小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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九十四話









・・・・時間は、ほんの少し遡る。
夏休み明けの始業式、それが終わって数時間が経った頃の出来事であった。

ずんっ、ずんっ、ずんっ――――と、コンクリを踏み砕かんばかりに足を踏みならしながら、アリアは歩いていた。
道行く人々がアリアの纏う空気を恐れて道を明け渡し、冷や汗を流しながら遠ざかっていく。

吊り上がった瞳と眉が剣呑な表情を形作り、心持ちいつもより鋭利になったような犬歯がギラリと覗いている。
触れただけで噛み付かれそうな雰囲気を放ち、しかしその壁は一瞬で砕かれる事になった。

「あっれぇー、どうしたのアリア? キーくんと一緒じゃないの?」
「・・・・・理子」

振り撒かれる怒気などなんのその。いつもと変わらぬ気安さでかけられた言葉に、アリアも幾らか落ち着いた声を出すことができた。
振り返って視界に収めた理子は、その両手にイチゴとブドウのクレープを持って口に突っ込んでいる最中であった。

片方づつならまだしも、いっぺんに口をつけて味は大丈夫なのかと問いたくなる。

「なんであたしがいつもバカキンジといなきゃならないのよっ」
「・・・・ぷっはは。まーたケンカしたんだ? わっかりやすいなぁ」

ちょっと待ってて、と言って踵を返した理子は、すぐ傍にあったクレープ屋へと小走りに向かっていった。
幸いにも客足が途絶える時間帯だったのか、すぐさま商品を受け取って戻ってきた理子の手に、新たにクレープが追加されていた。

「はいこれ。理子の奢りだよん」
「なによそれ、べつにそんなの――――」

いらない・・・・・と、言おうとしたのだが。
クレープの中に巻かれている物体を見て、ピクリと眉を動かした。

ピンポン玉サイズの、白い桃型の何かが複数。
常人であればここで「何だそのヘンテコなクレープ?」と問うところだっただろう。

しかし偶然・・・・いや、この場合は必然とも言えるだろうが、アリアには、分かってしまった。
その物体がなんなのかを。そして、このクレープの正体を。

「・・・・・桃まんの、クレープ?」
「おー。さっすがアリアぁ。一目で見抜くとか、ちょっと引いちゃったぞぉ?」

まさか中身を確認もしないで言い当てるとは思わなかったらしく、若干口元を引き攣らせる理子。
アリアの桃まん好きを、少しばかり甘く見ていたようだ。

口をへの字に曲げながらも受け取ったアリアは、さっそく一口頬張った。
ほんのり熱をもった漉し餡を認識した瞬間、怒りが吹き飛ぶと共に頬が緩むのを感じた。

幸福感が胸を満たし、モヤモヤしていた頭がクリアになっていく。
やっぱり桃まんは最高だ、というかこのクレープすっごい美味い、こんどマリアに食べさせてあげたい。などなどの思考を経て、現実へと帰還する。

「・・・・・ありがと。美味しいわ」
「でしょー。あそこのクレープ、理子のお気に入りなんだぁ」

満足気に笑う理子と、なんとなく隣り合って歩き出す。

「それで、なんかあったの? キーくんとの間にぃ・・・・たぶん、他にもあったのかな?」
「なんでそんな鋭いのよ・・・・」

あまりにも的確な指摘に、アリアはまるで自分が手玉に取られやすい子供のように思えてならなかった。
ほんの少し不機嫌な様を見せただけでこれなのだから、改めて心理戦だとか駆け引きだとかは向いてないと嘆息する。

「べつに・・・・・・ちょっと変な子に、拳銃戦(アル=カタ)を仕掛けられただけよ」
「へ? それって今日のこと? 掟破りなのに?」
「そうよ。それもついさっき」

武偵校の風習(キンジ曰く悪習)の一つに、『水投げ』と呼ばれるものがある。
元は校長の母校で行われていたものらしいが、何がどう狂ってか、武偵校では『徒手でなら誰にでも何処ででも殴りかかっていいですよ』的なケンカ祭りとして定着している。

一種の無礼講のような催しに、ここぞとばかりに上勝ち―――つまり上級生を狙って襲撃する者も少なくない。
しかし、それ故に『水投げ』の最中は徒手格闘以外の攻撃手段を禁ずるという、暗黙の了解のようなものが存在している。

つまりアル=カタ―――銃を使うのはルール違反になる行為のはずなのだ。

「留学生だったみたいだから、単に『水投げ』のルールを知らないでケンカ売ってきただけかも知れないけどね」
「へぇー、アリアにアル=カタ挑むなんてね。・・・・・・・って、それで不機嫌になるってことは、もしかして負けたの?」
「違うわよ、途中で逃げられたわ」

負けた、の部分で微かに()の空気を滲ませた理子の問いを、アリアはすぐに否定した。
小柄(・・)であることと、ツインテール。自分と似通った特徴をもつ少女との戦いを思い出し、また怒りがぶり返してくる。

突然に現れたかと思えば銃をぶっ放され、驚きながらも何とかやり過ごしたかと思えば、勝手に言いたいことだけ言って去っていった。
そんな失礼極まりない態度にも腹が立ったが、アリアの怒りの大半は別の要因が絡んでいる。

喧嘩をふっかけるのも、いきなり銃を撃つのも、武偵校ではさして珍しくもない。
掟破りだろうがなんだろうが、上勝ちしてしまえば負けた側は何も言えない。言うだけ恥をかくなのだから。

アリア自身、キンジの時も含め、少しばかり乱暴な手段で他人の力量を見極めようとした事が何回かあるのだ。
・・・・・・そう、問題は、その少女――本人曰く『万能の武人(ワンウー)』という二つ名があるらしい――がアリアに言い放った言葉にあった。

『きひひっ、なかなかやる。けど、あいつの姉のわりに弱いネ』

一瞬だけ思考が停止して、次いで湧き上がったのが・・・・怒り。
問い詰めようとした時にはあっけなく逃走され、やり場のないイライラを抱える羽目になったのだ。

「―――ということよ」
「・・・・・・・あちゃー」

そりゃ不機嫌にもなるなー、と理子は苦笑いを浮かべた。
言葉にある『あいつ』とは、まず間違いなくマリアの事を指すのだろう。

彼女の存在を踏まえてアリアに接触するということは、十中八九、その謎の襲撃者がただの留学生ではないそちら側(・・・・)の人間である事を示していて、何らかの思惑があるということ。
そして、よりにもよってマリアの事を引き合いに出してアリアを貶すというのは、かなりの地雷だ。

昔は二人セットで欠陥品扱いされ、身を寄せ合っていた姉妹。しかし今となってはその実力は雲泥と言うのも生温い次元で隔たっている。
面と向かってそんな感情を出すことはないが、アリアがそれを大なり小なりコンプレックスとして感じるのは致し方のない事だ。

妬み・・・・というほど悪感情になることは絶対にないが、時折そのことを思って溜め息をつく程度には気にしているのもまた事実。
昔は周囲と比較され、武偵となってもはみ出し者として遠ざけられた境遇のアリアとしては、マリアを比較対象として評価されるのは非常に複雑だろう。

なまじ、正当な評価としての一面もあるだけにタチが悪い。

「まあ、マリアと比較されちゃあ大概の人間は涙目だけどねー。裏ボスが三段階進化したくらいの強さだもん」
「意味わかんない。でも・・・・・そうよね。無茶苦茶なくらい、強くなったわ、あの子は・・・・・」

寂しげな横顔を、理子はあえて見ようとはしなかった。
マリアの強さにコンプレックスを抱く者同士、気持ちは痛いほどによくわかる。

いつか絶対に追いついてやると胸に誓っているものの、たまに気が滅入ってしまうのは仕方ない。
黙ったまま、二人はモノレールの駅へと辿り着く。

特に用事があるわけではないが、なんとなく、このまま街をぶらつきたい衝動に駆られたのだ。
いつしかクレープを食べる手も止まっていたが、理子はそんな空気を変えようと口を開いた。

「いやーそれにしても、アリアにアル=カタで互角に張り合えるなんて、すんごいJCもいたもんだねー」

きっと眉を吊り上げて「決着はまだついてないわよっ」とか言ってむくれると、そう思っていた。
だが予想外にも、少し前で階段を上がっていたアリアからの反応はなく。

あれ? と思って問いかけるよりも早く、ベチャッ、という音が聞こえた。
何かが潰れたようなその音は、アリアが持っていたクレープを床に落としたものだった。

勿体ない・・・・と一瞬だけ非難じみた感情を抱いた理子の、その視線が・・・・・あるものを、捉えた。

「・・・・・・あ」

思わずといった様子で出た言葉は、はたして四人(・・)のうちの誰のであったのか。
少なくとも、理子の斜め前で石像と化しているアリアのものではあるまい。

「おぉう・・・・・今度はレキュルートですか」

どこか感服したように理子が言った――――その瞬間。

―――ブチッ!

と、何かがはち切れるような音が聞こえたのだった。














―――貴方が心からフリッグと共に行きたいというのなら・・・・・彼をこの里に連れてきなさい

リシアから告げられた一族の判断は、言い換えれば里への招待であった。
言い換えるも何もないと思われるかもしれない。だが、そう言い表すのが正しい程に、ナイチンゲールの里は部外者の出入りを徹底して禁じている。

人を治し救う事を天命とするが故、彼等は一人の例外もなく、人の善性も悪性も何より熟知している。
信じる事の尊さも、危うさも知り尽くしているからこそ、人間性の善し悪しに関係なく他人を遠ざけているのだ。

ナイチンゲールの人間と一定以上に親しくすることは、それだけで多大な危険を伴う。
それを利用して利益を得ようとする者に狙われ、実際に命を落とした者も少なくない。

自然と、強く善良な人間だけが絆を築く事を許される。
そしてそんな人間達でさえ、里に招かれた例は極端に少ない。

一族が表舞台から消えて約80年ほど。以前マリアがリシアに聞いたところによると、その年月でたったの二人しか訪れなかったのだという。
無論、里が拒否しているからといって、はいそうですかと諦めるほど人間というのは純にできてない。

数え切れない程の組織、結社、または個人が、こぞって踏み込もうとした。いや、今でもそういった手合いは尽きない。

「私に、あの境界線(・・・・・)を越える許可がいただける、と?」
「・・・・・はい」

いつになく神妙な空気で問うたマリアに対し、リシアの答えはひどくぎこちなかった。
自分も驚いている、という様子が如実に表れ、しばし静寂が訪れる。

マリアが口にした境界線とは、里への侵入を狙う者達の間で『不侵の一線』と呼ばれる、地図上において「何故かこの座標以上には絶対に進めない」と噂される、里を覆っていると思われる(・・・・)楕円形のラインである。

魔力的・科学的を問わず、ありとあらゆるアプローチでも突破する事が出来ない、謎に包まれた境界である。
これが長い間ナイチンゲールの里を俗世から遠ざけ、秘伝の叡智の流出を防いできたのだ。

その分、表で活動する一族の者に過酷な生活環境を送らせる要因ともなっているのだが。

「それは、向こう側に譲歩の意思があるということでしょうか?」
「そう・・・・・かもしれません。姉が、とても面白そうな目をしてましたから」
「リシアの姉・・・・・・たしか、フランシーナさんでしたか」
「っ―――」

呟くようにマリアがフランシーナの名を出した時、リシアが息を呑んだ。

「マリアさん・・・・・お、覚えてたんですね(・・・・・・・・)
「ええ。とても明るい、優しそうな女性であったと思います」
「じ、じゃあっ・・・・・・・・・いえ、それよりも」

何を言おうとしたのか、しかしリシアは口をつぐんで、直後に話を戻した。
ほんの少し目を細めたマリアだったが、聞き返すことはなかった。

「す、少し強引な方法だとは思うんですけど、私が外から武偵校に緊急の依頼を出して、それをマリアさんが受ける形でイギリスに来てもらいたいんです。ど、どうでしょうか?」

まるで、テストの答案を親に見せる子供のような表情で、上目遣いにマリアを見る。
そっと笑みを浮かべて、マリアは頷いた。

「それが妥当でしょうね。細かい事はまた後で。そろそろ授業が始まります」
「あ、はい。後でまた連絡しますっ」

言うやいなや、ペコリとお辞儀をして駆け足に去っていくリシア。
何か慌てて見えるのは、それだけ精神的に余裕がないからだろう。

マリアと行動を共にできるかどうかの瀬戸際なのだから、当然とも言える。

(・・・・・・家族と仲違いしてしまったのですから、顔色が優れないのも無理はないですね)

が、例によって見当違いな考えを巡らせ、意味の無い罪悪感を抱くマリアだった。














・・・・・死ぬ。マジで死ぬぞ俺。
目の前の閻魔大王を見ていると、自分が八つ裂きにされるビジョンしか浮かばない。

ヒステリアモードもかくやというスピードで頭が打開策を考えているが、悲しいほどに難航していた。
せめて閻魔様の後ろにいる理子に助けを求めたかったが、あっちはあっちでこめかみをヒクつかせてるし、こちらに向けられる視線が呆れ混じりの侮蔑に思えてしかたがない。

「ほんっっっとうに・・・・・・あんたは、いつもいつもいつも。馬鹿なの? 死にたいの? 殺してくださいって言う無言のメッセージなの? ああそう、だったら喜んで叶えてあげるわよ。今すぐにねぇっ」
「さすがにこれはないよキーくぅん。この前のあれで少しは学んだかなーとか思ってたのにさー。もう他の女ですか? しかもレキュですか? メインほったらかして二週目解禁の隠しヒロインまですっ飛ばすとか、ないわー。初期起動から攻略サイトのお世話になるくらい邪道だわー」

背後に炎が幻視できそうなくらい怒ってるアリアと、寒気がするほど白けた顔の理子。
いや、待ってくれ、頼むから話を聞いてくれ。そっちこそマリアの件で会話の大切さを学んだ筈だろうがオイ。

「大人しい美人が大好きだもんねーあんたは! 白雪とかっ・・・・・マリアとかっ!」

おい! レキの前でマリアの名前出していいのかよ!?
背筋がヒヤッとした俺だったが、いつの間にか俺の下から抜け出すようにしてレキが前へと、つまりアリア達の方へと進み出た。

「アリアさん」
「・・・・・レキ」

目を合わせたアリアは・・・・・・・予想に反して、随分と平静さを保っていた。
俺とレキの・・・・・その、キスを目撃した時のアリアは、それはもう筆舌し難い表情で走り去っていった。

これまでの経験上、あんなことがあったら暫くは情緒不安定になると思ってたんだがな。
なにか、アリアの精神を安定させるような事があったのかもしれない。是非それを知りたいところだ。今後に役立つかもしれん。

「校内ネット見たわよ。あんた、あたしに無断でキンジとチーム申請したわね? それは『パートナーの横取り』。ルール違反だってこと・・・・・分かってる?」
「承知しています」

視線だけで震え上がりそうなアリアの怒気を、レキはそよ風のごとく受け流してる。
さすがロボットレキ。人の感情なんて知ったこっちゃないってか。

「・・・・・そう。べ、別にね、あんた達がそういう関係なんだって事は、かか、関係ない、けどね。パートナーを取られて、はいそうですか、なんて引き下がるほどお人好しじゃないわよ? あたしは」
「お二人が信頼し合っているのは知っています。ですが、あなた達は結ばれてはならない」
「結ばれっ!?」

とんでもない発言に、さすがのアリアも赤面した。
というか、俺も絶賛困惑中なんだがな。

なにがどうしてこんな展開になってるんだ。そして理子、面白そうに見物してんるんじゃない。

「どどどど、どうしてあたしがバカキンジなんかと! そ、そんなものに興味にないから! ぜんぜん! これっぽっちも! 全く無いったら無い!!」

いつもの、といったら大いに失礼だろうが、アリアらしい動揺っぷりになってきたな。
冷静なアリアってのも妙な感じしかしないだろ。

「大体ねえ、それとこれとは関係ないでしょ! こんなことしといて――――」
「私が」

と、アリアの言葉を遮るように、レキが大きめの(あくまでいつもより僅かにだが)声を出した。

「私がお二人を引き離すのには、幾つか理由がありますが、その中で最たるものは彼女の存在が大きいです」
「彼女って・・・・・誰のことよ?」
「―――神崎・H・マリア」
「!!」

レキの、言葉に・・・・・・
場が一瞬、凍ったかのように動かなくなった。

レキがマリアの事を知っているという事実が、俺達の思考を停止させた。
マリアがレキと同室だってことは、さすがに俺も知っていた。だがまさか、正体も把握済みだったなんてな・・・・。

理子も目を細めてレキを観察しているようだし、警戒・・・・するべきなのか。

「あの人の思惑は、未だどの誰も推し量れていない。そんな彼女が、あなた達二人がパートナーであることに、異様な執着を見せているのは事実です」

そんな俺達を置いてけぼりにするように、普段のレキからは想像もできないほどペラペラ喋る。
・・・・・・ただ、なんだろうか。

今のレキはなんというか、無感情なロボットレキとは・・・・・少しだけ、違う気がする。

「『風』は、そんなお二人を彼女の思い通りに寄り添わせる事に、危惧を抱いているのです」
 
出たぞ。電波発言の中にちょくちょく出てくる『風』とやら。
いきなり俺との婚約をのたまわり始めたレキだが、問い詰めていくと必ず「風がそう言ったのです」で終わるからな。

「だ・・・・・だからって、それはそっちの都合でしょうが! ルール違反の言い訳にはならないわよっ!」
「それに、私はキンジさんの婚約者でもあります。常に行動を共にするのは、むしろ自然な事です」
「こっ―――――」

口を丸く開けたまま、ビシリと硬直したアリア。
その首が、ギギギギッと音を立てそうな挙動で周り、視線が俺に突き刺さる。

長らく放置されていた俺だが、こんな導入は望んじゃいなかった。
もうちょっと空気が落ち着いてから仲裁に入らせてもらいたかったな。

「あ・・・・んたはっ。それでいいわけ? レキとチーム組むわけ? ここっ、こっ、こん・・・ゃく・・・・するわけっ?」

そんなわけないだろ―――――と、口に出せれば良かったんだろう。
レキがいる以上、そう安易に言っていいものじゃないが、少なくともこの場を誤魔化す言葉ぐらい、ヒステリアモードじゃない俺でも思いついたはずだ。

・・・・・・だが、口を開きかけたところで――――。
昨日の・・・・・アリアの言葉が、頭の中で再生された。

『―――ロンドンに、帰るの』

なんてことはない。かなえさんの裁判に光が見えたから、釈放されたら家に帰る。ただそれだけの、当たり前のことだ。
アリアの家は海の向こうにあって、そこで失われた生活を取り戻すために、アリアはここに―――日本にやって来たんだから。

マリアとの事をどうするのかは知らないが、前にも言った通り、今すぐどうこうできる問題じゃない。今優先するべきなのは、確実に取り返せるであろう母親のこと。
死んだと思っていた妹も生きていた。引き離された母も帰ってくる。

アリアにとって、とてつもなく大きな区切りがついたんだ。
変に考える必要はない。笑って、一緒に喜んで送ってやるのが俺のするべきことだ。

―――その、はずなのに・・・・・・

「―――べつに、関係ないだろ」

気づけば俺は、そんなセリフを口走っていた。

「俺は武偵やめるんだ。誰とチーム組もうが、誰とパートナーだろうが大して変わらんだろ」

俺が言葉を放つたび、アリアが何か、とんでもないダメージを受けたような顔をする。
それを見ていても、何故だか胸の奥底から妙なイラつきがこみ上げてくるだけだった。

「どうせすぐバラバラになるチームなんて、なんの意味もないだろ」
「違う!」

絶対に認めたくないとでも言うように、アリアが激しく首を横に振った。

「バラバラになってもチームはチームよ! 制約なしに助け合える仲間! 解散しても、そうだった証が一生残って―――」
「そんなもの、必要ないだろ!」

アリアに声を荒らげたのは、ボストーク号の時以来だったか。
あの時は必死にアリアを取り戻そうとしたが、今は遠ざけようとしている。

そう、どの道意味なんてない。
武偵の世界でどんな証を作ろうが、武偵を辞める俺にはなんの関係もない。

だから・・・・・アリアの思い出作りなんかに、付き合ってやる義理もない。
もうすぐ俺達は、何の関係もない他人になるんだから・・・・・・。

「もう終わったことだ。一緒に戦ったのも、過去の出来事なんだよ。だから―――」

続きを、言おうとして―――。
アリアが、足を踏みならして俺の方に歩いてきた。

怒りとか、悲しみとか、色んな何かをごちゃ混ぜにしたような、そんな顔で。

「っ」

思わず一歩下がった俺に、アリアが掴みかかろうとした―――――その時だった。

―――パンッ!

響き渡った音に、誰も反応できなかった。
アリアが、さっきまでの威勢が嘘だったかのような、唖然とした表情でよろよろと後退する。

理子でさえ目を丸くして、俺も一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

「―――キンジさん、下がっていてください。危険です」

レキが、アリアの頬に平手打ちをした。
その事に思い至った直後に、レキの言葉が全員の意識を元に戻したのだった。

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