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裏庭は山だった。
この屋敷自体山の中にあるのだからおかしな表現かもしれないが、裏は普通に杉の木が生えた山の続きが広がっていた。
垣根はない。
屋敷と山の間の、前の庭に比べれば微少な裏庭には、薪が積み重ねてあった。
薪割りの途中だったのか、大きな切り株の上に割られる前の丸太と、それに半ば食い込んだ斧が置かれている。
木と屋敷に挟まれ、日の光は届かず薄暗い。
今いる場所だけでなく、今いる時間も分からなくなる。
古い木壁と軒下に山になった薪、斧。
時代すらも分からない。
「誰かいませんか?」
古く冷たくよどんだ空気を振り払おうと、声を大にしてみる。
初めから期待はしていなかったが、やはり返事がない。
裏庭にこれ以上いても意味はない。いたくもない。
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おかしい、誰もいないのはどうしてだろう。
屋敷の周りを一周したのに、誰とも出会わない。
あの少女はどこへ行ってしまったのか。
張りつめた空気の中、濃密な梅の香りだけが屋敷の周りにまでただよう。
だれも彼もが梅の花の海に溶け込んでしまったのではないか、または自分自身が香りの海に深く沈んでしまったのではと、現実離れした不安が生まれる。
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そもそも、本当に屋敷を一周したのだろうか。
どうしてこれだけ歩いているのに、あの誰かを迎え入れようとしていた玄関にたどり着かない。
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家の中はどうなっているのだろう。
家の主は何をしているのだろう。
きっとあの薄暗い、しんと張りつめた家の中で、迷路に迷った旅人を静かに眺めて楽しんでいるのだ。
少女を追って、鬼ごっこの鬼になってしまった哀れな少女を。