小説『利己主義者の世界』
作者:キリン(ストラムメッセンジャー)

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柔らかな空気に浸っていると、不意にドカドカと階段をかけ上ってくる足音が耳についた。
すぐに、伯母さんの娘がドアを開けて中に入ってくる。伯母さんの娘は兄妹を見て、一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべた。
それから言い訳のように「…お母さんが、挨拶してこいっていうから」とつぶやく。
兄妹の姿を見るのは自分の意思に反している、とでもいいたげな様子だった。何か汚い物でも見るような目付き、腐って虫の湧いた生ゴミでも見ているような顔。
その顔を見たとき、柳は初めて自分の胸に怒りが込み上げてくるのを感じた。
それまでは何をいわれても、何をされても、これといって感慨も湧かなかった。柳の中で空白になっていた部分に、何か、欠けていたものが戻ってきたようだった。

「…じゃあ、アタシ帰るから」

伯母さんの娘が部屋から出ていった後で、柳はふと、伯母さんの娘からもらった手紙のことを思い出した。
持ってきたカバンから手紙を取り出す。封筒を見て神那が尋ねる。

「それは?」

「貰ったの」

「あの子に?」

「そう」

柳が封筒から取り出した便箋は4つに切り裂かれていた。
神那が顔をしかめる。それから、便箋に書かれていた文を読んで、さらに顔を険しくした。
柳は手近にあったハサミで手紙を切り刻んだ。何が書いてあったのかもわからなくなるまで切り刻んだ。紙吹雪のようになった手紙を、そのまま封筒に詰める。

窓を開けてベランダに出る。外では、母親と伯母さん夫婦たちが車の前に立って話をしているところだった。
柵から身を乗り出す妹に、神那は目を見張る。

「…何を?」

「返事のつもり」

封筒を振る。紙吹雪が風に舞う。まるで桜の花びらのようだった。母親と伯母さん夫婦は、突然降ってきた紙吹雪に首を傾げていた。

あら、これ何かしら……

伯母さんの娘だけが、ベランダにいる柳と神那を見上げて、顔を歪めていた。

「あの人、本当に俺達の母親の姉なの」

伯母さんの娘をじっと見据えながら神那がつぶやいた。睨み付けられた娘はふてくされたように唇を噛み締めて視線を反らす。
丸太ようにがっしりとした体格や、浅黒い肌、低くて丸い鼻や、小さな二重の瞳、赤毛のストレートヘア……伯母さんも伯母さんの娘も、兄妹の母親や兄妹とはまったく正反対の容姿だった。神那が不思議に思うのも無理はない。
柳は、祖母は伯母と瓜二つだったこと、母親や自分達は祖父に似ていることを伝えた。神那は感心したように「へえ……」とため息をもらした。

「それなら俺もおじいさんに会ってみたいな。おばあさんはいいや、想像できる」

「もう会いたくても会えないよ。だって死んじゃってたもの」

「そう……」

「あのね、私たちのおばあさんは私たちの母親が嫌いみたいなの」

「そういえば、みんなはおばあさんやおじいさんの家によく遊びに行くって話してたけど、俺たちは行ったことがなかった」

「行ったことがないのに、私もおばあさんに嫌われてたみたい」

「どうしてだろう」

「どうしてだろうね」

首を傾げる兄を真似て柳も首を傾げて見せた。
伯母さん達が車に乗り込む。兄妹の母親は車に向かってほんの少しだけ頭を下げた。そのまま車が排気ガスをあげて去って行くのをじっと見つめていた。
ふと、母親が兄妹のいるベランダの方を見上げる。
柳はさっと兄の後ろに姿を隠す。母親は、ちら、と柳を見てから、家に入った。柳が安堵したようにため息をついた。
神那は思案顔で柳のほうを見て、それから、自分の考えを追い出すように頭を振るのだった。

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