぼ全ての人間がずっこけた。
腕を引っ掛けて食器等を床に散らす者達が続出し、全く違う意味合いの悲鳴が各所から上がっている。

せっかくの昼食が台無しになって涙する生徒が大勢いたが、これから食器の処理と補充をやらねばならない食堂勤務の方々はもはや号泣していた。
ジャンヌだけが心の中で合掌し、理子とシーゲルは無言で視線を逸らした。

「どうなのよ! ご褒美って何するつもりなの!? ちゃんと言わないと許さないからね!」

そんな惨状などお構いなしに詰め寄るアリアは、姉というよりお母さんのような口調で掴んだ肩をがくがくと前後に揺さぶっている。

「どう、と、言われ、まし、ても。内容、は、理子の、要望、次第、です、から」

無抵抗に揺られる里香の言葉は聞き取りにくかったが、アリアにはばっちりと聞こえたらしい。
パッと手を放したかと思うと、猛禽類のごとく鋭く尖った視線が理子へと向けられた。

「りこぉぉぉぉ・・・・・あんた・・・・この子に、何を、させるつもり?」
「ちょ、待って、いったん落ち着こう? 暴力は何も生まないってきっと」

両手を鉤爪のように折り曲げてにじり寄ってくるアリアに、さすがの理子も強気な態度は取れなかった。
一つでも言葉を間違えれば、某ゾンビ映画も真っ青な惨死体に早変わりだろう。そう思わせるだけの殺気・・・・・・・いや、狂気を纏っている。

じりじりと後退する理子と、それに追随するアリア。
シーゲルは自分が被害を被る可能性が消えていく現状に安堵し、ちゃっかり里香の隣の席に陣取っていた。

「はやく、いいなさい。さもないと、どうなってモしらないワヨ・・・・・?」
「お願いだから人の領域から出ないで!? 意思疎通する余地だけは残して!」

段々とアリアの目のハイライトが消えていく。
今にも泣きそうな理子に対し、誰もが黙祷を捧げそうになった。

しかし、ここでようやく里香が動いた。
背後から手を伸ばしてアリアの両手を掴み、そのままアリアの背に体の前面をくっつけて、両腕で姉の体を包み込む。

掴んだ手は腰の前で交差させるように重ねて、まるで背中から抱きついているような姿勢になった。
硬直する面々を他所に、里香は真っ赤になったアリアの耳に小さく囁いた。

「・・・・姉さん。今回は私から理子にお願いしたんです。褒美の件も、今まで理子にお世話になった分を返したいというのもありますから、どうか怒らないであげてください」
「え、うぁ・・・・んんっ」

吐息のくすぐったさに悶える姉に、里香は気づいていなかった。
アリアの思考は半ば以上にクラッシュし、言葉の内容は理解しているものの、まともな反応などする余裕など皆無。

体が林檎のごとく沸騰し、振り払いたいような払いたくないような、などと埒もない葛藤で身をよじる。
数秒経っても周囲は彫像の如く立ちつくし、完全に二人だけの世界になっていた。

「姉さんだって、キンジさんとはパートナーでいてほしいでしょう?」
「ふぁ! そ、そうだけど、でも・・・・んぅっ! どうしてマリアが理子に、褒美なんて・・・・・ひゃぅ!」
「それは・・・・・ほとんど建前です。キンジさんに手を貸して、私も理子に日頃のお礼が出来る。日本で言う一石二鳥というものです」

アリアとマリアでは、マリアの方が頭半分ほど背丈が高い。
であるからして、第三者から見れば小さい先輩を後輩が取り押さえているような構図だ。

付け加えるなら、アリアが顔を赤くして身を捩っているせいで、まるで後輩に無抵抗に拘束され、あまつさえ顔を赤くするような何かを囁かれている、というふうに映ってしまう。
故に――――

「久々のガチ百合キターーーーーー!」

と、食堂内で一早く復活した生徒の誰かがそう叫んだ。もちろん男子。

「やっべぇ! これでご飯二十杯はいけんぞ!」
「ちんまい美少女と地味系美少女というチョイスは典型だが、それもまたよし!」
「しかもあの神崎がまさかの受けという! グッジョブ!」

次々とあちこちから上がる歓声は、次第に女子の黄色い悲鳴も混ざっていった。
ここでようやく復活を果たした理子、ジャンヌ、シーゲルだったが、アリアを抑制するというマリアの意図も正確に理解しているため、歯軋りしながらも止めに入る事が出来ないでいる。

「だからここは何もしないで引いて? お願い――――お姉ちゃん」

最後にそう締めくくって、マリアは自分の言葉に思考を止めた。
いったいどう気が抜けたのか、無意識に口調が昔に戻っていたからだ。

がしかし、ことこの場面において、それは決定打となってアリアの鼓膜を貫いた。

「〜〜〜〜〜〜っ!! わ、わかった・・・・・・わよ・・・・・」

密着していてもどうにか聞き取れるかという程の呟きと共に、アリアは大人しくなった。
うっすらと目尻に浮かぶ雫は、喜怒哀楽のどれもが混ざり合った複雑なものであった。

一度頷いて姉を解放し、マリアは一歩二歩と後退する。
その時点で家族に語りかける少女は消え、慎ましい後輩の顔へと切り替わった。

「突然失礼しました、アリアさん。用事があるので、これで失礼します」
「あ・・・・・」

か細い声を背に受けながら、里香は食堂の出口へと歩き始める。
身を翻した際に連れの三人へと視線を投げかけ、本人達もその意味を悟って頷いた。

いまだ興奮冷め止まぬといった感じに盛り上がる食堂を、里香は難なくすり抜けて去っていった。
際限なくヒートアップした食堂の騒ぎは、報告を受けた強襲科の教員が怒鳴り込むまで続いたという。















武偵校の女子寮の廊下で、俺はそっと溜め息をはいた。

「ここにいてくれるといいんだが・・・・・・」

常に周囲の気配を探りながら、峰理子の部屋へと足を進めていく。
ここ数日、俺は東京に構えたアジトの整頓に追われて奔走していた。

そろそろ一ヶ月になる生活だが、予想以上に苦労に事欠かないものであった。
パトラと始めた共同生活であるが、いかんせん彼女は家事全般が壊滅的だったのだ。

いや、正確にいえば彼女が操るゴレムは何故か炊事洗濯その他諸々もこなしてみせる万能人形だったのだが、だからといってそれが四六時中稼働出来るわけもない。
ピラミッドなど持ち込めるはずもなく、パトラの魔力が続く範囲での使役は限られてくる。

故に室内の整理整頓は欠かさずやっていく必要があるのだが、何をどうしたらそうなるのかと小一時間問いたくなるほどに汚し方が尋常ではなかった。
少し出かけて二時間も経てばゴミ屋敷に勝るとも劣らないゴミの散布率を実現し、最近ようやく室内でも着てくれるようになった衣類はポイ捨て。しかしこんなのは序の口だ。

仮にもイ・ウーで数年生活していたにも関わらず、彼女にはおおよそ庶民的感性やら常識が全く通じない。
ゴミはゴミ箱に、洗濯物は洗濯カゴに、食器は流し台に。そんなことさえ基本はゴレム頼りであったらしく、自分でこなそうとしたことは一度もない。

日本のお菓子がやけに気に入ったようで、中でもプリッツが抜きん出て好評のようだった。
いつだったか「プリッツァーに、妾はなる!」とか部屋で一人声高々に叫びながら貪り食っていたが、あれはいったいなんだったのだろうか?

ともかく、ほんの数日でさえ目を離せない状況に追われつつマリアとの時間を作ろうと努力していたのだが、先日ついに限界を迎えた。
ご近所の方々から「高笑いがうるさい」との苦情を受け続け、しかし何度注意しても俺がいない間に笑うパトラに堪忍袋の尾が切れ、管理人に退去を命じられたのだった。

まさか高笑いで追い出されるなど夢にも思わず(実際そんな理由で住処を失ったのは俺達くらいではないだろうか?)、死にものぐるいで新居を探しつつ引越し屋を手配し、超特急で荷物を纏めて新居に移動したというわけだ。
今度は遮音性の高さを徹底的に追求し、カラオケの機械を持ち込んだって問題のないくらいの住居を確保した。

食費事情に冷風が吹き込む額の金が飛んだが、この先何回も移り住むよりは遥かに低コストだと断言出来る。
そんなこんなの数日間を乗り越え、ようやくマリアに会いにやって来れたという訳だ。

しかしどうしたことか、マリアの携帯には繋がらず、部屋に訪ねてみても不在であった。
心当たりを幾つかあたり、最後に残ったのが峰理子の部屋という次第だ。

他にもジャンヌ・ダルクやシーゲル・ランディの所にも言ってはみたが、マリアの話題を出した途端に顔をしかめて追い返された。
さすがにキンジやアリアの所に出向く訳にもいかないし、ここにいなければ日を改めるしかないだろう。

「・・・・ここだな」

来るのは初めてだが、一目見てすぐに確信した。
ドアの真ん中に大きく「理子りんの部屋」と書かれた木目調のファンシーなプレートが飾られ、童子向けのア二メにでも出てきそうな熊やらリスやらの顔がプリントされた磁石が数十個以上もくっついている。

「よく許可が下りたな・・・・・」

無機質な扉が羅列する廊下で、ここだけ異世界への門のごとく浮いている。
女子が見れば可愛らしいと評するのだろうが、本人の気性を知っている身としては口元が引き攣るのを阻止できない。

一瞬だけ体がUターンしかけたが、なんとか堪えてインターホンを押した。

―――ピンポーン・・・・・―――

音がマトモだったことに異様な驚きを覚えた。てっきり細工していると思ったが。
音が止んで二秒、三秒と経つが、誰かが出てくる気配はない。

不在か? とも思うだろうが・・・・・・・違う。
室内に確かにある人の気配は、この部屋が無人でないことを知らせてくれる。つまり居留守を使われているのだ。

もう一度押して反応を待つ。
五秒も十秒も変わらず返事はなく、中の気配は動く様子すら見られない。

寝ている可能性も考え、今度は軽くノックをしてみた。

「峰理子、少し聞きたいことが・・・・・・・・ん?」

二三度叩いて、その感触で気づいた。鍵がかかっていないのだ。
彼女らしくない不用心だと訝しみながらも、ドアノブを回して引いた。

キィ、と音を立ててドアが開き、少しばかり逡巡したが、上がらせてもらうことにした。
以前として気配は動かない。こうして人が入ってきたにも関わらず。

どこか妙だと感じざるを得ない事態に、警戒心を抱くと共にゆっくりとリビングに移動した。
一応銃を右手に構えつつ、俺は素早く中へと入った―――――

「・・・・・おかえりなさいませ、ご主人様」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだこれは?
俺は、疲れて頭がパンクしたのかもしれない。それくらいにありえない光景だった。

やれやれついに俺もヤキがまわったな、幻覚を見てしまうほどに疲労を溜めたままにしておくなんてとんだ失態だ。などと脳内で自虐する自分を遠くに見つつ、視線を一ミリたりとも動かす事ができない。
峰理子のものとは赴きの違う透き通るような金髪は、今にも背後の壁を映し出して景色に溶けてしまいそうだ。

それに反抗するように存在を主張する白と黒の布地は、フリルを最大限に活用するためにふんわりと広がって彼女の華奢な体を包み込んでいる。
しかしそのどれよりも、何よりも、俺の視線を掴んで離さないその色に―――――

青空のような碧眼こそ、最も美しいと断じて差し支えないと思うのだ。

「・・・・・マリ・・・・ア?」
「・・・・・・はい」

唖然と立ちつくしながら投げかけた問いに、返ってきた声もひどくか細い。
その頬がほんの僅かに赤らんでいる事に気づいた瞬間、心臓が爆発したかと思うほどに脈打った。

観察すればするほどに認識出来る驚愕の数々。
彼女の頭にある、髪と同色の触れば心地よさそうな二つの三角形とか。スカートからひょろりと伸びた、これまた髪と同じ金色の一本の長物とか。極めつけに、腰の前でもじもじと忙しなく互いを弄り合う両手とか。

もういっそ夢でもみているのだと言われた方がずっと現実味を帯びてくるような、それくらいにとんでもない情景が目の前に―――――

俗に言う、ネコミミメイド姿のマリアが―――――そこに、いたのだ。

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