小説『ラスト×ラストthe chronicle of samsara』
作者:迷音ユウ(華雪‡マナのつぶやきごと)

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【3/赤と黒】

 深い森の中にひっそりと建つ、金属の壁の建物。自然の中に不自然に浮かび上がるその空間。
 B−49地区発電所。太陽光をはじめとし、様々な発電施設が複合した建物。いつもは人気もなく、静かな場所であるのだが、いまはあちこちから様々な音が響いていた。
 敵の襲撃だ。
 敵、といってもそれは猛獣。発電所であるこの施設周辺は、どうしても熱がこもりやすい。一部の熱を好む猛獣が施設を襲撃することがある。彼らとて、ただ熱に集まってきているだけなのだが、種類によってはかなり強引なものもいる。
 織は今、小型の獣の群れと戦闘をしていた。赤っぽいとがった体毛に包まれたその生物は、凶暴な<熱喰らいの狼(ハイテル)>。
「<狂狼(フェンリル)>と思ってたのに……厄介」
 織も舌打ちをする。
<ハイテル>は<フェンリル>の亜種で、熱を喰らって生きている。普段は地熱や太陽の光を糧にしている、植物のような生き方をしているが、最近この場所を見つけて覚えたらしい。
 さらに悪いことに、<ハイテル>は力が強く、外部にある機器を壊す可能性がある。
 この施設は特に電力の供給量が多いため、それは避けなければいけない。
「でも、これは……ちょっとやばいかも」
 織の手には、一丁のマグナム銃。レトロなそれは、最近一部の隊員向けに作られているものとは異なり、ずしりと重みがある。かなり昔に使われていた代物だ。銃身が長いモデルである。ただ、古いものとはいえ威力は申し分ない。少女には不釣り合いではあるが、それでも織の愛銃である。
 しかし、敵は多数である。所詮、銃は銃。しかも拳銃。小さく素早い複数の獣を相手にするのはすこし無理がある。

 ガルルルル…………。

 <ハイテル>の唸り声があちこちから聞こえてくる。<ハイテル>は先程から何度も織にその鋭い爪と牙で襲いかかっていた。織はそれを最低限の動きだけで避け、体力消費を抑えつつ、タイミングを図っていた。弾も無駄打ちしたとしてもしょうがないので、一発も撃たずに。すくなくとも、<ハイテル>に取り囲まれないように注意しながら。
 織は連続的な<ハイテル>の攻撃を避ける。タン、タン、と軽いステップで。しかし、織は避けることに集中しすぎ、足元にある石に気づくことが遅れた。
 些細な事ほど、気づきにくいものだ。
「あっ――――」
 気づいた時にはすでに、体勢が崩れてしまっていた。
 こんなのカッコ悪い、などと思う余裕もなかった。
 その隙を狙うかのようにして、三匹の<ハイテル>がその鋭利な牙を光らせ、飛びかかっていくる。
 地面に倒れる。同時に、織は体をひねって横に転がった。
 <ハイテル>は標的を失い、それでもすぐにまた織を威嚇する。
 織はかすり傷を負い、血が滲んでいる足を来にしつつ、立ち上がる。
 見ると、反撃を開始するのには充分すぎる立ち位置にいた。
 織は群れに向かって拳銃を構え――静かに呟く。
「<念動力(テレキネシス)
 引き金を引いた。大きめの発砲音と共に銃弾が発射される。その弾丸はキレイな軌跡を描き、一匹の<ハイテル>へと吸い込まれるように……。
「バースト」
 銃弾が一匹の<ハイテル>へ当たるか当たらないかという時、銃弾が内側から勢い良くはじけ飛んだ。
 はじけ飛んだ破片が、複数の<ハイテル>を襲う。
 それは織が最近考えだしたオリジナルの<力>の使い方。<念動力(テレキネシス)>を弾丸の中心に集中し、起動コードとともに、外側に向けて発動する。
 単体での攻撃力のない<念動力(テレキネシス)>でも、使い方次第では複数の敵を相手にできる。
 力が四方に分散する分、もとより威力は減るが、野生動物から闘気を無くさせるには役に立つ。
 織の狙い通り、破片があたった<ハイテル>は勿論、他の<ハイテル>もつられてか森の奥へと逃げ消えていってしまった。
 織は辺りを軽く見回し、もう周辺に<ハイテル>がいないことを確認した。ほっと息を吐く。
「こっちは片付いたかな。よし。他のところは大丈夫かどうか見に行こうかな……」
 織は発電所の裏側にまわるべく、足を踏み出した。
 そこでふと、背中の方から、パキリと小枝の折れるような音が聞こえた。
「え……?」
 織はとっさに振り向く――が、遅かった。一匹、木の陰に隠れていたらしい<ハイテル>が突然、それこそ弾丸のような速さで飛び出してきた。一直線に、織の腕に噛み付く。
「キャァァ――――ッッ!」
 鋭い牙が織の左の二の腕の肉を深々とえぐりとる。
 織は形容しがたい激痛によろめきながら、噛み付いてきた<ハイテル>を蹴り飛ばす。
「あ……ァ…………」
 なんだかよくわからなくなるほどの痛みに、織はふらふらと、発電所の壁に寄りかかった。意識が飛ばないように、歯を食いしばる。
 大量の出血。意識がトバなかっただけましだが、このままでは危険だ。
 ちら、と腕を見ると、いびつに陥没している。すでに、傷より下の感覚が曖昧だが血まみれだ。
 織は右手を傷口に当てた。
 朦朧とする意識の中、織は気力を振り絞り、小さく唱えるように呟く。
「<聖なる癒し(アスクレピオス)>」
 その声に呼応するにようにして、手を当てている部分が淡い光に包まれる。
 出血の量がだんだんと減っていく。
 <治癒(キュア)が進み、傷が治っていくのと同時に、血液も補完される。


「「「「グルルル……」」」」


 織は、ようやく自分が<ハイテル>に取り囲まれていることに気づいた。<ハイテル>は姿勢を低くし、低い唸り声で威嚇している。


 ――だめ……。いま来られたら……っ。


 <聖なる癒し(アスクレピオス)>は発動している時、極端に行動が制限される。精神力を大幅に消費するためだ。しかも、それは傷の深刻さに比例する。これだけの傷の治癒ともなると、別の行動をすることを脳がろくに命令を出すことができない。
 つまり、織はいまどうすることもできず、突っ立っていることしかできない。襲われればひとたまりもない。織に今できるのは、なるべく<ハイテル>を刺激しないようにすることだけ……。
 しかし、不幸なことに突然、テレンが鳴りはじめた。
『あー、新崎か? 調子はどうだい? ちょっと訊きたいことがあるんだが』
 オート通話の設定のため自動で通話が始まり、哀子ののんきな声が響く。
 その声に反応した<ハイテル>はその唸り声を大きくした。
 今度ばかりは織は哀子を本気で呪った。
 次の瞬間、織を取り囲んでいた<ハイテル>たちが、一斉に織に襲いかかった。

 †

 人間は行動する時、何か『外的要因』があり、それのせいで動いていると、俺は思う。
 ふとそんなことを考えた。
 今、俺は走っている。建物を抜け、森の中を。
 何故? そんなことは知らない。
 たまに人間も理性を捨て、本能だけで動くこともあるらしいが、今の俺にそれは当てはまりそうにない。
 大体、理由の察しはついている。
 おそらく、あの監獄にも似た簡素な部屋でスーツに身を包んだ女の人に言われたことがトリガーだったのだと思う。
 記憶を失っているせいで、自分の性格もわからない始末だが、どうやら案外俺は感化されやすい性格なのかもしれない。失ったと思われるのはあくまで自分を客観的に評価した記憶であって、性格はきちんと形はあるようだ。
 ここに至るまでに、建物の中でおっとりとした女の子に会った。俺は自分がどこに行くべきかもわからない状況だったが、スピーカーから聞こえていたB−49地区とやらの場所を訊ねた。
 親切にその子は教えてくれた。さらに親切なことに、彼女は「送りましょうか?」と言ってきたので是非、と頼もうかと思ったのだが、
「では千新円になりますー」
 などとわけのわからないことを行っていたので丁重に断った。
 もうすぐ、そのB−49地区付近だ。さっきから前方の木々の隙間に銀色に光が見える。どうやらそこに何かがあるようだ。
 どこからか、銃声が聞こえてきた。さらに、辺りからは獣の唸り声も響いてくる。


「キャァァ――――ッッ!」


 突然、その悲鳴が聞こえてきた。
 その声には聞き覚えがある。記憶が無いのに?
 いや、違う。
 この声はさっき、俺のいた部屋に入ってきた、確か……新崎織の声。間違いない。
 俺は<力>を集中させ、さらに走った。
 なんだか、体が熱い。

 森が途切れ、視界が開けた。
 目に映ったのは、獣の群れに飛びかかられそうになっている新崎織の姿。彼女はなぜか動けないでいる。
 獣が一斉に跳びかかるのが見えた。俺は知らず、前へ飛び出していた。
「<絶対障壁(アブソーバー)>」
 自分でも知らないような単語が自分の口から漏れ、驚くも、なお体は動く。もはや自分で動いているという感覚ではない。
 何かよく分からない力に衝き動かされているように。
 しかし、都合がいい。この状況を打破できるようにこの身体が動いてくれるのなら充分だ。
 さぁ行け。
 変化はすぐに現れた。
 彼女に飛びかかろうとした獣たちは、その寸前でなにかに弾かれたようにして吹き飛ばされた。
 まるでそこに見えない壁のあるように。
 彼女はその光景に驚いたようで、あたりを見回し、俺の存在に気づいたようだった。
「な……んであなたがここに……」
 俺はその言葉に何か返そうと、とりあえず口を開きかけた。しかし、すぐにそれどころでないことに気づいた。
 彼女に噛み付くことを諦めた獣の内、ある一匹が今度は俺に牙を剥いたのだ。
「――――っ!」
 鋭い牙が深々と右足の太もも辺りに突き刺さる。その瞬間、俺の意識は完全に吹き飛んだ。

 †

 織の視界に飛び込んできたのは、紅蓮と黒とのコントラスト。
 巻き起こる紅の炎と、漆黒の焔。そして、その中心に立つ焉堂の姿。
 彼が何故ここにいるのか、織にはわからなかった。
 最低限の治癒がなんとか終わり、行動制限から解放された織は焉堂の方へ駆けようとした。しかし、何かにぶつかり、しりもちをついてしまった。
「ってて……。これは……?」
 立ち上がり、前方を手で探ると、そこにはどうやら不可視の壁があるようだった。先ほど、<ハイテル>たちが弾かれたのもこれのせいだろうか。
 織は焉堂の方を見た。
 彼に飛びかかろうとしていた別の<ハイテル>が、赤い炎に包まれ悶えていた。
 熱を食らう<ハイテル>は火にも強いはずだ。しかし、その<ハイテル>の耐性をも物ともしない、その火力。その<力>。
 焉堂は炎の波の中心から動くことはしない。
 その状況を危険だ、と察知した<ハイテル>たちは森の中へ逃げ帰ろうとするが、黒い焔がまるで生き物のような動きで追いかける。
 黒い焔が<ハイテル>たちにあたると、<ハイテル>たちの動きが鈍り、後から襲い来る赤き炎に焼かれた。
 五分と経たず、辺りは焼き焦げた<ハイテル>の屍が多数転がっていた。
「焉堂……くん……?」

「ハァ、ハァ…………ハァ」
 炎はもう消えている。
 焉堂は上がってしまった息を整えようとして、大きく息を吸った。
 新鮮なはずの空気に混ざっているのは、()()()()()()()()()
「――――!」
 その瞬間、焉堂の脳内にあるヴィジョンが浮かんだ。しかし、それが何であるか彼が理解する前に、彼はその場に倒れこんでしまった。
「焉堂くん!」
 織は、自分を取り囲んでいた透明な壁が消えていることに気づくと、<ハイテル>の死骸を避けながら、焉堂の元へと駆け寄る。
 焉堂は織が森の中で保護した時と同じように、また気を失っているようだった。
 織はさっきから鳴り続けているテレンに応答すると、綾乃を呼んだ。

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